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10 第1小隊、術の2班。


光の中、天井も壁も地面すら何一つ無い世界に、高山結衣は立っていた。


辺りは霧のようなもので覆われており、見える物も何もない。仕方がないので一歩踏み出してみる。…どうやら歩けるらしい。一歩、また一歩と進んでいく。足音も無く、ただ何もない場所をひたすらに。


ふと、何かの影が見えた。近づくにつれ、それが何か分かる。制服を着た高校生だ。そして、それが誰かも知っていた。


(──どうせ夢だ。…そんなの分かってる)


しかし結衣は、その影に向かって走り出す。見間違える筈がない、あれは私の親友だ。この何もない景色の意味もすぐに分かった、私の世界には彼女しかいなかったからだ。ずっと会いたかった、ずっと心細かった。ずっと傍に居たかった。


手を伸ばす。もう少しで触れられる、もう少し、あともう少しだったのに。


突然に背中から熱気を感じた。それは徐々に迫ってくる。結衣が命を落としたあの時のように。伸ばした手が届く筈もなく、熱は結衣の身体を飲み込んでいく。意識も次第に溶けていき、"彼女"の姿も薄れていった。結局、夢は夢のまま終わるのだろう。


「灯華!」


けれど届かない言葉を、届けようとして。


返事は、やはりなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・


「──…っ!」


宿舎の中で、ユリアンナは目を開ける。目からは涙が(あふ)れていた。


(…またこの夢だ。──夢の中くらい、会わせてくれたっていいのに)


ユリアンナは涙を拭って、身を起こした。


ーーーーーーーーーーーーーーー


鎧を着てから宿舎を出ると、その直後。ユリアンナに声をかける人物が一人、救護隊員アトゥムである。


「おはようございます、ユリアンナさん」

「あ…、おはようございます。アトゥムさん」


ユリアンナの起床時刻は早く、森の中はほの暗い。そしてアトゥムの足元をふと見ると、何かしら違和感を覚えた。


「…アトゥムさんもしかして、夜からずっと此処に?」

「はい、監察役の仕事ですので。ユリアンナさんの力を感じ取れる範囲での待機を命じられております」

「それって、どうやって寝て……」

「直立での睡眠となりますが、仕事中は普段からそうしておりますのでご心配には及びません。お気遣い痛み入ります」

「た、立ったまま眠れるものなんですね! …あの、良ければコツをお聞きしても良いですか? 昔から憧れていて」

「体幹と、寝相の良さが肝要です。…例えば、悪夢にうなされる方などにはお勧めできません」

「──そう…、ですか。……知ってるんですね」

「失礼を、異変を見逃さぬよう伝えられておりますので。深く詮索は致しません」

「…ありがとうございます」

「時にユリアンナさん、これからの予定を聞かせて頂いても宜しいですか?」

「はい、ええと…修練場で昨日の復習とかしようと思ってます。第1小隊の方が居れば、教えを乞おうかと」

「では、ご一緒致します。これも仕事ですので、ご理解を」


ーーーーーーーーーーーーーーー


早朝の修練場だが、人気はそれなりにあった。兵士と傭兵達も混ざっており、各々戦いの技術を磨いている。


ユリアンナは、そこに第1小隊2班 班長リーゼの姿を見付けた。


「リーゼ班長、おはようございます!」

「あぁハーくん? おはよ──…って違うよな!? ハーくんじゃねーよな今の明らかに!?」


リーゼは予想以上の驚きを見せた。彼女は手を止めて、ユリアンナの方へ向く。


「ユリアンナ! 挨拶してくれるなんて、覚えててくれたのか!?」

「は、はい勿論。リーゼ班長には色々なことを教えて頂きましたから。今お時間大丈夫ですか?」

「ああ、昨日の続きだな? 勿論! 俺も相手が居なくて退屈してたんだ」

「ありがとうございますリーゼ班長。よろしくお願いします!」


・・・・・・・・・・・・・・・


「よーし、じゃまずはおさらいかな。とりあえず構え!」

「はい!」


踏み込む(ザッ!)


リーゼの声に反応し、ユリアンナは弾かれた様に姿勢をとる。班は違えど、班長と兵卒であるように。


「…うん。ユリアンナって構え綺麗だよな、覚えるのも早かったし。それじゃ覚えてる限りのことを思い出して、まずは一発撃ってみろ!」

「はい!」


走る閃光(バシュッ!!)


ユリアンナの手から光弾が発射され、的に当たって弾けた。


「うん、やっぱ文句の付け所ねーなぁ…。充分実戦でやっていける質だぜ」

「本当ですか…!」

「ああ、自信持って良いぜ。とするとおさらいは最低限で良いとして…、ユリアンナすげーからその次にも進んじまうか」

「はい!」

「それじゃ、軽く用語のおさらいだけしとこう。術で最も大事な要素、"製法"について」


図式が浮かび上がる(ヴォオン)


リーゼは掌から図を産み出した。それは術によって空間に写し出された文字や図形である。術を用いれば情報を伝えるためのキャンバスは空間で事足りるのだろう。


「術の精製、発動には意識の有無に関わらず手順があって、それを"製法"と呼んでる。料理で言う調理法みたいなもんだな。確立した方が効率が良いってのは当然な訳で──」


・・・・・・・・・・・・・・・


「──っつーことで、もう一回試してみっか。さぁ撃って、5発くらい」

「はい」


走る光弾(シュヴァンッ!!)


