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33Nocturne  作者: 塩越古葉
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1-1-4 幽霊の噂


 最初に噂を聞いたのは2週間ほど前の頃だろうか。

 ある日中年の男性が夜中に隊舎に駆け込んできた。酒の匂いを漂わせた口で幽霊に殺されかけた、と捲し立てていたそうだ。幽霊に切られたという浅い切り傷の浮かんだ腕を見せながら。

 だが、そんな突拍子のない話があっさり信じられるはずもなかった。

 この世界に生きる者たちを大きくに分けると5つ、人間と動植物、それに人間に似た姿を持つトリタスの民、動物の中でも魔力を持つ魔獣、最後にそれらを襲う事を常とする魔物だ。

 この内トリタスの民はシグは実際に見たことはないが透けていたり闇雲に人を襲うなどという話は聞いたことはないし、そもそも人里に来ることは滅多にない種族だ。魔獣や魔物まれに人に近い姿のものもいるが、それでも形や色味は完全に異形の存在であるそれを人と見間違えることはないだろう。

 最初に取り合った騎士は飲んだくれの妄想だと思ったそうだ。


 だが、次の日から似たような不可解な証言が集まってきた。

 血の気のない男性に襲われた、おおよそ人では通れないような建物のわずかな隙間に人が吸い込まれて行った、顔が抉られたような女性が路地を闊歩していた……などなど。

最初の男性以外には怪我をした例はないようだったが、あまりにも不可解な事件が起きすぎており、街の中にも騎士隊の中にも不安が蔓延していた。


「それでついに対策を打ったというわけか」

「そういうこと。対策っつっても巡回の強化くらいしかしてねぇけどな」

「仕方ないだろう。相手が何かわからぬ以上は私たちで幽霊を見つけねば」

「まぁ、そうだよなぁ……」


 やれやれ、とべルカのついたため息は、夜の街にしんみりと響いていった。


 王都ルト。街中に張り巡らされた水路と青い屋根で統一された美しい街。

 街の奥には現王やその血筋の者達が住む王城がある。昼間は多くの人で溢れ帰っているが夜はしっとりと。酒場や市の出ているメインストリートの方には騒がしさが残るが、今日の二人の巡回ルートのような脇道に少しでも入ると恐ろしいほど静まり返っていた。

「ま、幽霊見つけたって俺達にはこれがあるから大丈夫だろ」

「果たして剣で幽霊が斬れるだろうか……」

 巡回中は武器の携帯が義務付けられており、シグは長剣を、ベルカは背丈ほどの槍を持っていた。豪勢な作りではないが、魔法を使うための煌木の欠片が埋め込まれている特殊なものだ。更に簡単な魔法なら弾くことの出来る魔力武装もなされている。

 だがさすがに霊体ともなれば切れるかどうかまでは定かではない。

 魔法の栄えるこの時代であっても幽霊はオカルトの域を出ない存在なのだ。


――それにしても……


 夜に出歩く人はもともと少ないが、心なしかシグにはこの夜はそれが顕著に思えた。前に来た時はもう少し人がいたような気がする。

静けさに包まれた中で聞こえてくるのは都中を流れる水路の水の音、それに二人の騎士の足音くらいなものだった。


 だがそれでも周りが明るいだけで随分と印象が変わる。

 まずベルカの持っているカンテラ。

 これは騎士団の備品で水の入ったカンテラに煌木を入れたポピュラーな煌木灯だ。煌木は水に入れると光を発する性質を持っており、比較的入手もしやすいため一般家庭でも広く使われている明かりだ。定期的に水を替えてやれば一年くらいは保つ便利な明かりである。

 更に道の脇に設置してある煌木灯の街灯。

 それに加えて、夜の王都ルトでは他の町にはない光源がある。町中に張り巡らされた水路のそこに流れる水も僅かながら青白い光を発しているのだ。

 王都に流れる水には王城奥から流れ出す聖水が混じっている。この聖水は精霊の加護を受けた水であるらしく、このように夜になると青白い燐光を発するのだ。他の場所にはない、この都特有の光源だ。


