第3話
私立宇宙科学大学附属高等学校教員 野球部監督 宮沢昭伸
「私の提唱する近代野球は、科学に依存する」
宮沢昭伸が宇宙科学高校の野球部監督を引き受けたのは、その豊富な資金力が主な理由だった。彼の目指す野球には、とにかく金が必要だった。彼は、近代野球の実践者になりたかった。近代野球を身につけた、史上最強のチームを率いるのが夢だった。
といっても、その『近代』とは、世間で俗に言われているような前時代的なものでは決してなかった。彼はまさに、最先端の野球をしようとしていた。
「俺の言う最先端とは、科学だ。スポーツ科学とかそんなまわりくどい話じゃあない。メカを使用した、目に見える科学を俺は信じる」
彼が真っ先に導入したのは、選球眼コンタクトレンズだった。隕石の軌道予測をするためにNASAが開発したナノサイズの計算チップを、宮沢は学校に大量に購入させた。即座に、そのチップが極薄のコンタクトレンズに組み込めるか否かの研究が、附属の大学の院生らによって極秘に行われた。そして出来上がった物は、宮沢の予想を遥かに凌駕する完成度となった。
そのコンタクトレンズは、相手投手の手からボールが放たれた瞬間に、ボールのスピード、球種、軌道、終着点などを、僅か0.01秒で打者の網膜に映し出すことができるという代物だった。もちろん、その全ての情報を打者が有効に使えるかとなると非現実的な話になるが、宇宙科学打線の攻撃力を飛躍的に増加させるには、ボールかストライクかがわかるだけでも充分だった。このコンタクトレンズのおかげで、彼の率いるチームは、一試合平均得点を前年度よりも4.75点向上させている。これが彼の唱える近代野球の、第一歩だった。
彼が次に導入したのは、七色の魔球だった。これは、投手が投球を行った瞬間、バッテリー以外の七人がレーザー光線をボールに集中させ、ボールの外観を七色に変化させるという離れ業だった。離れた所からレーザー光線を高速で移動するボールに(しかも審判にばれないように)当てるというのは、特に外野陣に、恐るべき技術と集中力を要求した。このため選手たちは、レーザー光線を完璧に使いこなせるよう、早朝から夜遅くまで、血みどろの練習をした。しかし、この魔球はボールの色を七色に変化させるだけで、相手打者を一度戸惑わせたあとは、むしろボールを捉え易くするという逆の効果をもたらしてしまった。彼らはこの魔球によって、チーム防御率を0.75ほど悪化させている。
宮沢の近代野球は、すぐに結果に表れた。就任一年目で、地区予選ベスト8まで進んだ。二年目は、七色の魔球を廃止することによってベスト4までいけた。そして彼の計画では、選手ら全員が選球眼コンタクトレンズに慣れてきた三年目で、念願の全国デビューを果たすはずだった。しかしその計画も、完全にノーマークだった謎の伏兵集団に阻まれることになる。彼の信じる近代野球の眼前に敢然と立ちはだかったのは、塗李ナインの怒涛の革命野球、ローションベースボールだった。




