種から芽吹くものは
しばし場を支配した静けさは、一気に喧騒へと姿を変えた。ボロスの発言の方向を変えようとするラナイガとトラメの様子は痛快であった。
慌てたようにシャッターを切る報道陣を置き去りにして首脳会議は終了を迎えた。
己の執務室へと戻り、ボロスは満足感に浸る。種はとっくに蒔き終えている。水もやった。後はどう芽吹き、どんな花を咲かすことだろう。
映像機器は全てのチャンネルで先程の首脳会議が中継され、推測が飛び交っていた。
『あろうことか、ボロス国家元首はナナガ国、ミズホ国の二国へ宣戦布告をしました』
『これはどういうことでしょうか?』
『ボロス国家元首は、ナナガ国がミズホ国と手を組み、マギリウヌ国を潰そうとしていると主張しております』
『ありえません。ナナガ国にとって、我が国はなくてはならない国の筈です。ナナガ国ラナイガ議会長と、ミズホ国トラメ国長代理も否定しています』
首脳会議の映像がまたクローズアップされる。
『均衡を崩したのはナナガ国でしょう。科学技術の流出は我が国にとって致命傷になりかねません』
同意の意見がいくつも出る。マギリウヌ国は元々これといった特産物もなく資源も乏しい国だ。他国から抜きん出た科学技術のみがマギリウヌ国の経済を支えている。頼みの綱である科学技術の流出は、国民にとっても恐怖であった。
『科学技術が他国に渡り、差がなくなれば圧倒的な生産力を持つナナガ国には敵いません。断固として拒否し抗戦すべきです』
ボロスの口角が少し上がった。このままボロスに賛同し、戦争へと突き進むか。それとも二国の要求を飲み、これまで通りの情勢を保つのか。果たして世論は、国民は何を望むだろうか。
ボロスは立ち上がり、窓の外を見下ろす。外の寒さと無縁のドームに囲われたマギリウヌ国。障害を取り除き、快適な生活を提供し、国民を飼い殺してしまった。気付いた時はもう手遅れで、ボロスには緩慢な滅びの未来しか見えない。
停滞と閉塞と、安寧に慣れきった怠惰が、緩やかにこの国の首を絞めている。
『抗戦とは穏やかではありません』
『ミズホ国は妖魔を戦力として保有しています。二国が手を組めば我が国は太刀打ち出来ません。二国が敵対を否定しているのですから、ここは戦争を避ける交渉をするべきでしょう』
『なぜボロス国家元首は二国を敵に回す発言をしたのでしょうか』
やがて報道陣の批難の矛先はボロスへと向いていく。
予想通りの展開に、ボロスは目を細めた。武器の威力と性能では他国に余裕を持って勝てる。問題は使う人間がいないことだ。戦う気概のある人間がいないことだ。
「勝手なことを! ボロス国家元首あってこその今のマギリウヌ国ですぞ! 今回の発言も何か他の意図があるのでしょう?」
リーザス補佐官が報道の言い分に憤慨してから、期待を込めた小さくて丸い目でボロスを見る。この男はまだボロスを信じきっているのか。それとも考えたくもない未来に蓋をして、希望に縋っているのか。
「リーザス補佐官。この国に足りないものは何だと思う?」
期待する答えが返ってこないことを知りつつ、ボロスはリーザスへ問いかけた。
目を閉じて昔を思う。貧しくとも活気に満ちた時代。極寒に命を奪われる危険と常に隣り合わせ、少しでも現状をよくしようと熱弁を振るい突き進んだあの頃。
何もなくとも希望があった。何もかも手に入った今、希望というものが失われた。
安寧が思考を奪う。充足が成長を止める。
「我が国に必要なのは生産力と少子化対策です。ここ数年取り組んでいる我が国の課題です」
通り一遍な答えに失望と諦念が、じわりとボロスの心へと広がった。生産力向上の為のオートメーション化はますます勤労意欲を削ぎ、出産補助金や教育費の免除も出生率を上げることは出来なかった。おためごかしの取り組みは一つの成果もあげていない。
「そんなものは気休めにもならん。我が国に必要なのは試練なのだ。人は苦難を乗り越えてこそ成長する。そうだろう?」
「……試練と、苦難……まさか」
『ナナガ国とミズホ国を敵に回して勝てる我が国ではありません』
『……この発言をしたボロス国家元首こそ、我が国の敵なのではないでしょうか?』
通信機器から流れてくる音声が、リーザスの鼓膜を打ち据える。
「そんな、まさか本当に戦争を引き起こすおつもりですか!」
リーザスのふくよかな頬が引きつって歪んだ。
ようやく理解したのか、愚鈍な豚め。暗い愉悦がボロスの体を満たす。
立て。敵は用意した。反対の声を上げろ。破滅に導く指導者を倒してみせよ。
ボロスへ真っ向から立ち向かった孫、キリングの目を思い出す。あれは良い。あの目を持つ者たちよ。いるのならば、立ち上がってここへ来てみるがいい。
ボロスの願いとは裏腹に、リーザスはそれ以上噛みついてこなかった。よろよろと後退り、弱弱しくかぶりを振った。
「お考え直しを……いいえ、貴方は一度決めた事は覆されない方です」
リーザスとボロスとの付き合いは長い。ボロスの性格は熟知していた。
すう、と息を吸って腹と胸を膨らませ、リーザスはボロスを見据える。
「不本意ながら、ボロス国家元首。貴方を元首の座から降ろさせて頂きます。当面の間私が元首の座に付き、今まで通りの三国の関係に戻します」
せかせかと足早に退出する丸みを帯びた背中を見送り、ボロスは笑う。穏健なリーザスならばこうするだろうと思っていた。ボロスもまた、リーザスをよく知っているのだから。
ついた蕾は開かんばかりだ。花開く時を楽しみにするとしよう。




