苦手なカマかけ
アキカゲの精神操作の描写を追記しています。
「苦手なカマかけ」、「信仰」→「不確かな定義」、「ミソラの憤慨」→「ミソラの憤慨」、「喰われた心」
この4つは中身をシャッフルしたり、統合したり、サブタイも変えています。
「教皇を殺せるような奴なら戦力になるだろうと踏んだのに。チッ、あてが外れた」
「悪かったですね。妖魔でも、ナナガ国の暗殺者でもなくて!」
男の言い種に、ポルクスは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。勝手に期待したのはそっちで、ポルクスは悪くない。なのに死にそうな思いをさせられて、誰が機嫌良くいられるだろう。
先程の地下通路は幾つもの他の通路と合流しながら、ポルクスたちが今いる部屋に繋がっていた。
男の話では、ユイガ教以外の信仰を持つ人たちの隠れ家だという。他にも何ヵ所かある中の一つで、居場所を特定されないように転々としているらしい。
「僕、まだ貴方がどういう人か聞いてないんですが」
男を見ないまま、刺のある声を出した。見ない代わりに部屋へ視線を走らす。
二、三十人はゆうに入れるような広い部屋で、テーブルと椅子がかなりの数で並べられている。ポルクスと男もテーブルを挟んで向かい合い、椅子に腰かけていた。
テーブルに頬杖をつくポルクスの前には、黒い子猫が男への警戒心を露に緑の瞳を光らせている。
「……言ってもメリットがないどころか、デメリットしかない」
苦い顔で、男はカルロスという名前だけを告げた。それきり黙りこんでしまい、ポルクスは困ってしまった。
頬杖をやめて居住まいを正す。昔から自分のために怒ったりふて腐れるのは長続きしないのだ。それよりも、周りを見て湧いた疑問をぶつけてみる。
「もしかして、カルロスさん、仲間から離れて一人だけで行動してるんですか」
これだけ広い部屋で、テーブルも椅子もあるのに人の気配がない。備え付けの照明があるのに、それを点けないでいまだに携帯照明を使っている。
よくよく見れば、部屋の隅に蜘蛛の巣が張っていて、ポルクスとカルロスが腰かけていない他のテーブルには、うっすらと埃が積もっていた。
現在使っていない隠れ家を、カルロスが使っているということだ。仲間を頼れない事情があるのだろうか。
「僕のことを、妖魔か暗殺者だと思って近付いたって言いましたね。そんな危険な存在と手を組んで、何をしようとしてたんです?」
言いながら、ふと思い付いたことを口にしてみた。
「……クーデターでも企んでたとか」
最後の一言でカルロスの眉間にしわが寄り、テーブルに乗せていた腕がぴくりと動く。
その先の行動に移る前に、カルロスの腕すれすれのテーブルへ小さな穴が空いた。
「動かないで下さい。次に動けば体に穴が空きますよ」
クーデターというのは、戦力を欲しがっていたというところからのかまかけだったが、ビンゴだったようだ。
『動かなくても穴を空けてやればいいのですわ』
ミソラが不機嫌に尻尾でテーブルをばしばしと叩く。諌めるためにポルクスは、そっと子猫の頭を撫でた。
「お前、一体何をした」
動きを止めたカルロスが歯を軋らせて唸る。
正直に答えようとして、ポルクスは迷った。妖魔や暗殺者と手を組んでクーデターということは、ユイガ教の幹部を狙っているのだろうか。
アキカゲは断罪使たちにポルクスを連行させようとした。ならきっとユイガ教の幹部か、それに近いところにアキカゲがいる。
携帯照明の頼りない明かりがポルクスの体に影を作っている。
青年の背中に落ちた影が小さく動いた。影の色濃い部分がカリカリと背中を引っ掻くような動きをする。
それは、小さな鎌の形をとっていた。
そうだ。カルロスに手を貸せば、コハクの力を借りなくてもアキカゲのところへ行ける。彼女を死の危険から遠ざけることが出来る。死ぬのは自分一人でいいのだから。
ポルクスは何の疑いもなくそう考えた。
……そう。いい子だね。それでいい。
ポルクスの背中で、濃い影が三日月のような形を取って、すうっと消えた。
ポルクスはカルロスを見据え、背筋を伸ばす。
カルロスと手を組んでアキカゲと対決する。それにはまずカルロスに、ポルクスと手を組む価値があると思ってもらわなくてはならない。
「別に、何もしてませんよ。僕は妖魔ではありませんし、武術とかもさっぱりです。けど妖魔と契約していまして、ちょっとは戦力になるんです」
余裕があるように、ふてぶてしく見えるように。
そう言い聞かせてポルクスは内心の冷や汗を隠し、とりあえず堂々と胸を張ってみた。ちょっと、を付け加えてしまうあたり馬鹿正直なのだが、これでも頑張ったほうだ。
ポルクスはテーブルの上に座る子猫を撫でた。
「ミソラと言って、こう見えても妖魔なんです。能力はさっき見た通り、穴を空けて埋める」
ポルクスがそう告げた途端、ミソラが前足でポルクスの手を叩いた。爪は引っ込めているので全く痛くはない。
『ポルクス! どうして簡単に能力を明かすんですの』
『そうでもしなきゃ、カルロスさんを味方につけられないよ』
口をへの字に曲げて、心の中でミソラに応じる。せっかく内情に明るい味方が出来そうなのだ。
『この男なんかあてにしないで、コハクを頼ればいいのですわ』
『頼らないでなんとか出来るなら、それに越したことないじゃないか!』
上手くすればコハクに手伝ってもらわなくてもすむかもしれないという、ポルクスの考えを察したミソラが憤慨する。
『なんでそうなるんですの。納得いきませんわ!』
毛を逆立てた子猫に、尚もばしばしと手を叩かれた。端から見るとじゃれているようにしか見えない子猫を無視して、ポルクスは続ける。
「カルロスさん、僕はアキカゲという妖魔と決着をつけに来ました」
決着の方法は、まだポルクスの中で揺れている。それを考えることを後回しにして、カルロスの目を真っ直ぐに見た。
まずアキカゲの前に立つこと。今はそれだけを考えていればいい。
「アキカゲは僕の父さんを宿主にして生まれた妖魔です。僕に教皇殺しの濡れ衣を着せたのも、アキカゲだと思います」
ポルクスはアキカゲがポルクスを食べるために罠にはめたこと、断罪使に連行された先にアキカゲがいるであろうことを伝える。
じっとポルクスを品定めをする目で見ていたカルロスが口を開いた。
「断罪使が連行するなら、ユイガ神のところだろう。キルカ・デ・ルーナ教会の神の間だ。そこで神の裁きを受ける」
クーデターを企むカルロスが狙うのは単純に考えれば教皇。しかし教皇は殺害されている。ならカルロスの狙いは教皇の上、ユイガ神だろう。
「カルロスさん、僕たちの目的は一致していると思うんです」
「一致もくそもあるか。お前もお前の妖魔も、どう見ても強そうにない。せいぜいが足手まといだ」
吐き捨てられた言葉を聞いた途端、いくら叩いても気にされなかった子猫が、ポルクスの手からするりと抜け出してカルロスを睨んだ。




