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ムネヨシ  作者: 大原英一
第二章 大川と舞っちんぐ
8/21

渓谷へ、ふたたび

 現地に到着して昼ご飯を食べ、ホテルにチェックインを済ませると、今回の作戦参謀である佐久間刑事から招集がかかった。

 大川と剛流さん、そして真紀の三人がホテル内の小さな会議室に集められた。

「とりあえず、皆で情報を共有してから、捜索の方針についてご説明します」

 刑事が口火を切った。

「いま私たちが尾白川渓谷へ来ているのは、吉宗さんが失踪前日に剛流さんへ送った電子メールがきっかけです。こんな文章でしたね」


『来週は不在です。尾白川へ行ってきまーす』


 ええ、と剛流さんが頷いた。真紀は俯いたままだ。

「吉宗さんはおそらく、尾白川に一週間かそこら滞在するつもりだったのでしょう。でも、そのことを妻の真紀さんにも会社の上司にも告げて行かなかった。これには、どんな意味が隠されているのでしょう」

 佐久間刑事はまるで検事のように聞いた。

「あ、そっか」と剛流さん。「鬼怒川さんは万が一を考えたんですね」

 ちょっ……大川にはさっぱりだったが、佐久間刑事は満足げに頷いた。

「私もそう思います。つまり、吉宗さんは覚悟してこの土地へ来たんです。無事に帰れないかもしれない。その万が一に備えて彼は予防線を張った。それが剛流さんへ送った電子メールだったのではないでしょうか」


「あっ、なるほど」ようやく大川にも理解できた。「すぐには発見されない置き手紙みたいなものか……」

「そうなります」そして刑事は真紀を見て言った。「そこで真紀さんにお聞きしたい。ここ尾白川は、吉宗さんにとってどんな場所だったんです?」

 すると真紀は低い声で、

「……一年くらい前に家族で遊びにきました。一度きりです」

「吉宗さんお独りで再訪されたとかも、なかったので?」

「なかったと思います。この一年は仕事が忙しくて、釣りどころじゃないってボヤいていましたから」

「それはオレも証言できます」大川が口を挿んだ。「最近ですよ、吉宗さんがまた釣りに行きたいって言いだしたの。本社勤務に戻ってからです」

「真紀さんもそう思いますか」

 刑事が聞くと真紀は頷いた。

「そうですね……本社に戻って多少余裕ができたんだと思います」


「ふうむ」すこし間をおいて刑事が聞く。「吉宗さんをいま、このタイミングで尾白川へ呼んだものは何だったんでしょう」

 真紀は無言だった。大川にも当然わからなかった。

「一年前この尾白川で、吉宗さんは誰かと知り合いましたか」

「あ、」と真紀。何か思い当たったようだ。「そういえば、釣りの仲間がいました。仲間というか顔見知りくらいだったかもしれませんが」

「ほう」刑事が興味を示した。「そのかたは、どんな人物でした?」

 口元に手をやり真紀は黙った。必死に思い出しているようだった。

「イワナ……」

「え?」

「そう、その人は釣ったイワナを焼いてアタシたちに食べさせてくれたんです。ウチの四歳の息子が人見知りするので、一緒に食事はできなかったんですが、お裾分けみたいな感じで」


 真紀の話では、その人物はかなり本格的な釣り人だったらしい。名前は聞かなかったそうだ。聞いたのかもしれないが、真紀は憶えていないと言った。

「じゃあ、そのかたを仮に釣り人Aさんと呼びましょうか。吉宗さんはその後、Aさんとコンタクトをとっている様子でしたか」

「いいえ……あ、そうだわ。そのAさんとフェイスブックで『友だち』になったと夫は言ってました。いまはSNSって便利な連絡ツールがあるから、電話番号の交換もしていないって」

 それを聞いて刑事は唸った。

「SNSかあ、やっかいだな。……吉宗さん個人のアカウントやパスワードなんて、真紀さんもご存知ないでしょう」

「ええ、知りません」

 伏し目がちに真紀は答えた。


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