濡れる過去
レオンが過去を語るお話です。
レオンとゼロは火山の麓に広がる森に来ていた。そこにしか生えていない薬草を取りに来たのだ。
「レオン、大丈夫?何だか顔色が悪いけど」
レオンの肩がビクッと跳ねる。
「だ、大丈夫だ」
「そう?もし体調が悪いなら言ってね」
ゼロはそう言うと自分の作業に戻った。
レオンはゼロがこちらを見ていないのを確認すると、下腹部にそっと触れる。膨らんだその場所がしくしく痛み、思わず顔をしかめる。
(ションベンしたい・・・・・・)
ゼロと行動を共にするようになって一週間。
レオンはそういった類いのことをゼロに言えずに苦しんでいた。
今も少し前に催したもののゼロに言うことができず、ずっと我慢して作業を続けていた。しゃがんだ姿勢で作業しているため下腹部が圧迫され、余計に尿意が強まってしまっている。
「ちょっとごめんね」
ゼロはそう言うと、草陰の方ヘ入っていく。
暫くして聞こえてきたのは地面を叩く水音。
(ションベンしてる・・・・・・)
逆にゼロはそういうことは平気なようで、レオンが一緒であっても用を足しに行くことが多かった。
(俺もしたいのに・・・・・・)
水音。
ゼロの気持ちよさそうな声。
(したい・・・・・・ションベンしたい・・・・・・出したい・・・・・・!)
薬草を取る手が震えている。
(少しだけ出せば、楽になるかもしれない。少しだけなら、そんなに濡れないはず)
少しだけ、ほんの少しだけ出すつもりで、レオンは下腹部に力を入れた。
しかし、力加減を間違ってしまったようで、レオンが思っていた以上に尿が出てしまった。慌てて止めようとしても、待ちに待った放尿で体が言うことを聞かず、あっという間にパンツが湿っていく。
レオンはズボンのチャックを下ろし、中から自身を取り出した。
(気持ちいい・・・・・・)
結局レオンはその場で全部溜まっていたものを出してしまった。
この森には火山の影響で温泉が湧いている場所がある。
「お願いだから、我慢できなくなる前に言ってよ」
「うぅ・・・・・・」
二人はその一つに来ていた。
ゼロは濡れてしまった服を脱がすと、レオンの下半身を温泉に浸したハンカチで拭っていく。
「子供じゃないって言うならそれくらいできるでしょう?」
ゼロのいつもより強い口調。
レオンが黙って俯いていると、ゼロはレオンの服を全部脱がし、自分が着ていた服も全部脱いでしまった。
「温泉入って帰ろうか。濡れた服も乾かさないといけないし」
そう言ってゼロは濡れた服をさっと洗うと、熱くなっている大きな石の上に並べる。それから簡単に流してゆっくり温泉に入っていった。レオンもそれに倣って温泉に入る。
(温かい・・・・・・)
あっという間に体が温まっていく。
暫くぼんやりと温泉に浸かる。
最初に口を開いたのはゼロだった。
「ねぇ、レオン」
「ん?」
「レオンは何で人に言えないの?我慢しちゃうの?」
「何でって・・・・・・」
「それでおもらししちゃうのはどうかなって思ってさ。おもらししちゃう方が恥ずかしいと思うけど」
「確かに恥ずかしいが・・・・・・」
「一人でいるなら魔物に襲われるとか安全な場所でしたいとか考えるのは分かるよ?でも今は僕と一緒でしょう?僕ってそんなに信用できない?」
ゼロはそう言って唇を尖らせている。
(怒っていたのはそっちだったのか・・・・・・)
普段レオンが失敗してもゼロはレオンを責めるようなことは言わないし、しつこく訳を聞いたりしない。笑って、優しく抱きしめてくれる。そんなゼロに最初は戸惑ったが、少しずつ安心できるようになっていた。
それがゼロにも伝わっていたのだろう。
だからこそ、怒っているのだろう。
「僕のこと、もっと信用してくれたっていいじゃない・・・・・・」
だからこそ、こんなことを言うのだろう。
レオンは思わず微笑んでしまった。
レオンは幼い頃に家族に捨てられ、これまでずっと一人で生きてきた。
本当に心から信頼できる者はほんの一握り。
多くの者に裏切られ、傷付き、命を危険に晒してきたからだ。
レオンが賞金稼ぎとして間もない頃、まだ少年だったレオンは他の賞金稼ぎと組んで依頼をこなしていた時期があった。
その時ある一人の男と組んだのだが、その男が酷い男だった。レオンを囮にして逃げたり、手柄を横取りしたり。レオンに少しでも非があれば容赦なく暴力を振るった。
レオンは男から逃げ出そうとしたが、夜の失敗を言い触らすと脅されてできなかった。
そんなある夜。レオンは放尿している感覚で目を覚ました。
(またやっちゃった・・・・・・)
レオンは自分の下半身を見た。
何故か何も身に付けていない。
横になった地面に直接放尿している状態だった。
レオンは何が起こったのか分からず固まっていると、荒い呼吸が聞こえてきた。
恐る恐るそちらを見ると、男がレオンが放尿している様子をじっと見ていた。
「何で、見てるの?」
「は、今更じゃねぇか」
レオンは自分の荷物を抱えると男から逃げ出した。
(見られてたんだ!ずっと!)
用を足している時も、夜寝ながらしてしまっている時も、ずっと男は見ていたのだ。
それに気付いてしまったレオンは泣きながら一番近いギルドに逃げ込んだ。
幸いにも、ギルドにいる者達は皆親切で、レオンは暫くそこで世話になっていた。
その間に男はレオンの夜の失敗を言い触らし、レオンがギルドを出た頃には賞金稼ぎの間ですっかり広まっており、笑われ、馬鹿にされ、誰もレオンと組む者はいなくなってしまった。
レオンはゼロの顔を横目に見る。温泉に入っているというのにゼロは青い顔をしていた。
(こんな話の後ではな)
レオンがこの話をしたのは一度きり。逃げ込んだギルドでだけだ。馬鹿にしている賞金稼ぎ達はレオンの話に耳も貸さなかった。
レオン自身もあの時のことを思い出したいと思っておらず、この話はずっと避けていた。
「僕が今までしてきたこと、本当は嫌だった?」
ゼロが泣きそうな顔を向ける。
「正直戸惑っていた。あんな風に世話を焼かれたり、優しくされることに慣れていなかったからな」
「そう・・・・・・」
「でも、嫌ではなかった」
その一言でゼロの顔がパァッと明るくなる。
「お前がそういう風に見ていないことは感じていたんだ。でも、どうしても不安を拭いきれない。またあんなことをされたらと思うと怖かったんだ」
「それはそうだよ。一度味わった恐怖って簡単に消えるものじゃないもの」
そっと、ゼロの頬に触れる。
しかし、すぐに手を引っ込めた。
「これでも、心を許してる方なんだ。そうでなきゃ・・・・・・」
だからこそ、話したのだ。
今まで避けていたこの話を。
「レオン・・・・・・」
「お、俺はもう上がる!逆上せてきた!」
レオンはゼロに背を向けると、さっさと上がってしまった。
(恥ずかしい・・・・・・!)
真っ赤になった顔を隠すように、レオンは俯いて服に手を伸ばした。
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