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33Nocturne  作者: 塩越古葉
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1-1-6 戦いと出会い

 異形。


 ゆらゆらと忍び寄る人の姿をした異形は、どうも動く水そのもののようだ。歩行速度は遅く、歩いた道筋に水の跡を付けながら、3人の方に歩み寄ってくる。

 数は3体。

 最初に出てきた女性に加え、若い男性と中年の男性があとから出てきていた。


「二人とも、聞いて。あいつらの胸の辺りに赤い光があるでしょ。あそこを斬って! さっきもそれで倒せたから!」


 見れば、確かに3体共の胸部に何かの模様のように見える光があった。


「わかった、あそこが弱点なのだな!」


 シグは地を蹴り走った。

 一気に女性体までの距離をつめ、胸部の赤い模様めがけて下から薙いだ。


 ――ぐぎいいいいいいいい!


 異形は鳴き声のような音を出した。

 弱点を捉えたシグの一閃は受け、苦しむように丸まった後、人をかたどっていた形が崩れていく。やがて路上に落ちてただの水たまりになった。

 休む間もなく、中年男性体の異形が走って向かってきた。先程のものとは違い、腕に当たる部分が刃のように変形し、赤色に光っている。

 横薙ぎに振り回された刃をシグは剣で受けとめた。

 が、水でできた刃は案外柔らかかったようで、受け止めるまでもなくさっくりと切れてしまっった。

 切り落とされた赤い水の刃が、崩れ落ちてシグの右腕にかかった。


 じゅっ!


「っ……!?」


 水がかかった部分が急に熱くなった。

 右腕を見れば飛沫状に服が破け、肌が見えているところが赤くなっている。

 まるで火傷をしたようにひりひりとした痛みがあった。

 ――毒か?


 一瞬動きが止まった時に、後ろからベルカが援護する。


「でやぁっ!」


 掛け声が聞こえたすぐ後で、目の前にいた異形の胸部に槍が突き刺さっていた。

 次の瞬間、鳴き声とともに弾けて水に戻る。


「シグ! どうした!?」


 叫びながらベルカは槍を拾い上げ、最後の一体へと向けている。


「ベルカ、気を付けろ! こいつらの刃はどうやら物を溶かすらしい!」

「そりゃやっかいなこって。動けるか?」

「問題ない!」


 シグが体勢を立て直す内に最後に残った若い男性体の異形は、両腕に一つずつ、二振りの赤い刃を出現させていた。


「へー、変形かー。かっこいいねぇ」

「ベルカも魔法の練習をちゃんとすればあれくらいできるかもな」

「無理言うなって。お前と違って勉強できねーもん。ところであいつ、どうするよ?」

「大丈夫、もうすぐ来るはずだ」


 異形が二人を攻撃しようと動きはじめた時、


「二人とも、下がって!」


 待ちわびた声が聞こえてきた。

 二人の後ろにいたジャスティンの周りに、赤い光が集まっている。

 手には一際輝く煌木を持っていた。


 魔法。

 人間に与えられた神秘の力。

 特別な樹木の破片に印を刻んだ煌木と、呪文を記した魔法書、それにある程度の資質があれば使うことが出来る力だ。

 騎士隊に入る者は皆魔法の訓練も受けるが、同期の中でもジャスティンは魔法の才能が飛び抜けていた。

 ジャスティンは弓を構えるような仕草をし、言葉を唱える。


「貫いて! 《ブレイ=セル》!」


 その瞬間、ジャスティンの周りに漂っていた赤い光がジャスティンが構えた両の手の間で一本の矢のようになり、弾かれたように一直線に飛んでいく!


 ずんっ!


