政略結婚の行き着く先は
今日、私は王族として生まれ育った国よりも国力が劣る国の王妃として嫁いで来た。
互いの国に旨みがある、いわゆる政略結婚だ。
夫となった男に会ったのも今日が初めてだった。
式が終わり、私は初夜を控えて寝室で花婿を待っていた。
だが、花婿が訪れることはなかった。
「はぁ、恋人がいるのは分かっていたけど、初夜にも訪れないなんて。たぶん呪いのことを知らないのね……」
馬鹿な男。
「きっと今頃、最愛の人の躯をその腕に抱いているのでしょうね……」
思った通り、婚礼のあった目出度い夜に一つの死体がひっそりと城から運び出されたことを腹心の侍女から聞いた。
その後も、何体かの死体が運び出されてはいたが、夫となった男が私の元を訪れることはなく、月日が流れていった。
ある夜、事件が起きた。
私が嫁入りの時に連れて来た侍女を、夫が気に入り、部屋へと引きずり込んだのだ。
その話を聞き、慌てて私はその部屋へと飛び込んだ。
と同時に、錯乱している侍女が目に入る。
「いやー、いやー、やめてー、死にたくない、死にたくないの!」
彼女は泣き叫びながら、棒を振り回していた。
「たすけてー、たすけてー、姫様ー」
横目で、夫となった男の姿を探す。
すぐに呆然としている姿が目に入った。
私は溜め息をつき、錯乱している侍女に優しく声を掛けた。
「エレナ、もう大丈夫よ。すぐに国へ帰りましょうね。もちろん、ローザも一緒よ」
私の声に、少し落ち着きを取り戻した侍女が棒を振り回すのをやめ、私の目をじっと見た。
「姫様。本当?」
極限状態で、退行していた彼女に私は、にっこりと笑って言った。
「ええ、本当よ。さあ行きましょう?」
私は彼女を連れて、部屋を出た。
そのまま、侍女達の部屋へ行き、年頃の娘達全員に帰国命令を出した。
残ったのは、乳母のマリーと、とうが立った未亡人のジェーンだけとなった。
「もっと早くこうしておけば良かったわ」
「王妃様……」
「彼の手癖がこんなにも悪いなんて思わなかったもの」
「可哀想な王妃様」
そう言って、マリーは私を抱き締めた。
マリーに哀れまれても何も感じないことに、彼女に対してただ申し訳なく思うだけだった。
その翌日、結婚して初めて夫が私を訪ねて来た。
「ミネルバ! 今までもお前が女達を殺していたのか!」
「何を言っているの? 私が殺す筈がないでしょう?」
「嘘をつくな! 嫉妬に狂って殺したんだろう!」
「馬鹿なことを。なぜ嫉妬しなければならないの? 何も不満などないというのに」
「なっ!? 惚けるな! 俺に愛されないからと嫉妬したんだろう!」
「まぁまぁ! 王様は随分と自惚れ屋さんだこと。そんなもの端から望んでもいないと言うのに」
「なんだと!」
「王様。無知は人を殺しますのよ?」
「どういう意味だ」
「そうですね、無知な王様の所為でこれ以上人が死ぬのも忍びないですし、教えてあげましょうか?」
「勿体振らずにさっさと言え!」
「フッ、短気ですこと。王様は呪われていますのよ」
「どういうことだ?」
「私と結婚したことで、かかってしまったのですよ。私以外と契ろうとするとその相手を殺してしまうという呪いに」
「何だ、それは!」
「聞いたことはございませんか? 十代前の我が国の王が好色で、嫉妬深い王妃が次々と妾達を殺し、最後は王に呪いの言葉を吐いて、王とともに果てたことを」
「聞いたことはある。お前もそうしたというのか?」
「違います。人の話は最後まで聞いて下さい。王妃の呪いなのか、その後、子孫達が結婚し、その配偶者が別の相手と契ろうとすると、その相手が死ぬことが分かったんです」
「まさか……」
「例外はありません。なので、我が王族と婚姻をするものは皆、とても慎重です。ここ何代かは、この呪いで人が死ぬことはなかったのですが、あなたの所為で、何人かが命を落としてしまいました」
「そんな……。嘘だ!」
「嘘ではありませんよ。私の侍女が錯乱するほど拒んだのも、そのことを知っていたからです」
「……」
「え?」
「呪いは解けないのか?」
「そうですね。この呪いは一度結婚という契約を相手と結んでしまうと、離婚しても解けません。そして、例え私が死んでもあなたは他の方と契ることは出来ません。そういう呪いです」
「フッ、ハハハ。罰が当たったのか。お前を蔑ろにしたから……」
「そういうことでもないのですが……」
「お前はどうなんだ? 俺以外とは……」
「この呪いの不思議なところはそこなんですよね。私は、あなた以外の相手でも互いの合意があれば契れるんですよ」
「何だって……」
「ですから、我が王家にとっては呪いというよりも祝福に近いんですよね。きっと、王の浮気に苦労した王妃が、愛する子孫に同じ苦労を味わわせない為に魔法をかけたのではないかと、我が家では言われています」
「そう、か……」
「ええ。なので、恋人がいるのに私に婚姻の話が来た時は、驚いたんですよ? まさかこのことを知らないとは思っていませんでしたから……。結婚したら別れるつもりなのかと思っていたのですが……」
「クックク。私は馬鹿だったよ。大馬鹿ものだよ! 金と権力に目がくらんで最愛の人を殺してしまうとは……。『本当に大切なものは失ってから気付く』とは、よく言ったものだ」
そう言って、涙を流す彼があまりにも哀れで、私はついつい抱き締めて言ってしまったのだ。
「可哀想に」と。
それを聞いた彼に私は押し倒された。
その時の私は、心から彼に同情していたのだろう。
たぶん、ほだされてしまったのだ。
そのまま彼を受け入れてしまったのだから。
目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。
「目が覚めたのか?」
「はい。……おはようございます?」
「ああ。おはよう。身体は大丈夫か?」
「ええ」
「そうか。良かった」
そう言った彼が泣きそうな顔で笑うので、思わず頭を撫でてしまった。
「ミネルバ。今までのことを許してくれとは言わない。許しを請えるほど浅ましくはないつもりだ。だが、どうかこれからは、あなたの夫として、あなたの傍に居させて欲しい。勝手なことを言っているのは分かっている。それでも、あなたを離すことは出来ない」
「本当に勝手ですね。私は、あなたを愛してはいませんよ? 政略結婚で、義務だからここにいるだけです。それでもいいのですか?」
「ああ、構わない。私の傍で、生きていてくれるだけでいい」
「そう」
今までのことが、彼にはかなりのトラウマになっていたようで、私は少しだけ溜飲が下がった。
これから、私達の間に愛が芽生えるかは分からない。
けれど、縁あってこの国に嫁いで来たのだ。
だから、命がある限りは王族としての義務を果たすつもりでいる。
この呪いなのか祝福なのか分からないものが、どこまで続くかは分からない。
それでも、子孫達は幸せな結婚が出来ればいいと、これをかけた王妃のように願わずにはいられなかった。
お読み下さりありがとうございます。
新春、即席劇場第二弾はいかがでしたでしょうか?
(第一弾は、割烹の方をご覧下さい。なお、一と二に繋がりは全くありません)
ちなみに、王様の恋人は、もともと娼婦だった為に議会から結婚の許可が下りなかったという設定です。