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ウォール・ゾーン 5

5.


  ♪これっていつまで 続くのかな

   おれってなんか やらかしたかな

   天罰くだるよな いけないことを


「なんだ、その曲?」

 ソラが訊いた。

「ん……いまの心境……」

 アコギを抱えたエルは肩をすくめた。

「いつまで、あの壁、あるんかなって」

「そんなの、誰にもわかんないよ」

「そやけど……」

「でも、ええ感じやないすか」

 コータが口を挟んだ。


 波も荒れ、風もひどくなってきたので、体育館よりは海と壁から離れているクラブハウスに教師も生徒も移って来た。

 ハナ先生始め、教師たちは大きなテーブルとパソコンのある文芸部の部室に陣取り、今後の算段をしている。

 女生徒たちはアンが所属している女子バレー部の部室に、野球部のエースは男子生徒を引き連れて野球部の部室に落ち着いたが、エルとソラとコータは三人で、馴染んだ軽音の部室を選んだ。そこで、激しくなる一方の風の音をバックに、エルがぽろぽろとアコギをつま弾いていたのだ。


  ♪海ってこんなに おっかないのか

   風ってこんなに おっかないのか

   見えない壁ひとつで 世界は変わる


「でも、月光グリーンに似てるな」

 ソラが言った。

「え? 月光のどの曲に?」

「『フラッシュ』だよ。月光グリーンの『フラッシュ』に似てる」

「ええ、そうかなあ」

「だって、コード進行が同じだもん」

「ほんまか。あのコード進行は割とよくあるやん。曲はもちろん、めちゃかっこええけど」

「お前、月光が好きすぎて、時々似るんだよ」

「そら、月光は俺が最初に衝撃を受けたバンドで、月光がいなかったら俺も音楽はやってなか……あーーーーーっっっ!」


 エルが絶叫したので、ソラとコータは驚いてひっくり返りそうになった。


「なななな、なんすかっ?」

 ドラムの椅子に座っていたコータは、シンバルにしがみついた。


「もし、壁がずっとこのままやったら、二度と月光のライブが見れんやないか!」


 悲壮な面持ちで言うエルの頭を、横にいたソラがはたいた。


「あほ、そんなことでわめくな」


「そんなことって、お前、月光グリーンは札バンやぞ。つまり壁の向こう側にいるんや。いままでみたいに大阪にツアーで来れなくなったら……」


 札幌を拠点とするバンドのことを、札バンという。月光グリーンは、その札バンの中でも長いキャリアを誇る代表的なバンドだ。だから、ライブは主に北海道内と、東京。それ以外は年に一回か二回、大阪に来るだけだ。その大阪公演が明石に住むエルにとって、彼らのライブを聴く唯一の機会だった。

 もちろん大学生になって東京に行けば、もう少し頻繁に月光グリーンのライブはある。バイトをすれば札幌に聴きに行くことも不可能ではない。

 しかし、それもこれも、壁がなくなり、世界が元に戻ったらの話だ。


「そりゃ、お前にとって月光グリーンは人生を変えたバンドだけどさ。それよりもっと、大切なものが壁の向こうに行っちまったろ?」


 ソラが諭すように言うと、エルはアコギをジャカジャカジャカジャカと掻き鳴らして怒鳴った。

「んなこた、わかっとるわい!」


「そしたら月光、やりましょうよ。『フラッシュ』はちょっと悲しいから、景気よく『南舟北馬』で!」

 コータが言うと、エルが応じた。

「おし、ソラ、トラック出せや!」

「OK!」


 ソラは愛用のノートパソコンを開き、何やら操作を始めた。

 実は彼は楽器も出来ないし、歌も歌えない。しかし、パソコンで実にイカした伴奏をつくる。それが「トラック」だ。しかもそれを流しながら、いろいろなサウンドエフェクトを即興で入れる技の持ち主だった。これがエルのギターと合わさると、機械的なマシンのノリに血が通って独特のグルーヴを生むのである。


 ソラが「行くぞ!」とエンターキーを叩くと、パソコンに繋いだ超薄型のスピーカーから迫力ある低音が流れた。いつもならこの二人だけで演奏するのだが、それにコータのドラムが加わた。ハイハットのリズムを乗せると、エルがギターの高温でイントロのリフを弾き始めた。


 疾走感満点のキラー・チューン、『南舟北馬』が始まる。

 エルがボーカルを取った。


(この部分、大人の事情で割愛)


 曲が最高の盛り上がりを聴かせるタイミングで、突然部室のドアがバタン!と開いた。

 三人はびっくりして、演奏をストップした。

 顔を突き出した野球部のエースがじろっと睨み、

「先生が集まれって」

 それだけ言うと、くるっと背を向けた。


「なんやねん」

 エルがため息をつきながら、アコギを置いて立ち上がる。


 文芸部の部室には全員が集まっていた。

 すっかり途方に暮れた様子の校長はまったく頼りにならず、いまやリーダーは若いハナ先生だった。彼女は生徒たち一人一人を励ますように見つめながら、落ち着いた声で言った。

「望洋高は、壁にも海にも近すぎて危険かもしれません。それで東明石高校に移ることにしました」


 生徒たちは動揺した。

 教師も生徒も家が壁の向こう側にある。母校を離れるということは、それだけ家からも離れることになるのだ。


「先生、そんなにここ、危ないんですか?」

 アンが訊いた。


「わかりません。でも、大事を取った方がいいと思うんです。幸い文芸部のパソコンからメールしてみたら、東明石高校の校長先生と連絡が取れて、とりあえず体育館に受け入れていただけることになりました」

 それでも生徒たちはためらっていた。すると、ハナ先生は悪戯っぽく言った。

「そろそろ夕方よ。みんなもお腹が空いたでしょう。あちらでは父兄の有志が、炊き出しをしてくださるそうよ」


 ぐー。


 誰かの腹がタイミングよく鳴った。


「誰だよ」

 ソラが笑いながら怒鳴ると、コータが照れくさそうに手を挙げた。

「そやかて、昼も抜きやし」

「ああ、こんな時でも、腹は減るんやなぁ」

 エルが言うと、みんなが笑った。


「ほな、行きますか」

 エースが促し、生徒たちは僅かな荷物を取りに、それぞれの部室に戻った。

 エルが軽音の部室のドアを開けようとすると、ソラが耳打ちした。

「お前、ずらかるつもりだろ?」


 長いつきあいの相棒だ。いまさら、なんでわかったんや、などと白々しいことは言わない。エルはにやっと、頷いた。

「当たり前や。俺は明日の朝九時、浜でリリと会う約束があるんや」

「その時、海がどんな状態になってるかわからないぞ」

「ああ。出たとこ勝負やな。けど……」エルは肩をすくめた。「ミュージシャンがアドリブ怖がってどうすんねん?」

「いつ?」

「夜や。せっかくの炊き出しやろ。ご馳走になってからでも遅くない」

「俺に黙って行くなよ」

「おいおい、人のデートについてくんのか」

「ああ。俺のトラックで、ロマンチックなBGMつけてやるよ」

「けっ」

 エルはギターをケースに入れて、担いだ。

「ほな、俺もこいつを持ってかんとな」


 ごぉっと、窓の外で風が吠えた。

 何かイヤな予感がしたが、考えてみればこれ以上悪いことがあるのか、というくらい、既にひどい目に遭っているのだった。

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