11 第1小隊、剣の1班。
昼の森中。とはいえ森は薄暗く、迫る獣の爪はやはり恐怖の対象だろうか。
──「だぁっ!!」
飛びかかってくる蜥蜴型の獣を殴打を伴った盾で弾き返す。獣は空中で体勢を崩し、転がるように倒れ込んだ。
(畳み掛ける…!)
ユリアンナが剣に力を込めると、光は剣に這った。第1小隊 術の2班イングリーズから伝授された、振らば術の斬撃を飛ばす技である。
─閃撃─
飛んだ刃は獣の胴体を切り裂いた。未熟なれど、術の刃は侮れぬ威力であり獣を大きく怯ませる。しかし、この技の真価はもう一つある。
(追撃ッ!)
"振らば整い、二の刃"。それ即ち、剣を振るとは次の構えへの移行を助け、攻めから攻めへと転じられる。ユリアンナは流れのままに突きの構えを取り、獣を見据えた。
「やァッ!!」
地面を蹴り、獣に近付く。そこへ刃を突き立てる瞬間、剣が淡く輝いた。得物に力を纏わせて強化する、これもまたイングリーズに教えられた第1の術である。更に、獣に刃が届くその一瞬のみ発動させることにより高効率を実現した。逆に、今のユリアンナではこうしなければすぐに力尽きてしまうだろう
─突き刺す─
(もう一撃ッ!!)
─とどめを、刺す─
獣は透明の血液を吐き出して、沈黙する。
(よし、次は──!)
ユリアンナは即座に周囲を警戒する、そして新たな獣に注視した。
(来るッ!!)
盾を強く握り、力を纏わせる。同じく第1小隊2班のファーレントから学んだ術である。淡く輝いた盾は強度を増し、故に殴打も威力を上げている。
─迎え撃ち、殴る─
獣を叩き伏せるように殴り、強く踏みつけて動きを封じる。後は分かるだろう。
─貫き、そして斃す─
(ッ…よし……! 次…を……!)
ユリアンナは再び周囲を見る。次に迫りくる獣に狙いを定め、構えを──
「ユリアンナさん、下がってください」
と、彼女の前に大きな人影が現れた。救護隊員、監察役アトゥムである。
「──ッ、…分かりました」
アトゥムがユリアンナを止める理由は、彼女が限界を迎えたからに他ならない。
ユリアンナは鍛錬と真っ直ぐに向き合い、初めと比べるべくもない。しかしまだ、持久力に課題を残している。
「ハールダン、援護を!」
「承知!」
ユリアンナ達の動きを察した第1小隊3班 班長サイウスは班員ハールダンを傍へ向かわせた。
「お疲れさまですユリアンナ。リーちゃん達から教わったこと、よく出来てましたよ」
「…ッ、ありがとう……ございます……」
ユリアンナは息も絶え絶えに、しかしサイウス達の背中を見ていた。
「…よし、残りは俺が引き付ける! 頼むぞスコーピア!」
「承知!」
サイウスは班員スコーピアに指示を出したあと、大地を強く踏みしめて盾を構えた。そして──
─音高く打ち鳴らした─
盾から響いたその音は周囲の獣を一点に引き受けた。
─獣は叫んだ─
「来い!!」
荒くれた咆哮と共に、獣は4匹、サイウスへ飛びかかる。
「ふんッ!」
─強烈な盾殴り─
まずは1匹、踏み下す。
─飛来の矢─
次に2匹、射抜かれる。
「おおぉッ!!」
─盾で殴り上げる─
3匹打たれて宙を舞い。
「スコーピア!」
「任せて!」
─貫き、射刺す─
矢と剣にて、4匹没す。
「……敵襲、沈黙」
3班の双璧は、此処に在った。
「相変わらず凄いですね班長とスコーピアは……3班の特徴って絶対に僕が数に入ってないですよ」
「何を言ってるハールダン、俺たちの働きもお前の援護があってこそだ」
「そんなこと言って班長、もっと僕を働かせるつもりでしょう」
「ははっ、よく分かってるな。さ、動くぞ」
渋るハールダンを促して、3班は倒した獣を背負った。
「しかしまぁ…狩りばかりしているにも関わらず獣が現れ続けますね、しかも向こうから…。まぁ今回は食べるためだから良いんですが、本来の目的である"調査"が全然進んでないように見えますよ」
「何事にも準備は必要よハールダン、食料調達なんて大事も大事じゃない」
「それは…確かに。はぁ……じゃあ僕は、料理の研究でもしてますか……同じ肉ばかりで皆も飽きてきた頃でしょう。あぁ、次の狩りは野菜も採っておかないと栄養の偏りが……」
「…ふっ、楽しみだな。ユリアンナも消耗しているし、戻って少し休むか」
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ひと仕事終えた一行は、そのまま調理場へと向かった。
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「おーサイウス、おつかれさん」
「ステリオ。1班も休憩か?」
調理場では、ステリオ率いる第1小隊1班が寛いでいた。
「そんなとこ。…おっ、ハールダンさんさっそく調理場立つの?」
