空の旅路
ミズホ国に住まう民は黒髪に黒目、他国に比べてやや小柄な体格に、彫りが浅く若干幼く見える顔立ちが特徴だ。ただし、百人に一人くらいの割合で黒目でない者が生まれる。
瞳に黒以外の色を持つ彼らは、妖魔を狩る力を持つ。さらに、その中でも特殊な瞳を持つ者は『珠玉』と呼ばれ、妖魔を狩るだけでなく瞳の中に封じ、使役する事が出来る。
コハクは数人しかいないその『珠玉』の一人だった。
コハクの瞳の中に踊る茶色の破片は、一つ一つが今まで封じてきた妖魔だ。一度封じた妖魔は封じた人間を主として絶対服従する。
ホムラだけは、あまり主たるコハクの言を聞かないが。
風を切り、癖のない赤髪を靡かせてホムラは飛ぶような速さで駆ける。あっという間にミズホ国の端へ着いた。
ミズホ国は西半分を山に囲まれ、東半分は海に面している。人の住む領域は全て土壁で囲われ、同時に妖魔を通さない結界となっていた。土壁に練り込まれた金剛石の破片が妖魔を阻むのだ。
この国は金剛の瞳を持つ、代々のミズホ国の長の力によって守られている。
『珠玉』が使う妖魔も例外ではなく、壁を越えるには主の瞳へ入らなければならない。反対に壁さえ越えてしまえば、ミズホ国内でも自由に動けるのだが。
コハクはホムラの背から降りて、二階建ての櫓門へ近付く。門を守る門番がコハクを認めて声をかけてきた。門番は水色の瞳の青年と、緑色の青年だ。
「コハク様、依頼ですか?」
「ええ。通してくれる?」
「聞いております。荷も路銀も用意してございますのでお持ちください」
門番がコハクに小さく纏めた荷物を寄越し、門扉を開けてくれる。礼を言って門をくぐりホムラと外へ出た。ホムラだけはミズホ国を守る壁を越えられる妖魔であり例外中の例外だった。
壁を越えて外に出ても、特に劇的に何かが変わるわけではない。民家がなくなり、鬱蒼と木が生い茂る山と他国へと続く唯一の街道が見えるのみだ。
「無事のお帰りを祈っております」
そう言ってくれる門番へ軽く手を振って、コハクはまた自分の瞳へ意識を向けた。
依頼はナナガ国からのもの。普通に歩けば六ヶ月はかかる道程だが、勿論コハクは普通に行くつもりはない。ミズホ国内から国外へ結界を越え、使役する妖魔に乗って飛べば三日ほどで着く。
「おいで、スズ」
現れたのは鳥だった。それも翼を畳んだ状態で三メートルはあろうかという巨鳥だ。
茶色の背中に喉元は黄色、尾羽は黒地に鮮やかな黄色と白が可愛らしい模様を成している。大きさの割りにずんぐりとした体つきで、頭にぴんと立った飾り羽がぴこぴこと揺れていた。
『嬉しいわあ、久しぶりにコハクの役に立てる』
スズと呼ばれた鳥の妖魔は、耳心地の良い声で囀ずった。スズはホムラやハルのように人の姿を取ることも、人の言葉を話すことも出来ない。それほど高位の妖魔ではないからだ。他の人間に聞こえるのは単なる囀ずりだが、主のコハクや妖魔にはきちんと言葉として届く。
「ナナガ国まで行きたいの。よろしくね」
『任せて! あら、またホムラも乗るのね。瞳に入ればいいのに』
スズは鳥がみせる独特の動きで、首をぎこちなく揺らしホムラを見た。
「私は瞳の中は嫌いだ」
『そうなの? コハクの瞳はとっても温かくて居心地がいいのに』
カクッと首と体を振ってから、スズは腹を地面に着け背中を差し出した。コハクとホムラが乗ると立ち上がり翼を広げる。翼は茶色と先が黒、一ヶ所アクセントのように入る黄色が映えた。その翼を羽ばたかせ空へ舞い上がる。
視界がぐんと上昇する。ふわふわと柔らかい羽毛の中で、羽ばたきの躍動と全身をなぶる風を感じた。
鞍も手綱もないから、飛び立つ時はしっかりと掴まっていないと落ちてしまう。そうはならないよう、ホムラが後ろからしっかりと支えてくれていた。
高度が上がるとスズの羽ばたきの回数が減る。背中も水平に近くなるので、乗り手もしがみつかなくてよくなる。余裕が出来たコハクは眼下を眺めた。
ぐんぐんと小さくなるミズホ国、初夏を迎え青々と茂る山の木々。木々が途切れる所には、谷間を流れる清流。同じように空を飛ぶ小鳥も見える。
広い世界を見渡す高揚感。何者にも縛られない解放感。空を飛ぶというのは気分がいい。
ナナガ国までの空の旅路を、コハクは思う存分堪能した。