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ムネヨシ  作者: 大原英一
第一章 吉宗
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渓谷での出会い

 鬼怒川吉宗は、その暴れん坊度満載の名前とは裏腹に、ごく平凡な男だった。

 大きくはないが安定した会社に勤め、美人ではないがいや美人の奥さんと、かわいい息子にも恵まれていた。趣味といえば釣りくらいで、酒もタバコもギャンブルもやらなかった。

 妻の真紀とは職場結婚だった。ちなみに妻の旧姓は八代で、歌手の八代亜紀さんともう少しでニアミスだ。それだけではない。もし吉宗が婿に入る状況だったらば、八代吉宗と名乗る破目になるところだった。どうでもいい。


 この連休を利用して、吉宗は家族を連れて山梨県は尾白川渓谷へ出かけた。

 家族サービスという面もあったが、なにより彼自身は川釣りが楽しみだった。とはいえ、家族そっちのけで釣りに興じるわけにはいかない。まずは四歳になる息子の翔と水辺でばちゃばちゃと遊ぼう。釣りは翔が遊び疲れて眠ってからだ。

 息子の翔は控え目な父親に似たのか、赤ん坊のころから人見知りがハンパなかった。街で買い物をしているときでも、たとえば店員がぼく可愛いねなどと声をかけてきたりすると、速攻でうわーんである。

 四歳も近くなったいまでは、さすがに泣くことは減ったが、それでも人見知りは治っていない。知らない人間が近づいてくると親にしがみついてくる。

 いまがまさにその状況だった。釣り人のひとりが話しかけてきた。が、相手は翔ではなく吉宗のようだ。


「あんた、また来たのかい。今日は子連れか」

「……?」

 意味がわからず、吉宗はきょとんとした。釣り人のおっさんは破顔する。

「先週もこの川で会ったろ? 忘れちまったのかい」

「……いえ、先週なんて来ていません。この川ははじめてです」

 吉宗がそう答えると、おっさんはマジで驚いたらしい。

「おりょりょ? たしかにアンタだったぜ。髭面だったけどな」

「会社員ですから、髭なんて伸ばしませんよ」

「えーっ、他人のそら似ってやつか? 似すぎだぜ、声までそっくりだ」

 おっさんは、だいぶ唸っていた。

 なんなんだ、このおっさんは。新手のオレオレ詐欺か。だが吉宗はおっさんを邪険にしなかった。むしろちょっと興味をひかれた。

 数年前だったか……いやもっと前かもしれない、以前にもおなじようなことをべつの誰かに言われたことがあった。たしかに、ありふれた顔である自信が吉宗にはある。へんな言い方だが。


 真紀に子どもをあずけて、吉宗はおっさんと木陰で話した。

 おっさんの名は田島といって釣りのセミプロらしく、ほぼ毎週この川へ来ているらしい。

「あ、ごめんなさい。車で来ているから飲めないんです」

 田島がすすめた缶ビールを吉宗は丁重に断った。

「そっか、」と田島は残念がった。「あんたら日帰りかい?」

「ええ。子どもがまだ小さいもので」

 すると田島はいきなり笑いだした。

「……たしかに顔と声はそっくりだが、先週の兄ちゃんとはまるで違うな。その『そっくりさん』はビールもじゃんじゃん、タバコもすぱすぱだった」

「つきあいが悪くて、すみません」

「いやあ、家族持ちならそっちが優先だよ。……このあいだの彼は、どう見ても独身って感じがしたな」


「その彼は、どんな方だったんです?」

「うーん、釣りの話だけだったな。でも名前は聞いた。ムネヨシってんだ」

 吉宗はぎくりとした。ムネヨシ……これもまた偶然か。自分に似た名前だ。いや苗字の可能性もある。

「これも偶然ですかね、私は吉宗という名前なんです。鬼怒川吉宗」

「ほえー」

「田島さん、もしまたムネヨシさんに会ったら……」

「おう、そうだアンタ。フェイスブックはやっているか」

「ええ……あ、なるほど」

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