「ええステリオ班長、鮮度もありますから。昼食、ご用意しますよ」
「そりゃ良い運命だ、できたてを楽しみにさせてもらうぜ?」
「ええ、ちょっとお待ち下さいね」
ハールダンは慣れた手付きで前掛けを身に着け、調理器具を手に取った。
「──…班長、暇だ。剣を振ってくる」
と、1班の1人が席を立った。
「あっ、おい待てよシオン! 今日動きっぱなしだったろ、少しは休めって」
「くだらん。剣を振れば休息だ」
第1小隊1班、班員シオン。無骨な男性だ。海より深い青色の短髪、そして同じく蒼の瞳はどこか虚ろにも見えるが、そこには確かな熱意が燻っている。彼は剣の道をひたすらに進んでいるのだろうが、あまりにも無愛想だ。
「まぁまぁ、良ぃじゃないですか班長。あいつの性格は知ってるでしょ? 私が見とくよ」
「…はぁ、分かった。いつも悪いけど、頼むなドゥールス」
「応! なぁに、気にしないでください、いつものことなんで。飯出来る頃には戻らせるね!」
1班のもう1人が、シオンの後を追った。
第1小隊1班、班員ドゥールス。華奢で可憐な男性だ。よく手入れされた艶のある黒髪は一部藍色に染まっており目を引く。目元にも化粧が施されており、紫色の瞳が映えている。軍でも1番と言えるほど見た目に気を遣っているだろう、鎧にすら自分の色を入れている。剣の求道者シオンとは幼馴染であり、彼への気安さもそういうことだろう。
「シオンとドゥールスは相変わらず…。私達は淑やかに待っていましょうねステリオ班長、折角二人きり…ではないですけど似た状況ですし!」
「…そうだなリヴァンティア、僕達はゆっくり待つか」
「ええ。あっほら見てくださいハールダンの包丁さばき!」
「ああ、巧みなもんだな……。──って リヴァンティア、さっきから僕の方しか見てないだろ」
「いえいえ大丈夫です見えてます、前にリーゼ第2班長から視野拡張の術をご教示頂いたと言いましたけど、今もそれです。やっぱり肉眼はステリオ班長をずっと見ていたいなあ、と…」
「……そっか」
第1小隊1班、班員リヴァンティア。透き通った深緑の髪を一つに結び、そして翠の瞳はステリオをずっと見つめていた。言うまでもなく彼女はステリオに惚れているし、彼女自身もそれを隠さない。ある意味、正直なのかもしれない。なんにせよ、少々病的にも見えるが。
個性派揃いの1班だ。しかし全員が剣豪に違いなく、第1小隊が誇る"剣"に相応しい実力者だ。
「あっ、お騒がせしてすみませんサイウス班長。どうぞ皆さん座ってください、仕事のあとでお疲れでしょう」
「あ、ああ…、気遣いどうもリヴァンティア」
ステリオに視線を注ぎ続けたまま語った彼女に困惑しつつ、ユリアンナ達も腰を下ろした。
「やはり不思議だなステリオ、お前の班は。戦場であれだけの活躍してるとは思えない和やかさだ」
「ははっ、それ褒めてんのかサイウス?」
「褒めてるさ、お前の明るさには昔から助けられてる。なぁスコーピア?」
「ええ。あんたはいつだって楽観的だけど、それって私達に足りないものだわ」
「な、なんかむず痒いな…。しかし、あのステリオが班長とはね? サイウスはともかく、ステリオはそういうの苦手と思ってたけど」
「俺もだよスコーピア、今やれてるのは皆のおかげだ」
「ご謙遜をステリオ班長、私達1班はみんなステリオ班長だから付いて行ってるんです。言うなれば、私達の運命が貴方です」
「リヴァンティア…。ったく敵わないな、ありがとう」
「…はいっ! ──あ、そうだユリアンナさん!」
ふと、リヴァンティアがユリアンナを呼んだ。…やはりステリオの方へ向いたまま。
「はい、なんですか?」
「2班のルーディアさんから聞きましたけど、ユリアンナさん2班の人達と一緒に特訓してたんですよね?」
「ええ、光栄にも…」
「それって凄く…素敵です! ステリオ班長、私達もやりましょうよ! ユリアンナさんも第1小隊の仲間、やっぱり親睦を深めないと!」
「良い考えだなリヴァンティア、…シオンにも良い刺激になるかな。よしユリアンナ、夜時間空いてるか?」
「はいステリオ班長、大丈夫です。是非よろしくお願いします」
「やった! ありがとうございますステリオ班長! よろしくお願いしますユリアンナさん!」
リヴァンティアはユリアンナに握手を求める。
「──そういうときくらい相手の方見ろリヴァンティアっ」
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特訓の約束をした後、ユリアンナ達3班は再び狩りに出た。
獣が生い茂る森の中では、拠点をより安全にしなければならない。そのため、まずは何日もかけて環境を整えるのだ。狩りは食料調達でもあれば、獣の骨は木材と同じであり良質な建材となりうる。
