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貴方が思い描く自分の成りたい姿…"理想"とはどういったものだろうか。例えば、「皆を導くリーダーになりたい」だとか、「偉大な発見をして歴史に名を残したい」だとか、はたまた「一切働かずに自堕落な生活を送り、何も成さず、ただ好きなものに囲まれながら生を終えたい」ということもあるだろう。無論、それぞれの夢に優劣は無いし、ましてや幸福の差など測れる筈もない。


しかしどのような理想であれ、実現の道はやはり遠いだろう。そして多くの壁が立ちはだかる。それは能力であったり、環境、そして残酷だが、容姿ということもあるだろう。我々はその壁を前にしたとき、理想を諦め別の道を歩むか、それとも壁を越え…もしくは打ち壊し、理想を求め突き進むか。立ち止まるという選択もあるだろう。ともかく、選び取らなければならない。


そして此所に、一つの道を選び、歩む少女が一人。名を『高山たかやま 結衣ゆい』という。県立緑木(みどりぎ)高等学校の三年生、演劇部部長。そして生徒会長であり、文武両道にして才色兼備。誰もが羨む"完璧なひと"としてそこに在った。彼女は親しみやすく、他人をよく助ける。生徒同士助け合い、高め合う事を理想とするこの学び舎にとって、理想的な存在と言えるだろう。


そして今日もまた、彼女に教えを請い求める人影が一つ。


「結衣ー、ちょっと今日うとうとしちゃって中盤聞き逃しちゃったんだー、助けて?」


並木なみき 灯華とうか』結衣の親友ともいえる存在だ。彼女は常、絵を描くということに情熱を注いでおり、十八歳という今、大きな分かれ道に立たされている。


彼女は基本的に向こう見ずで、盲目的な人物だ。そのため、しょっちゅう時間を忘れ描画に没頭し、結果、今のように結衣の元へ助けを求めにやってくる。が、結衣自身は彼女を疎ましく思った事は無い。彼女は結衣にとって、ただ一人ともいえる理解者だ。親の期待を含め、他人の期待に常に応えんとする結衣から見れば、本心を語り合える人間は、やはり心地良いものなのだろうか。


「灯華また? 最近一段と多くなってきたんじゃない?」

「いやー、あとちょっとで描き切れる所だったから、つい…。うーん、いい加減他の勉強は諦めて絵に集中しようかなぁ…でもなぁ……創作にはあらゆる方面の知識が役に立つって言うし…。茨の道だなぁ……」

「それじゃあまずは、睡眠時間をしっかり確保する事を勧めるよ、何事もね。はいノート」

「だよねぇ…、ほんといつもありがとね、結衣! …いや、「ごめん」かな?」

「謝る事なんて一つも無いよ。ノートなんて肌身離さず持ってなきゃいけないものでもないし、灯華とは一緒に卒業したいしね」

「相変わらず優しいなぁ結衣は…、うわっ、ノート分かりやすっ!」

「いつもこんなだから色々と期待されちゃうんだけどね」


結衣が"完璧なひと"として認識されていることは先に記したが、それはあくまで成績に起因するものである。授業内容はすべてノートにしたためて不足無く記憶し、与えられた課題はその日のうちに無駄なくきっちりこなす。そして、至らない点があれば研磨し習得する。それ以上のことはない。高山結衣という人物はその実、"生真面目である"ただそれだけの人間なのだ。故に本来は、生徒会長などという役職を務める器ではない。しかし人の期待とは常に的確なものではなく、時に酷なものだ。彼女の場合、「その役が当人に務まるのか」また、「当人がやりたいのか」等はひと欠片も考えられていなかった、成績と態度のみを見られた上での期待だったのだ。ならば断る権利もあるはずだが、彼女はそれを裏切りと捉える。一度期待されてしまったその時から、それは自分に渡された課題となるからだ。


「部長で、生徒会長で、実行委員長……、思えばほんとすごい肩書きだよね、結衣って」

「ううん、私はただ作業してるだけだよ。頼れるまとめ役なんて思われてるけど、ただ皆の意見を聞いて、集約して、多数決を採るだけ。皆を引っ張ったことなんて一度もないよ。…私より優れたまとめ役の人は絶対いる筈なのに、皆は何で私を推薦するんだろう。それこそ、立候補した人だって居るのに」

「皆きっと、危ない橋を渡りたくないんだよ。結衣に任せれば、大きい問題も無く円滑に事が進むのが分かってるもん。一番求められてるのがまさに結衣ってこと。…だとしても少しは結衣の事手伝ってくれたら良いのになぁ、私が言わなくとも!」

