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ムネヨシ  作者: 大原英一
第三章 犯人
11/21

発端

「ねえ、ドッペルゲンガーっていると思う?」


 ことの発端は麗子が発した何気ないひと言だった。

「なにそれ、知らね」

 オレは眠かったので背を向けた。市内の鄙びたラヴホテル、いつもの逢瀬だった。麗子は人妻だった。いわゆる不倫の関係である。オレは独りもんなので別に不倫ではない。

「ウチのダンナがね、他人のドッペルゲンガーを見たって自慢してた」

 麗子はよくダンナの話をオレにする。よくダンナの悪口を言う。ダンナを殺してくれとオレに言う、そうしたらオレと一緒になってもいいと。そんなことできるかっ、とそのときはまだ思っていた。


「他人のドッペルゲンガー? 自分のじゃなくて?」

 思わず食いついてしまった。ちょっと面白そうだ。

「そう、他人の。先週ヤマダさんって人と知り合いになりました。で、今週そのヤマダさんのそっくりさんと会ったんだって」

「それヤマダさん本人じゃないの?」

「ふつうは、そう思うよね。でもいろんな点が違ったんだって。そっくりさんのほうは真面目で堅い仕事に就いていて、奥さんも子どももいたんだって。反対にオリジナルのヤマダさんは風来坊みたいだったんだって」

「ふーん」

 そんなこともあるかもしれない、とオレは思った。世の中には自分そっくりのやつがいて、でもそれぞれ金持ちだったり貧乏だったりとステータスが違うのだ。


「……終わりかい」

 そうツッコミを入れるオレに、麗子はただケタケタと笑うのみだ。彼女の話はいつも唐突で、脈絡がなく、発展性に乏しかった。まるでオレらの関係みたいだ。

 田島麗子は金持ちだった。正確には彼女の夫が、だ。しかしオレを情夫ヒモにしてくれるほど麗子に余裕があるわけじゃない。あくまで彼女はオレの友だちだった。

 いやさっきのヤマダさんじゃないが、じつは友だちですらなく知り合いレベルなのかもしれない。だが彼女がオレにお小遣いをくれるのは正直ありがたかった。

「友だち」

「っつ、」

 こいつ読心術でも使ったんじゃないかと思い、オレは飲みかけのミネラルウォーターを吹きそうになった。


 見ると麗子はスマホを弄っている。

「あっ、これよ。ヤマダさんのそっくりさん……鬼怒川さんってゆうんだって」

 彼女が見せてくれたのは、フェイスブックのブラウザだった。そこに鬼怒川という男が映っていた。

 いまにして思えば、これが運命の分かれ道だった。オレは鬼怒川を知っていた。麗子からスマホをふんだくると画面を凝視した。

「あれっ、オレこいつ、知っているかも」

「マジで? 何つながりなの」

 五年前だったか、例のリーマンショックの頃まで、オレは神奈川県で派遣として働いていた。その現場で、たくさんいる派遣を取りまとめていた社員が鬼怒川だった。吉宗という下の名も特徴的だ、間違いない。

 オレがそんな感じに説明すると、

「世間は狭いねぇ」と麗子が言った。たしかに。


「なんで鬼怒川が麗子ちゃんの『友だち』なの?」

「アタシじゃなくて、ダンナの。アタシとダンナが『友だち』だから、その友だちの鬼怒川さんのページもある程度見れるわけ」

「ある程度、」

「そう。もしアタシがガッツリ鬼怒川さんとコミュニケーションしたいってんなら、アタシから『友だち申請』を出さないといけないんだけど、その必要もないっしょ」

「……怖いね、誰が見てるとも知れないネットに実名を晒すなんてさ」

 オレは寝転がったまま麗子を抱き寄せた。

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