ポルクスの男の子事情
中盤から後半を変えています。
『おそらく貴方を食べて、より強くなろうとしているのでしょうね』
「あまり想像したくないけど、そうなるよね」
溜め息と共にポルクスの懐にいるミソラへ頷いてから、また疑問が湧く。
「でも、断罪使が僕を殺してしまったらアキカゲにとって元も子もないじゃないか」
ポルクスが教皇殺しの妖魔として断罪使に殺されてしまえば、アキカゲはポルクスを食べられない。
『断罪使たちは貴方を抹殺しに来たのではなく、捕縛を命じられていのではないかしら。断罪使たちが先走ったのと、ホムラとハルが殺気立ってしまったから戦闘になってしまったのですわ』
「ああ、そうか」
それなら納得出来る。
『とにかく、アキカゲが貴方を食べるためにシキに協力させて教皇殺しの罪を着せたのなら、断罪使たちに連行された先にアキカゲがいますのよ』
「だったらわざと連行されたらどうかな」
『少なくともアキカゲと対面はできますけれど、勧めませんわ。相手は高位妖魔ですのよ。むざむざ喰われに行く気ですの?』
ポルクスの提案へのミソラの答えには、大きな溜め息と共に呆れが混じっていた。
「前みたいに、僕の体に穴を空けて食べてくれたらいい。そうしたらアキカゲとも張り合えない?」
あまりやりたくはない方法だが、ミソラにポルクスの血肉を与えればパワーアップさせられる。かなり痛いがこの際それは我慢だ。
ポルクスのこの言い分にミソラの緑の瞳が据わった。声の調子が低くなる。
『貴方、今まで散々と皆に言われていることの意味を、本当に分かっていますの? 自分を大事にしなさいと、口を酸っぱくして言っていますわよね? 確かに高位妖魔の力は手に入りますわね。けれどあれは両刃の剣。私が血に狂う危険性もあるのですのよ!』
ポルクスの相棒であるミソラは、常にポルクスを喰らいたい衝動を抱えている。その欲望に負けてポルクスの体に穴を空け、喰らうという行為はミソラにとって大きな罪であった。
妖魔はより深く罪を犯すことで力を増す。以前マギリウヌ国にてミソラはポルクスの血を啜り、肉を喰らうことで高位妖魔と同等の力を振るったのだ。
反面、普段抑えている衝動を解放することは、ミソラの妖魔としての本能をこの上なく刺激する危険を伴う。
「分かってる。分かってるけど、他に方法がないじゃないか」
ミソラが言っていることはよく分かる。きまりが悪い気持ちになって、ポルクスは早口に反論した。
剣の腕が秀でているわけでも戦う為の異能があるわけでもない。体に穴を空けられるのは多少痛い思いをするけれど、直ぐにミソラが塞いでくれる。それで力が手に入るのなら問題ないとポルクスは思う。
『私が高位妖魔になったからといって、勝てるとは限りませんのよ。他の方法なら、コハクという心強い味方がいるでしょう。彼女の協力があればアキカゲとの対峙してもなんとかなりますわ』
ミソラのコハクに頼れ、という言葉を聞いた途端、脳裏に何かの映像がぱっと映って消える。何故かコハクに頼ってはいけない気がした。
ちくちくと何かが胸を刺す。その不快さに苛立つ。
「それでまたコハクさんにおんぶに抱っこしてもらって、全部やってもらうわけだ。ひ弱な僕は自分じゃ何も出来ないもんね」
ミソラの言葉に素直にうなずけなかった。唇を尖らせてふいっと顔を横に背けると、無意識に歩幅が大きくなる。
『ポルクス!』
「……ごめん、八つ当たりだ」
胸元に手を伸ばして石のある部分に触れる。ささくれ立った気分が落ち着き、ポルクスは大きく息を吐いた。
どうにも心がとげとげしている。アキカゲと向き合う時が近づいていると思うと、平静でいられない。
「僕が生きてこられたのだって叔父さんのお陰だし、マギリウヌ国で高位妖魔を倒せたのだってミソラのお陰、ここに来られたのもコハクさんのお陰。全部人にしてもらって僕は何も出来てない。せめて父さんとは自分で決着つけたいって思うじゃないか」
信じていた父親に家族を殺され、自身も殺されかかったあの日。足元が崩れ去ってしまったあの日から、ポルクスは自分で地面を踏みしめていない。差し伸べられた手に引っ張られるがまま、ふわふわと浮いてしまっている。
生かしてくれた人に応えたくて、してもらったことを返したくて、ポルクスは誰かの役に立とうとする。役に立てた時だけ許されているような気分になる。それはなんだか単なる反射のようなもので、自分自身で望んでやっていることではない気がするのだ。
生きているのに、死んでいるような感覚で。いっそあの時死ねば良かったのにとさえ思っていた。
そんなポルクスの本心はコハクに荒療治で引っ張り出されてしまった。生きていていいと肯定されてしまった。
今のポルクスはこのままではいたくないと思っている。ちゃんと生きたい。そう思わせてくれたのが、ハルとコハクだ。
『貴方の気持ちは尊重したいですけれど、アキカゲの力はきっとあの時の高位妖魔より遥かに上でしょうし、シキもいますわ』
ポルクスの父親は家族を惨殺して喰っている。しかも妻の教え子たちや、自分が受け持っていた患者さえ殺しているのだ。その罪の深さは計り知れない。
しかもシキが黙って見ているとは思えない。
『やはりコハクの協力が要りますわ。合流するまで安易に捕まっては駄目です』
正論で釘を刺されてしまった。子猫の小さな温もりを頼もしく思いながら、ポルクスは考える。大人しく食べられるなんて真っ平ご免だ。なら、どうすればいいかの最善手を考えないと。
全く知らない国で何処に繋がっているのかも分からない道を歩きながら、ポルクスは必死に頭を回す。が、堂々巡りになって項垂れた。
結局のところ、ミソラの言う通りコハクと合流するしか、思い浮かぶ選択肢がなかったのだ。




