”S・S”(ショート・ショート)
男は激怒した。
怒りに燃え、哀しみに悶え、不条理を嘆いた。
だが、どれだけ泣き叫ぼうと、彼女はもう戻ってこない事を彼は本能的に理解していた。
それでも、その時の彼にはもうこの世にはいない彼女の名を呼ぶことしか出来なかったのだ。
そして、彼は努力した。
血が滲む程の努力を重ね、研鑽を積み、己の限界を超えた。
そして彼は、ここに居る。
「やっと会えたな…捜したぜ」
「お前が俺の妹を殺した奴か…」
「誰かと思えば、お前はあの時の弱虫小僧か。よく生きて入られた物だな」
「俺は強くなったんだ…もうあの時の俺ではない!俺は男性をやめるぞ!野郎ゥ!」
確かに彼は強くなった。日々異常とすら思える修行をし、滝に打たれ、温泉に浸かり、山で熊に打ち倒し、海で泳ぎまくった。
そして肺呼吸を捨て、宇宙に行くことに成功した彼は、兎仙人に会ってさらなる飛躍を遂げたのだ。
そう、今の彼は男性器と尾骶骨を心臓に取り込み、その大きさを約3倍程強化して強化人間となったのだ。
更に男性ホルモンを失ったことにより、血流の血中濃度が変化し、血圧がほば0まで低下する。そうすることにより彼は肺呼吸を必要とせず、酸素を補える身体を持ったのだ!
(勝てる…今の俺なら勝てる!俺だって命を賭して得たものがある、今更この命惜しくはない!
ここで殺らねば…男が廃る!(過去完了形
「ぶるあああああぁぁぁぁぁ!」
彼は大地を蹴った。
そして彼は瞬く間に肺を膨らましたかと思うと、次の瞬間には頭一つ分の空気弾を発射した。
だが!相手はバックステッポでそれを躱す!
「そんな躱し方をするなんて流石忍者汚いなきたない、許さずにはいまれないな」
「お前なに話しかけて来てるわけ?」相手が話し方を変え挑発。
「お前ハイスラでボコるは…」
激昂した彼は腕を素早くピストン運動させ、北斗百烈拳を繰り出す!
「あぁぁたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!」
しかし相手もそれに応じた!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
「野郎ォぶっ殺してやらあぁ!」
そう言うと彼は瞬く間にナイフを取り出し胸を突き刺した!
その瞬間彼はブッダの奴隷となり…
神に背く者、即ち究極完全体に変貌する!
「エイメエエエエエエエエン!」
そしてその刺した胸の聖痕から茨を繰り出す!アイエエエ!襲い来る茨!
しかし奴は胸ポケットから軍用ナイフを取り出しそれを切り裂く!
だがその瞬間茨に流れる波紋が彼を襲う!
そのナイフと茨の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的小宇宙の波紋疾走!」
「ぐあああああああああああ!」
「またまたやらせていただきましたァン!」
ゴウランガ!倒れた相手に敬意を表するが如く、上半身を後ろに折り曲げ異様な立ち方を見せる!
そして満身創痍の相手に追い打ちを掛けるが如く彼はラッシュを叩き込む!
「ドラララララララララァ!」
ワザマエ!拳を打ち込まれた箇所が、まるでビデオを逆再生するが如く見事に治っていく!
「なぜ…俺を…助ける…」
「簡単な事さ。確かに俺はお前が憎い。だがてめーは強い。この俺と渡り合うほどにな。今まで張りが無かったこの復讐の宿敵として、お前とやり合えた事!其れを俺は神に感謝するぜ…」
感謝!圧倒的感謝…!すると!
僥倖!彼に射した後光に見える、ブッダが微笑んでいる!
「賛同目の正直」ミヤモトマサシもそう言い残し、「人間賛歌は勇気の賛歌」、「人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ」、古事記にもそう書いている。
「ああ…俺も神に感謝するぜ…」
なんと言う事だろう!これにはブッダも思わずニッコリ!
