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第28話

  私立流れ星高校三年 野球部三塁手 坂井大喜


  「あれは打てません」

 塗李と西東工の激戦のあとに行われた準々決勝第二試合、花巻雨風(はなまきあめかぜ)高校(岩手)対長岡河継(ながおかかわつぎ)高校(新潟)は、長岡河継高校の勝利で終わった。そして翌日には、播磨灘高校(兵庫)が帝都(ていと)大高(東京)を、真田高校(長野)が流れ星(ながれぼし)高校(石川)をそれぞれ敗り、夕方にはベスト4が出揃った。

 播磨灘に完膚無きまでに叩きのめされた帝都大高の監督は会見を拒否。高野連から注意を受けた。一方、真田高校の伊達昌幸に完封負けを喫した流れ星の四番、坂井大喜(さかいだいき)は、インタビューにこう応えている。

「あれは打てません」


 大日本タイムス、二〇六〇年八月十八日の速報記事。

『全国高等学校野球選手権大会は十二日目を終え、ベスト4進出校が決定した。それと同時に、十一日目の第一試合終了後に行われていた準決勝の組み合わせ抽選により、それぞれの対戦カードも決定している。第一試合は真田高校対塗李高校。第二試合は播磨灘高校対長岡河継高校。準決勝は明後日の二十日、阪神甲子園球場にて行われる。』


 昌美と連絡がとれなくなったことで、結城裕樹は落ち着きを失っていた。二人は連絡先を交換し合っていたし、昌美の所属する奇術団の興業は今月いっぱいは神戸市内で続くはずであったから、次に逢う約束を急いでする必要もないだろうと結城は思っていた。しかし、昨日から連絡がとれない。昌美が自分よりも一つ歳下で、家業の関係で高校課程の通信教育を受けながら旅烏を続けているというのは聞いていたが、よく考えれば自分は、彼女のことをほとんど何も知らないではないか。まだ一日も経っていなかったが、彼女への想いの強さが、結城裕樹から平常心を奪っていた。

 するとキャプテンの桜田から、集合の声がかかった。

「みんなテレビの前に集まってくれ。今まで見てこなかったけど、次の相手も大変だ。真田高校のピッチャー、ひょっとしたら宮内以上かもしれないぞ」

 ナインはそれぞれのハニーとの骨伝導チャット(桃腿のアフターサービスは続いていた)をやむなく終了し、渋々といった表情でテレビの前に集まった。

「真田の伊達だろ? 一回戦のビデオをこの前見たからいいじゃないか」

 そう言ったのは北田広太。これは皆の気持ちの代弁だった。しかし翔平は言う。

「あの時は普通の投球だっただろ? 変な投げ方だったけど、結果はほとんどが内野ゴロだった。でも二回戦以降、予選でも投げていたらしい消える魔球ってやつをちらほらと使い始めている。こっちは奪三振の連続だ。実際、消えているんだぞ? 勉強しておかないとこんなの打てないよ」

「パームボールやフォークボールを、昔の人は消える魔球と言ったりしたそうですが、要するに、そういうことでしょう?」木戸が言った。

「いや、消えてるんだ」

「マスコミがキレのいい変化球を大袈裟に言ってるだけじゃねえのかよ」高原が言った。

「いや、消えているんだよ」

 百聞は一見に如かず、ということで、翔平は録画しておいた3D五感放送を再生した。空間に、真田高校の伊達昌幸が現れた。

 ナインは、伊達昌幸を初めてちゃんと見た。大会前から注目されていた投手で、以前にも軽く見たことはあったが、実際に対戦が決まるまではと、今まで彼らは、伊達昌幸をしっかりと見たことがなかった。そして今、その姿を見て、伊達昌幸がピッチャーとして、というよりも、日本人男子としても小柄なことに皆が驚いた。身長は一六〇センチくらいだろうか。ユニフォームはぶかぶかに見えて、どう見ても華奢だった。この体で翔平と同じく、一回戦から完全試合を四試合連続で達成しているというのは、俄には信じられることではない。

「こんなに小さかったっけ」と喜与川が言うのも、無理はなかった。

 そして更に驚くべきことは、その『消える魔球』だった。消えていた。本当に、消えていたのだ。

「普通さ、漫画とかだと、ホームベースの直前で消えるよな。でもこれは、投げた瞬間に消えている。それでいてボールはちゃんと、キャッチャーミットに収まっている」

 皆が唸るように画面を見つめる中、翔平は話を続ける。

「五感テレビも、消えた球を察知できていないんだ。どの空間に手をやっても、ボールらしい物体に触れることはできない。スロー再生してみよう」

 彼はそう言って、デッキに口頭で指示した。伊達の投球が、スロー再生された。

「見てみろ、ボールが放たれるだろ? そして手から離れる瞬間まではちゃんとある。だけど、ほら」

 その瞬間、五百八十六コマの超映像から、ボールが消えた。「こんなに早く消えちまうんだ。そしてキャッチャーの方を見ると、ほら」

 バスン、という音を立てて、キャッチャーミットがボールを掴んでいた。どうなってるんだ……という困惑が、大部屋の空気を沈黙に変えていた。その中で、別の意味で驚愕している人間が一人。結城裕樹だった。

(昌美……ちゃん?)

 マウンドのピッチャーがプリンセス昌美であることは、疑いようがなかった。

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