彼女の逆ハーの真実
夏海高校。名前の通り海の近くにある高校でこれと言った特徴も無い普通の高校で私の通っている高校である。
しかし、その高校には何人か、学校の生徒で知らない人などいない有名人がいる。
「おはよー。久美。」
「あ、おはよう、千里。」
朝、校門の前で友達に会って挨拶する。
振り返ってニコッと笑う彼女は、片桐 久美と言って、可愛らしいがどちらかと言えば平凡な見た目である。
成績は割といい方だが、目立つほどでは無く、運動神経に至ってはむしろ悪い。
そんな彼女は先程言った、学校の有名人の一人である。
なぜなら……
「ああ、おはようございます、姫。貴方の美しさは、今日も光り輝くようです。」
「ちょっと、姫に不必要に近付かないでくれる? …姫、今日も可愛いね。大好きだよ。」
「お前ら、うるせえぞ。俺の花嫁だ。」
これである。
彼女に近付きやたらとキラキラとしたオーラを発しながら、口説き始めたイケメン共だ。
長髪が似合う似非王子風な葛原に、ショタの入ったツンデレ美少年な都田、俺様な野性味ある男前の弥谷、らしい。興味無いからよく知らんが。
全員が周りの目を引く、イケメンであり、久美が入学してから1カ月でこの高校に編入してきた。
周りの女子の黄色い声や、舌打ち、呪い殺されそうな視線がヤバい。
男子は軽く引いたように遠巻きにしている。
…相変わらず朝からすごい。
久美はそんな彼等をチラッと見て、
「あ、今日の数学の問2って分かった~?難しかったよね。」
うん、今日も華麗なスルーである。
何事もなかったように、サラッと私との会話を続ける君は本当にすごいよ。
「…つれないところも、更に燃えますね。」
「姫、照れちゃって可愛いっ!」
「お前くらいだ、俺にそんな風に接するのは。」
周りが、「またか」、「冷たすぎない?」、「よくやるよな」、「どうやって誑し込んだの、あのレベルで」、「ビッチ…」などとコソコソと喋っているのが聞こえてくる。
ハアとため息をつくと、久美が、コソッと
「ウルサくなりそうだから先行ってていいよ。」
申し訳なさそうな顔を見て、もっかいため息をつく。
「私も慣れたし、大変なのはアンタでしょうが。」
言うと、嬉しそうにエヘヘと笑った。
なんか後ろで歯が浮きそうなセリフを言っている馬鹿共を無視して二人で会話を続ける。
人だかりが出来てしまっているせいで、校舎に入れないのだ。
それに、もうそろそろ来るはず…
「お前たち! さっさと、校舎に入れ!」
人だかりを掻き分けやってきたのは、この高校の風紀委員長の関矢 奈津久である。あの馬鹿共に負けないくらいに整った顔立ちをした彼は、朝から本当に疲れたような顔をしている。
…あれ、なんで今日は一人なの?
「また、お前か。」
「いちいちウルサいんだよね。」
「いい加減、潰してやろうか?」
馬鹿共の殺気のこもった視線に、睨み返しながら答える。
「お前たち、本当にいい加減にしろ。好きな女の気持ちくらい察しろよ。これ以上、片桐に迷惑をかけるな。」
そう言うと、馬鹿共からふわりとおかしな気配のようなものが漂う。
バッと振り返ってヤツらの目を見ると、瞳孔が縦に裂けていた。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
いつも、切れやすいヤツらだけど、なんで今日はこんなに早いの!?
「えっと、ちょっと落ち着いて…。ここで暴れたら、危ないから。ねっ!」
久美が必死な感じで声をかけているのが聞こえる。
これを感じない野次馬達が羨ましい。
無駄な霊感を本当に恨む。
妖気に当てられて、意識を失いそうな私を久美が必死に支えようとしているのを感じ…
「何をやっているのかな?」
その声が耳に届いて、妖気の圧力がふわりと消える。
「朝から、騒がしいね。こんなところで暴れられると困るんだけど。」
よーやく、来た。
全然、困ってなさそうな顔で飄々と言う彼は、学校の生徒会長である東海 優だ。
新進気鋭の天才陰陽師でもある彼は、目の前の人外に対してにっこりと笑いかける。
「お互い疲れることは止めようよ。」
それとなく呪符をかざしながらの牽制に、馬鹿共はそれはそれは嫌そうに妖気を収めた。
それを見た彼はにっこり笑って周りを見回した。
「はい、一同解散。」
パンっと軽く手を叩いた彼の言葉に野次馬達が、動き始める。
…ようやく、校舎に入れる。
つーか、なんで皆、あんな馬鹿共わざわざ見てるのさ。
「あはは。なんでも女子達は鑑賞用として、男子達は賭やってるらしいよ。」
あ、声出てたのか。
にしても、暇人ばっかだなうちの学校!