ユリアンナは光弾を放つ。兵士になりたての頃よりもずっと芯が通っている。


「そうそう! …うん、よーく馴染んできたな。訓練を重ねれば発射速度もどんどん早くなってくだろうから、怠んないようにな」

「はい!」

「しかし…これに関しちゃユリアンナも災難だったよな。ハーくんは全部感覚でやっちまうからそういう教えられ方しかされなかったろ? 例えば…「術は想像力が大事! "グッ"っとして"こう"!」…みたいな?」

「は、はい…」

「サイウスもスコーピアも複雑めの話すると嫌な顔する人達だからさ…、俺が見ることになって良かったよむしろ。さて、じゃあおさらいも済んだことだし次行こうか」

「よろしくお願いします」

「つっても、兵士に必要最低限の技術はこれ以上無え(ねー)んだよな。"狙って、素早く撃つ"ってだけだから。だから応用になるんだけど…、でもこっからが術の本領なんだ、強くなれるぜ。まずは下準備っと…!」


結界を張る(ブオォン)


「ちょっと大きな音が出るからな、音を遮断させてもらった。まぁ見てな、オラァッ!!」


放たれる砲弾(ゴオォッ!!)


リーゼは不意に巨大な火球を放った。それは的に当たると音を立てて──


轟音(ドゴオォンッ!!)


"爆発"を起こす。それが今までの術とは違うものと分かってしまう。ユリアンナには、痛いほどに。


「術はな、精製の時に色んな要素を"足す"ことが出来るんだ。これを"合成"って──……ユリアンナ?」


リーゼがユリアンナの異変に気づく。どうやら言葉が届いていないらしい、手が震えていて、呼吸も不規則だ。


「……え、ぁ、……ああ…ッ」


それを見てか、少し遠くに居たアトゥムが駆け寄ってくる。


「"ユリアンナさんッ!!"」


その呼び掛けは只の声ではなく、ユリアンナの意識を引っ張り上げた。


「ッ!! ……っ、アトゥムさん。私…今……」

「大丈夫です、ユリアンナさん。何も居ません、何も起こりません」

「──ありがとう…ございます。…ごめんなさいリーゼ班長、昨日は大丈夫だったんですけど……ちょっとタイミングが悪くて……」

「え、えーと…何があったんだユリアンナ、何かの発作とか?」

「発作というか…、爆発に嫌な記憶があるんです。今日ちょうど夢に見てしまって、多分それで……」

「爆発に? …つまり……あー…思い出させてごめん、ユリアンナ」

「…いいえ、私が未熟なだけですから。中断させてしまってすみません、もう大丈夫です。リーゼ班長、続きを──」


「駄目です」

「駄目だ」


アトゥムとリーゼの声が重なる。続きの言葉はリーゼが紡ぐ。


「無理するなユリアンナ、簡単に振り切れる記憶じゃねーだろそれは。…俺も似た感情に覚えがあるから分かるぜ」

「えっ……」

「これでおあいこな? 再開するにしても、ちょっと休んでからにしようか。…この時間ならハーくんが食事場に居るだろーし丁度良い、ご飯食べよーぜ!」


リーゼに手を引かれ、ユリアンナたちは食事場へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


食事場に着くと、ハールダンはそこに居た。朝食の仕度をしているらしい。


「おはよう弟くん! ご飯ちょーだい!」

「昨日からすっごい甘えてきますねこのお姉ちゃんは…」

「呼んでもらったからにはねー。流石にこれで終わりにするけど」

「そうしてください。ユリアンナ達も一緒ですね? ちょっと待っててください……」


・・・・・・・・・・・・・・・


「ごちそーさま!」


リーゼは快活な声と共に食器を置く。彼女の立ち振舞いは実に上品で美しかった。この時に限った話ではないが。


「んーうまかった! ハーくんまた腕上げた? 超美味しいんだけど」

「ありがとうございますリーちゃん。ユリアンナ達はどうです?」

「はい、とても美味しかったです! ハールダンさんは料理もお上手なんですね」

「へへ、照れますね」

「遠征先でこれほど手の込んだ料理をいただけるとは意外でした…。遠征中の調理は、いつもハールダンさんが担当を?」

「よく聞いてくれましたアトゥム、その通りです。本来は当番制なんですが、中隊長に無理を言ってやらせてもらっているんですよ。まぁ当番制にも意味があるので、手伝って貰ってはいますが。今日は1班の人たちが一緒ですね」


ハールダンが近くを指す。


「──班長、次お願いします!」

「はいよ」


兵士の一人が班長ステリオの前に斃れた獣を置く。ステリオは慣れた手つきで捌き始めた。


「流石はステリオ班長…! 何をするにもお美しいです…!」

「…リヴァンティア、あんま見られてると集中できないんだけど」

「私が班長を視界に入れることにより集中出来ているので、生産効率は五分と言えます」

「僕のこと慕ってるなんて言ってるわりにそういうとこあるよな…、つうかリヴァンティア、それ手元見てなくねえ?」

「大丈夫です、リーゼ第2班長から視野拡張の術をご教示頂きました。これで私の両目はステリオ班長に釘付けということです。ふふっ…あははっ」

「…戦闘中は僕のこと見てないで敵に集中しろよな」

「私の身を案じて下さっているのですか! なんとお優しい……ッ!!」

「そうだけどそうじゃない…」


リヴァンティアと呼ばれた兵士はステリオの方に首を向けたまま嬉しそうに楽しそうに作業を続けている。


「…リーちゃん、あの関係に一枚噛んでいるんですか?」

「いやー羨望の眼差しに見つめられたんでついな? 今思えば上手く乗せられたんだな俺。ま、役に立ってるなら良いけど」

「…手元を見ないで刃物を扱っている姿というのは心臓に悪いですね」

「はは、流石アトゥムは救護隊員ですね。…あ、ユリアンナは視野拡張の術知ってます? 視界を広げたり増やしたり出来る術なんですが、消耗は少し大きいけれどとても便利ですよ。そして、開発したのはなんと此処に居るリーちゃんなんです!!」


