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銀盤の想い

作者: 金城 ユウ

「今日も、かわいいね」

「うん、大会の時の衣装もいいけど、制服姿もいい!」

「ますます、ペア組んでいるのがコイツというのが、納得できない」

 昼休み、自分の机で寝ていた俺が顔を上げ、好き勝手言っているクラスメイトに目を向けると、目の前にはスポーツ新聞、さらにその先にはおしゃべりしている女生徒たちの姿があった。

 共通点は、虹原天音にじはら あまねだ。現在、私立柊学園しりつひいらぎがくえん2年生16歳。CMの依頼も入るほどの美少女だ。バラの美しさと言うよりは百合(それも鉄砲百合)のような美しさだと俺は思う。

 そして、フィギュアスケート女子シングルで、いま、オリンピック出場に一番近いという評価を得て、大会のたびに日本国内だけにとどまらず注目の的だ。

 実際、本日のスポーツ新聞記事のトップも天音だ。

 ついでだが、ペアを組んでるコイツと言うのが俺、高崎優一たかさき ゆういちだ。容姿平凡、成績平凡、スケート技術平凡、俺という人物を一言で示すと「平凡」という一言で事足りる。言っていて悲しくなってきた。

 天音とは、俺が通っていたフィギュアスケートクラブに入ってきたのが出会いだ。あれが6才の時だったので、なんだかんだ10年来の付き合いだ。

 ちなみにペアでの成績は、上の下といったところで、明らかに俺が天音の足を引っ張っている。

 俺がペアの相手を探しているときに、立候補してきたのは天音のほうだし、ペアを続けるなら、「もっと、天音の力量を生かせるパートナーに、変えたほうが良い」と何度か言ったのだが、天音の方が、なぜか頑として譲らない。

 寝ぼけた頭で天音のほうを見ていると、目の前で話していたクラスメイト共が、ここぞとばかりに質問攻めにしてくる。

「なあ、虹原さんって付き合っている人いるの?」「どんな人が好みだろう?」etcetc

 機嫌の悪かった俺は、「知らない!知りたければ自分達で聞け!」とだけ言い残し教室を出た。廊下で、どこに行こうか思案していると「ゆう君」と呼ばれた。この呼び方をする人物は一人しかいない、天音だ。

「どうかしたか?」

 そういいながら、振り返ると天音が立っている。腰まで届く長い黒髪に白い肌、ちょっとおっとりしているが美人系の顔立ち、今、練習しているトゥーランドットの後半のイメージにぴったりだ。

「今日はペアの練習日だから、一緒にどうかなぁ。と思って」

 そうだった。今日こそは、はっきりとコーチを前にペアの件を相談しようと思っていたので、練習日のことを忘れていた。前もって天音には話しておいたほうがよいだろうか……

 少し悩んだ後、俺は天音を屋上に誘った。





「ペアを解消するって、どういうこと?」

「言ったとおりだよ」

 他は誰もいない屋上で、俺は天音にペアを解散することを告げた。

「俺が、天音の足を引っ張っているのは、批評を聞くまでも無い。俺自身が一番知っている。俺のカラフでは、天音のトゥーランドット姫を輝かせることができない」

 自分を卑下するような、こんなことを言うのは嫌だったが、紛れも無い事実であり、天音のためと言い聞かせる。

「違う。私はそんなこと聞きたいわけじゃない。ゆう君は、私とペアを組むのが嫌なの?」

 俺は口ごもる。「そうだ」と言ってしまえば、話は簡単なのだろうが、天音に対する秘めた想いが、それを邪魔する。

「そういうわけじゃない!でも、耐えられないんだ。俺のせいで天音が飛べないのは!俺とじゃなければ、もっと遠くに、もっと高いレベルに飛んでいけるだろう。お前は!」

 怒って俺を見る天音の双眸そうぼうに、みるみると涙が盛り上がっていき、やがて白い頬を伝い落ちる。

「だったら、何故、死に物狂いでやるって言ってくれないの?どうして一緒にやろうって言ってくれないの?」

 俺はそれに答えられずに、ただ両手を握り締めて天音の足元を見つめていた。そこに落ちる天音の涙が地面を濡らす。

「どうして何も言ってくれないの?ゆう君のばかぁ!」

 天音がきびすを返し屋上を出て行く。俺は、天音を引きとめようと突き出した右手を左手でつかまえた。「なんと言って、引き止めるつもりだ?」そう自問して、俺は右手を握り締めた。