資源は豊富だ、生きるに困ることはない。しかしその豊かさが故に、生活域はいとも簡単に呑み込まれる。戦っているのは、自然そのものだ。
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───崩れるように座り込む─
「はあぁ……疲れましたぁ……」
「……眠い、寝るわ」
場所は再び調理場、仕事を終えたハールダンは机に倒れ込み、スコーピアは一足先に寝床へ向かった。
「…二人はいつもこの調子だな」
「そうですね…この数日で分かってきました」
サイウス、ユリアンナ、そしてアトゥムの3人は、肩を並べてその様子を見守る。
「あぁ…食材の仕込みをしておかないと……後はみんなのために間食の用意…、でもまずは僕自身の腹ごしらえ…!」
ハールダンはなんとか立ち上がり、調理場に立った。
「頼もしいな、ハールダン。…どうだ、ユリアンナ。軍の雰囲気には慣れてきたか」
「はい、少しずつ…ですが。皆さん良くしてくださっています」
「そうか、良かった。皆ユリアンナの成長が楽しみなんだろう。…ああいや、重圧をかけるつもりはないが」
「ありがとうございます、班長。…私個人的にも、早く皆さんに恩返しできるくらい強くなりたいと思います」
「…よくやっているなユリアンナは。この森に来てからも特訓続きだし、休憩時間も本を広げて勉強してる。なかなか出来ることじゃないが…無理はするな──というのは難しいんだったか」
「う…すみません班長、気を付けてはいるんですけど……限界が掴めなくて」
「その点に関してはご安心くださいお二方。自分が責任を持って管理致します」
「アトゥム…そうだな、班長としては情けない限りだが…俺からも頼む」
「ええ、お任せください。…ですが、少しずつユリアンナさんの基礎体力も向上している様子。この調子ならば、改善もされていくでしょう」
「本当ですか…! それじゃあ早くそうなって、目をかけて頂いた分働きで報いねばなりませんね」
「…実直だな。なんと言うか、ユリアンナらしさが分かってきた気がするよ」
──「サイウスー、ユリアンナー、来たぜ」
3人の元へ、ステリオ率いる1班が現れた。面倒そうにしているシオンと、その側に居るドゥールス。そして班長を凝視するリヴァンティアだ。
「おい班長、なぜ俺も付き合わなければならん」
「仲間で先輩だろシオン、胸貸してやれ」
「訓練初日に倒れたやつだろう、今やりあってもお互い得るものなどない」
──「いやそうとも限らないよ、シオン」
もう1人、此処へやってきた。第1小隊長のアエリッサだ。
「小隊長? どういう意味だ、それは」
「中々侮れない存在だ、ユリアンナは。…まだシオンには物足りないと思うけど、"面白い"と思うね」
「チッ、おかしな評価をする…。まぁ、分かった。おいユリアンナと言ったか、また途中で倒れるなどとつまらん真似はしてくれるなよ」
「"心配です、とにかく気を付けてください"でしょ」
「ドゥールス、黙っていろ」
「素直じゃないなぁ全く。ユリアンナちゃん、怖がらないであげてね。シオンって優しいから」
ドゥールスは微かにいたずらっぽく笑う。
「じゃあユリアンナ、行こうか」
「はい、よろしくお願いします。ステリオ班長」
「サイウスも来るだろ?」
「ああステリオ、勿論」
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ユリアンナ達は1班と共に鍛錬場へ向かう。
あたりは闇が深まってきたとはいえ、熱心な兵士たちは相当な数集まっている。職務ではあるだろうが、力は自分の命を守るものだろうし。
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──「さて…まずは準備運動がてら一戦やるか。リヴァンティア、頼む」
「お任せください、ステリオ班長!」
まずはリヴァンティアが躍り出る。尚もステリオの方へ向いたままだが、彼女は確かに気迫を放っている。
「おいリヴァンティア、ちゃんと相手を──あ、いや…むしろ都合いいか。ユリアンナ、とりあえず今日の目標だ、リヴァンティアの視線を奪ってくれ」
「えっ、ど、どういうことですか班長!?」
「簡単だぜリヴァンティア、視野拡張の術ってのも術である以上消耗する。術が切れれば、余裕をなくしたってことだ。その状態になったなら、明確に特訓の成果だろ?」
「…なるほど。ユリアンナさん、負けませんよ!」
二人は意気込んで、剣を構えた。
「勝ち負けの話じゃないんだけど…まあいい。そんで、もう一つお題を出すぜユリアンナ、この特訓中は"必ず剣で防御して"。盾が武器なら、剣も防具だ。サイウスの部下なら何となく分かるかな?」
「はい、ステリオ班長」
「よーし、じゃあ用意……始めッ!!」
───刹那─
(っ…!?)