ハールダンはリーゼを両手で称えると共に、術を用いて紙吹雪のような粒子を撒き、リーゼの周囲を飾り付けた。


「よ、よせよハーくん照れるじゃねーか…! …じゃあ折角だし、ひとつ面白いものを見せよーかな!」


リーゼは得意気な顔をして、おもむろに術の球体を上空へ放つ。


「視野拡張の応用でな、あの球の位置から見下ろすみたいに色々見えるんだぜ? 例えば──…待て、あれは……」


得意気だったリーゼの顔が、徐々に険しくなる。


「…獣ですか?」

「ああ、ハーくん。つってもはぐれ獣だ、驚異にはならねーだろうし、監視にもすぐ引っ掛かる。けど見付けたからには対処しないとだな…、小隊長に報告──」


「呼んだ?」


突如聞こえた声に振り返ると、第一小隊長アエリッサがそこに居た。今の話も聞いていたらしい。


「アエリッサ小隊長!? いつの間に…」

「今さっき、お腹が空いてさ。それより獣が居るんでしょ、規模は?」

「7匹前後かと。…どうも俺達を探してるようです」

「へぇ、じゃあ仇討ち…なんて感情は獣に備わってないか。それなら、2班に任せるよ。何かあればすぐ戻るか花火を上げて」

「了解!」


リーゼは応答後に、行動を開始する。


「あー待ったリーゼ!」

「はい!?」

「ユリアンナとアトゥムも一緒に行かせて、とにかく経験させたくてさ」

「えっ、あ…了解! じゃあ二人とも、即行準備して門まで頼む!」

「はい!」

「はっ」


ユリアンナとアトゥムもまた、拠点の門に向かった。思いがけず、再びの戦いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「よーし2班、全員居るな」


リーゼが2班の兵士に声をかける。


「「うわっ!?」」


兵士3人はその声に、口を揃えて驚く。


「い、いやぁ全く、隠れるのがお上手ですね我らが班長。その麗しいお姿がもったいないですよ、ずっと僕の傍に居てくれれば見失わないのに」

「はいはい今日も好調だな気障野郎、隠れたくて隠れてるんじゃないって言ってるだろーが」

「当たりが強いなぁ班長は…」

「妥当な扱いだろうよ気障野郎」

「日頃の行いを考えなさい気障野郎」

「一人も名前すら呼んでくれないのは酷くないか」

「じゃあキザに改名したら済む話ね」

「追い討ち酷いなルーディア!」


口論を見かねたユリアンナは恐る恐る口を挟む。


「あ、あの……」


それを聞いた瞬間、気障野郎と呼ばれた兵士がユリアンナに詰め寄り、自然な動きで握手する。


「あぁ君はッ!! ユリアンナだね? こうして近くで話すのは初めてだが、なんと美しいんだろう! 僕はイングリーズ! 僕の人生は君と出会う前と後で全く姿が違うと言って良い! どうかな、これが終わったら是非僕と二人きりでッ──」


言葉の途中、兵士の一人がユリアンナとイングリーズを引き離した。


「ッ、何だよファーレント、僕は彼女との甘い語らいを──」

「語らいってのはそんなに一方的なものじゃねえだろ、いい加減その悪癖を直せイングリーズ」

「悪癖だって? 全く僕が何をしたってんだ、僕は全ての可憐な人に真摯で誠実な対応を貫いているのに」

「口説くだけ口説いて自分は飽きっぽい奴のどこが誠実だよ、お前今まで何人困らせてきた?」

「口説くって言い方いい加減やめてくれ! そんで僕は飽きてる訳じゃない、いつだって僕の心には皆が居るよ!」

「そういう言葉を並べ立てるから信用されねえんだぞ…」


第1小隊2班所属、兵士イングリーズ。長身で、艶やかな肌、透き通った真白な髪と、煌めく純白の瞳が言葉なくとも歌っている。可憐な人物を見ると声をかけずに居られない性質を持っているが、本人も相当な美形である。「黙っていれば天に愛されているほどの美人ですよ、黙っていないから問題なんですが」とは絡まれた経験のあるハールダンから後で聞く話だ。兵士としては近接戦闘に長けた術士である。性格ゆえか周りからの評価は良くないが、実力者には違いない。


そして同じく、兵士ファーレント。鉄のように硬い色をした灰髪と、褪せた土色の瞳がどっしりとした印象を持たせる。彼は防御に関する術を得意とする兵士だ。2班には欠かせない存在だが、それはどちらかと言えばイングリーズの悪癖を抑える役割の方が大きい。本人にその気など全く無いだろうが。


気障者のイングリーズと、それを叱るファーレント。二人の口論は第1小隊2班の日常風景であろうか。


「すみませんユリアンナさん、イングリーズはいつもああなんです。放っておいたらファーレントが止めに来るので相手にしないでください」

「そ、そうですか……」


そして三人目、兵士ルーディア。艶のある紫色の髪と、脱力した藤色の瞳が対照的だ。攻めに長けた術士である。特殊な術は得意としないが、基礎で言えば指折り。また勤勉で、よく学び、よく鍛える。注目されることは少ないが良き兵士であり、確かな貢献者と言えるだろう。


