キリングの行動理由
キリング・バンクディは、どうも分からないことを分からないままにしておけない。
幼い頃は両親を質問攻めにした。しかし両親はすぐに答えにつまり、最後には怒鳴りつけられ時には暴力で終わる。両親が家庭教師にキリングを押し付けると、やはりキリングは家庭教師を質問で追い詰め、何人も耐えきれずに辞めていった。
スクールに通うようになると流石に分別もついたが、時折我慢が出来なくて同級生にも詰め寄った。気が付くと、誰もがキリングと目を合わせないようになっていた。教師すら、キリングの質問に脅えているのが何となく伝わってくる。
別にいいさと割りきった。答えてくれない人間を頼るより、本や資料を見た方が早い。両親はキリングを勉強家だと勘違いし、事実キリングは常に成績トップを維持した。
ただ、気持ち悪さだけが募った。何故皆は疑問をそのままにしておけるのだろう。平気なのだろう。こればかりは、本も資料も答えてくれない。
例えるなら嵌まらないパズルの気持ち悪さ、収まりの悪い椅子に座った時の居心地の悪さだ。毎日毎日、飽きもせずにかけてくる両親の首席へのプレッシャーも鬱陶しい。
それらが溜まると、キリングは決まって河川敷へ出向き、石を投げ入れる。
この日もいつものように自室から脱け出して、河川敷に来た。普段と違うのは、少し時間がずれたくらいか。
「キリング・バンクディ?」
ふと自分の名前が呼ばれて、キリングは鬱陶しく思いながら振り向いた。
木陰に座って教科書を手に持ち、ぽかんとこちらを見ているのは、シリア・ローレンだ。キリングとは反対の意味での有名人。だから何だというのだろう。キリングはさして興味を抱くこともなく、石を拾い上げて川へ投げ入れ、立ち去った。
偶々のシリアとの遭遇は続いた。どうということはない、シリアはいつもこの時間に河川敷に居て、キリングの時間がずれたから毎回出会うようになっただけのことだ。
ところがシリアを見ていてキリングはむずむずしてきた。自分の悪い癖というか、どうにもならない性分が疼く。気持ち悪い。
万年最下位は勉強をサボっているか、真面目に授業を聞いていないせいかと思っていた。しかしずっと見ていると、シリアはいつも勉強しているし、学校でも真面目にしているようだ。なのに、何故出来ないのかが分からない。
「なあ、お前シリア・ローレンだろ? 万年最下位の」
ついにキリングは我慢できずに話しかけた。シリアの表情はくるくると変わった。落ち込み、怒り、悔しさに赤くなり、驚き、戸惑い、最後にはやはり怒って泣いた。キリングが疑問をぶつけると、大抵の者は怒るか迷惑そうにする。しかし、こんなに色々な感情を見せた人間は初めてだった。
シリアの瞳からぽろりと溢れ落ちた涙が、キリングの頭から離れなくなった。
失敗したと思った。これでは分からないもやもやが増えただけだ。
翌日、キリングは今度は失敗しないと意気込んでシリアを待った。逃げられては困ると茂みに隠れて、現れたシリアへ声をかける。
謝って精一杯下手に出る。悪いと思っているのは本当だ。何故相手が怒ってしまうのかは、分かってはいないが。
シリアは驚き、変人を見る目をした。これも新しい反応だった。それでも教科書とノートを見せてくれた。これでやっと疑問を解消できると喜んだのに、余計に分からなくなった。載っている解き方が分からないとはどういうことだ。
また言い合いになってしまう。どうしてこうなってしまうのか、面倒臭くなったキリングはやけっぱちに叫んだ。
「だから!おれは解らない事を解らないままにしておけない。だから、何が何でもお前が解らない事がなんなのか突きとめてやる!」
分からないことを解消するために動くことは、キリングにとって楽しかった。シリアとの時間が心待ちになり、何故シリアが問題を解けないのかの答えを見つけたときは有頂天になった。そのせいでつい成績が少し落ちたが、気にも止めなかった。理不尽に殴られて腹は立ったがそれだけだ。
「決めた。俺は科学者にも政治家にもならない。教師になってやる。それも普通の平の小スクールだ。シリア、お前は俺の最初の生徒だからな」
腹立たしい両親の思い通りになってやらない。手始めにシリアの成績を上げてやる。
「うん、キリング先生」
嬉しそうに頷くシリアの笑顔はキリングに不思議な感覚をもたらして、何故か頬が熱くなった。また一つ分からないことが増えたと、キリングは嬉しくなる。増えた分からないことをシリアと一緒に追えると思えば、何だか気分がいい。
そうして、成績発表の日を迎えたのだ。
掲示板でシリアは相変わらずの最下位、しかし確かな努力の成果として点数が上がっていた。キリングは内心でガッツポーズを作り、僅かに口の端を上げた。
ふと、ざわつく周りと皆の妙な視線にキリングは掲示板の上を見る。二位になった己の名前を見付けて、ああ、これかとげんなりした。
シリアの成績を上げることに夢中になりすぎて、ついやってしまったがまあ、仕方ない。ちょっと殴られるのを我慢すればいいだけの事だ。
それにしてもと、キリングは周囲をぐるりと見渡して仏頂面になった。ざまあみろと嬉しそうなやつ、面白そうにひそひそ話しているやつら、一位が二位になっただけでこれなのだから、いっそ憐れに思う。
馬鹿らしくなってキリングはさっさと教室へ戻るため廊下を歩く。そこで、シリアに呼び止められた。
「キリング!」
泣きそうなシリアを見て思わず頬が弛む。何故かふわりと温かい気持ちになって、何も言えずにいるシリアの頭を軽く叩いた。
たかが二位になっただけのことが、シリアを追い詰めてしまうとは露とも思わずに。
今から思えば後悔だ。もっと重く受け止めるべきだった。キリングからすればどうでもいいことだったが、シリアからすればそうではなかったのだ。そのことに思い至らなかった自分が嫌になる。昔からそうだ。知識だけがあっても、人の心の機微などは分からない。
アオイとの接触から一晩が明けた。キリングはいつものように朝食と問題集を片付け、ロープを伝って窓から降りた。




