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ムネヨシ  作者: 大原英一
第一章 吉宗
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イワナの立て焼き

 今日は大漁だから昼メシいっしょにどうだ、イワナの立て焼きを食わしてやるぞという田島の誘いを、吉宗は泣く泣くことわった。

「ウチの息子がかなりの人見知りで、たぶん食事どころじゃなくなります」

「ありゃま」

「そのかわり、と言ってはなんですが、釣りを教えてください。午後になったら息子は昼寝すると思うので、すこしだけ自由になります」

「よっし、まかせとけ」

 そう言って田島はサムズ・アップした。


「釣りのお仲間?」

 田島との交渉を終えて木陰からもどった吉宗に、妻の真紀がさっそく質問した。

「あー、まあね。前にべつの釣り場で会ったことがあって」

 吉宗は適当にウソをついた。が、これは仕方のないことだ。例のムネヨシとかいう吉宗のそっくりさんを田島が見たとか見ないとか、そんな話をしたら、ややこしいことになる。

「お弁当にしましょっか」

 真紀は別段疑うこともなく弁当の用意をはじめた。息子の翔はどんなときでも手放さない山手線と中央線の模型のうえに、なぜか小石を積んでいる。


 川のせせらぎを聞きながらの贅沢な弁当タイム中に、思わぬ珍事件が起こった。あれだけ固辞したにもかかわらず、田島が岩魚の立て焼きなるものを持って吉宗たちの前にあらわれたのだ。

 当然のことながら翔は、うわーんだった。

「あー……ごめん、ごめんよ。おじちゃん、怖くないよう」

 田島の慌てっぷりに、吉宗は吹き出した。

 翔が怖がるので田島は早々に退散することを余儀なくされた。だが、ちゃっかり焼き魚は頂戴する吉宗たちだった。

「んー、うまっ」

 香ばしく焼けたイワナにかぶりついた真紀が、わかりやすい感想をもらした。これで田島のおっさんの好感度もあがったかな、などと打算的なことを考えつつ、吉宗も妻に倣った。


 昼食が終わるともう翔は目をこすりはじめた。チャンス到来である。

「さっきのおじさんに釣りを教えてもらうことになっているんだ。ちょっとだけ、いいだろ」

「うん、いいわよ。イワナのお礼、言っておいて」

 そそくさと釣り支度をしながら、焼き魚効果すげー、と吉宗は思った。

 それから吉宗は田島と合流し、ひとときの釣りタイムを満喫した。妙なきっかけではあったが、いい人物と出会えたことを感謝した。

「ありがとうございました。今日はとても楽しかったです」

「おう……でも、なんかヘンな感じだな。先週もこんな感じだったんだぜ、アンタのそっくりさんとよ」

「たしかに、」吉宗は苦笑する。「……それじゃあ、フェイスブックの更新、たのしみにしています」

 帰り支度を済ませると、吉宗たち一家はかなり遠い距離から田島に手を振った。息子の翔は母親に抱きついたまま、田島のほうを見ることすらなかった。


 

 尾白川渓谷の旅から帰った吉宗には、いつもとおなじ日常が待っていた。

 田島のおっさんとはフェイスブック上で「友だち」になったが、ムネヨシの件については、いっこうに進展はなかった。

 田島は釣りのセミプロだけあって、釣果や釣り場の情報などをちょくちょくフェイスブックに上げていた。いっぽう平凡なサラリーマン日本代表の吉宗は、フェイスブックにただ登録しているだけで、ほとんど情報の更新はしなかった。

 家族で出かけた尾白川の記事でもアップすればよさそうなものだが、それも面倒くさかった。ただひと言、先日は楽しかったです、とだけ田島の記事にコメントした。


 いつもとおなじ日常、それがこの先もずっと続くと吉宗は思っていた。が、こと仕事に関しては、現実はそう甘くなかったようだ。

「リストラ?」

 ある日部長に呼び出された吉宗は刮目した。

「きみじゃないから安心しろ。ただ、きみにはその計画のリーダーになってもらう」

「どういうことです」

「有事町のデータセンターは知っているな?」

「ええ……」

 吉宗の背中を冷たい汗が伝った。

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