「班長、どうして彼女を連れてきたんですか? イングリーズの奴最初から目を付けてたから会わせたくなかったんですけど」

「それがな、小隊長からの命令なんだ「経験させたいから同行させろ」ってさ。まぁ、俺個人としては歓迎なんだけど……」

「…あー、あの人なら言いそうっすね」

「それは本当ですか班長! いやぁ、何て幸運なんだ! 君みたいな美しい人と肩を並べて戦えるだなんて、光栄だよ! よろしくねユリアンナ!」

「は、はい…よろしくお願いします」

「彼女ちょっと引いてるじゃねえか…。…じゃあ、そっちの大きい人も?」

「はい、救護隊所属、アトゥムと申します。私は故あって、ユリアンナさんの監察役を命じられています」

「救護隊…? ──あぁそうか、ユリアンナが訓練で倒れたから…、メディーナ救護隊長が考えそうなことだな」


「──は?」


それを聞いてイングリーズが固まった。


「…ファーレント、それ……ユリアンナが訓練で倒れたのって…十日くらい前か?」

「ああ、そうだけど…──あっ」


ファーレントは口を滑らせたことに気が付き、口に手を当てる。


「ファーレントお前っ! あの時結構な騒ぎになってたのに「大したことじゃない」とか言って僕を遠ざけたよな!?」

「あぁー……はい、遠ざけたよ、認める」

「何てことをお前っ…!! ユリアンナごめん! 君が辛いときに一つも力になれなかったなんて…っ! ごめんユリアンナ…!! ごめん…!!」


イングリーズはユリアンナの前にへたり込む。


「え、ええっ? そんな、イングリーズさんが謝ることなんて何も…」

「分かっているよユリアンナ、もう過ぎてしまったことだ…。でも僕は、自分で自分自身を許すことが出来ないんだ…!!」

「……こうなるから嫌だったんだ、迂闊だったな…。ユリアンナ、耳を貸さなくて良いからな。どうせ本心じゃないんだ」

「は、はあ…」

「本心だよっ、僕はいつだって!」

「──ほらそこまでにしとけ、仕事の前だぞ」

「……了解、班長…」


とぼとぼと歩くイングリーズを眺めながら、一行は拠点を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーー


森は朝とて暗いところだが、それでも木漏れ日は美しく、恐るべき獣が潜んでいるなど信じがたい光景だった。だがこの世界の住人にとっては、それこそ嫌う景色だろうか。


「──…っと、居たぞ。身を屈めろ」


森の中、リーゼは手を振って班員に指示を送る。


「えっ、もうですか? 班長の感知は凄いな…、今回は僕も本気だったのに」

「いつも本気でやれよなイングリーズ…。じゃあ行くぞ皆。…ユリアンナ、耳塞いどけ」


リーゼは小声で、ユリアンナに伝えた。


「っ、はい、リーゼ班長」

「よし…、──攻めろ!!」


砲弾は熱く炸裂せり(ドガァンッ!!)


業火と共に、兵士は突撃する。リーゼが放った砲弾は獣の多くを巻き込み、それだけで制圧したようなものだ。しかし彼らに油断はなかった。


「ふッ!!」


連なる閃光(シュガガンッ!!)


まずはルーディアが術の矢弾を連射する。それは逃げ道を塞ぐように撃ち込まれ、獣は足を止められると共に撃ち抜かれた。


「行くぞイングリーズ!」

「任せなッ!」


続いてファーレントが盾を構え、それを拡張するように術の壁を作り出す。イングリーズもそれに呼応して剣を構え、それに術を纏わせた。さながらそれは輝く武具を身に付けた一人の騎士のように。


「シェァアッ!!」


迸る剣閃(バシュウゥゥッ!!)


イングリーズが剣を振るうと、輝きがさらに大きな剣へと変化し、それは獣を両断した。


盾の背に促す(とんっ)


直後、イングリーズはファーレントの背中を小突く。その一瞬で情報が共有されたらしく、二人は揃った動きで次の獲物に突進した。


(…す、凄い…!)


イングリーズ達の活躍に圧倒されていたユリアンナだったが、もちろん己も前線に立っている。ユリアンナは眼前の獣を視界の中心に捉えた。


(──1班の時と戦況が違う…、だったら今は2班らしく!)


ユリアンナは構えを取り、力を込める。抜刀しているのなら、それは剣に集まるだろう。


(鋭く…、速く!)


そして、そのまま貫く様に剣を突き出す。


鋭い弾丸は螺旋を描き(バシュッ!!)


放たれた術はユリアンナが想像していたよりも強く飛んでいった。その弾丸は獣に命中し、貫いた。


「──せっかくだユリアンナ! とどめも術でやってやれ!」

「っ、はい!」


リーゼの声に従い、ユリアンナは再び構えをる。


(鉄則…、前よりも強くッ!)


弾丸はより鋭く(バシュウゥッ!!)


術は獣を貫き、それはとどめとなった。


(これが、実戦的な術…!)


ユリアンナは高揚を抑えきれずに剣を強く握り、しかし深呼吸をして次の獣を見た。


・・・・・・・・・・・・・・・


2班の戦いは光と熱が混ざり合い、鮮やかでしかし力強かった。魔法のようで、しかし確かな"技術"の一つ、この場が異世界なのだと実感をもたらした。


「はあァッ!!」


輝く剣は弧を描き断つ(ザンッ!!)


