1-1-2 黄昏時の鐘
「……グ! おいシグ! 」
「やめてくれ……!」
「シグ! 起きろ!」
「……えっ……!?」
聞き慣れた上司の声で目が覚めた。
青みがかった緑の髪をさらりと揺らして体を起こす。
濃緑の眼を見開くと、目の前には幾つかの本が広げられていた。場所は夕日差し込む自分の部屋。木製の簡素な家具ばかりで埋め尽くされている。
やがてシグは部屋の机に突っ伏して寝ていたことに気が付いた。
――夢だったのか…。
だが、その内容は以前シグが経験した出来事によく似ていた。
「ドア開いてたから勝手に入ったぜ。戸締まりはちゃんとしとけよ」
「ログレス……隊長」
振り向けば自分の隊の隊長、ログレスが心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「珍しいな、居眠りなんて。どっか調子悪ぃのか?」
「あ、いえ。どうも読書中に眠ってしまっていたみたいで」
本を片付けながらシグはログレスに向き合った。
褐色の肌の白髪で濃緑の瞳。屈強な体つきのせいで、隊服は(細かい装飾は違うが)シグと同じものを着ているとは思えないほどサイズが大きい。小隊を担うに相応しい実力と貫禄を持った男性だが話してみると随分フランクな人柄で堅苦しくない。そんなログレスのことをシグは尊敬していた。
「そうか。じゃ、これ渡しとくからな」
「これは……?」
渡されたのは一通の手紙だ。騎士隊の隊章の封蝋で止められている。
それを見た瞬間、理解する。
「ということは、受理されたんですね」
「そういうこった。おめでとうシグ。これでお前は33日後には晴れて無職だ」
「33日?」
「そうだ。それにも書いてるがちょうど33日後までがお前の任期になってる。エレウシスの祭典は存分に遊じまえ。ま、騎士をやめるからったってあんまり羽目外すんじゃねぇぞ」
「そう……ですか」
「まあ、呑気に祭りで浮かれるタイプでもねぇよな。とにかく、引き継ぎはちゃんと済ませとけよ」
シグは手紙を見つめた。申請を出すときは大分時間がかかったが、こんな手紙一つで返事が戻ってくると、なんだかあっけないような、ほっとしたような、不思議な気分になった。
「じゃ、俺はもう行くぜ。お前もさっさと…」
「隊長」
「ん?」
立ち上がってシグは上司に向かって頭を下げた。
「こんな私の我儘を聞いて下さって、本当にありがとうございました。残りの日数は騎士隊の名に恥じないよう過ごします」
「ありがとな。ま、俺としちゃあ、再就職先もうちにしてくれると嬉しいんだけどよ。でもお前だって悩んで決めたわけだしな。……頑張れよ」
「ありがとう、ございます。それと……できれば皆に伝えるのは少し待っていただけませんか? 自分の口から言いたい者がいるんです」
「おお、わかった。お前の相棒とかうるさそうだもんなぁ。じゃ、気が済んだらまた言ってくれ」
「重ね重ねありがとうございます」
「……ところでシグ。お前今日夜勤の日じゃね?」
「えっ?」
――ゴーン。
遠くから街の鐘楼の音が聞こえる。夜時間の開始の合図だ。
同時にそれは、シグの勤務開始時間を示していた。