妖魔を知る
「僕は妖魔の貴女の事が知りたいんです。話して下さいませんか。貴女がこれからどうしたいのか」
「どうしたいのか? 妖魔にそれを聞くの?」
真剣なポルクスに対して、妖魔のはあくまで嘲るような答え方だ。
「はい、聞きます。聞きたいんです」
引かないポルクスに、妖魔は不快そうに片眉を上げる。
「変な人。そんなの聞いてどうするの?」
「聞いて考えます。貴女と一緒に」
あははは、と妖魔は高笑いを上げた。目尻に涙を溜めて笑い転げる。
「ああ、可笑しい。どうしたいか? そうね。このままシリアの精神を喰い尽くして、肉体も食べたいわ。どこから食べようかしら。やっぱり頭?」
妖魔は人差し指を口元に当てて、ぺろりと舐める。舐めた手で自分の頭をとんとんと叩く。動く度に鎖がじゃらじゃらと音を立てた。
「シリアを食べたら、今度は私が生まれるきっかけを作ったやつらを殺してやるわ。そしたらシリアも喜ぶでしょう? 手始めにシリアの父親、教師ども、キリングを馬鹿にしたあいつらもよね」
名前を上げながら楽しそうに指を折っていく。ポルクスの背中にぞくっと冷たい感覚が這った。
「あの女を刺したとき、愉しかったわ。嬉しかったわ。努力なんて無意味だったのよ。なのに我慢して期待して、ほんと、私って馬鹿。もっとはやく殺してやれば良かったのに」
刺したときの生々しい感覚と、暗い悦びがポルクスを支配する。自分を罵ってばかりの女を黙らせた快感、自由になった開放感、肉を断つ感触、生温かい血潮を浴びた心地よさ。
そうか、これが妖魔の感覚。どっぷりと罪に浸かり、更なる罪を犯すことのなんと気持ちの良いことか。
これまでの人としての苦しみも、全て塗り潰す罪への衝動。身を任せ、浸ってしまえばいい。女はもう動かなくなった。ひとまずは満足した。でも今はどうだ。
足りない。苦しさを忘れるには足りない。血が足りない、肉を断ち切りたい、あの快感が欲しい、喰ってやりたい、そうすれば楽になる。
狂おしい、狂おしい、狂おしい、目が眩むほどの罪への衝動に、ポルクスは両腕で自分を抱いた。
「ポルクス」
同調しすぎている青年をコハクは慎重に観察しながら、扇を広げた。これで視界を遮ってしまえば同調を止められる。
止めようとするコハクの腕を青年が掴み、小さく首を振る。コハクは逸る胸をなだめて忠告にとどめた。
「今はまだ様子を見てあげる。けれど、危なくなれば止めるわよ」
「お願いします」
青年の足元にいるハルが、ちらりと二人を見上げて耳をひくつかせたが、何も言わずに妖魔を警戒する方へ戻った。
「あの女に任せっきりで仕事仕事のあの男を殺してやろう! 私を見下してる教師を殺してやろう! キリングよりも馬鹿な癖に、馬鹿にして笑ったあいつら全員殺してやろう!殺して、喰って……」
にいっと妖魔の口元が吊り上がり、忍び笑いが喉を震わせた。
「それにはここにいる科学者たちが邪魔ね。好き勝手してくれちゃってさあ。宿主が痛め付けられると一応痛いのよ?」
折り曲げた指を見つめていた水色の目が、檻の外を向く。安全な檻の外にいる科学者たちが底冷えする視線に怯えて後退った。
「宿主が痛め付けられると一応痛い! それは興味深い! 是非とも詳しく聞かせてくれ」
アウリムのみが瞳をぎらぎらと輝かせて檻、いや檻というよりも透明な壁に張り付いた。
「あんた、賢いらしいけど頭がおかしいんじゃない?」
「はははははっ! よく言われるねえ!」
冷たい妖魔の対応にもアウリムは全く頓着しない。
「ふうん。じゃあさ、詳しく聞かせてあげるから、中へ入ってきなよ」
「いいよぉ」
あっさりと頷いて扉の鍵を開けようとするアウリムを、慌てて周りの科学者たちが止めた。
「アウリム科学技術長官! いけません!」
「邪魔をするな。またとない研究の機会なんだぞ」
「命と引き換えにですか!?」
「知識への欲求! そいつを私からとれば死と同じ。何の違いがあるのかね?」
そのまま揉み合いながら、科学者たちがアウリムを説得していると、壁に備え付けられた通信機器が鳴った。科学者の一人が出る。
「なに? ……ああ……本当か? ……よし、連れてこい」
受話器を置いた中年の科学者は、アウリムへ声を張り上げた。
「アウリム長官! 娘の関係者が捕まりました。不法侵入の為、実験に使えるそうです! たった今、許可が下りました」
「ほうほう」
アウリムは羽交い締めにされたまま、ぴたりと動きを止めて見開いた目を輝かせた。関係者とはだれなのか、ポルクスに嫌な予感が走り抜ける。
「シリア・ローレン。君の罪は母親殺しだ。世間ではキレて級友に掴みかかり、挙句に母親をめった刺しにした大罪人として連日報道され、多くの人間が君の罪深さを認識している。これは君の妖魔としての力を増幅させている筈だ。違うかね?」
アウリムの後悔は、妖魔発生を抑えるためのシステムを作ってしまった事だった。国民全員に付けられた腕輪が下級妖魔の発生を未然に防いでしまうし、中級以上の妖魔の力も削いでしまうらしく、他国に比べて妖魔の出現率が著しく低い。己の思いつきを試したくてつい作ってしまったが、アウリムは失敗だと思っていた。
「もうひと押し! もうひと押しがあれば君は高位妖魔の仲間入りだ! 君が殺したい人間を連れて来てやりたいところだが、中々に難しい。そこへ、うってつけの人物が飛び込んできたようだ。楽しみだねえ」
ドアがノックされ、男たちが入ってくる。後ろ手に縛られ、男たちに引き立てられて来たのは少年だった。
マギリウヌ人特有の銀髪に水色の瞳、切れ長の目と薄い唇が大人びてみせるがまだ十四、五くらいだろう。見覚えのある少年にポルクスは衝撃を受け思わず叫んだ。
「キリング! どうして君が!」
捕らえられた関係者とは、シリアの記憶の中に出てきていた少年、唯一の彼女の希望であるキリング・バンクディだった。