「なぁ、シグは幽霊って信じるか?」

「にわかには信じがたいな……。何しろ見たことがない」

「そんなところだよな。俺も大して信じちゃいないけど」

「だが幽霊ではなくとも、あれだけ目撃者がいるのであればこの王都には『何か』はいるのだろう」

「俺は石像か何かを見間違えてるんじゃないかって思うけどな」

「確かにその可能性もあるが、目撃場所は王都中だぞ? 皆が皆同じ石像を見ているわけもあるまい」

「じゃあきっと動き回る像がどっかにあるんだよ」

「あはは! それは愉快だな」

「……なんっか、バカにされてるように聞こえるんだけど」

「あ、いや、そんなつもりはないのだが……」

「冗談だって。ほら、さっさとまわって終わらそうぜ」



 ベルカはカンテラを揺らしながら少し歩みを早めた。


 シグとベルカ、二人は性格や境遇などが大分違う。シグは成績優秀で三男とはいえ貴族階級の家の出だ。対してベルカは幼いころに両親を亡くし、下町の孤児院で大半の人生を過ごしている。そのせいか随分粗野な所が目立つが、そこから難関と言われる試験をパスして騎士隊入りをした努力家だ。それ故に最初の頃の二人はけして仲がいいとは言えない間柄だった。一悶着あってからは随分仲良くなり、シグにとっては隊で一番頼れる良き友人だと思っている。

 だからこそ、騎士隊を辞めることは自分の口から伝えようと思っていた。


――しかしどう切り出したものか……?


 言葉を探す内にベルカがくるりと振り向いて立ち止まった。


「ベルカ?」

「……なあ、シグ、ちょっと聞きたいんだけど……」


 ベルカは少し顔を背けた。


「お前さ、最近ちゃんと寝てるのか?」

「え?」

「夜遅くまで灯りがついてる」

「あ、いや、その調べ物をしているんだ……。」


 ベルカとは隊舎では隣室だった。窓や廊下の方に灯りが漏れていたのかもしれない。


「今日遅れてきたのもそのせいなんだろ」

「す、すまない。任務に支障がないようにしておく」

「そうじゃなくて、それ、俺じゃ手伝えないことか?」

「それは……」

「……いいよ別に。悪い、変なこと聞いた。お前もいろいろあったもんな――」


「ベルカ!」


 気が付けば、大声をあげていた。


「な、なんだよ」

「お前に、聞いてもらいたいことが――」


 ばしゃん!

 タイミング悪く、そんな音が遠くから聞こえてきた。



「今のなんだ?」


 何かが水に落ちるような、そんな音がどこかから聞こえてきた。

 この辺りで水のある所といえば一つだけだ。


「ベルカ、広場の噴水だ!」


 不意に聞こえた音のする方へ二人は走った。ここから広場までは遠くない。

 程なく広場へ辿り着くと二人は辺りを警戒した。カンテラで辺りを照らしているとベルカが声をあげる。


「おいシグ! 噴水の像が一体ないぞ!」


 噴水には先祖の英霊達の像が5体あったが、その内の一つ、噴水の吹き出し口近くにあるはずの像が膝から下ぐらいを残して見えなくなっていた。


「まさか、ほんとに動き出したとか言わねぇよな」

「水浴びしたさに動いたのかもな。下だ」

「うおわ! なんだよ、ビビらせやがって」


 噴水の水の中には膝から上部分の像がごろりと落ちていた。


「水音はこれか。しかし何故……」

「シグ、これ、なんかで斬られた跡じゃないか? 断面がツルツルだぜ」


 ベルカの言うとおり、像の断面はまるですっぱりと切られたように綺麗に平らだった。

 不自然なそれについて思考を巡らせるがすぐに答えは出てこなかった。


「シグ! ベルカ!」


 唐突に少女の声が響いた。

 シグ達がやってきたのとは違う方の広場の入口からジャスティンが息を切らせて走ってきた。


「ジャスティン? どうしたんだよ、合流地点はまだ先――」

「エルディス先輩が怪我したの! お願い一緒に来て!」


 彼女の叫んだ内容にヒヤリと汗が流れた。

 どうやら、この夜は長くなりそうだ。

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