断罪使のからくり
「なんなの、おじさんたち。本当に気持ち悪い」
シオリは嫌そうに顔をしかめて吐き捨てた。シオリの前には大剣を持つベリドゥと、細身の剣を持つ断罪使、短剣を持つ断罪使が立っている。
大剣を操る断罪使ベリドゥと戦っているうちに、二人の断罪使が戦いに加わった。これも予定通りだ。一人でも多く断罪使を引き付けておきたいのだから。
周りには糸でぐるぐる巻きにされた騎士たちがあちこちに転がっていたが、それもいい。問題は目の前の断罪使たちだ。
さっきからシオリは何度も何度も彼らを無力化しようと手足の骨を折ってみたり、腱を切ってみたり、糸で縛ってみたりしている。なのにそれでは止まらないのだ。
大剣を振り回すベリドゥは動きが読みやすく、翻弄するのは容易かった。張り巡らせた糸をつたい、空中を自由に散歩しつつ大男を糸でがんじがらめにして転がしたまでは良かった。ところがだ。
「ぬぐおぉぉおっ!」
がんじがらめになったベリドゥは、糸を体に食い込ませながら力任せにぶち切り、再度シオリに挑んできた。
無理矢理に糸を断ち切ったせいで肉まで切れて、血だらけのベリドゥからゆらりと光が立ち上る。光はベリドゥの傷を再生した。
「その光って、神の加護とかいうやつ?」
「そうだ。神の裁きを受けよ、悪魔!」
後の二人も同じだ。骨を折ろうが切り刻もうが、ものともせずに突っ込んでくる。時に腕をぶらぶらとさせたまま、肩から血を流したまま、糸を斬ったりシオリへ武器を振るう。そうしているうちに光が傷を治してしまうのだ。
はっきり言って気持ち悪いの一言だ。
「怪談話のゾンビみたい。なのに生きているんだから、たちが悪いわね」
今も起き上がれないように両足の骨を折ってやったのに、体勢を崩した大男が折れた足を不格好に使って起き上がる。ベリドゥの両足からまた光が立ち上ぼって再生していった。
おかしな方向へ折れたまま再生しようとした足を、ベリドゥがごきんと戻した。シオリは目を細めてベリドゥへ忠告する。
「おじさん。それ、寿命を縮めてるわよ」
生物の理から外れた妖魔の再生とはまた違う。あの光は命そのものだ。命そのものを使い、肉体を再生している。
あの大剣にしてもそうだ。武器の具現化、力の行使、全て生命力を糧にしている。使えば使うほど命を削っている。
皮肉なことに人を喰らう妖魔であるシオリだからこそ感じる。あの光が再生する度、光を纏って武器を振るう度に、人間としての生命力が輝きを失っていく。なんというか、どんどん不味そうになっていた。
神の加護とは、神が超常の力を人に授けているわけでも、神が傷を癒してくれるわけでもないのだ。
「それがどうした。天国へ近付く。それだけであろう。とうに我が身、我が命は神へと捧げている」
大男の表情に動揺も何もない。あるのは悪魔への嫌悪だけだ。
「そう、命を捨ててるのね、おじさん。勿体ないわね」
手のひらを上にした両手を体の横に置き、シオリはひょいと肩を竦めた。
「うーん、でも、そうね」
シオリは少し考えるように、すぼめた唇に人差し指を当てた。それから、ふわりと笑う。
縛っても駄目、動かないように手足を無力化しても駄目、どうやっても自分の命を使って再生し、立ちはだかる。それならば。
「どうせ『神様』ってものの為に捨てる命なら、私が殺しちゃってもいいってことよね。コハク」
どうやっても自ら捨てる命。シオリが奪っても大差はないだろう。この場にいないコハクへ、そうひとりごちてからシオリは糸を操った。
踏み込んで大剣を振るうベリドゥを、シオリは宙を高く舞ってかわした。地面に下りてからベリドゥへ糸を放つ。
「滅ぶのはお前だ、悪魔!」
ベリドゥは大剣で糸を斬り踏み込んでくるが、この糸はダミーだ。横と後ろに回り込んだ断罪使も、シオリの見える糸を切りながらそれぞれの武器を振るう。
「きゃあ」
悲鳴を上げて一歩下がって、シオリはその場にしゃがみこんだ。三人の攻撃がシオリの前後左右から迫る。
が、次の瞬間、張り巡らせていた糸に触れた、彼らの体が切れた。
切られて片足をなくした断罪使が、細身の剣を突き出す。一点を突く攻撃を糸で防御するのは難しい。シオリは側の建物の屋根に付けた糸を使い、再び空中へ身を踊らせながら呟いた。
「本当に勿体ない。食べない殺しなんて」
シオリの人差し指が小さく動くと、音もなく断罪使の首が切れて落ちた。断罪使たちがダミーの糸を切っている間に、見えない糸を仕込んでいたのだ。遅れて噴き出す大量の血と倒れる体。
「おおおおっ」
飛んできた短剣をネットのように張った糸が絡まる。あと少しでシオリに到達するところで短剣は止まった。
短剣ごと腕を切り落とした男が、反対の手に持ち変えて投擲していた。
「もう。ちょっとびっくりしたじゃない」
空中のシオリは頬をぷうっと膨らませると、糸で吊り上げた瓦礫をおみまいした。男がシオリの視界から消える。後ろの壁からぐしゃりと湿った音が響いた。
残るベリドゥは腹で上半身と下半身を泣き別れにしていたが、腹の傷を治したところで、命そのものが尽きたらしい。折れた大剣を構えたまま、ゆっくりと大男の体が前へ倒れた。
当たり前だ。命には限りがある。使いすぎれば死ぬ。
動かなくなった断罪使を上から見下ろしてシオリは一言呟く。
「ほんっと、気持ち悪い」
人間であったころから信仰心などシオリにはない。神なんて存在があるのなら、両親が死なないようにして欲しかった。飢えないですむようにして欲しかった。
祈ったところで現実は変わらない。お腹は膨らまない。
現実に何もしてくれない信仰なんてもののために、命を捨てる断罪使たちが気持ち悪い。捨てさせる、神という存在に吐き気がした。
勝手ながら、本日から1月8日まで更新を休みます。
この作品を読んでくださっている方、感想を書いて下さった方々、ブクマをして下さった方々に御礼申し上げます。
あなた方のおかげで今年一年、書き続けられました。
本当に感謝しかありません。
皆さんのこれからが、幸せでありますように。
よいお年を!




