1-1-3 作戦室にて
「遅い」
同僚からの叱咤を受けて
「……すまない」
と返すばかり。
ライデルト国騎士隊、王都西方部隊隊舎の作戦室にて。
作戦室とはいっても会議中以外は自由な部屋であり、任務中なら待ち合わせや班ごとの作戦会議、他には食事休憩や仮眠をとったりなど様々な用途に使われる。宿舎からはさほど遠くない場所にあるのだが、シグは身なりを整えるのに時間がかかってしまい、予定の時刻を随分とオーバーしてしまっていた。服はほぼそのままでも大丈夫だったが任務中は腕甲や脚甲に加え隊章の縫われた紺色の外套、さらに武器の携帯が義務付けられているため準備にはそこそこ時間がかかる。
「もうとっくに巡回始まってるぜ。ほら、シグさっさと行くぞ」
友人、加えて今晩の警邏任務におけるパートナーであるベルカは不機嫌そうにガタンと机を揺らして立ち上がった。
短めのサラサラの紺色の髪の隙間から鋭い濃緑の瞳が覗く。顔つきだけなら街のチンピラのようにも見えるが少し肉が付きにくい体質なのか細い印象を受ける。服装はシグと同じ隊服を着た、17歳で同い年の少年だ。
「あ、すまないベルカ……あの――」
「もーベルカ! そんなに怒鳴らないの! いつもはあんたが遅刻してるくせに!」
「ぶはっ!?」
ばしん、と突然背中を叩かれてベルカはむせる。
彼を平手で叩いた少女は怒っているというよりは少し楽しそうな顔を見せていた。
「げほっ! ……ジャスティン、いきなりなにすんだよ!」
「なによ、自分のことは棚に上げといて、よくシグの事を怒鳴れるわね」
「別に、本気で怒ってねー。ていうか怒鳴ってもねーよ」
「あらそう? ごめんね」
もう一人の同期の少女、ジャスティンはにっこりと笑ってみせた。
彼女は新緑のようなグリーンの髪を後ろで一つに束ねている。少し癖があるのかいつもふわふわとしていた。服装はシグ達と同じく軽装甲を着けた女性隊員用の制服だ。
「でも、シグが遅刻って珍しいよね。どうしたの?」
「ああ……実はその、部屋で居眠りしてしまっていたようで――」
「 居眠り!?」
ベルカとジャスティンの声がはもる。
「意外ー。シグでも寝過ごすことあるんだね」
「……まぁシグも人間だったってことか」
「一応ずっと人間だったはずなんだが……」
あはは、笑いが起きた。
二人とはこの隊に配属されたときからの同期だ。ほとんどが年上のこの隊の中ではもっとも気の許せる間柄だった。
「おーいジャスティン、そろそろいいかい?」
「エルヴィス先輩!」
朗らかな男性隊員が近づいてきた。薄いグリーンの髪を短くまとめ、胸元には班長の記章を着けている。
「僕らもちょっと遅れてるからね、もう出発しないと」
「あ、はーい! じゃあねシグ、ベルカ! そうそう、今日クッキー焼いてきたから帰りに食べてってね」
「おー、どうも」
「ありがとう、楽しみにしているよ」
パタパタと駆け出していったジャスティンを口々に見送る。
ふと、シグは違和感に思い当たる。
「ベルカ、ジャスティンは今日は確か夜番ではなかったはすだが……」
「あー、それか。しばらく巡回の人数増やすんだってさ。ジャスティンは手当てが出るから機嫌よく出勤してきたってわけ」
「ああ……それでクッキーがあるのか」
ジャスティンは夜勤や勤務時間が長引き草な日には必ず食べ物を持ってきていた。任務後すぐ食べないと腹が持たないらしい。
「しかしこの時期に増やすとは……。祭の警戒か?」
「そうらしいぜ。あとこの間のこともついでに尻尾掴んでこいってさ」
「この間って……あの突拍子もない話か」
「そうそう。だけどなぁ、本当にいるのかねぇ……」
ベルカは少しだけもったいつけるように、だが心底呆れているような声音で続けた。
「――幽霊なんて」