地下に広がる草の根
コハクの考えを少し追記しています。
「知っての通りこの国はユイガ神を信仰する一神教が主流だ。だが、国民全てがユイガ神を崇めているわけじゃない。ところがこの国はユイガ神以外の神を認めていないんだ」
「そうみたいね」
大げさに肩を竦めるシダクへ、コハクは小さく首を縦に振った。
ざっと見たところ、この国のユイガ神への信仰は狂信に近い。
会う人間が皆、ユイガ神とその教えの素晴らしさを口にし、コハクやポルクスのようなユイガ神に背く存在へは容赦なく牙を剥く。他の神を信仰する者たちからすれば、さぞかし生きにくい国だろう。結果が、この地下施設というわけだ。
「それであなたたちが私に何の用? 宗教の勧誘ならお断りだし、この国の神、ユイガ神をどうにかしろというのなら、答えは否よ」
コハクは男が要件を言う前に牽制しておく。ユイガ教ではない神を信仰している集団が、ミズホ国の『珠玉』に接触してきた意味。反乱などに付き合え、ではたまらない。
「ミズホ国はどこまで知っているのだね?」
「どこまでも何も。ミズホ国は妖魔と共にある国。妖魔のことなら専門だけれど、他の事は知らないわ」
実際は『デンキ』たちを通じてある程度の世界情勢も把握しているが、コハクはしらばっくれておく。
ゆっくりと腕を組み、ここにいる人間たちを観察した。
性別、年代、どちらもばらつきがあり、ごく普通の人間たちだ。ガラの悪いわけでもなく、身なりも普通である。危険な思想の持ち主たちではないだろうと判断する。ならばコハクを歓迎したのは、シダクの後ろで他の人間たちに囲まれている人物にあるのか。
「用というのは勿論、妖魔のことだ。この子を見て欲しい」
陽気そうなシダクの表情が陰った。体をずらし、後ろの人物がコハクからよく見えるようにする。
そこには中年女性に寄り添われた少年が、台の上に縛り付けられていた。
縄ではなく鉄の鎖でぐるぐると巻かれ、口には同じく鉄製の猿ぐつわ、眠っているのか瞳は閉じていて意識はないようだ。傍らに座った中年女性が泣き腫らした目でコハクを見上げる。
「お願いいたします、ミズホ国の妖魔狩り様。この子を助けてやってください。私はユイガ教にこの子を取られたくないのです。この子は確かに罪を犯しました。でも……」
立ち上がってふくよかな両手を胸の前に組んだ女性の方へ、コハクは白い手をかざし制する。
「コハクよ。私はミズホ国の妖魔狩り『珠玉』、コハク。貴女の名は?」
「ああ、失礼しました。ルエンダです。ルエンダ・チェスト」
女は慌てて名乗り、後ろで一つに団子状に纏めた頭を下げてスカートの裾をつまんだ。
「ルエンダね。私たち妖魔狩りは依頼を受けなければ動かない。依頼には報酬が付きものよ」
ルエンダの腫れぼったい目が不安そうに揺れる。胸の前に組んだ手の親指をそわそわと動かした。
あまり裕福そうには見えない女だ。報酬とはいかほどなのかと動揺しているのだろうが、もらうものはもらう。それがコハクの矜持だ。
「報酬は用意している。我々の精一杯だが……」
ルエンダとコハクの間にシダクが割り込んできた。その手に握られている金が入っているであろう袋を一瞥したコハクは、シダクを無視してルエンダの目にだけ視線を合わせる。
「後で貴女の手料理でも食べさせてくれないかしら。朝から追い掛け回されて、朝食を食べ損ねたの」
「えっ、朝食、ですか」
きょとんとしてから、ルエンダが拍子抜けしたように声を裏返した。口をぽかんと開けて丸みを帯びた彼女の肩が下がる。
「対価というのは欲しいものをもらわなくては損でしょう? 今私が欲しいのは朝食。文句は受け付けないわ」
それきりコハクは口を開けたままのルエンダと立ち尽くすシダクからついと目を離し、少年の側に寄った。
大した妖魔ではなさそうなので、チヅルは呼ばなくてもいいだろう。今はまだ夜には程遠いが、無理矢理引っ張り出してしまえばいい。
「下がっていなさい」
この中でリーダー格と思われるシダクへと、黄褐色の瞳を向ける。ほのかに光を放ち、破片の舞いが速度を増し始めた。コハクの目を見たシダクは、ごくりと唾を飲み込んでから他の人間を下がらせた。
「おいで、シオリ」
黄褐色の瞳に舞う茶色の破片の一つがくるりと回って飛び出した。破片は質量を変えて少女の姿をとる。
「うふふ、呼んでくれて嬉しいわ、コハク。ね、朝食の席には私もご一緒させてくれるのでしょう?」
可憐な少女の外見を持つシオリは、にっこりと他の者たちと離れて立つルエンダへ微笑みかけた。軽く傾げたシオリの頭で赤い紐飾りが揺れる。淡い桃色の衣服を白の帯で結び、裾はスカートのようにふわりと広がっていた。
ルエンダがこくこくと頷くと、シオリは満足そうに可愛らしく胸の前で両手を軽く合わし、頬を染めた。
「そう、良かった。なら、はやく済ませてしまわないとね」
シオリが嬉しそうにそう言うと、少年の鎖がバラバラに切れた。シオリが能力である糸を使って切ったのだ。目を覚ました少年が、恐怖の表情を浮かべて上半身を起こした。
「ふぐぐっ」
くぐもった声を上げる少年へシオリがにこにこと声をかけた。
「そっちの紐も切ってあるから、取って喋ったら?」
周りの人間たちが固唾を飲んで見守る中、場違いな程朗らかなシオリの声が響く。少年が猿ぐつわをひったくるように外すと、シオリが満足そうに桜色の唇をほころばせた。
「そうそう、いい子ね。大丈夫、コハクに任せておけば心配ないわ。ね? コハク」
「私はルエンダの依頼をこなす。それだけよ」
ふふふと口に手を当てているシオリに素っ気なく応じてから、コハクは少年へと向き直った。白き相貌の中で妖しく燃える黄褐色の瞳を、ひたりと少年の目に合わす。
「貴方の中の妖魔は必ず私が引き受ける。貴方の罪を教えて」
ゆっくりと甘い香気が立ち上り、コハクの瞳が光を増していく。少年の目に宿っていた怯えの色が、徐々にぎらつくものへと変わっていった。妖魔が表面に出てきたのだ。