リヴァンティアの踏み込みは、鋭かった。研ぎ澄まされたその剣閃はユリアンナを捉える。
「はアァッ!!」
───これこそ、剣撃─
ユリアンナが構えた訓練剣は無慈悲に宙を舞った。木製のそれはからからと音を立てて地面に転がる。
初心が故の歪み、そこを突かれた。
「な、い、今のは…」
「ふふっ、これが剣の1班です」
リヴァンティアは落ちた訓練剣を拾い上げ、ユリアンナに手渡しながら語った。
「けど、ユリアンナさんも基本はしっかりしていますね。訓練と真面目に向き合っているのがよく伝わりましたよ」
「だからそういう時は相手の方見ろってリヴァンティア…。ま、気ぃ落とさないでなユリアンナ、このひとが基本以上ってだけだ。それじゃ今日は本格的に、剣での防御を叩き込むぜ。準備は?」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「よーし」
ステリオは訓練剣を手に、リヴァンティアの前に立つ。
「まずは実演だリヴァンティア、打ってきな」
「応! 行きます!」
リヴァンティアは地を蹴り、ステリオに斬りかかる。
───鋭い弾き─
一瞬、ステリオの剣が消えたように見えた。次の瞬間、リヴァンティアの訓練剣は空を回って、ユリアンナの足元に突き立った。
「──と、こんな感じだ。重要なのは手首かな。敵が攻撃をする瞬間独特の隙、その一番弱いところを見極めて剣を当てる。上手くいけば、無力化どころか敵の体勢を崩すことだって出来るだろうぜ。盾のそれより危険はあるけど、その分見返りもある。…まぁ確実性が重視される兵士としては良くない業かもだが、"死角が減る"ってのは悪くねえだろ?」
ステリオは解説しながら、訓練剣をくるくる回す。
「あとは弱点だけど……──マグナス! ちょっといいかな?」
《あー!!? なんだステリオォ!!!》
「一発くれる?」
《よし来たァー!!!》
ステリオが鍛錬場に居た第2小隊の猛者マグナスを呼ぶと、彼は何も聞かずに訓練剣を振り上げてステリオに襲いかかった。ステリオはもう一度弾いてみせようとするが…
───それは、無慈悲─
…ステリオが持っていた訓練剣は、無惨に折れた。
「──こんな風に、手を抜くと馬鹿力にはどうしようもない。相手の見極めも肝心って訳だな」
「あ…? 何だステリオォ!! これで終わりか!!?」
「ああ…まあな。ごめんマグナス、急に呼んで」
「ったく、次は相手しろよな!!! ユリアンナ、頑張れよォー!!!」
マグナスは轟声を響かせながら、自らの鍛錬に戻った。
「……いいやつだよな、彼。じゃ、実践と行こうかユリアンナ」
「はい!」
ユリアンナは得物を構え、再びリヴァンティアと対峙する。
・・・・・・・・・・・・・・・
鍛錬場に訓練剣同士がぶつかる小気味よい音が響く。それはいつしか人を呼び、観客すら出来ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
───剣で弾く─
「良いぞ! そのまま反撃!」
高密度の鍛錬だ。死線を繰り返す弾きは集中力を多大に消費するが、それはユリアンナと相性が良い。ユリアンナは鍛錬中、余計なことを考えない。あるいは、考えないようにしているのだ。集中など出来るなら、出来る限りを発揮する。
「はァッ!!」
─刃は届かず─
しかし、リヴァンティアも先達らしく崩れない。巧みに弾き、ユリアンナに喝を入れる。
「ユリアンナさん、なんて熱意…。不思議と楽しくなってきましたよ、私!」
─剣がかち合う─
「──あれ、シオン珍しいね? 他人の鍛錬ずっと見てるなんて」
「ドゥールス……俺にも分からん。だが、不思議と見ていて飽きないな」
「──では、そろそろ手合わせしたくてウズウズしてきたんじゃないか、シオン?」
「サイウス班長…? なぜ分かったんだ」
「ユリアンナにはそういう魅力があるんだ。どんな相手にでも必死で食らいつき、回数を重ねれば重ねるほどその分少しずつ強くなっていく。手合わせの相手としては、これ以上無いと思うぞ」
「……フン、"面白い"な。確かに」
─音高く、弾いた─
「おっ、今のは相当良いぞ! 逃すなユリアンナ!」
数を重ねて、ユリアンナの目は確かに成長している。この時、ついにリヴァンティアの剣をうまく捉えた。
強く弾かれて、リヴァンティアの体勢が揺らいだ。ユリアンナはすかさずそこへ叩き込む。
─押し斬る─
体勢が揺らいだリヴァンティアは満足に弾きを行えない。ユリアンナは、主導権を握ったのだ。
(好機は逃すな…畳み掛けろ! 余計なことを考えずに!!)
