この世界からの卒業4
4.
爆発音と同時に、窓の外で、ひと際大きな煙が上がった。
リリは思わず、マヤにしがみついていた。空手少女はとっさにリリの肩をかばうように抱いた。
「な、何の爆発?」
「やっぱテロだよ」
「うそ、なんで? なんで明石が?」
「もうあかん、世界の終わりや」
みんなが口々にわめく中、リリは壁の向こうのエルとソラが西側の階段にダッシュするのを見た。
どこに行くん?
叫んだところで聴こえないのはもうわかっている。
かくなる上は、後についていくしかない。
リリは彼らとは反対に、東側の階段に向かった。
「どこ行くの?」
マヤが慌ててついてくる。
「わからん。エルの行くとこ」
リリはそう言い放つと、階段を駆け降りた。マヤも黙って後を追う。
小学校の時からの幼馴染だ。大人しい性格のリリに対して、気の強いマヤはいつも保護者役だった。いまも長年培われた保護本能が目覚めて、リリを一人放ってはおけないのだろう。
一階まで一気に階段を下りると、リリはまず職員室に向かった。
職員室は3Cのちょうど真下に当たる。もし壁がここまで来ているなら、そこもまた分断されているはずだ。
失礼します、とも言わず、リリは無断でドアを開けた。
予想通りだった。
教師たちが、ほぼ壁があると思われるところに集まって、むやみやたらと騒いでいた。誰もリリの方を見る余裕もない。というより、生徒が勝手に入室したことにも気がついていなかった。
さっと見渡すと、担任のハナ先生の姿はない。望洋高のマドンナで、まだ若く、気さくな彼女がいれば、何か情報があるか確かめようと思ったのだが。
壁の向こう側、つまり東側に五人、こちら側に三人の教師がいた。一人は筋肉マンの体育教師で、力任せに壁に体当たりしては、あっさりいなされている。いざとなると教師も生徒とやることが変わらない。後は定年間近の地理教師と、おろおろしているだけのおばさん国語教師。申し訳ないが、どうも役に立ちそうにない。
リリとマヤは職員室から、正面玄関に回った。
根拠はないのだが、エルたちは、校内ではなく、校外へ向かったと、直感がささやいていた。
リリは頭の中で、学校の地図を広げる。
下駄箱のある玄関は、3Cの教室より東側にある。だから、エルたちは上履きを履き替えることはできない。
でも、あの二人のことだ。そんなことには構わず、上履きのまま平気で西の端の非常口から外に出ただろう。
そうすれば、西側にある自転車置き場に行くことができる。
エルもソラも自転車通学なのを、もちろんリリは知っていた。そして西の裏口から出れば、学校の外へ出られるのである。
粗暴な男子と違い、礼儀正しい女子であるリリとマヤは、律儀に下駄箱で靴に履き替え、玄関を出た。そのまま正門から、すぐ目の前の通りに踏み出す。
向かいは、市民会館と水産会館だ。
さっき廊下の窓から見下ろしたように、そこでは一台のセダンが大破炎上していた。乗っていた人は逃げることが出来なかったのか、辺りに人影はない。あの炎の中で黒焦げになっているのかと思うと、リリの胸は痛んだ。
切断された電線に撃たれた主婦は、まだ路上に倒れたままだった。リリとマヤはとっさに駆け寄ろうとしたが、その手前でやわらかい拒絶にあった。
壁だ。
主婦が倒れている場所は、見えない壁の向こう側なのだ。
その時、望洋高の裏門の方から、二台の自転車が猛スピードで現れた。思った通り、エルとソラだ。
彼らもリリたちを認めると、スピードを落とした。リリは手を振って、倒れている主婦を示した。
エルが自転車を降りて、主婦の傍に駆け寄った。初めは恐る恐る様子を伺っていたが、やがて意を決したように首筋に指を当てた。脈を看ているのだろう。そしてがっくりと肩を落とすと、リリに向かって首を横に振ってみせた。
もう、死んでいるのだ。
死というものを、両親も祖父母も健在なリリは、まだ実感したことがない。
しかし、路上にぐったり倒れている主婦の体には、何か心を冷え冷えとさせる、恐ろしい何かが感じられた。理不尽に、不条理に、突然命を絶たれた怒りと困惑と絶望が、まだその体の上にたゆたっているように思えた。
掌を握り締め、立ち尽くすリリの元へ、エルはポケットから取り出したスマホに、何か打ち込みながら近づいてきた。無造作に突き出して見せた画面には、「郵便局」と書かれていた。
声も聞こえず、携帯も繋がらないいま、もうコミュニケーションの手段は、筆談しかないのだ。
これから、そこへ行く、という意味だろう。
なぜ郵便局に行くのか、見当もつかなかったが、とにかくリリは頷いた。
エルはソラと一緒に、再び自転車に乗ると、市民会館と水産会館の間の路地に消えて行った。そこから国道二八号線に出ることができる。
「うちらも、行こ」
マヤがリリの気持ちを先読みしたように言った。
「走るで」