影の中から
ただいま改稿作業中ですので、文章が中途半端であったり、話が繋がっていないところがあります。
これは夢だ。いつもの悪夢。
ポルクスは支離滅裂に浮かんでは消えていく映像と、感覚に翻弄されていた。
自分が眠っていることをうっすらと自覚している中、夢は進む。
視界を染める赤。体から失われる熱。手足から無くなっていく熱とは裏腹に背中の灼熱。
家族の死体。凶器を手にした父親。手に持っているのは、影から伸びた鎌。
火がついたような泣き声。もう死体になっているのだから聞こえる筈がないのに。
血塗れの妹が助けてと叫ぶ。本当は妹は叫ぶ間もなく殺された。
どうしてお前はそこで寝ているの? あの男を殺して。
大好きだったのに、裏切って私たちを殺したあの男を!
母親が虚ろな目でポルクスを責める。違う、母さんはこんなことを言わない。
見てよ、お兄ちゃん。お父さんったら酷いのよ。ねえ、このままじゃ私たち可哀想でしょ?
首だけの妹の声がわんわんと反響した。
いつもいつも綺麗事ばっかり言って。あいつを憎みもしないんだ?
弟が恨みがましく言う。
ごめん。違うんだ。あいつがやったことは許せないことだよ。憎む。憎むから。
助けてくれた第二部隊隊長が「お前には向いていない」と突き放す。バートンが忘れろと言う。ポルクスに関わってきた人たちが次々と現れては何かを言って消える。
恨み言もなじる言葉も気遣う優しい言葉さえもポルクスを切り刻む。
「憎めないなら憎まなくてもいいのよ」
恐る恐る見上げると、黒髪と黒い衣服の少女がポルクスに手を差し伸べていた。生きていていいと許してくれた存在。涙を流させてくれた存在。
おずおずと少女に手を伸ばす。
「お前はまた誰かに生かされるんだね。全部他人任せにして、自分を放り出す」
伸ばしかけた手が凍り付いた。
男が一人、少女の隣に立っていた。大きな鎌を持っていて、楽しそうに少女の喉元に鎌の刃を近づける。
「今度はこの少女に助けてもらうのかい? そうしてお前の代わりにこの子が死ぬんだ」
コハクが死ぬ?
手足が急速に冷えて、心拍と呼吸が早まる。
「妖魔狩り『珠玉』だから大丈夫だって? 絶対大丈夫なんてそんな保障どこにもない。この少女だって僕に負けて死ぬかもしれない。母さんや、あの子たちのように」
嫌だ。それだけは。
誰かが死ぬのなら、自分が死ねばいい。皆に必要なコハクが死ぬより、価値がないポルクスが死ぬほうがずっといい。
「そう。いい子だ。お前ひとりでおいで。そうしたらこの子は殺さないでいてあげよう」
ああ、良かった。それなら簡単だ。自分の命で済むのなら。
ほっと体から力が抜けると、体温と呼吸も戻っていく。頬に柔らかくて温かいなにかを感じて、さらに安堵した。コハクも男も消えて、夢のない眠りへと落ちていく。
布団の上で丸まっていた子猫は、青年の胸の上下が大きくなっていることに気付いた。苦しそうに歪む頬にそっと体をすり寄せる。
青年がこうして悪夢にうなされることは度々あった。マギリウヌ国から戻ってからは、あまりうなされなくなっていたが。
やがて穏やかになった呼吸と表情に安堵して、また布団の上に戻った。
青年の影からトゲのように細く伸びた何かが、彼の体へ食い込んでいることに気付かずに。
※※※※※※※※※
『コハク、起きてコハク』
くんくんと鳴くハルの声にコハクは瞳を開けた。薄明るくぼんやりと浮かぶ部屋の様子からして、夜明け前か。
「どうしたの」
起こすにしては早い時間だ。何かあったのだろうと、コハクはベッドから抜け出して着替えへと手を伸ばした。
「宿の主人の様子がおかしい。朝の新聞に目を通してから、コハクとそこの小僧のことを誰かと話している」
コハクの疑問に答えたのは、ホムラだった。心当たりがなくてコハクは小さく眉をひそめる。
「んん? おはよ、ミソラ。……あれっ! もしかして僕、寝坊しました!? って、うわっ!」
子猫の尻尾攻撃で叩き起こされたポルクスが、既に着替えを済ませたコハクを目にして飛び起きた。慌てて布団から出ようとして、ベッドから転げ落ちる。
「あたた。あれ? まだ朝じゃないですね」
涙目で腰を擦ってから周囲の薄暗さに目を丸くするが、ただ事でない空気を読み取りあたふたと支度を始めた。
『誰かが殺されたみたいだね。なんか偉い人っぽいよ。しっかし、それでなんでコハクとポルクスの名が出てくんの?』
聞き耳を立てたハルが尻尾をぱたぱたと振る。殺しとくれば妖魔か宿主の仕業であろう。同じことに思い至ったポルクスの顔が強張った。
「アキカゲでしょうか」
「どうかしらね。他の妖魔の可能性だってあるでしょうし」
アキカゲの名を聞いて緊張した青年の様子に、気づかないふりをしてコハクは背を向けた。ポルクスが服を脱ごうとしていたからだ。
「宿の外に人が集まってきたな。騎士と……断罪使もいる」
ホムラがその怜悧な瞳を窓へと向けた。ホムラの位置から窓の外が見えるわけではないが、気配で分かるのだろう。
「断罪使まで……」
まるで妖魔への対応のようではないか。妖魔を使うコハクを警戒しているのか。いや、そもそも神の声が聞ける断罪使が来たということは、神の意志なのか。
「出ていって彼らに直接聞いてみましょう」
「わあー、ズボン、ズボン履きますから、ちょっと待ってください」
コハクのセリフにポルクスが大慌てで着替えを済ませた。この青年は緊張感があるのやらないのやら分からない。
荷物を抱える青年へちらりと呆れた視線を走らせ、コハクはドアを開いた。