戦いは、イングリーズの剣により幕を閉じた。


「──…ふー、終わりか。お疲れ、皆」

「ファーレントさん、傷を」

「えっ、ああ…」


戦いが終わった直後、アトゥムがファーレントの体を引き寄せ、傷の治療を開始する。


「……おぉ…やっぱり治療の専門家は術の精度が違うな、参考になるよ。ありがとうアトゥム」

「光栄です。…ファーレントさん、役割上仕方ないとは思いますが少し無茶をしすぎです。怪我にはお気をつけを」

「はは…、ごもっともだな…。肝に命じとくよ」

「…素直ですね、ありがとうございます」

「まぁ、ひねくれた奴と一緒だとな…」


ファーレントはうんざりした様子でイングリーズを見やる。


「ユリアンナ、凄いじゃないか! 新兵だからと少しだけ甘く見ていたことは謝罪するよ、本当に申し訳ない!」


イングリーズはユリアンナの手を取った。そして感激したようにそれを上下に振る。


「ど、どうも……」

「どうかなユリアンナ! 君が良ければ僕の術も教えるよ」

「えっ、良いんですか?」

「もちろん! 僕は君のような愛しい人に死んで欲しくはない! だから君は強くあるべきだよ! すぐに帰って始めよう! 僕と君の全てはきっとここからはじまるのさ!」


イングリーズは兜越しに少年のような笑顔を輝かせる。ユリアンナはそれを見て、拒絶はしない人だろう。それに、彼の扱う術に興味もあった。


「じゃあ…よろしくお願いします」

「ああ、僕に任せてくれ!」

「お、おいおいユリアンナ、本気か? こいつからだけはやめとけって……」

「まーた文句かファーレント! そんなに心配ならお前も一緒に教えたら良い、それで文句ないだろ」

「──お前がそんなことを言い出すとはなイングリーズ…まぁそれなら良いか……良いのか…?」

「あ、じゃあ私も混ぜなさいよ、イングリーズをどうにかする役は多い方が良いでしょ?」

「ルーディアまでそんなこと言って…、いけないんだぞー弱いもの苛めは」

「どの口よイングリーズ、そもそも貴方は弱くないし。…まぁそういうわけだから、私たちもよろしくお願いしますねユリアンナさん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、ファーレントさん、ルーディアさん」

「んー…不服だけど仕方ない、なら急いで帰ろうか! ユリアンナ行こう、僕たちの歴史を紡ぎに!」


イングリーズは足取り軽く帰り道を走る。ファーレントとルーディアもそれに続いた。


「……おい、また俺のこと忘れ──」

「リーゼ班長、さっきの続きもまたお願いできますか?」


ユリアンナは取り残されそうになったリーゼに声をかけた。


「──お、おう! 任せとけ!」


2班とユリアンナ達は、肩を並べて拠点に戻る。


ーーーーーーーーーーーーーーー


拠点は早朝よりもやはり人気が増えていた。朝食を摂る者、それを終わらせて鍛練に打ち込む者。死地の真っ只中とは思えぬ空気だ。もしくは死地だからこそか。


「あぁお帰りなさいリーちゃん、ユリアンナ。それに2班の人たちも。大変だったでしょう、暖かい軽食でも食べて生きた喜びを噛み締めてください」


一旦調理場に戻った一行は、ハールダンに迎えられる。


「大袈裟だなぁハーくんは…まぁ貰うけど」

「大丈夫だよハールダン、僕が君を残して死ぬなんてあり得ないだろ? 今日も美しいね、僕だけの煌めきさん」

「げ、イングリーズ…。これでも食べて口塞いでてください」

「──んぐっ!?」


ハールダンは押し付けるようにイングリーズの口へ軽食を放り込む。イングリーズは上品かつ咀嚼が遅いらしく、効果は抜群と言える。


「こいつのあしらい方に慣れてきたんじゃない? ハールダン」

「やめてくださいルーディア、慣れたくもないんですから…、というかこの人を止めるのはファーレントの仕事でしょ」

「え、それ共通認識なのか…、ったく貧乏くじだな……」

「──ごちそーさまっ、美味しかったぜハーくん」

「どうもリーちゃん、この後はどうするんです?」

「ああ、ユリアンナに稽古の続きだ、2班ぐるみでな」

「えっ、そんなに楽しそうなことするんですか。後で僕も混ぜてくださいよ」

「もちろん。じゃ皆、鍛練場行くぞー」


一行はリーゼの背に付いて行く。…一人を除いて。


「…あれイングリーズ、まだ飲み込んでなかったんですか」

「─抗議の手仕草(ばっ、ばっ!)─」

「アンタほんと食べるの遅いですね…。好感持てますよそこだけは」

「─輝く眼差し(きらーんッ!)─」

「……前言撤回、黙ってても煩いですねアンタ」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「おーい!」


場は鍛練場。イングリーズがようやく合流した。


「酷いぞ皆! 僕を置いていっちゃうなんて!」

「ハーくんの料理をゆっくり味わえたんだから良いだろ?」

「…んー、なにも言い返せない……。で、稽古はどこまで進んだんですか麗しの班長?」

「おう、俺が教えたところを共有し終わったとこだよ。そんで、これからルーディアが先生になるとこ」

「えっ、僕が初めじゃないんですかぁ!?」

「まぁまぁ、イングリーズのやってることって結構高度だし、最初は私に譲りなさい」

「…分かったよ、確かに基礎はルーディアが一番良く出来てる」

「ありがとうイングリーズ。それじゃあユリアンナさん、始めましょうか」


ルーディアは朗らかに笑い、講義を始める。


・・・・・・・・・・・・・・・


「──これこそ、我らがリーゼ班長の編み出した高効率の合成法です。本来一握りの術士のみが扱えるとされていた術の"合成"を、班長はここまで身近にしてしまいました。術士全員の未来を変えてしまったと言って良い、偉大な──」

「──待て待てルーディア、誇張しすぎだぜ……」

「ふふ、ご謙遜を班長。班長は正しく偉人ですよ」


ルーディアの講義は、その大半がリーゼを称えるようなものだった。かといって講義として劣っているわけではないし、寧ろ質が高い。それはひとえに、リーゼが真に優れている故だろう。リーゼ本人は、ルーディアの姿勢に少し疑問を抱いているようだが。


