サーティン
駅の北口を出ると、すぐに一台のクルマが路駐しているのが目に入った。運転手はむこうを向いているが、その長い髪から女性だとわかる。たぶん麗子だ。
オレが近づいて行っても運転手は振り向こうともしない。運転席の真横まで近づいて、ようやく麗子の横顔が見えた。彼女はサングラスをしていた。
クルマの窓が一五センチほど開いていた。オレが話しかけようとすると彼女は、
「助手席に乗って、はやく」と前を向いたまま言った。
言われるがままオレは助手席に乗り込んだ。
「シートベルトして。発すわ」
ひさしぶりだってのに、あいさつも抜きで彼女は発車した。
「あのさ麗子ちゃん……このままクルマでホテルに行こうよ。早くきみをメチャクチャにしたい」
「ケンジ」
「……はい」
半分冗談で半分本気だったのだが、麗子はぜんっぜん笑ってくれなかった。怒られてオレはしゅんとした。
「ビジネスの話、しましょっか」
彼女はハンドルを切りながら言った。運転しながら話すつもりらしい。
「ビジネス?」
「そう、アタシがあなたにある仕事を依頼する。それを果たしてあなたは報酬を得る、それがビジネス」
「それってたぶん……人殺しの依頼だよね」
「正解」
彼女は表情ひとつ変えずに言った。まあ運転中だから前を向いているのは当然だが。
「えーと、ゴルゴ・サーティンじゃないんだからさ、ふつうはそんな依頼、受けないと思うよ」
「そうかしら」彼女はしれっと言う。「あなたがこの一年、受け取ったお金だけど……」
「ちょっと待ってよ」オレは声を荒げた。「たったの二四〇万で、人を殺せっての?」
「そんなケチ臭いこと言わないわ」
「えっ」
「これから二〇年間、毎月二〇万ずつ払うっていうのよ。はい、総額でいくら?」
二四〇万のざっと二〇倍だから四八〇〇万、いや、すでに二四〇万もらっているから五〇〇〇万を超える。
「五〇〇〇万……そんな金額、どうやって」
「ダンナが死んだらアタシに入る予定の保険金、それを全部あなたにあげるってのよ。分割で申し訳ないけど」
「……つまり、保険金殺人?」
「そうなるわね」
「麗子ちゃんの取り分はどうなるの?」
「ありがとー、アタシの心配してくれて」
なるほど。麗子のダンナが死ねば相当額の遺産が手に入るってわけか。保険金など目じゃないほどの。
「麗子ちゃん、やっぱりホテル行こうよ。きみをメチャクチャにしてからじゃないと、そんなこと……」
「ケンジ」
やっぱり怒られた。だがオレは本気だった。つーか、いきなりそんな話を振られても……。
「ごめんね」
やがて麗子は諭すように言った。
「あなたの返事がイエスでもノーでも、もう元の関係には戻れないのよ。イエスなら今日からアタシたちは共犯者。でも痴情がらみで尻尾をだすなんて、ごめんだわ」
オレはしばらく黙ったあとで訊いた。
「ノーなら?」
「さっきの駅まで戻って、あなたをクルマから降ろすだけ。もう二度と会うこともない」
彼女の鋼鉄のような意志と覚悟を感じた。オレは頷いた。
「わかったよ、やるよ」
これから先は駆け引きが必要になる。麗子にここまで覚悟ができているということは、何かしら勝算があるのだろう。
まずは彼女のプランを聞いてからだ。そのうえでヤバそうだったらバックレればいい。馬鹿正直に「えー、どうしよっかな……まずはプランを聞いてみないと」なんて言うやつはいない。
言えるはずがなかった。




