実りのない問答
「あのさあ、ポルクス」
困ったようにハルは人差し指で頬を掻く。
「俺が言うのもなんだけどさ、妖魔なんざほっとけばいいんだよ。それより自分の体の方が大事だろ」
「でも、放っておくと射殺されるんですよ」
「いいじゃん、それで。終わらせて貰えるのも慈悲だぜ」
「え?」
信じられないという風に青の両眼が見開かれた。
「俺はコハクと出会えて良かったと思ってるけどね、もし出会わなかったとして射殺なり他の『珠玉』に殺されたって悔いはなかったさ」
「殺されたら終わりなんですよ! 死んでしまったらそれまでじゃないですか」
ポルクスはこみ上げた感情を振り払うように、両手を広げる。
「俺ら妖魔は、罪をとことんまで突き詰めて破滅するのも本望。他者に滅ぼされて終わりを迎えるのも本望なんだよ。生存本能なんてないんだから。あるのは狂おしい程の罪への衝動だけ」
両手を頭の後ろで組み、あっけらかんとハルは言う。
「罪を犯す狂おしさと苦しさを終わらせてくれるなら、滅ぼされるのも滅ぼし尽くすのも、コハクの瞳の中で罪を贖うのも変わりはないさ」
「そ、そんな」
「そういうもん。だからさ、お前が変に頑張らなくてもいんだよ。な?」
屈託のない笑みを浮かべるハルに、ポルクスは衝撃を受けたようによろめいた。後ろにあったソファーにぶつかり、力なく腰を下ろす。
「……僕には理解できません」
項垂れてしまった青年を見て、ハルが耳と尻尾をぺたりと倒しコハクを振り返った。ハルとしては、頑張らなくてもいいのだと元気付けるつもりだったのだろうが、逆に落ち込ませてしまっている。助けを求めてこちらを見られても、コハクとて何と言えばいいのか分からない。
「理解できないという貴方はきっと正しい。人間と妖魔では感覚が違うのだから。けれど体を壊しては元も子もないでしょう?もう少し自分の事を労りなさい」
困ったコハクの口をついたのは我ながら当たり障りのないものだった。
項垂れていた顔を少し上げ、ポルクスは口を開きかけて何かを飲み込むように閉じた。ミソラも周囲の人間も、青年に「心配しているのだから労われ」と何度も伝えている。コハクが言ったところで伝わるのだろうか。どれほどこの青年に響くのだろうか。人を説得するというのはなんと難しいのだろうと思う。
それきり両者に沈黙が落ちる。ハルが落ち着かない様子でコハクとポルクスを交互に見た。
「ええと、ほら! そう言えば、科学技術長官の実験って何をすんの? 何でそんなことになったわけ?」
ここは話題を変えようと、ハルがポルクスに話を振った。
「僕が妖魔と話をしていると、最後には『石』になるんですけど、その過程を観察させてほしいと」
「石ぃ!?」
何気ない青年の答えにハルは素っ頓狂な声を上げる。コハクも驚きに目を見張った。話をしただけで直ぐに『石』になるなど聞いたことがない。
「ハヤミさんの話では、僕はミソラと契約していて二重契約が出来ないから、『石』になるんだろうって」
コハクとハルの反応に金髪の青年は首を傾げる。ハヤミの名を聞いてハルは「あんの野郎」と低く唸った。
「それは確かに、言われてみればそうなるかもしれないわね」
そもそも普通の人間が妖魔と契約を結ぶこと自体が異例なのだ。コハクの知る常識は通用しないのかもしれない。
「バートン隊長は反対してくれたんです。冗談じゃない、そんな話を呑めるかと。第二部隊隊長も反対して下さったらしかったんですが」
また違和感だ。バートン第四部隊隊長は彼の上司であるから分かるが、何故に第二部隊隊長までが反対するのか。
「対価は対妖魔銃です。コハクさんには分からないかも知れませんが、あの対妖魔銃はナナガ国にとって悲願です。あれがあればミズホ国に頼らなくても高位妖魔に対処出来る。沢山の人が命を落とさずに済むんです」
綺麗事を吐く青年に、訳の分からない苛立ちがコハクの胸に沸き上がる。沢山の人間の為、妖魔の為、先ほどからこの青年は自分以外のものの為ばかりではないか。
「随分と崇高なことね。対妖魔銃の為に自分を差し出すの?」
「妖魔との対話の過程を見せるだけです。危険はありません」
「妖魔との対話自体が危険なのよ」
「コハクさんだって妖魔たちに向き合ってるじゃないですか」
「貴方と私は違うわ」
コハクがそう言った途端、ぴしりと青年の顔が強張った。
「ポルクス?」
眉を寄せて青年の名を呼ぶ。
「そう……ですね。僕と貴女は違う」
顔の強張りは一瞬で、ポルクスはふっと微笑んだ。明るい金髪の青年の妙に透明な笑みに、コハクの心がざわめく。
何か、決定的な何かの線引きがされてしまったような気がする。今のコハクの一言は青年の何かに触れてしまい、ぱっと見えない幕を下ろされてしまったような。
「ご心配をおかけしました。実験には『珠玉』の一人が立ち合って下さると聞いています。明日からお願いします」
ポルクスは明るい金髪を揺らし、他人行儀に頭を下げた。すぐ目の前にいる青年との距離が遠い。
「……ええ。また明日」
もっと違う言葉をかけたかったのに、口から出たのは素っ気ないもので、コハクは自分が嫌になった。こういう時、一体どう言えばいいのだろうか、自分は何を聞きたかったのだろうか、それすらも形をなくして掴めない。胸の奥で何かが燻ぶる感覚を持て余し、コハクは溜め息を吐く。
実験は明日からだとコハクも聞いている。何一つ解決出来ていないまま、コハクは青年の部屋を後にした。