「俺が凄いんじゃなくて"知識の賢者"様が凄いの。俺は彼が見出だしたものを証明してるだけだよ」

「それが凄いんですリーゼ班長! "知識の賢者"なんて、ずっとお伽噺の存在だったの忘れたんですか?」


ルーディアは真っ直ぐ、リーゼに羨望を向ける。影が薄いと言っても、慕う人は居るものだ。


「──あっ…と、すみませんユリアンナさん、脱線しました。さっきの合成法、もう一度試してみましょうか。着弾時に炸裂する多数戦に適した──」


・・・・・・・・・・・・・・・


「──はァッ!!」


ユリアンナの放った弾丸は着弾時に花が咲いたように炸裂し、隣の的にも傷を付けた。


「素晴らしいです! さすがはリーゼ班長から教えを受けただけありますね」

「…あ…ありがとうございます!」

「──ルーディアさん、休憩を挟んでいただけますか」

「っと…分かりましたアトゥムさん。ユリアンナさん、少し休みましょう」

「っ、はい!」


ユリアンナは深呼吸して息を整える。急ぎ、効率よく技を磨く。それは限界との戦いであり苦しいものだが、ユリアンナにはやはり性に合っているのだ。


「…そういえば、リーゼ班長。"知識の賢者"とは…どういった人なんですか?」

「よくぞ聞いてくれたユリアンナ。"知識の賢者"様は全知全能、史上最大の術士だぜ。…存在は書物だけだから実在したかは分からねえんだ、でも彼が書いたとされる理論は世界中の術士に刺激を与えてくれる。内容はどれもこれも現実的じゃねーけど、応用すればいくらでも活かせるんだ。全く、至宝の知識を残してくれた大賢者様だぜ。一度会ってみたいもんだな」

「会うって…何年前の人物だと思ってるんですか」

「何言ってんだイングリーズ。知識の賢者様は不老不死、常識だろ?」

「1番のお伽噺信じてるんだからもう…」

「お伽噺じゃ──……いや、まあ良い。次はイングリーズの番だな。待ってたんだろ?」

「ええ待っていましたとも、やっと出番ですね! やるぞファーレント!」

「え、俺も一緒に?」

「当然さ、俺達は二人で一人の兵士だろ」

「…分かったよ。よろしくなユリアンナ」


・・・・・・・・・・・・・・・


──二人は肩を並べて、ユリアンナと対面する。イングリーズとファーレント、二人は全くの別人であるが、剣を持って並び立つ様はやはりたった一人の騎士のようにも見えた。


「さぁて…、準備は良いかなユリアンナ? 焦らなくてもいいからね、準備をしている君だって一等麗しい!」

「はいイングリーズさん、出来てます」

「すげえなユリアンナ…こいつの絡み受けて微動だにしねえとは」

「僕を認めてくれているんだね! 心の清廉さが見て取れる、最高で最高だねユリアンナ! これが終わったらぜひ二人きりでお茶しよう!」

「行かなくて良いからなユリアンナ。玩具にされるぞ」

「は、はぁ……」

「滅多なことを言うなよファーレント! 僕はそんなこと一度だってしたことないからな!」

「…そりゃ本人はそう言うだろうよ」


《おーい、早く始めろイチャイチャすんな幼馴染ー》

「「誰がこいつと!!」」

《仲良いなー》


リーゼに突っ込まれて、イングリーズ達は何とか軌道修正を試みる。


「はぁ…突っかかって悪かったイングリーズ。続き頼む」

「そういう素直なとこは変わらないなファーレント。…さて! 僕達が使う術はもう知ってるよね愛しいユリアンナ? 剣や盾を強化するやつだ。分類は変質、名称は纏化術(てんかじゅつ)。…まぁその辺の難しいのは勉強家のルーディアとやってくれ。この術って実は人間が最も身近に使っている術でな? "何かを強く握る"だけで誰でも発動してるんだ、僕達がやってるのはあくまでその延長で──」


・・・・・・・・・・・・・・・


──「リーちゃーん、来ましたよ。首尾はどうですか?」

「お、ハーくん来てくれたか。首尾なら最高だぜ、ユリアンナは物覚えが良い…ていうか、言われたことをきちんとこなしてる。だから教える側も気持ち良いんだろーな、ファーレントが珍しく活き活きしてるぜ」

「へえ…ファーレントが? それは確かに珍しい──…ってあ、纏化術ですか? 良い業教えてますね、僕も混ざろっと」


合流したハールダンが、ユリアンナ達の元へ駆け寄る。


「やあハールダン! 来てくれたんだね! 今日も愛らしくて堪らないね!」

「はは、今ちょっとだけ後悔しましたけど。でもアンタの術は格別ですからね、勉強させてもらいますよイングリーズ」

「嗚呼、ありがとう!! 君からそんな言葉が聞けるなんて、これはもう愛の告白と同じじゃあないかなあ!?」

「違いますけど」

「ふふっ、まぁどちらにせよ君の言葉は僕の宝さ愛しいハールダン! じゃあユリアンナ、ハールダンに成果を見せてくれ!」

「はい!」


ハールダン達に見守られる中、ユリアンナは握った剣に力を込める。すると手のひらから光が生まれ、剣を覆っていった。


「良いぞ綺麗だ、そのままッ!」

「──はァッ!!」


そして一閃(スパッ!!)


ユリアンナが剣を一振りすると、的の木材は見事に斬れた。ハールダンは感激したように声を漏らす。


「わぁ…凄いですよユリアンナ、どんどん成長してますね、出力も安定しています。…ところでイングリーズ、ちょっと術の製法を変えました?」

「さすがだねハールダン。そうそう、少し工夫して消費を抑え──」

「──こんな感じでしょうか」


イングリーズの言葉を遮るように、ハールダンは手にした槍に力を込めた。すると光の刃がそこから伸びて、それは薙刀のように変貌する。


「──え、ユリアンナのやつ見ただけで?」

「これで合ってます? イングリーズ」


イングリーズの衝撃をよそに、ハールダンは質問を続けた。


「合ってるどころか更に最適化されてるような…」

「はは…さすがはハーくんだぜ。ほんと、術に関しちゃ完璧な天才だな。これで教え下手がなけりゃあなあ……」

「ええっ、僕そんなに教え下手ですかリーちゃん?」

「だって…"ググッとやってバーン"だろ?」

「それは昔の話でしょう!」

「じゃあ得意技の"術の槍"説明してみ?」

「ええ。"グッとしてズオオ、からのシャキリンズシュバアァーンッ!!"です。鋭さが大事ですね」


至って真面目にその言葉を言ったハールダンだが、一同は沈黙で返した。


「……皆分かったか、今の」

「分かんねっす」

「僕もですね。愛らしいとは思ったんだけど」

「いえ…努力はしたんですがちょっと……ユリアンナさんは?」

「…えーと、…すみませんハールダンさん」

「そんなッ!?」


ハールダンは膝から崩れ落ちる。


「僕って、そんなに…?」

「──いえ、お待ち下さい」


だが、ここにはもう一人居る。救護隊員のアトゥムは、意味合いの違う沈黙だったらしい。


「グッとして、ズオオ……」


アトゥムは呟きながら構えを取る。


「ふんッ!!」


迸る(シャキリンズシュ)雷槍(バアァーンッ!!)