「そうなんですか~。詳しいですね、東海先輩。」
久美が感心したように、頷いている。
「…君は一応当事者なんだから、もうちょっと関心持とうね。」
「…ん? あ、そっか。はい、なるべく頑張りますね。毎朝、ありがとうございます。」
にこにこしてるけど、分かってんのかな、この子…。
「…俺も、いるんだけど?」
「あ、はい。知ってますよ? 関矢先輩もありがとうございますね。」
「全然、役に立ってなかったけどね、奈津。」
「るっさい! 俺の実力で、あんなヤツらに実力行使出来るか!」
「違います! 私のこと心配してくれて、来てくれるのスッゴく嬉しいです。だから、スゴく役に立ってますよ。」
そう言ってニコッと笑いかけられ、顔を赤くした関矢先輩がそれとなく顔を逸らす。
うわあ、初々しいわ~。
「…はい。そろそろ、君らも教室入りなさい。…お疲れ様。」
呆れたように言ってから、久美の方に労るように笑いかける。
二年生の昇降口に向かおうとして、ふと、振り返る。
「東海先輩、さっき結界張ってくれてありがとうございます。」
東海先輩は、軽く手を振って関矢先輩を引っ張るように三年生の昇降口へ歩いて行った。
なんか、無駄にスマートでムカつくイケメンである。
時計を見ると時間がヤバかったので、急いで教室に向かう。
教室に着いたら、先生はまだ来ていなかった。おし、セーフ。
クラスは同じだが、久美とは席が遠い。
急ぎ過ぎて、教科書をしまったりするのに手間取っている久美をちょっと呆れながら見ていると、
「おはよう、ちょっといい?」
「あ、おはよう。どうしたの?」
後ろの席の子が声をかけてきた。
「こんなこと聞いて、気分悪いかもしれないけど…、なんで片桐さんといっしょにいるの? 千里、前は面倒なのに近付きたくないって言ってたよね。なんか、去年の冬から急に仲良くなって、気になってたんだよね。」
「…うーんと、それは、」
どうやって答えようと、口を開いた所で先生が教室に入ってきたので、前を向く。
うーん。なんで、久美と仲が良いか。
ぼんやりと、去年の冬のことを思い出す。
あの日、気分が悪かった。
逆ハーを構成している急に転入してきた三人が、私はなんだか苦手で、人のはずなのに人じゃないみたいで、近くにいると気分が悪くなってしまうことが度々あった。
廊下でうずくまっていると、
「大丈夫? 保健室に行こう?」
声をかけてきたのは、逆ハーを作ってると有名な女の子だった。
保健室に連れてきてもらったが、先生が居らず、彼女は水を汲んで私に持ってきてくれた。
絶対自分からは、しゃべりかけないと思っていたけど、にっこり笑ってどうぞって言われると気が緩んで、前々から聞きたかったことがポロッと口からでてしまった。
「あの三人って、なんか変じゃない? 人じゃないみたい。」
驚いたように、私の顔を見る彼女に、口を滑らせたと青くなる。
「…よく、気づいたねえ。霊感強い方?」
「へ?」
感心したように言う彼女に、驚く。
「えっとね、お察しの通りあの三人、人じゃないです。」
「はい?」
「妖怪なんだって、珍しいよね。私、幽霊にはよく絡まれるけど、妖怪見たのは、あの三人が初めてだったよ~。」
…普通のことのように、非常識を話されて、目が点になる。
「えっと、ひょっとして、あの三人が口説いてきても無反応なのって、それが原因?」
逆ハーの中で東海先輩達とは話すのに、あの三人へのあからさまな空気扱いは、妖怪なんて好きにならないとか、そういうのなのか?
