ホタルの能力
シキが能力を発動させる準備を整えた時。コハクはホタルに向かって叫んだ。
「ホタル! 真実を導いて!」
「はあっ、今!? まあいいわ、やってやろうじゃない」
コハクの背後でホタルの気が膨れ上がった。青紫色の清浄な光が玄関ホール一帯を照らす。
様々な色彩を持つホタルの瞳の能力は、それぞれの色によって少し違う。全体的に集中力や判断力を高めるが、青と紫はよりその効果を強めて真実を導く。さらに紫には浄化の力もあった。
集中力と判断力を人の領域の極限まで高めることで、条件によっては妖魔の能力を暴くことが出来る。紫の浄化で暴いた妖魔の能力を断ち切る、もしくは弱める。
どんな能力を持つか分からない対妖魔戦において、この能力はかなり優位。故にホタルは『珠玉』候補の中でも天才として扱われていたのだ。
青紫の光が纏わりついていた妖気を断ち切ったのを確認し、コハクは今度こそ言霊を紡ぐ。
「止まりなさい、ハル!」
「ギャフッ」
ジレンの腕すれすれで、ガキン! とハルの顎が閉じる。寸での所で両前足をぐっと大きく開くと、ジレンにではなく、床に落とした。結果、ジレンがハルに体当たりだけされて倒れ、その上にハルがのしかかっただけとなった。
「あ……あ……」
ハルの下に潜り込んだような形になったジレンが、恐怖だか安堵だか分からない声を漏らした。ハルは唸り声を上げながらも、動きを停止している。
「兄さま」
「ジレン」
ジレンに駆け寄ろうとした二人だったが、ふわりと降り立つ人影に阻まれる。
「はあーい、ストップ。こいつに近付いては駄目よ」
タニアの額に人差し指をトン、と当て、可愛らしく首を傾けたシオリが微笑んだ。
「一体、これはどういうことです、コハク殿」
シオリの五指からは糸が伸び、ロイバール公爵を拘束している。
「どういうことかは、他の誰よりも自分がよく分かっているでしょう」
シオリの背後にいるジレンには白い棒が向かい、棒と共に姿が消えた。ジレンを押さえつけていた体勢のままのハルだけが残される。
「ジレン兄さまをどこにやったの!」
「うふふ、ごめんね。本物の兄さまがどこにいるのかは、私にも分からないの」
食ってかかるタニアをシオリが抱きしめた。
「何をするの」
「説明は後。少しの間でいいから、私に守られて?」
タニアを抱いたまま、シオリが悪戯っぽくウィンクすると、周りに何重もの糸が繭を作った。同時に二発の銃声が響く。
「ギャウ」
一つは繭が受け止め、一つは動けないハルの肉を穿つ。ハルがくぐもった鳴き声を上げ、だらだらと血を滴らせながら銃を撃った人物を睨んだ。
青い鬼火がその人物を包む。
「なるほど。新しい『珠玉』の能力は真実を暴くのか。俺の能力との相性は最悪というわけだ。ならば」
消えた鬼火から現れたシキが、銃口を動かす。
「さっさと潰させてもらおう」
シキが照準を定めたのは、視力を失って立ち尽くすホタルだ。
強い力に代償はつきものだ。使い過ぎれば一次的な視力の消失と、能力が使えなくなる。本来なら無防備になった主を使役する妖魔が守るが、ホタルはまだ妖魔を持っていない。
「ハル! 動いていいわ」
ハルにかけていた呪縛を解き、懐から鉄扇を抜いた。
ハルもシオリも階下。コハクとホタルは階段の真ん中。ホタルがまともに動けない今、コハクがシキから彼女を守らなければ。
「嘘でしょ、こっちに向かってるの? きゃっ」
コハクの声で自分が狙われていると悟ったホタルが、慌てて移動しようとして、尻餅を着く。
ダァン。チュィン。
それが功を奏した。尻餅を着いたホタルの上を弾丸が通過し、階段に当たった。
『シキィイイイイイイイィッ』
後ろから追ってくるハルに頓着もせず、走りながらシキがまたホタルに狙いを定める。
コハクはホタルが撃たれないよう、銃の射線上に身を置くと。
「伏せろ、『珠玉』殿!」
ダン、ダン、ダァン。
三発の銃声が交差した。
「チッ、ロイバールとジレンか」
シキの弾は外れ、二つの弾丸がシキの体に穴を開ける。
「さっきぶりだね、シキ。し忘れたお礼をしにきたよ」
忌々しそうなシキに二階から対妖魔銃を構えたロイバールが微笑んだ。
「『珠玉』殿! そのまま動かないように!」
隣のジレンが叫びながら引き金を引く。
「撃て!」
ロイバールの号令で本人と、横に並んだ使用人たちの対妖魔銃が一斉に火を噴いた。
「うぉおおっ」
シキの周りに青の鬼火が燃え盛り、銃弾を絡めとっていく。
「グルゥアアアアアア」
そこへハルが背後から襲い掛かった。持っていた対妖魔銃をハルの口に突っ込んだシキが、もみ合って階段を転げ落ちていく。それをロイバールが微笑をたたえたまま、見送った。
「弾を節約して、一度に撃つのは三人。時間差で打ち続けよう。直接戦うのは『珠玉』殿の妖魔に任せて、我々は鬼火の力を防御に使わせることに徹する。その間は『すり替える』ことが出来ないからね」
「任せてください」
手慣れた様子で使用人がロイバールの指示に従う。一人がホタルに近付き、二階へ誘導する。コハクも一緒に上がり、ロイバールの側に行った。
「ホタル、視力は?」
「ふん。もう戻ってきてるわ」
「そう。なら目的を果たしましょう。ロイバール公爵。少しの間、シキを頼んでいいかしら」
「問題ないですよ。シキは、我々と……シオリとハルと言ったかな。貴女の妖魔とで抑えます。行ってきてください」
ロイバールが茶目っ気たっぷりなウィンクをする。
「ありがとう。チヅル!」
『はぁい、はぁい』
何もない空間から、白く小さな紙が現れコハクとホタルを囲む。あっという間に紙の量が増え、コハクたちを覆いつくしたと思ったら、ふいに消えた。