ユリアンナは思考を一本にして連撃を繰り出した。その隙間に淀みはなく、リヴァンティアを押していく。
「……くっ!」
そして、次の瞬間。
リヴァンティアが、前を向いた。
───弾き飛ばされる─
一瞬。リヴァンティアの放った一閃がユリアンナの訓練剣を叩き落とした。ユリアンナはその勢いのまま転ばされ、剣先を向けられる。
「……私の、負けですね。ユリアンナさん」
リヴァンティアはユリアンナをまっすぐ見て、微笑んだ。
「そこまで。…うん、取り敢えず目標達成だなユリアンナ。長時間、よく頑張った。リヴァンティアもお疲れ様」
「はいステリオ班長! でもやっぱり悔しいです!」
「そうだな、リヴァンティアも精進あるのみってこと。それじゃ、休憩入れた後もっとキツイの行くからな。覚悟しといて」
「はいッ!」
ユリアンナは乱れた息を整えながら近くの椅子に腰掛けた。そしてすぐさま、本を広げた。
「──や、ユリアンナさん。お疲れ様です」
隣に、リヴァンティアが座った。視線はやはりステリオへ向いたままだが。
「お疲れ様です、リヴァンティアさん」
「うん、私も良い鍛錬になりました。…ユリアンナさん読書中? いや、えっ、辞書? 読んでるの」
「はい。覚えることが沢山ありますから」
「あぁー…そう言えば、行き倒れと聞きました。しかも記憶喪失とか何とか……」
「えっ、記憶喪失?」
「違いましたか? そういう噂があって」
「……まぁ、それくらい何も知らないというのは確か…ですね。こうして辞書も読んでますし。……って、噂になってるんですか?」
「うん、"拾われた時は何も覚えていなくて、右も左も分からないから取り敢えず兵士になってみた"…って。……うん、今考えるとユリアンナさんそんな人じゃないですよね多分」
「はは…、そうですね。兵士になったのはしっかり自分からです」
「……だとするとまた気になりますね、兵士になった理由。お聞きしても?」
「はい、ええと、"自分に向いてる"と思ったので。…でも、そんなに気になることなんですか兵士を選んだのって」
「時代…かな。戦いに身を置くなら傭兵の方が何かと都合良いんですよ、働くだけ稼げるし、生活が縛られることもないですし。いま兵士を選ぶのは、国を守りたいとかそういう理由が多いんです。……私は、ステリオ班長に一目惚れしたからですけど」
「……たしかに私は、この国を守りたいとか、誰かを追いかけてとか、そういう理由はないですね。漠然と、強くなりたいだけです。生きる理由とか目標って…もうあまり無くて」
(一緒に居たかった灯華とも、離れ離れになってしまったし)
「──あっ、もちろん仕事には全力で取り組みます!」
「な、なんと言うか、武人ですね…。ユリアンナさんならもしかして、シオンとも……」
「えっ?」
──「おい、ユリアンナ」
ふと声がした、見ると、シオンが威圧的に立っている。
「っと、噂をすれば来ましたね」
「立て、そろそろ再開だ。俺と仕合ってもらうぞ」
「は、はいシオンさん! よろしくお願いします!」
ユリアンナは立ち上がり、訓練剣を手に取った。
「ユリアンナさん、その…頑張ってくださいね!」
(……嫌な予感がする)
・・・・・・・・・・・・・・・
───激しい当たり─
「軽いぞ!!」
シオンの剣は、ユリアンナを身体ごと打ち崩した。
(やっぱり…! シオンさん、マグナスさんと似てる感じがする……!!)
ユリアンナは即座に立ち上がり、構え直す。
「フッ、立ち直りが早いな。面白い…!」
(また来る……ッ軽いなら、もっと強く踏みしめろ…!!)
「うおぉッ!!」
───弾き飛ばす剣撃─
「ッあっ…!?」
今度は剣を打ち抜かれた。衝撃により、強いしびれが襲う。
(くっ…攻撃が激しい…!!)
落ちた訓練剣を素早く拾い、もう一度構え直す。だがその瞬間──
「──はァッ!!」
───待つ暇もなく─
ユリアンナは再び斬り飛ばされた。
(は、早い…!!)
「お、おいシオン! やり過ぎだ!! もう少し待って──」
「──いいえステリオ班長!」
「な、…ユリアンナ?」
ステリオの制止を、ユリアンナ自身が止めた。
「このままでお願いします! シオンさんッ!!」
ユリアンナはまた再び構え直し、相手を見据えた。シオンは口角を上げ、吠える。
「良いだろうッ!!」
───ぶつかり合う─
・・・・・・・・・・・・・・・
シオンとの鍛錬は、リヴァンティアのそれとは比べ物にならないほど激しかった。号令もない、確認もない、ただ構えれば始まった。無駄が一切省かれた剣のぶつけ合いである。
シオンの性分なのだろう。しかし、ユリアンナの性にもまた合っていたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
───打ち合わす─
「──ユリアンナ、良いぞ貴様…!! 遅いと言えば早くなり、軽いと言えば重くなる…! 俺は、楽しい!」
シオンは言いながら、再びユリアンナを斬り崩した。
「ッ…はぁ…はぁ……! 光栄です…!!」
ユリアンナもまた、全身に力を込めて無理矢理にでも立ち上がる。
「こうなれば細かいことなど言ってられん…! ユリアンナ、貴様は弱いッ!! 強くなれッ!!」
「はいッ!!」
ユリアンナは強く応え、シオンに向かっていく。…が、やはり一撃で跳ね返された。
(ッ…まだだ!!)
それでも、ユリアンナは立ち上がる。
「はあァッ!!」
───雄叫びと共に─
「──…ま、まさかそんな……」
ステリオ達は、唖然とした様子でそんな二人を見ていた。
「シオンに、食らいついてるのか…? あれだけ力の差があって…!?」
「ユリアンナはマグナスとも張り合おうとした人間だぞステリオ。…まぁいざ目の当たりにすると衝撃だが」
「でもサイウス…なんというか、混乱するぜ……。一戦一戦で見れば、正直言ってユリアンナは弱いんだ。それに回数で見たら、習得も遅いくらい…。けどやっぱり…鍛錬の密度が高すぎる…! 普通だったら簡単に心折れるよこんなの…!?」
「こんな風景を見せられると、初心を思い出すな。俺達も負けていられない」
「…そうだな、サイウス。皆も──あれ、リヴァンティア、ドゥールスは?」
ステリオは辺りを見回すが、ドゥールスの姿だけが見えない。
「え…、さっきまでここに……ッあ、班長あれ!」
リヴァンティアが指差した先は、特訓中のユリアンナ達だった。
───打ち合いは続いている─
(次…次は…!)