アトゥムは見事に、ハールダンの術を再現した。


「──…す、すげえぇーっ!! ハーくんの術を翻訳したのか!? まじかよ人間に許されてんのかそんな大偉業が!」

「どんな擬音でも表現に違いありません。それを汲み取るのが我々救護隊。…と、ジュリアム先輩の教えです」

「だからってハーくんのを翻訳できんのかよ…! すげーな救護隊! 頼むよアトゥム、これからも翻訳してくれ!」

「ええ、お力になれるなら」

「よっしゃあぁっ!! ハーくんハーくん! 次あれな、あれ!」


リーゼは大はしゃぎでハールダンの手を取る。術の特訓は、ハールダンの術をアトゥムが翻訳して皆に伝えるという新しい形に変化した。


ハールダンが操る術の理論が判明する、というのは2班を除く他の兵士たちにとっても大事らしく、この特訓に参加する人間はいつの間にか増えていった。


・・・・・・・・・・・・・・・


どんどん賑やかになっていく鍛錬場、ユリアンナはその中心で皆に教えを受け、あるいは講義の実演係となって鍛錬に向き合っていた。


そして、それを見守る人物がいる。


「おはよう、サイウス」

「スコーピアか、おはよう」

「盛り上がってるわね、ユリアンナ達」

「ああ、有意義な時間を過ごしてるようで何よりだ。リーゼに頼んで正解だったな」


──「全くね、いい判断だよ」


第1小隊3班 班長サイウスと班員スコーピアの背後から第1小隊長アエリッサが現れた。


「アエリッサ小隊長、おはようございます」

「おはよう、サイウス。ユリアンナの育成は順調そうだね」

「はっ、皆の協力もあり、良き兵士に成長しています」

「ああ、そうみたい。成り行きとはいえ、君の班に任せて良かったかな。……ところでサイウス、気が付いた?」

「…いえ、何をですか?」

「特訓中、アトゥムが口を挟んだ回数。数えてみて」

「特訓の途中からですが…15,6回でしょうか」

「そうだね、一つの術に一回はアトゥムが止めてる。…実はさ、アトゥムがユリアンナを止めるのって、()()()()()()()()()()なんだ」

「は……?」

「アトゥムは、ユリアンナが限界を超えて倒れる寸前くらいで止めてる。あたしがそう頼んだんだ、鬼発注って救護隊長から言われたけど。……だから、アトゥムが止める事態ってそれ結構ヤバいことなんだよね。ユリアンナは平気そうだし、アトゥムも全然取り乱さないから見た目じゃわかんないけど」

「……じゃあユリアンナは、()()()()()()()()()()()()というのですか?」

「そう。とんだ天才──いや、"凡人"だからこそなのかも。ユリアンナは確かに物覚えがいいけど、常識の範囲内だ。むしろ試行回数で言ったら成績悪いほうだよ。けど落ち込まないし引きずらないから修得時間はかなり短い。それはひとえに、本人が常に10割の──いや、11割の力を出し続けているからだろうね。多分いま咳してって言ったら血出てくるんじゃない?」

「そ、そこまでですか!?」

「ああ。……ユリアンナが訓練中に倒れた時のこと、あれは軍の責任だし、そうしなきゃいけない。だけど実際はさ、救護隊じゃない私達がいくら気を付けてても防止なんて出来なかったんだろうね。ハッキリ言って人間業じゃない」

「"天才だけど凡才"、"物覚えが良いけど悪い"……まるで矛盾みたい…不思議ですね」

「そうだねスコーピア。…でも、彼女を表すに相応しい言葉があるよ。"努力"さ」

「努力……」

「文字通りぶっ倒れるくらい努力できる人だ、あたしは彼女の底が見たいね。ああいう他人に見えない努力する人大好きだからさ、ハールダン然り。…しっかり支えてやってよ、サイウス、スコーピア」