「あははっ、ありがとう灯華。でも私は大丈夫だよ、灯華が一緒に居てくれるだけでも救われてるから」

「まーたそんな事言って! ぶっ倒れそうになってたのはどこの誰?」

「それはまだ私が弱かったからで…、最近筋トレとか走り込みもしてるし」

「えっ、マジ!? 初耳だよそれ!? この詰めっ詰めのスケジュールの中でトレーニングまで追加してんの!? 確かに言われてみれば少し逞しくなったような…」

「うん。だって筋肉は裏切らないとか言うし」

「それボディビルやってる人が言うやつだよ! …いや、でも待ってガッチリした結衣も……うん、"アリ"かも。むしろ、かなりアリ」

「なんかそれ、私がゴスロリにハマってた時にも言ってなかった?」

「……言ってた気がする…じゃない、明確に言ってた。惚けてんのかな……」

「ふふっ、嬉しいよ灯華。……いつもありがとう、傍に居てくれて」

「えっ、どうしたの急に。照れるじゃん…」

「……どうしてだろう。なんだか急に言いたくなって…? いや…」


と、結衣の言葉を遮るように、学校の予鈴が鳴り響く。この時ばかりはただの合図でなく、結衣にとって何かの終わりを告げるように。


「あっと、それじゃ私は戻るね! ノートは帰りに返すから!」

「あ、うん。今日も待ってるね」


結衣は手を振って、灯華の背中と笑顔を見送った。灯華の姿が見えなくなると、結衣は自分の抱いた一瞬の感情に疑問を抱きながら腕を下ろす。


言わなきゃいけない(・・・・・・・・・)気がして(・・・・)……?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「結衣―、お待たせー!」

「わっ!? っ、灯華? 何時から其処に…」

「え-、正面から来たんですけど…。疲れてるんじゃない?」

「そうなのかな…? ……確かに、言われてみればそうかも」

「大丈夫? 帰ったらちゃんと休んでね。はいノート、ありがとね! 助かっちゃったよ!」

「あっ、うん。どういたしまして。困ったらまた言ってね」

「そうだ、結衣! 最近すぐそこに新しいクレープ屋さん出来たんだけど寄ってかない?」

「クレープ屋さん? 良いのかな…」

「良いんだよぅ、ウチ結構校則緩いからさ! 甘いもの食べよう?」

「…そうだね、たまには良いか」


(……なんだろう、この感じ。胸騒ぎ? 今まで感じたことが無い、何か…、とても不安になるような……本格的に疲れてるのかな? …まぁ、甘いものでも食べれば気も紛れるかな)


二人は歩き出す。


「よーっし行こう行こう! こっちだよっ! 楽しみだなぁ…!」

「灯華、自分が食べたいだけじゃないの?」

「あ、バレちゃった? でも好きな人と一緒の方が美味しいでしょ?」

「それは確かに。この前のケーキも胃に訴えかけてくるものがあった…」

「そうそう、甘いものを求めて二人で…! うーん、いかにも女子高生って感じじゃね?」

「先週はやけに重いラーメン食べに行ったけどね」

「そっ…! それはえーっと…、ほら、女子高生である前に人間だから…ね? 人間はカロリー必須だから…ねっ?」

「くすっ、分かってるよ、美味しかったし…いや、旨かったし。若い内にまたヘビーなの行こうね」

「うん、行こう。欲望には逆らえない。次は焼肉にでも……?」


結衣の足が止まった。


「…結衣? どうし──」

「危ないッ!!」


全ては一瞬だった。誰の不始末か、すぐ近くの建物の四階で大きな爆発があった。瞬間的に燃え上がる炎と衝撃波は、轟音と共に辺りのことごとくを吹き飛ばした。鋭く尖ったガラスの破片や、岩のような質量を持った建材の欠片が周囲の人間に殺意を向ける。それは結衣と灯華の二人も例外ではない。


"死"が、目の前に迫ってこようとしていた。


結衣は、思考を許された一瞬の時間で駆け出した。灯華は結衣の方を振り向いていたために少し反応が遅れている。このままでは死んでしまう。灯華が死んでしまう。そんなのは嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。こんな最期だなんて認めない、認められるわけがない。灯華はこんなところで死んではいけない。彼女には夢がある、私なんかよりももっと偉大な夢が!


結衣は灯華に手を伸ばすと、覆い被さるように灯華を引き倒した。


「大好きだよ、灯華」


結衣の目から、涙が溢れる。背後から感じる熱が、自らに死の宣告をしているように感じた。私は死ぬ。行動を起こしてから初めてその事を自覚し、結衣は突然怖くなった。怖くて怖くてたまらなかった。今すぐここを逃げ出したいとも思った。しかし、結衣にとっては自らの死よりも、灯華が死ぬことの方が何倍も恐ろしかった。結衣は涙でぐちゃぐちゃになった顔を必死で笑顔に変える。まるで別れを告げるように。


「…っ、私もだよ、結衣」


灯華は、まだ何が起きたのかは理解できていなかったが。自分から溢れ出る涙が状況を伝えてくれていた。まるで二人の周りだけ時間の流れが遅くなったかのように、刹那の中だったが、しかし紛れもなく長い時間二人は見つめあっていた。


そして、その時は来た。


高山結衣は、いいえ、私は幸せだった。最期に灯華と見つめあって、大好きだと言えた。言葉は少なかったけど、きっと全てを伝えられたんだ。悔いなんて一つもない。


ありがとう、灯華。


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