──「ユリアンナちゃーん」
「え、ドゥールスさ──」
───それは、襲撃─
「──ッ!?」
ドゥールスは剣を振り上げ、襲いかかった。ユリアンナはこれを辛うじて受け止める。
「獣相手だと基本は多数戦…。シオンと私の連携、捌いて見せな!」
ドゥールスの背後から、シオンが現れ斬りかかる。
─その姿は、二柱─
「うぁッ!?」
ユリアンナは衝撃に負け、音を立てて押し飛ばされた。しかし手早く剣を握り、再び立ち上がる。
(…そうだ、マグナスさんたちとの特訓を思い出せ……!! この状況はむしろ──)
「光栄です! よろしくお願いします!!」
「「よく言ったァッ!!」」
ユリアンナと剣豪の二柱は決して躊躇うことなく全力の剣を交わし続けた。
「──なんてこった、ドゥールスにも火が点くなんて珍しい……」
「楽しそうなシオンを見て上がっちゃったのかもしれませんね…。確かに最近のシオンは退屈そうにしていたし、ドゥールスもそれを心配してました」
「それは良いんだけど…、あれって絵面が新兵いじめそのものなんだよなぁ……。ユリアンナは歓迎してるっぽいけど、流石に……」
──「ご安心をステリオ班長、このままやらせときましょう」
ステリオの背後から、別の声が届いた。救護隊員ジュリアムだ。隣には第1小隊長アエリッサの姿もある。
「えっ、ジュリアムさん? いいの?」
「ええ、救護隊が許します。アエリッサ小隊長もね?」
「ああ、最近ユリアンナがどういう人間かあたりをつけててね、鍛錬には文字通り全力で取り組ませることにしてるんだ。…勿論、救護隊の監視は必要だけど」
「でも…あの絵面やばくないですか。いくらユリアンナが望んでるからって……」
「良いんだステリオ。望んでるなら、望むようにやらせればいいさ。…きっと彼女は、昔から"ああ"だったんじゃない?」
「そいつは…はは、彼女今までよく生きてましたね」
「全くだよ、…良い友人が居たのかな?」
構え、負け、また構え、そして負け。全く歯が立たず、勝機もない。しかしユリアンナは折れなかった、故にその剣技も少しずつ研ぎ澄まされていく。少しずつ、ほんの少しずつ。しかし確実に。
それは奇怪な現象だった。こんな稽古は短命が多い、強者は退屈し、弱者は折れる。しかしユリアンナは折れることなく、更に燃え上がる。それは強者を退屈させず、驕らせない。
同じ景色だ。打ち、返され、倒されて、至らぬ結果が積もりゆく。土に濡れ、汚れようとも立ち上がり、そして決まってこう叫ぶ。
「"もう一度!"」
シオンとドゥールスは、やはり剣で応えるだろう。
─かち合う─
・・・・・・・・・・・・・・・
どれだけ長く、打ち合っていたか。いつしか夜も極まって、鍛錬場から人気は薄れていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
───夜闇に響く快音─
ユリアンナは弾かれ、後ろへ押し戻される。だがいつの間にか、膝はつかなくなっていた。
(…くっ……遅れた…!)
「軽いねユリアンナちゃん、足運びが甘い」
「まだまだ弱いな、だが確かに研がれている…くく……、やはり楽しいなユリアンナ。早く至るがいい…!」
「…はは、こんなに活き活きしてるシオン久しぶり……」
そう言うドゥールスもまた、高ぶりを隠せない様子だ。やはりどうしようもなく、剣士なのだろうか。
「さぁ、もっと見せてみろッ!!」
(っ、来る!!)
シオンは剣を構え、鋭く前進する──
───だが、阻まれた─
「──何ッ、ぐあっ!?」
───勢いのまま転ばされる─
ユリアンナたちの間で燃えていた闘志は、ふっと消えた。
「はい、そこまで。そろそろ撤収ね」
シオンを投げ飛ばしたアエリッサは、一仕事終えたように手を叩く。
「っ、小隊長…? 邪魔をするな何の真似だ」
「もう夜も更けてきた、だからこれで終わり。そろそろ寝ないと明日に響くよ」
「これからだというのに──」
「悪いねシオン、配慮できるギリギリが今なんだよ。私達は軍隊だ、分かるな?」
「……チッ、承知した」
シオンは不満げに立ち上がり、しかし従順に宿舎へ戻っていった。
「ふふ、昔から結構聞き分け良いんだよねシオンは…。じゃ、ユリアンナちゃんお疲れ様! また頼むね!」
ドゥールスもユリアンナに手を振って、シオンを追いかけていった。
「ありがとうございました!」
ユリアンナは二人の背中に、深々と頭を下げた。
「……あいつら、途中から僕たちのこと忘れたな?」
「はは…完全に三人だけの世界でしたね……。ともあれお疲れ様でした、ユリアンナさん! 次は負けませんよ!」
「だからリヴァンティアそういう時の視線は……はぁ、まあいいか。ユリアンナさん、…あー、こう言うのもあれだけど、良ければまた付き合ってやって」
1班のステリオとリヴァンティアも、シオン達に続いた。
1班4人の背中を見送ると、ユリアンナの身体にどっと疲労がのしかかった。今まで鍛錬に夢中で気付かなかったそれを、一気に自覚したのだろう。
(あ…やば……意識──)
───受け止める─
崩れ落ちたユリアンナを、サイウスが受け止めた。
「──っと、危なかった。流石に疲れただろう、ユリアンナ。……ユリアンナ?」
