惨劇をもたらすモノ
残虐な表現があります。苦手な方はご注意下さい。
いつもの朝、下の妹レイチェルの髪の毛に血が着いていた。その日の新聞に見知った女の名前と顔写真が、妖魔事件の被害者として載っていた。
違和感と胸騒ぎを宥めすかし、思い過ごしだと言い聞かせて新しい仕事へ向かう日々を送った。
次に起こったのは前と違い内臓を喰われた妖魔事件、被害者はこれまた知った男だった。先日リルへしつこく絡んでいたから、適当にあしらってやった貴族のお坊っちゃんだ。この日の朝、レイチェルの髪に血は着いていなかった。
三人で囲むいつもの食卓、上の妹チェルシーの食事の量が減っていた。
膨らむ違和感と胸騒ぎ、また起こる妖魔事件、朝またもや血を付着させたレイチェル、食欲をなくすチェルシー。日を跨ぐ毎に疑惑は否定出来なくなった。妹たちを問い詰めたアルフレッドは己の間違いに激しく後悔した。
だからといって、どうすれば良かったというのだろう。過去のアルフレッドには他に道がなかった。違う、そうじゃない、アルフレッドが本当に後悔しなければならないのは生きる手段ではない。手にした金に浮かれて、誰よりも側に居た妹たちを見ていなかったことだ。
いるのだか分からない神や不運な運命を呪っても、一文の得にもならないし腹も膨れない。だったら神や運命なんてものには唾でも吐きかけ、少しでも得になる行動をとってやる。
届かないモノは必死で手を伸ばして掴みに行くしかないのだ。
……例え届くことがなくとも。
嘲笑うかのように時は進む。信じていなくても理不尽な運命は降ってくる。叫びは銃声に掻き消され、幸せそうに腸を食べていたチェルシーは、微笑んだままくるりと向きを変えた。
「ご飯食べてる時はね、うるさくしちゃいけないのよ?」
アルフレッドから取り囲む隊員たちへと視線が移り、チェルシーは一歩前へ出る。
けたたましい銃声を上げて放たれた小銃の弾は、彼女に到達せずにバラバラの小さな金属片へと変わって地面へ落ちていく。チェルシーを引き止めようと伸ばしたアルフレッドの手もまた、届くことなく空を切った。
チェルシーの動きに合わせて、ふわりと広がった銀髪とスカートの裾が重力に従って戻っていく。アルフレッドの手は何もない虚空を掴み、あと一歩の妹との距離がやけに遠かった。
「こいつはもう宿主じゃない! 高位妖魔だ!」
年配の隊員の一人が銃を構えたまま叫んだ。
中級妖魔までなら十二分に通じる対妖魔の小銃がまるで歯が立たない。例え命中しても傷一つ付かないのはライズが撃った時に分かっていた。唯一対抗できるのは、ライズの持つ試作品の対妖魔銃だが、死体が握ったままチェルシーの足元に転がっている。
正しくは死体になりつつある男だが、あれはもう駄目だ。虚ろを映す眼窩、血泡を吹く口元、地面へ広がる血溜まりへ鈍い音を立てて銃弾の成の果てが沈む。
「逃げろ!」
完全な人形人間の姿に近付けば近付くほど力を持った妖魔であるという。この少女がまだ宿主の殻を被っているだけならばいい。もし、そうでないのならば。
白いブラウスから伸びる細腕も、スカートから覗く足も人間のものだ。愛くるしい笑みを浮かべる顔も、細い首にも毛が生えていたり色が違ってもいない。銀髪の隙間から見える耳も尖っていない普通の耳だ。
完全な人間の姿。
隊員たちに恐怖が伝染する。
チェルシーは手に持っていた腸の最後の一口を放り込み、ごくんと飲み込んだ。甘やかな味わいが広がり今度は喉が渇く。
逃げていく男たちを目で追う。若い方がみずみずしい気がする。次はあれにしようと決めた。
散歩にでも出掛けるように軽やかに足を踏み出す。チェルシーの歩みよりも逃げる隊員たちの足の方が速い。唇に人差し指を当てて少し考えた。
「ご飯は運動した方が美味しく食べられるよね」
ふふふっ、と笑い声を立ててから跳んだ。スカートをはためかせ、軽々と逃げる男の頭上を飛び越えて地面へ降り立つ。コツンと靴底が軽く鳴った。
「ひいいいぃっ」
喉を引きつらせた悲鳴を上げ、慌てて逃げる方向を変える男よりも、随分前へ来てしまっている。
「ちょっと跳びすぎちゃった。難しいなあ」
ぺろりと小さく舌を出してから、チェルシーは駆け戻った。必死の形相で発砲する男の弾丸は、全て細切れになって地に落ちる。
チェルシーの細い指がくんと上がると、男の胸元へ血が爆ぜた。くるんと円を描くように切り取られた肉と骨が、バラバラと地面へ落ちて脈動する心臓が露出する。そこへ手を伸ばして潰さないように掴んで引き抜いた。繋がる太い血管から溢れる血で喉を潤す。
こくこくと喉を動かすと、とろりとしたのど越しの液体が流れていく。予想通りの味にチェルシーはうっとりと微笑んだ。
遅れて倒れこんだ若い隊員の死体にはもう興味がなかった。せっかくより取りみどりなのだから、色々な味を食べたい。
次はどれがいいだろうかと、辺りを見渡す。建設予定の更地は、どこもかしこも建物だらけのナナガ国で数少ない開けた場所だ。ぽっかりと空いた四角い空間の脇には、古びた無機質な灰色の壁がそびえ、建物と建物の隙間の路地裏へ逃げ込もうと、隊員たちが走っていく。
「うふふ、鬼ごっこね」
大きく跳ぶのはまた跳びすぎるからやめた。コッコッと靴音二つでチェルシーは逃げる小太りの男へ並んだ。脂肪の詰まった腹を捌こうと手を伸ばすが。
「そこまでにしとこうか、お嬢ちゃん」
銃声と一緒に手が弾き飛ばされ、チェルシーは甲高い悲鳴を上げた。