「最後の最後に思い出したぜ…俺が殺ったあいつ…あいつはお前の妹じゃねえ…確か2人いたんだ…俺は…その…違う方…を」
「おい!しっかりしろ!最後に教えてくれ!俺の妹を殺った奴を!」
「ああ…そいつは…………」
彼は駆け出した。もう止まれない。憎き奴の魂を根絶やしにするまでは…
ーーーーーーー
「奴は…どこだァ!イヤーッ!」
Wasshoi!
彼は空気供給管に入り、飛翔白麗を放ち空高く飛び上がった!
(いたぞおおおお、いたぞおおおおおおおお!)
マルノウチ・スゴイタカイビルに登り世界を見下ろした彼。目だけが光っていた…
「見える!全部!お見通しだァッ!」
彼のその死神の目にははっきりと映っていた!名前と寿命!そしてその最も奇特異な特徴、両手が右手になっている事まで!
彼は滑空し、彼の目の前に降り立った!
ズシィィィィィィン…
やがて地へ堕ちた彼、そして彼は奴に出会う…
「お前が俺の妹を殺した野郎か…何故そんな事をする?そんな行為をして何の意味があるんだ?」
「答える必要はない」
「なんだと…てめえいまなんて言った…?」
ガォォォン!ザ・ハンド!
「ぐ、ぐああああああ」
下半身を削り取られて驚愕する!
そしてその頭まで今まさに削り取らんとする相手に奴も思わず土下座を繰り出していた!
「や、やめろ!殺さないでくれ!俺はお前の仇ではない!」
「何だと!?どういうことだ…説明しろ!」
「ああ…俺ははっきり覚えている…俺が死体を埋める場所を探し…辺りを彷徨いていた時…奴は其処に立っていた!その2本の左足でな…!」
「お…教えろ!それを教えるんだ!早く!」
奴から聞き出した彼。
ガォォォォン!空間を削り取る!
そして一瞬にして距離が詰まる!その瞬間その迫り来る背中に拳を突き立てる!「グワーッ!」
「やめろ俺=サン、俺はそいつを殺ってない!奴は股が八つある!俺は詳しいんだ!」
「何だと!?まいった、段々話がわからなくなってきたぞ…どういうことだ!おい!」
そして奴は見ていた。
「だ、だから…!俺は奴を殺そうとした…否!殺されかけたんだ!奴の手によって…お前の妹に!」
「な、なんだってー!?」
そして彼は見た。
見てしまった。
本能的に全身の脳髄が悪寒を巡らせる、身体中の細胞が恐怖で震えている。
其処に其奴はいた。
元は妹だったであろう、今は別のナニカ。
そして彼が深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗き返しているのだ…
ああ!近づいてくる!その命を刈り取る形をしているものが彼の!魂を喰い尽くさんと!
ああ!窓に!窓に!
彼は精神状態を崩壊させた。
いや、人間をやめた彼に元より彼に人の心など無かったのかも知れない…
彼はその従者達によって身体中を食い千切られ、
従来なら弾丸をも弾くその心臓も電気銃に依って貫かれた。
生命活動を停止…死んだのだ…。
だが彼は死ななかった。
彼の無限とも思えるその命のストックが、今まで喰らってきた怨敵の魂が…彼を解放する事を許さなかった。
命が散ってゆく…
砂時計の如く…
だがほぼ無限に近いその魂が無くなるのは、
悠久の時を乗り越えた先…
那由多の彼方だろう。
だが彼自身の魂が…其処まで耐えきれるのかは別の話。
こうして彼は無限に死に続ける事になった…『終わり』が無いのが『終わり』…
その永い永い生の螺旋の中で
デラウェア河の川底の水はいつまで経っても同じ様に流れ・・・
そのうち”ボス”もといスタンド”アヌビス神”もとい『マジェント・マジェント』は、
待つ事と
考える事をやめた。
第3部 完