サイウスが呼びかけるも、ユリアンナから返事はない。聞こえるものといえば、すうすうと聞こえる小さな寝息のみだった。
「……寝てる、のか?」
確かに、ユリアンナは眠っていた、安らかに、やり遂げたようなやり残したような表情で。
「ふふっ、そりゃあ誰だって倒れるくらい疲れるだろうね…、あんなに動きっぱなしでさ」
「ええアエリッサ小隊長。こういう倒れ方なら健全なんすけど……、ま、そう仕向けるのも俺ら救護隊の仕事っすかね。じゃ、サイウス班長、ゆっくり運んであげてください」
「分かった、ここまで感謝するぞジュリアム。小隊長も、ありがとうございました」
「ああ、私も有意義な時間を過ごせた。ますますユリアンナの将来が楽しみになったよ、それじゃ」
ジュリアムとアエリッサは、あくびをしながらそれぞれの宿舎へ戻っていった。
「アトゥムも、ありがとう。ずっと稽古の様子を見ていたから、疲れただろう」
「…否定はできませんが、仕事ですので」
「君も君で頑固──いや、譲れないものなんて幾らでも在るか。身体には気を付けてな」
「はっ、お気遣い痛み入ります」
夜闇の野営地に、二人の足音が溶けていく。
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ユリアンナを抱えて彼女の宿舎にたどり着いたサイウス達は、とある問題に直面していた。
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「……不味いな」
「問題ですか?」
「ああアトゥム。そういえばユリアンナは、スコーピアと同室だろう?」
「…ああ、"あの"スコーピアさんですか。しかし、人を一人運び込むくらいではそれほど大きな音は……あぁ、鎧や武器を付けたまま寝かせるのは体に悪い」
「……俺は、スコーピアを起こさずにそれらを外す自信がない。表で外して、個別に運び入れるしかないか…? しかし……」
「……一つ、方法があります」
「アトゥム? 何でも良い、何だ」
「私の術で音を消します」
「音を消す? …聞いたこともないが──まあ何でも良い、今は頼るだけだ。お願いする、アトゥム」
「承知」
アトゥムが念じると、彼から発せられる音、彼が触れた物の音だけが確かに消えた。
「おお…! これなら大丈夫そうだ…、革新的だぞアトゥム…!」
「では、始めましょう」
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作戦は、しめやかに実行された。
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ユリアンナは何事もなくに寝台へ寝かされ、アトゥムも無事に宿舎から生還した。
「……ただいま戻りました」
───手を握る─
「…班長?」
「ありがとう…ありがとうアトゥム…! 感謝の至りだ。さぁ、早く離れるぞ」
「あ、いえ…私はここで、ユリアンナさん監察の役目がありますので」
「そうなのか…くれぐれも気を付けてくれ」
「はい班長、おやすみな──」
──「ここかあああぁぁァーッ!!!」
「「ウワーッ!!?」」
不意打ちの大音声には、意図せずに大声が出てしまうものだろうか、静寂だった宿舎は突然の大合唱に切り裂かれた。
「リ…リーゼ!? 何をしに来たんだよりによってこんな時に…!」
「今、術の2班を率いるこの俺が感じたことない術の気配がしたッ!! アトゥムだよな今使ったの! なんだ、何を使ったんだ!?」
「え、ええ、音を消す術を…」
「音を! 消すゥ!! そうか道理で…! それって領域による遮断じゃないんだよな? 物質の表面を覆うとか…!? なあ頼む教えてくれないか! 呆れるほど久しぶりなんだ俺が知らない術を見るのは! 精製の癖もこの地域のやつとは全然違った気がする! どこの術だ!?」
「待て、待てリーゼ! 頼むから声量を落としてくれ…!!」
「えぇ? なんでそんなこ…と──」
言葉の途中、リーゼは突如として絶句する。その視線は、サイウスの背後に注がれていた。
この場に100人居たとすれば、その50が魔物と呼び、40が死神と呼び、9が"何か"と呼び、1は何も言えずに倒れるだろう。
スコーピアは、多大なる威圧とともに、立っていた。
「そういう、ことか……、でも安心して任せなサイウス」
「えっ、何をする気だリーゼ?」
「眠らせてやるのさ、催眠術だ!」
───閃光─
この光を正面から浴びたものは、極大なる睡魔に襲われる。常人であれば一秒とかからず力が抜け、夢の世界へと旅立つだろう。
しかし、目の前に在るのはおよそ常人ではないのだ。
「──宣戦布告と…受け取っていいのね?」
スコーピアは一切の容赦なく剛拳を放つ。
─地を割るかの如き一撃─
リーゼは術の盾を展開し咄嗟に受け止めるが、しかしスコーピアは止まらず、容赦ない連打を放った。
「うわっ、ちょ!? 寝たいんなら寝てよォ!? いや…俺の術が鈍いんだ…ッ。本当にごめんサイウス! 俺が食い止めるから二人は逃げてくれ!」
「いいやリーゼ、一人では無理だ! 協力して止めるぞ、周りに被害が及ぶ前に!」
