フジヒメとトラメ
フジヒメの能力は『浸食』である。トリガーはフジヒメ本人から伸びる蔓に触れること。木の蔓で出来た髪は勿論、地面に着こうかという合わせの長い衣服からも、フジヒメの体のどこからでも蔓を伸ばせる。
今は結っていた髪を解き、長く伸ばして部屋のコンセントへと差し込んでいた。
「やはりラナイガ殿の言うとおり、通信機器を使った会話は全て、あの機械の箱の中にいくようじゃのう」
フジヒメが衣の袖で口元を隠し、差しこんでいた蔓を抜いておっとりと言った。蔓の先は焦げて小さく煙を上げていた。機械というものは全て電気で動く。電気の流れに浸食して辿ればある程度の情報は掴める。
しかし、妖魔は電気に弱い。植物であるフジヒメは尚更だった。あまり長時間、かつ多くの情報を読むことは出来ない。今回はラナイガの言ったことを確認したのみだった。
「ありがとう、フジヒメ。『デンキ』たちに伝えて」
「承知した。じゃが、ボロスの真意が分からぬままじゃぞ」
「そうね」
相手の言っている事の真実が見える。このトラメの能力は当然ながら万能ではない。まず第一に非常に疲れる。相手が喋ったことを三十秒も全て能力を使いながら見てしまえば、それだけで疲労困憊に陥る。
よって、能力を使う時は相手の言葉の要所のみを拾って使う。そのさじ加減はトラメの勘である。相手が嘘をつく可能性がある場合、真意を確かめたいその時のみを狙わなければならない。
第二に、対面していなければ能力は使えない。映像機器などから流れる言葉、書面として書かれたものからは真実を読み取れない。
だから、ラナイガがトラメへ周囲にそれと分からぬように真実を伝える時、能力を使って欲しい単語をわざと強調して言ったのだ。そうすれば、トラメがそこを読むことを知っているから。気心の知れたラナイガならこれでいいが、ボロス相手となると中々そうもいかない。
「ボロスの真意がなんだとしても、今日は首脳会談本番。必ず仕掛けてくるでしょうね」
いつ、どこで、なにを仕掛けてくるのかを見極め、的確に能力を使うこと。トラメに出来る事、求められている事はそれだ。
窓の外に視線を移すと、朝日がマギリウヌ国の整然とした街並みを曙色に染めていた。
首脳会談、本番の朝が始まる。
みっともなく泣いた翌朝、熱も下がったポルクスはコハクたちと共に車で研究所へ向かっていた。後部座席で背筋を伸ばし、がちがちに緊張している新米隊員を、コハクは覗き込んだ。
「まだ体調が悪いの?」
「いえ! 平気です!」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振る青年の、耳と頬が赤いので、まだ熱があるのではないかと思ったのだ。
「本当に? 顔が赤いけれど」
額に白い手が触れて、びくっとポルクスはもうこれ以上伸ばしようのない背を精一杯のけ反らせた。
「いや、本当に大丈夫ですっ」
あれだけ大泣きして、弱音を吐いて、すがりついて、そのまま泣き疲れて眠ってしまうなんて、情けないやら恥ずかしいやらで合わせる顔がない。なのに今、こうして狭い車内で肩を並べて移動なのだから、ポルクスは居たたまれなかった。
「確かに熱はないようね」
額が冷たかったので納得してくれたようだ。コハクは一つ頷いて、ポルクスの額に触れるために乗り出していた身を戻し座り直す。密着していた体が離れて、ポルクスはほっと息を吐いた。
今まで通りコハクが接してくれることは嬉しい。しかしポルクスの方がそうはいかなかった。コハクの一挙手一投足にいちいち反応してしまうのだ。目が合えば妙に心臓がばくばくいうし、触られるとかあっと熱くなる。嫌でも隣に座るコハクを意識してしまう。
昨日まではこんなことなかったのに、一体どうしてしまったのか。いや、なんとなく理由は分かっている。分かっているだけに、自分の安さに内心で悶える。
ああ、穴があったら入りたい、ミソラに空けてもらって隠れたい、などと現実的でない思考がぐるぐる回る。
そんなポルクスを見て、コハクの膝にいる子犬のハルは上機嫌に尻尾を振り、懐のミソラは呆れたように緑の目を細めていた。
「いらっしゃい。性懲りもなくまた来たんだ?」
檻の中からポルクスの姿を認めるなり、シリアはじゃらりと鎖を鳴らして腕を組み、にたりと笑った。最初の頃に見せていた、怯えた様子は影も形もない。おそらく今、表に出ているのはシリアではないのだ。
「はい。来ました。シリアさんだけじゃなく、貴女と話をするために」
ポルクスはぐっと拳を握って妖魔に答えた。檻の扉を潜って妖魔の前に立つ。昨日よりも強いプレッシャーがポルクスへ向いた。
善人面した偽善者だと言われた。シリアを救おうとしているだけで、妖魔を救おうとしていないと図星を突かれた。
自分の弱さをさらけ出してすっきりした今、もう一度自分に問い掛けてみた。やはりシリアを救いたい。なら、妖魔はどうか。
腕を組みにやにやと笑みを浮かべて立つ妖魔。
今までポルクスは自分の苦しさを紛らわせるために、妖魔を救いたかった。しかしそういう余計なものを取っ払って、本当はどうしたいのか。
答えは明確な形にならない。簡単には出ない。出ないけれど、今目の前の妖魔と相対して思った。
知りたいと。
あの時の妖魔が、父が何を考えていたのか。どうして……家族を殺したのか。
結局、知りたいという気持ちに帰結するのだから、ちっとも変われていない気もするけれど、一度始めたことを放り出すのは論外だ。
前に進むために動いていると勘違いして、本当はずっと止まっていた。今度こそ、自分の足で歩く。その一歩が多分この妖魔との対話なのだと思う。