 光は、異形の弱点を容易く貫く。

 そして他の二体と同様に最後の異形も水に還っていった。

 やがて、辺りに元の静寂が戻りつつあった。


「終わったようだな」

「最初はビビったけど、そんなに手こずらなかったな」

「そんなこと言って、油断してたら危ないんだからね」

「へーへー」


 二人のやりとりを見ていたシグは笑みを浮かべた。

 剣を鞘にしまい、負傷した右腕を押さえる。

 まだ痛みはあるが、ひどい怪我という訳ではなさそうだ。


「シグ、腕は平気?」

「ああ、大丈夫だ。どうも火傷したみたいだが」

「でもちゃんと見てもらった方がいいわ」

「そうしようぜ。じゃあシグは一旦隊舎に戻るか」


 ベルカがそう提案した時だった。

 甲高い悲鳴が、路地の奥から響いてきた。


「っ!」


 シグはすぐさま駆け出した。

 ベルカとジャスティンが何か言っていたが気にせず声のした場所へ向かう。

 発生源はそう遠くない。


 入り組んだ道を進み続けていると、やがて街灯のない狭い路地に辿り着いた。人が2人並んで歩けるかどうかというような道の上に、水路の淡い光に照らされた人影が二つ。


 一つは髪の長い、少女だった。

 青くて長い髪に白いワンピースのようなものを着ている。

 座り込んでいる彼女が見上げているもう一つの影は……異形。

 赤い刃を携えた女性体の異形が今にも少女に斬りかかろうとしていた。


「逃げろ!」


 シグは叫んだが、少女は怯えてしまっているのか少しも動こうとはしなかった。

 少女はただ、じいっと女性の方を見上げている。


 ――間に合え!


 シグは腰に下げた剣を引き抜くと逆手に構えた。

 槍投げの要領で大きく右手で振りかぶり、異形に向かって投げ放つ!

 飛んで行った剣は鈍い音をたてて異形の首の辺りに突き刺さった。


 ひぎいいいいいぃぃぃぃ!


 悲鳴を上げて異形が後ずさった。

 その隙に一気に少女の方へと駆ける。


「きゃっ!?」


 幼い少女を抱きかかえ、異形と距離をとるように走った。

 そしてすぐ近くに無造作においてあった木箱の上に少女を下ろす。

 一瞬少女と目が合った。

 青い、大きな瞳だ。

 驚いているのか目を大きく見開いている。

 年の頃は10歳前後だろうか。青く、緩くウェーブのかかった長い髪が風に舞った。


「少し待っていて下さいね」


 そう言って、すぐさま異形に向き直る。

 女性体の異形に刺さっていた剣はいつの間にか抜かれており、地面に落ちていた。

 体制を整えてこちらの方に異形が向かってきている。


 ――さて、どうするか


 シグの手元には武器になるような物がなかった。

 落とした剣を拾いに行きたいが大人しく拾わせてくれないだろう。魔法を使おうにも、煌木は剣の方についているため発動は難しい。

 ならば、一か八か拳の一発でもいれてみせようか。

 無謀な考えだとは思ったが、少なくとも時間稼ぎにはなるだろう。

 ベルカやジャスティンがきっとすぐに来てくれる。

 それに何よりも騎士として、この小さな少女を守ることを優先させなくては。

 シグは覚悟を決めて、構えをとった。


「ね、ねえ、これ使って!」


 振り向くと、少女がどこから取り出したのか短剣を差し出している。

 護身用のものだろうか。やや装飾が多いように見えるが拳よりは立派な武器になるだろう。


「ありがとう、使わせてもらいます」


 差し出された剣を受け取り、鞘を抜き放った。以外にも重みがあり、刀身もしっかりと手入れがなされている。長さは先ほどまで使っていた剣よりもかなり短いが、思っていたよりも十分な品だった。

 女性体の異形は両腕の赤い刃を上段に構えて向かってくる。振り下ろされてくる赤い刃をシグは後ろに飛んで避けた。

 シグを切り損なった刃は地面に突き刺さり、舗装された道を溶かす。ややあってからゆるりと体を起こして再びシグの方へ向かってきた。


 ――厄介だ


 両手に武器がある分、近づくのは先程よりも容易では無さそうだった。更にこちらの武器を合わせてしまうと先ほどのように火傷を負ってしまう可能性がある。しかもリーチが短い分、より懐に入り込んで弱点の印を潰すしかないが、こんなすれ違うのがやっとの路地では立ち回るのも難しい。


 ――ならば


 シグは右手で短剣を持ち、体を低くして相手の攻撃を待った。

 異形は再び両の刃を上段に構えて走ってくる。

 同時にシグも異形の方へ走った。

 異形の女性はニタニタとした笑みを浮かべている。

 だがシグは気にせず駆けた。

 やがてぶつかるりそうな距離まで詰まったところで、異形は両の刃を振り下ろした!


 ざんっ!


 獲物に刺さった刃はそれを溶かし始めていた。

 だが刃が刺さっていたのは、先ほどと同じく地面だった。

 異常に気付いた異形が体を起こすが、シグの姿は視界から消えていた。

 キョロキョロ辺りを見回す異形の姿を、シグは上空から眺めていた。

 先ほど異形が刃を振り下ろそうとした瞬間にシグはすぐ横の壁を蹴って上空に飛び上がっていたのだ。

 空中でくるりと体を反転したシグは異形のすぐ後ろに着地する。

 異形の胸部にある赤い模様は、背中側からでもよく見えた。


「はぁっ!」


 気配に気付いた異形が後ろを振り向いた時には、すでにシグが深々と短剣を突き刺した後だった。

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