「私も助力します、格闘なら心得ておりますので」
「…ありがとうサイウス、アトゥム! じゃあまずは音を遮断するぜ! それから催眠術を練り直すから援護頼む!」
「了解だ!」
サイウス達は、強大なそれに立ち向かう。
「──流石に目が覚めちゃったな……班長たち、大変そう…」
宿舎で一人横になっていたユリアンナは、ぽつりと言った。とはいえ疲労は変わっておらず、音が止めばすぐに眠れるだろうが。
(そうだ、日記…書かないと)
ユリアンナは身を起こして日記を引っ張り出し、鉛筆を走らせる。
(今日も色々なことがあった……、狩り、1班の人達との交流、そして全力の特訓…。正直言って、少し楽しい。……新生活って、やっぱりそういうものなんだろうな……。後は、灯華が居てくれれば……なんて、いつまで引きずっているんだろう、私)
ユリアンナは自分にため息をついて、日記を閉じる。そして横になり目を瞑ると、否応なしに灯華の姿が思い浮かんできた。
こういう夜は、決まってあの夢を見る。
(明日も、寝起きは最悪だろうな……)
けれど、決して嫌ではなかった。夢の中でも、触れられなくとも、灯華の姿を見られるのならずっとましだ。
おまけ『なぜなにティラマリエ』
「あ゛ー……」
「いかがしました灯華さん、突っ伏して……」
「…覚えてくれてるのは嬉しいけど、私の存在で結衣のことを縛りたくない……」
「……難儀なものですね。…お茶でも飲みますか?」
「いただきます……、──ッ! !? あ、ぐぇ…ッ!?」
「お、おや…? 口に合いませんでしたか……」
「けほっ…がはっ……、な、なんですかこれ…!! 苦くて酸っぱくて…あ゛ッ辛さも来た……ッ!! あっ、ぎっぅおおお…!!?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「──申し訳ありません…ここまで味覚が違うとは…」
「はは…びっくりしましたよ…。でもいい気分転換になりました。始めましょうか管理者さん、せーのっ」
「「なぜなにティラマリエー!」」
「皆様ご無沙汰しております、管理者です」
「特別助手の並木灯華です!」
「このコーナーでは小話を交えつつ振り返り等を行っていきます。本編とは関係の無いものなので読み飛ばして構いません。本日は、獣の利用についてです」
「狩りをしてましたね。料理も美味しそうでした…、異世界の料理ってどんなものだろうと思ってたけど、こっちとそこまで大差ないよね?」
「そうですね。ハールダンさんをはじめ、料理に情熱を注いでいる方は多く居ます。人の道は、やはりどこかに繋がっているのでしょう。森の中では、他にも食材となるものが多く茂っていますね。とある理由から毒性があるものも極端に少ないですから、資源だけで言えば森で一生を終えるなど容易なことです、知識が全く無くとも」
「良いことばかりに聞こえるけど…実際は獣が居ますもんね」
「はい、彼らの繁栄速度は驚異的です。とはいえ、獣もやはり資源の一つと言えるでしょう、肉はもちろん血液も食用として利用されていますし」
「えっ血液?」
「ええ。…そちらの世界でもある程度一般に食べられていると思いますが」
「あれ…そうなんですか……お国柄かな……」
「まぁティラマリエにおいては人間の血液は気体で、獣のそれとは大きく異なります。啜るに抵抗もないでしょう、そも植物ですし果汁と大差ありません」
「うーん、なんだか混乱してきました。じゃあ捨てるところもあまりなさそうで良いですね」
「ええ、皮は衣類や防具にもよく使われますし、骨は強固な建材と成り得ます。これらは切断面を組み合わせると吸着し一つになる"結合"現象が強く見られ、拡張性の高い素材として重宝されています。この性質は修理、補強にも応用され、多少の傷は新鮮なおがくずや木片などで埋めると瞬く間に同化し、修復できます」
「うわぁ…便利さって言うより、自然の脅威を感じますね今の話聞くと」
「ええ、正に。生きている獣の場合は、これが再生能力として作用します。傷は修復され、危機感知で身体全体がより強くなります。特に瀕死の獣は再生能力が著しく働き、もし放置すればより強い脅威となります。この性質故に、兵士たちは確実なとどめを刺すように訓練されています」
「味方にしたら頼もしい、敵にしたら厄介……うん、自然ってそういう印象あるかも」
「上手く利用しなければ飲み込まれてしまうというのは、そちらの世界と同じですね。さて、今回はここまで。灯華さん、質問などありますか?」
「はいっ! 結衣がスコーピアさんを起こさずに寝支度を整えられるのは何故ですか?」
「ユリアンナさん持ち前の気遣いです。後は、スコーピアさんも彼女が帰ってくる音に関しては無意識下で身構えているので、ある程度は寛容です。スコーピアさんは元々感覚が鋭く、3班の斥候としても活躍していますし…逆に今回のような予想外な音には敏感なのでしょう」
「うーん、あの人もあの人で超人だな…」
「それでは皆様、またいつか会える日を楽しみにしております」
「私はずっと! 結衣を見てるからねーッ!!」
※このコーナーは隔絶された時空からお送りしています。現実の並木灯華は一切の事情を知りません。