「「…はいっ!」」

「よし、良い返事だ。もちろん私も支える、皆で見守っていこう」


サイウス達は強く頷いて、ユリアンナを見る。彼女は微笑んでいた、楽しんでさえいるのだろう。


「ところでアエリッサ小隊長、さっきハールダンも然りと言っていましたが…」

「──えっ、サイウス達知らないの? 全く、これに関しちゃ答え言わないから。もう少し術の勉強したら分かるんじゃないかな、せっかくだし混ざってきなよ」

「う…ごもっともですね。行くかスコーピア、共に研鑽するのも班員の務めだ」

「そ、そうね。ありがとうございました、小隊長」

「うん、いってらっしゃい」


駆けていくサイウス達の背を、アエリッサは満足げに見送った。


──「部下をよく見てるな、アエリッサ」

「アージェント中隊長、光栄です」

「ははっ、何だよそれ。普段絶対言わないだろそんな台詞」

「仕事中ですから」

「ったく…。……しかしまあなんだ、ユリアンナは、昔のアエリッサにそっくりじゃねえか? 努力家なところ、意外に頑固なところ」

「そうですね。…正直、自分と重ねています。でも彼女は、きっとあたし以上に自分を顧みないでしょう」

「アエリッサがそこまで言うか。興味深い人材が"拾われた"もんだ」


兵士ユリアンナは、未だ頭角をあらわさない。


しかし彼女は、止まらず迷わない。たった1つ目指すべきを目指していくだけだ。


この世界に在る特異、術という名の神秘。必ずや修めよう。役目を全うするために。


おまけ『なぜなにティラマリエ』


「…ふっふっふ、ユリアンナの凄さに気が付くとはやりますねアエリッサさん…!」

「…あぁ、始まりましたか、どれお茶でも……そうだあの人が送ってくれたものが確か…」

「──妬いてなんかいませんよ私、多分ね。私は無二の親友だから、確固たる繋がりがあるんだ結衣と私の間には! だけど…だからこそやっぱり……!」


─長い溜め─


「いいいいぃぃィーなあああぁぁァーーー!!!」

「……あ、声量記録更新ですね」

「私も結衣と一緒がいいぃー! やだやだ! 離れ離れやだあぁーっ!!」

「…あっ、このお茶美味し……たまには帰りますか……元気にしているかな……」


・・・・・・・・・・・・・・・


「ちょっと管理者さん? 何をほのぼのしてるんですか、私大絶賛超激烈シリアスモードなんだけど!」

「…超激烈シリアスモードでそれなら、自殺の準備を繰り返しては思い止まっている現実の灯華さんは何モードなのですか?」

「──あー…、やめましょうかこの話! さ、ほら、時間だよ管理者さん!」

「えっ、私はただ興味で──」

「はいせーのっ」


「「なぜなにティラマリエー!」」


「強引ですね…。──どうも皆様、管理者です」

「特別助手の並木灯華です!」

「このコーナーでは小話を交えつつ振り返り等を行っていきます。本編とは関係の無いものなので読み飛ばして構いません。本日お話するのは、やはり"術"についてでしょう」

「いいですよねー言わば魔法! ファイアーボールにエンチャント! 見るだけでインスピレーションが湧いてくるっ」

「まずは、"術"がどういうものか紐解いていきましょう。本編にて術とは「膂力を別の形で行使する法」と説明させていただきました(『2 転生』参照)。術で火を出すのも、拳での殴打も本質的には同じなのです」

「膂力って…腕力だよね? それなら第3小隊のマグナスさんとか術の名手になっちゃうんじゃ…」

「その通りです」

「えっ」

「広く広く見た場合、マグナスさんのような強靭極まりない肉体から放たれる一撃は"筋肉を術によって強く動かしている"と言えます。では、何故そうなっているのかですが…そこには"血"が関係しています。灯華さん、この世界で生きる人間の血がどういう形か、覚えていますか?」

「えっと、ほんのり光ってる気体だったよね? 第3小隊のクレイラさんが見せびらかしてた(『6 静養生活、2度の大鐘』参照)」

「これは血であると同時に、力、またはエネルギーそのものなのです。つまり、この世界に生きる人間のあらゆる行動は血を消費して行われます。本質が同じであれば、戦士と術士の違いが何処にあるのか、灯華さんは見当などつきますか?」

「…鍛錬の方向性?」

「正解です。戦士と術士の差は鍛錬法にあります。戦士は身体を鍛えることで血の質を高め最大量を増やす、対して術士は己の血を理解し消費量を減らす。真逆と言えるでしょう」

「それじゃあ…どっちもやれば無敵…!?」

「有り体に言えば、そうです。ただ今回のユリアンナさんを見ていると、同時というのは負担が大きいでしょうね」

「……結衣ならやるよ、絶対。そういう人だもん、今の結衣は新しい身体に慣れてないだけかな」

「心配しないのですね」

「もちろん体調は心配だよ? 現実に居た頃は結衣が倒れる前に必ず止めてたし。…でも私は、結衣がやりたいこと全部を応援したいんだ、大好きだから」

「──なるほど」

「そういえば管理者さん、物理も術も全部血なら、結衣が倒れたのって"貧血"ってこと?」

「そうなりますね、ただ症状は…"飢餓"に近いかもしれません。この世界の住人、臓器らしい臓器など心臓くらいなものですから…無理に血を消費すれば強い空腹が襲います。ユリアンナさんの場合は消耗のしすぎで身体が分解しかけていましたが」

「えっ、あ、そんなに大事だったんだ…」

「ええ、私の加護を受け取らなければ人の身はそんなものです。ただ現在は、監察役の救護隊アトゥムさんの奮闘によりうまく調整されていますね。本編には描写されていませんが、休憩中はしっかり軽食も摂っているようです」

「へぇ…食事って重要なんですね……。なんと言うか、獣が食用としても利用できて良かったですね」

「そこのバランス調整には苦労しました。剣と魔法のファンタジー世界を再現するにはどちらかが強すぎても片方が滅亡してしまって」

「管理者さんて、たまにマッドだよね……。……ん、あれ? 術を使うと、お腹が空くんだよね?」

「はい」

「それじゃあもしかして、"あの人"って……」

「"そういうこと"です。……今回はこれで終わりと致しましょう。灯華さん、最後になにかありますか?」

「はい! アトゥムさんって結衣を監察してる時の暇潰しとか何やってますか?」

「読書か、手足に術を練る特訓をしています。格闘家らしくありますね。ただ最近は、ユリアンナさんの消耗が激しすぎてそちらに集中せざるを得ない状況です。…ただ、それも特訓のようなものですから、アトゥムさんも歓迎している様子ですね」

「け、研修生で既にプロ過ぎる…」

「それだけ、上司である救護隊員ジュリアムさんに深く教え込まれたのでしょう。それでは皆様、いつかまた会える日を楽しみにしております」

「さようならー!」


※このコーナーは隔絶された時空からお送りしています。現実の並木灯華は一切の事情を知りません。

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