シルバーハンマー
夫の四九日の法要が無事終わると、麗子はやっと胸を撫で下ろすことができた。
すべてうまく行った、なにも問題はない。あとは親族間の面倒くさい遺産相続だけだが、そこらへんのことはすべて弁護士に一任している。悪くても数億円の分配には与れる手筈だった。
夫と暮らしたこの屋敷を手放すことになっても、べつにかまわない。いまさら未練はない。
夕暮れどき、麗子はワインを飲みながら、ふと昔のことを思い出していた。若かったとき、ってかいまもまだ三五でそれほど歳でもないのだが、さらにずっと若かったときのことだ。死んだ夫恒義ともまだ出会っていなかった。
当時麗子には彼氏がいた。ペドロという名の外国人で、国籍は南米のどこかだったと思うがはっきりおぼえていない。
ラテン系ならではの面白い男で麗子は彼が好きだった。ふつうにこの男と結婚するものだと漠然と考えていた。
が、大体がそうであるように、そうはならなかった。あるときお別れがやってきた。ペドロは土産を残して行った。
ある晩ペドロが麗子のもとを訪れた。彼はめずらしく神妙な面持ちをしていた。麗子がわけをたずねると、彼は懐から何かを取り出した。それは一丁の拳銃だった。
ペドロは言った。何も言わずにこの銃を預かってくれと。
あきらかにヤバそうな代物だったが、麗子はそれを飲んだ。ペドロのことが好きだったし、彼が追い詰められているのがわかったからだ。
しばらくしたら必ず取りに来るとペドロは言ったが、けっきょく彼は二度と麗子のまえにあらわれなかった。
その後、麗子の女友だちから聞いた話では、ペドロは死んだらしい。てか、その女友だちもあやしかった。もしかして二股かけられていたのかなー、なんて麗子はあとになって思ったりもした。
そして、思い出は美しいまま一〇年の歳月が経ってしまった。ペドロが置いて行った土産は、田島恒義に嫁いだ麗子とともにこの屋敷へと移され、人知れず眠ることになった。
一〇年後のいま、土産の封印は解かれた。弾が湿気ていたらヤダなと麗子は思ったが、案外と平気だったらしい。
玄関のチャイムが鳴った。誰かしらと思い麗子が出ると宅配業者だった。
いま判子を持ってきますわねと麗子が振り返った瞬間、彼女の目の前に火花が散った。
朦朧とする意識のなかで、あれアタシ後頭部を殴られたのかなーと麗子は思ったが、身体が動かなかった。
宅配業者さんは親切にも麗子を仰向けにしてくれた。それで彼の顔が麗子の目に入った。
彼は髭面だったけれど、あの彼にそっくりだった。あの彼にそっくりな彼は、銀色のハンマーを振りかざした。




