新聞売りの男の信仰
ただいま改稿作業中ですので、文章が中途半端で話が繋がっていないところがあります。
「さて、どうしたものかしら」
ポルクスと並んだコハクは聖ルアノラ帝国の町をぐるりと見渡した。
あれからぐるりと迂回してほぼ反対側から町へ入った。ホムラは目立つので瞳に入ってもらい、ミソラはいつものようにポルクスの懐に潜り込んでいる。
コハクはそこいらにアキカゲの気配でも漂ってはいないかと、試しに探ってみたが当然それで分かるほど甘くはない。
町に入る前にチヅルを飛ばしたので町の全体像だけは掴めたが、正直なところ、そこからどうすればいいのかは分からなかった。
考えあぐねて立ち竦むコハクに、ポルクスが首を傾げる。
「もしかして、困ってます? コハクさん」
隣の青年が垂れ目をぱちぱちとさせて、意外そうにコハクを見た。図星を突かれて、なんとなく面白くなかったコハクは、いつにもまして仏頂面になる。
「仕方ないでしょう。この国にはミズホ国の『デンキ』たちはいないし、依頼で来たわけでもないから依頼主のような、情報をくれる立場の人間がいないのよ」
聖ルアノラ帝国には、ミズホ国の諜報部員であるデンキたちですら入れない。互いの代表が年に四回、情報交換を行うのみだ。
通常の依頼なら、宿主や被害者、現場の位置などの情報を、依頼主や国の警備を担う組織などからもらうが今回はそれがない。マギリウヌ国からの情報も、アキカゲがこの国のどこかに潜伏しているとだけだ。
こういう時、何をとっかかりにすればいいものか。
「大丈夫。初めて同士、ゆっくりやりましょう」
にっこりと微笑んだポルクスが手を差し出してきた。少し躊躇ってからコハクも手を出す。ぎこちなく出したコハクの手を握り、ポルクスがふふっと笑った。
「……呆れているんでしょう?」
ポルクスに手を引かれながら、反対の手で帽子のつばを握って下ろす。視界が狭まり、前を行く青年の足と整備された道路だけになった。
「いえ、なんだか安心しました。強くてなんでも分かってて、動じないコハクさんじゃない、こういうコハクさんもいるんですね」
青年の声は優しく、責める響きも呆れている響きもなかった。その事に安堵して、コハクはそっと帽子のつばを少し上げた。
「取り敢えず、新聞を買いましょう。この国のことも分かるし、何かヒントもあるかもしれません。それから何か食べるものでも買いましょう。お店の人と世間話すれば色んな事が分かりますから、ね?」
肩越しに首だけを向けて、ポルクスがコハクに柔らかく提案する。小さく頷いたコハクを見てから前を向いた。
帽子の下から前を歩く青年を見る。人が好く、いつも緊張していて、どこか危なっかしい青年の背中が思ったよりも広かった。繋いだ手は大きくて温かい。ふっと胸を掠めたのは温かさと、じわりと締め付けられるような感情で。
「?」
己に沸き上がった正体不明の感覚に、コハクは戸惑う。心が浮き立つような心地好い感覚と、不安になるような感覚。相反する二つが同居している。これは一体どういうことだろう。
あっという間に大通りらしき場所に出た。可愛らしい店が軒を連ね、路上にも小さな移動式の店がぽつぽつとあった。花や軽食、新聞などが木を白く塗った荷車に積まれた店には、分厚い布を張って屋根にしていた。
「ナナガ国とは全然違いますね。店や建物に統一感があるし、人もみんな身綺麗です」
通りを歩く人々はせかせかしておらず、かといってのんびりしているでもない。極端に貧しい者も見えないのはマギリウヌ国と同じだが、ぴったりと簡素で機能的な衣服のマギリウヌ国と違い、ゆったりと多く布地を使った衣服の多い聖ルアノラ帝国は温かみを感じる。
「おじさん、これ下さい」
新聞を売っていた立派な口髭の中年男にポルクスが声をかける。
「はいよ。見かけない顔だが観光かい?」
太った男は口髭を軽く歪ませて笑い、ポルクスの手に新聞を手渡した。にこにこと受け取って支払いを済ませたポルクスが会話を続ける。紙幣はナナガ国で換金済みであった。
「ええ。来た甲斐がありました。とても綺麗な街並みを見ているだけで楽しいです。おじさんお勧めの観光スポットはありますか?」
「ああ、それならキルカ・デ・ルーナ教会だろう。あそこは凄いぞ。外から見るのもいいが、中はさらに壮観だ」
「神様を祀ってるんですよね?」
「祀っているんじゃあない。神様がおられるんだよ。外国人にはぴんと来ないかもしれんがな。この聖ルアノラ帝国は神の国。我らが主たるテンガ神の御許、それがこのキルカの町だ。おお、神よ。矮小なる私があなたの御許で生きている幸福を噛み締めます。この身、この心、全てはあなたさまの為に」
愛想よく観光としての教会を語っていた男の声に、神への信仰と熱っぽさが宿る。後半で目を瞑り、胸に手を当ててテンガ神とやらへの祈りを口にしてから、また新聞売りの店主へと戻った。
「失礼。聖典の一文でね。この国の人間は皆、一日の始まりをこの言葉で始め、この言葉で終わらせる。興味があれば近くの教会を礼拝するといい。いつでも歓迎するよ。残念だがキルカ・デ・ルーナ教会での礼拝は一般人には無理だからな」
「へええ、どんな人なら可能なんですか?」
ポルクスが次々と質問をして情報を拾っていく。そういえばこの青年は国民と行政を繋ぐ第四部隊の隊員だった。執行部隊である第二部隊への連絡や国民からの情報を元に報告書などを作成する為、こういったことは得意なようだ。
「そうさな、教皇様と断罪使様のみが最奥の神の間への入室を許されるそうだ」
「教皇様は確かこの国の元首でしたよね。断罪使様ってどういう方なんですか」
「教皇様はテンガ様との拝謁により神の子になられた神聖なる御方だよ。身も心も、髪の毛一筋まで、爪のひと欠片まで、一日のひと時も神への祈りと感謝を忘れず、全てを神に捧げた者のみがなれるそうだ。断罪使様は神の使徒、姿を見ることは出来なくとも神の声を聞き、この世の邪悪を断つ尊き存在だ」
男の目に恍惚とした色が灯り、うっとりと空を見上げた。ポルクスが表情を少し強張せたが、直ぐににこやかな笑みに戻した。
「色々と参考になりました。ありがとう、おじさん」
いいってことよと、手を振る男に同じように手を振り返してその場を離れた。