「へ? 違うよ。それに、見えてたんだったら、わからない?」
「何が?」
「だから、あの三人が口説いてるのって、私じゃないでしょ。」
* * * * * * * * * * * *
昼休み、東海先輩が作ってくれた結界の中でお昼ご飯を食べる為に集まった。
結界を張ると同時に、ふわりと空気が動くような感じがして今まではいなかった、いや、見えていなかった少女が現れた。
艶やかな黒髪は癖も無くサラサラと流れ、肌は東洋人としては白すぎるほど白く、大きな藍色の目には長い睫毛、すっとした鼻梁と形の整った小さな桃色の唇。思わず目を見張るほどの正真正銘の美少女は、体が透けているのもあり、まるで精霊のような幻想的な雰囲気を持っていた。
その形のいい唇を開き、
『ああ、もう、あの阿呆共、一回死んでこい!! いや、もう今すぐ葬り去ってしまいたい!!』
…鈴をならしたような可愛らしい声で、物騒すぎる発言が飛び出した。
「瑠璃さん、落ち着いて。」
『落ち着いていられますか! なんなんですか、四百年も前から! 今すぐ、この場所から消えてください、って言って、なんであの戯けた発言に繋がるんですか! なんで、朝っぱらから実力行使に移ろうとするんですか、馬鹿なんですか、馬鹿でしょう! 人のいる場所で話し掛けたら、久美が変に思われるから、言うの昼まで我慢してたんですからね!』
「あ、そうだったんだ。ありがとね。」
『ありがとう、じゃありません! 一応、守護霊やらせてもらっていると言うのに、久美に迷惑かけまくって…。』
「大丈夫だよ。瑠璃さん。今までの週一でお守り変えたり、幽霊に階段突き落とされたり、足引っ張られたり、毎晩のラップ音だってないんだよ! 前と比べたら、天国だから!」
『…平穏な生活させてあげれなくて、本当にごめんなさい!』
「あれ、瑠璃さん? なんで、泣きそうなの?」
泣きそうな半透明美少女が、友人にすがりついている。昼休みの定番になりつつある、いつも通りの光景である。
見る度に女だけど見とれてしまう彼女は、久美の守護霊だ。
そして、あの人外達が本当に口説いていた人物である。なんでも、四百年前に巫女様やってた彼女は、何故だか妖怪共に惚れられ逆ハーを築いてしまっていたらしい。
現在は土地神様の花嫁だと言う彼女はとある事情で眠ってしまった神様の目を覚まさせる協力をしてもらう代わりに超悪霊ホイホイ体質の久美の守護霊をやっているらしい。
私の守護霊、スッゴく美少女でしょう!
私が見えていなかったと知って姿を現してくれた瑠璃さんを見せて、自信満々に誇られた去年の冬が本当に懐かしい。
「まあ、とりあえず落ち着いてあげないと、片桐さんお昼食べれないと思うよ。」
「…と言うか、ほぼ毎日やってないか? そのやり取り。」
呆れたような関矢先輩と東海先輩は、この地を守る陰陽師の一族である。
久美の逆ハーの真相は、神様が眠ったと知ってやってきた守護霊(瑠璃さん)のストーカーと、土地神様の花嫁である瑠璃さんの協力をしている陰陽師達を、瑠璃さんが見えない霊感の無い人々が端から見ていただけのものだったらしい。
言うなれば、久美はこの逆ハー状態とはほぼ無関係なのである。
逆ハー女として、女子から嫌がらせ受けまくっている久美に真実を知って同情して面倒に思いっきり関わってしまった私は悪くないと思う。
『うう、千里もごめんなさい。千里は感覚鋭いのに、朝切れかけてご迷惑を。』
「あ、いや、瑠璃さんのせいじゃないですよ。多分、ほぼあの三人からの圧力でしたし。」
「千里、見えないのに、スッゴく鋭いよね。」
「…まあ、本能的に見えたら苦労するの分かって無意識に見えねえようにしてんだろ。それより、片桐、本当に大丈夫なのか? つらかったら、当家に住めるように手配する…」
「奈津、暴走しない。それやったら、片桐さんへの風当たり余計に強くなるからね。まあ、その下心はバレバレで一周回って微笑ましいけど、もうちょっとよく考えな。」
うっ、と詰まった関矢先輩は真っ赤になっている。
「大丈夫ですよ。瑠璃さんのおかげで、今の家ではめちゃくちゃ居心地いいですし。心配してくれてありがとうございます。やっぱり、持つべきものは優しい友人ですね!」
微妙な沈黙が広がった。
軽く引きつった顔をした関矢先輩は、おう、とぎこちなく頷く。
哀れ純情少年。
彼の久美への恋心は、バレバレで大変微笑ましいものなのだが、如何せん久美の度天然プラス鈍感のせいでまったく伝わっていない。
まあ、身よりが居らず、その体質のせいで友人も今までいたことがなかったという彼女なので仕方がないのかもしれないが。
ただ、それを見て顔を微妙に逸らしながらふるふると肩を震わしている東海先輩は性格悪いとだけ言っておこう。
『え、えっと、神様のことなんですけど、やっぱり久美の力のおかげで少しずつ起きかけています。』
