デンキの接触
突然羽交い締めにされて、見えない死角に引き込まれたキリングは何がなんだか分からずに暴れた。
「キリング・バンクディだね? 探しているみたいだから出向いてやったんだ。静かにしろよ」
どんなに暴れてもびくともしないことに混乱したが、後ろから耳打ちをされてキリングは動きを止めた。抵抗を止めたら塞がれていた口から手が離れる。腕は掴まれたままだが幾分自由になり、キリングは振り向いて相手を見た。
「ミズホ国の『デンキ』……ですか?」
耳打ちの内容から多分そうなのだが、相手の容姿を見て語尾が疑問になった。年齢は二十代後半か三十代前半、後ろで一つに纏めた銀髪と水色の瞳の女だった。服装と髪と目の色がマギリウヌのもので戸惑ったのだ。顔立ちも東というより、北よりに近い。
「そうだよ。髪は染めているし、目の色と顔立ちを見込まれてのマギリウヌ国担当ってわけ。なにせこの国は閉鎖的だからね」
やりにくいったらありゃしない、と女は小さく吐き捨てた。
「あたしはミズホ国の『デンキ』の一人アオイ。キリング・バンクディ、さて確認だ。シリア・ローレンの現状についてどれほど知ってる?」
直接的な物言いと試すような笑みに、キリングは舐められまいと女の目を見返した。
「母親を刺し殺してから、アウリム科学技術長官の研究所で実験体にされてるんだろう? アウリムの研究は多岐に渡るが、その中に妖魔の研究がある」
幸いバンクディ家の書斎には、その手の資料や本がぎっしりと並んでいた。一般的に販売されているものから、専門的すぎて科学者のみが対象なものまでなんでもござれだ。
「アウリムの発表している論文は全て見た。下級、中級妖魔の宿主についてはもう研究済みな筈だから、シリアはどうすればもっと高位に近付けるかを研究するための実験体だと思う。父の漏らした情報によると、地下に一室だけ高位妖魔にも耐えられる檻があるそうだから、シリアはそこにいる」
どうだと、アオイに挑発的な目を向けてから、キリングはしまったと思った。つい試されると満点をとって鼻を明かしたくなる。味方につけなければならない人物へ喧嘩腰になってどうするのだ。
「こりゃ驚いた。やるじゃないか、坊っちゃん」
キリングの心配を他所に、ひゅう、とアオイは口笛を吹いた。
「が、情報不足だね。ま、伏せてあるんだから仕方ないけどね」
アオイはにっと笑い、掴んだままだったキリングの腕を離す。
「今アウリムは、ナナガ国の代表メンバーの中に入れられた、哀れな子羊に夢中でね。実験はそっちに移っているのさ」
それは寝耳に水だった。驚きに目を開くとアオイがまた挑発的な笑みを浮かべる。容姿が柔和なのに、このアオイという女の笑みはどうもキリングに肉食獣を連想させた。
「ただし宿主の高位妖魔化は諦めちゃいない。キリング・バンクディ。あんたはその渦中に飛び込む覚悟があるかい?」
「当たり前だ。じゃなきゃ家に籠って大人しくしているさ」
迷わず即答した。もともとそのつもりだったのだから、渡りに船だ。
「そいつは結構」
アオイは笑みを引っ込めて、シリアを取り巻く現状を詳しく説明し始めた。キリングの表情がみるみる険しくなる。
シリアが母親を刺した経緯は予想通りだが、妖魔を石にする人間、直接手を出せない『珠玉』、アウリム科学技術長官の好奇心、三国の関係、これらが複雑に絡み合う。
「ま、こういう訳だ。他に質問は?」
「いや、十分だ」
知りたい情報は網羅されていた。アオイの的確な説明に舌を巻き、経験の違いに拳を握った。ただ知識を詰め込んできただけの自分とは違う現実が悔しく、同時に面白いと思った。やはりこのまま両親の元で安泰な人生を送るのは真っ平ごめんだ。
「決行は明日だ。坊ちゃんは一旦お家に帰りな」
「その坊ちゃんは止めろよな!」
つい相手のからかいに反応しまってキリングは渋面になった。これではアオイの思うつぼではないか。
「あっはっは。そういうことを言っている間は坊ちゃんさ」
案の定、アオイは愉快そうにキリングを笑い飛ばした。
「明日のこの時間に迎えに行く。しっかり準備しておきな」
踵を返したアオイが肩越しにひらひらと手を振る。その背中を睨んで見送ってから、キリングは家へと戻った。




