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第四章 告げ鳥。 第二十五話 封魔の杖。

 心地よい風が世界を吹き抜けていた。ゾナとナギは、環状列石の中央に位置する黒い大岩に寄り添いながら腰を下ろしていた。あのお互いへの愛を初めて感じた日のように。あれから、二人は時間と体を重ね、お互いへの愛を深めて来た。今、二人はお互いのことをあの日とは全くの別人のように感じていた。心の中にある気持ちのどこまでが自分の感情でどこからが愛しい人のそれなのか区別がつかなくなっていた。もう、離れ離れになることは考えられなかった。全ては夜と夜の間、体と体の間の出来事。獣のように感情の赴くままに、世界を気にする事なく振る舞い、そして、人らしく深い思いやりを元に行動を起こす。打ち寄せる波のように、満ち欠けを繰り返す月のように二人は感情を押さえ切れず行動していた。今はその間。肉欲も深い愛情も一時的に引いている中間的な状態だった。


 「……多分、無理。正面から老ナギを倒すことは。」


 ナギが告白した。自分は自分の夢をかなえられる可能性を信じてはいないと。ゾナはただ、ほほ笑み、言葉を促す。ナギがそれに答える。


 「でも、一つだけ可能性があると思うの。老ナギの強力なマイトはウルスの瘴気から抽出しているのよ。毒気を祓い、エネルギーだけを抽出する魔術によって。その魔術を打ち消すことが出来れば、老ナギを倒すことが出来るかもしれないの。瘴気に犯されて死ぬと思うの。」


 一呼吸置いて、ナギは腰に差した短杖を抜き取った。その小さな頭部はゾナのたくましい肩に乗せたままだ。


 「これに封魔の術が封じ込めてあるの。少し発音が難しいけど……いふん・じのうす・ そなふぁん……って唱えれば、魔術を知らない者でも、周囲の魔法を打ち消すことができるの。もしこれを老ナギに接触させ、式を唱えることが出来たら、老ナギは恐らく体内の濃い瘴気によって自滅する筈……。」


 「毒をもって毒を制すってことだな。……うーんと……一番良いのは……ララコと老ナギをぶつけられればなぁ。」


 「ふふ。さすがに老ナギとララコじゃ、圧倒的にララコの力の方が強いから共倒れはないわね。でも、いい考えかも。何か、思いつきそうな予感がする。」


 今のゾナの一言は、とても大切なひらめきへと通じる何かが潜んでいた。それはちらりと目の前を通り過ぎていき、消えてなくなった。ナギは何を考えようとしたのか、思考がまとまらず……少しむず痒い気持ちを味わったが、それをそのままにした。もし本当に価値のある思いつきならば、いずれ、また思いつくだろう。ナギはころん、と横になり勝手にゾナのひざを枕にした。


 「あのさ、今度教えてよ。その魔法の言葉。いざって時に役に立つかもよ?」


 ゾナはナギをのぞき込みながら、ほほ笑んで言った。ナギは意地悪を言おうとして言えずににやにやと笑った。二人でしばらくくすくすと笑い合った後、抱き合いたいのを堪えて、ゆっくりとナギは囁いた。


 ……唯、在るがままに。いふん・じのうす・そなふぁん


 ゾナは、その全てに終止符を打てるかもしれない魔法の言葉を教わった。意味も知らず。繰り返し、繰り返し。厳しいナギ先生がOKを出すまでひたすら繰り返した。ナギは、これなら確実に封魔の杖の魔力を発動出来るだろうと確信出来るまで、ゾナにその言葉を繰り返し唱えさせた。満足した彼女は彼と唇を重ね、合格証書の代わりとした。そして、そのささやかな修行は終わった。


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