慌てて話を逸らした瑠璃さんが、今日の本題に入った。
急に眠ってしまったという土地神様。瑠璃さんの恋人だという彼が目を覚ましたなら、久美の体質を押さえ、妖怪を追い払うことができるらしい。
彼がいないせいで、乱れた気のせいで私の体調は悪くなりやすくなっているし、陰陽師である先輩達の仕事も増えているので、彼の目覚めはここにいる全員の重大事項である。
「それは、めでたいな。」
関矢先輩がそれを聞いて嬉しそうに相槌をうつ。
彼の恋心は、あの人外達のせいで悪女に惑わされた心の迷い扱いされているし、口説こうにも、今の状態では瑠璃さんの見ている中なので、目覚めの知らせを本当に心待ちにしているのだろう。
とは言え、私も嬉しい。
見えないとは言え、何かがいるから気分が悪くなるのだと知ってからなんとなく怖かったのだ。
「…そっか。役に立ててるようで嬉しいです!」
一拍置いて、久美がにっこり笑ってそう返す。
普段と少し違うその様子に、軽く眉をひそめる。
『久美、…何かありました?』
それに気付いた瑠璃さんが心配そうに尋ねるけど、久美は笑って首を傾げる。
関矢先輩も、どうしたのかと心配そうだ。
「ところで、この地の守護の話なんだけど、神様の代わりに瑠璃さんに聞きたいことがあるからちょっといいかい? 無関係な二人には、聞かせられないから、結界の端っこの方で適等にしゃべってて。」
東海先輩が、不意にそう言い出す。
…性格は悪いが、気が利いている。
久美に結界の場所を教えてもらって、端っこの方に二人で座る。
お弁当を食べるのを再開した久美は、普段だったら、手作りお弁当って美味しいとはしゃいでいるのに無言である。
「久美、何かあったよね?」
そう言うと、久美はいつも以上ににっこり笑って
「何もないよ。」
うん、なるほど。
「久美、ちょっとこっち来なさい。」
手招きすると、不思議そうな顔してお弁当を置き近づいてくる。
私はにっこり笑って、
「てい。」
「痛い?!」
久美の耳を引っ張った。
「ひ、ひどいよ。千里。」
「あんたが、私を舐めてんのが悪い。」
「へ?」
「今更、ちょっと笑って誤魔化せるとか思ってんじゃないの。」
久美はいつも笑っている。
彼女はかなりの天然で、いつもほわほわとしている。
だけど、悲しい時や辛い時、周りを気遣っていつも以上ににっこりと笑うのだ。
全然大丈夫じゃないのに、大丈夫だと言って。
「………くれる?」
「え?」
小さな聞こえるか、聞こえないかの声でぽつりと久美が呟いたので聞き返す。
「神様が目覚めて、側にいる必要がなくなっても、いっしょに居てくれる?」
久美は今にも泣きそうな声でそう言った。
「ばーか。」
いつも笑っているけど、本当は誰よりも寂しがり屋の友人の手を握って、笑いかける。
「友達でしょうが。」
────なんで片桐さんといっしょにいるの?
最初は、はっきり言って同情だったし、久美の近くにいる陰陽師達の結界目当てだったかもしれない。
だけど、天然で、優しくて、とぼけたことばかり言うこの子を私は結構好きなのだ。
『久美!』
瑠璃さんが久美の後ろから、抱き付く。
どうやら、気になって思いっきり話を聞いてたらしい。バレバレである。
『私は久美のこと大好きですよ。』
そう言って、笑いかける。
「必要性だけで、側にいるんじゃねえぞ。馬鹿。」
関矢先輩も、呆れたようにそう言った。
「…ありがとう。」
そう言って笑う彼女は、いつもと同じ笑顔でもすごく可愛らしい。
それを近くから笑って見ている東海先輩に近づいて文句を言った。
「東海先輩は何も無しですか?」
「僕は、あんなに感動的なこと言えないしねえ。」
そう言って笑う彼を横目で睨む。
「ところで、君は?」
「はい?」
「神様が目覚めたら、君も僕といっしょにいる必要なくなるよね?」
急な質問に目を瞬く。
何を言っているのだろう、この人は。
性格悪いのに、完璧な猫のおかげで憧れの生徒会長様と言われている、こんなことに巻き込まれなければ絶対に関わらなかったこの人と、いっしょにいる必要がなくなったら?
…気付かないふりしていたのに、分かって言っているなら相当性格悪い。
「必要なくなったら、関わらないほど薄情じゃありませんよ。」
私は、なんだかんだでこの人のことを嫌いじゃないのだ。
「そう。」
そう言って笑った彼の顔を見るのがなんとなく恥ずかしく顔を逸らす。
「…神様をもう一度強制的に眠らせる必要が無くて良かったよ。」
ぽつりと、東海先輩が何かを言ったが、聞き取れず、聞き返すが流された。
「あ、千里。お弁当、食べちゃおう。」
いつも通りほわほわと笑う彼女に呼ばれて、はいはい、と振り返る。
うちの学校の逆ハー娘は、結構いい子で私の大切な友人で、騒動に巻き込まれることは多々あるが私はこの日常が嫌いではない。