 午後の授業はサボった。

 だいぶ時間が経って、教室に戻ったときにはクラスメイトは誰もいなかった。天音の鞄もなくなっていたから、もうクラブのほうに着いている頃だろうか……

 結局、俺がクラブについたのは、練習が始まって1時間ほど経った頃だが、更衣室に向かう途中でクラブ事務員と出会い、天音がジャンプの着地をミスって医務室に運ばれたと聞かされた。

 いそいで、医務室に向かった俺は、ちょうど医務室から出てきたコーチとはちあわせる。

本間ほんまコーチ、天音は?」

「遅刻か高崎。虹原は軽い捻挫だ」

 大事は無いと聞いてホッとする。

「だが、それより問題なのは、心のほうだな」

「心ですか?」

「今日は、細かいミスを連発するから、おかしいと思ってはいたんだが、虹原から理由は聞いた」

 心当たりがあるどころか、間違いなくペア解消の件だろう。

「コーチ、申し訳ありません」

「ま、決めるのはお前らだ。虹原とよく話せ。しばらくは誰もいないから存分にな」

「ありがとうございます」

 リンクのほうに去る、本間コーチを呼び止めて聞いた。

「コーチは、俺と虹原のペアをどう思っていますか?」

「お前たちは比翼ひよくの鳥だよ。いまのまま頑張って欲しいと思う」

 そういって笑った本間コーチの顔は、優しかった。




 医務室に入るために、いくらかの勇気を振り絞る必要があった。脳裏には学校での涙を浮かべた天音の顔が浮かんでいる。

 意を決しノックして医務室に入るとそこには、泣いている天音がいて……

「天音、大丈夫か?」

 ハンカチを渡しながら声をかける。

「大丈夫じゃないよ。ゆう君があんなこと言い出すから」

 俺は怪我のことを聞いたつもりだったのが、まあ、黙っておく。俺は、長椅子に座っている天音の隣に腰掛けた。

「何で、俺にこだわる?」

「何でって、聞くの?私のフィギュアは、ゆう君から始まったんだよ。ゆう君がいたからフィギュアが好きになれたんだよ」

 知らない人が聞いたら意味不明の言葉だが、俺には心当たりがあった。

 フィギュアを始めたばかりの頃、天音はスケーティングの基礎がなかなかできなくて、いつも半ベソかいていた。見かねた俺が、毎日居残りして教えた。

 教え始めて、それほど経たないうちに、俺を追い抜いていったけど……

「そんな昔のこと……」

「でも、そこから始まったの。ゆう君が「がんばれ天音」、「できたじゃん天音」、「すごいぞ天音」、そう言って笑ってくれるから、喜んでくれるから私がんばれたの。フィギュアが好きになれたの」

 天音は、少しだけ微笑んで。

「今でも変わらないよ。オリンピックに出たいから、がんばっている訳じゃないの。新しい技をマスターしたとき、大会で入賞したとき、ゆう君が自分の事のように喜んでくれるから、がんばってきたの。それだけなの」

 天音が、そんな想いで滑っているとは思っていなかった。だけど、俺は天音にもっと広い世界に、もっと高いレベルの世界に行って欲しかった。

 もちろん俺の中には、それに反する感情もある。天音と一緒に滑りたい、そばにいて欲しい、天音が好きだという感情……

「私、ゆう君の話を聞いて、一人でやらなきゃと思った。もっと広い世界に、もっと高いレベルに、一人でもがんばらなきゃ。って」

 今までの想いを吐露する天音は、さびしそうな、悲しそうな、苦しそうな、また泣き出してしまいそうな表情をする。

「でも、一人じゃだめだよ、一人じゃ飛べないよ、一人じゃ怖いよ、ゆう君がそばにいてくれないとだめだよ……」

 目の前にいるのは、オリンピック出場候補、最有力と言われた少女の姿ではなかった、目の前にいるのはただの女の子で、一人ではできないと泣く女の子で、片羽かたはねの鳥……比翼ひよくの鳥……

 では、もう一方の片羽かたはねの鳥は?

 考え込む俺に、不安を感じたのか、天音が声をかけてきた。

「ゆう君?」

「ごめんな。俺は、自分が傷つくのが怖かっただけ……なんだろうな。天音がそばにいてくれるのに、一人で滑ってる気になって、弱気になっていた。なあ、まだ間に合うか?天音と一緒に世界を飛べるかな?」

 隣の天音が立ち上がったかと思うと、俺は天音にギュっと抱きしめられた。天音の甘い香りと、ぬくもり、やわらかさが優しく俺を包む。

「私は、ゆう君を信じている」

「うん、ありがとう天音」

 俺も、天音の背中に手を回し、抱きしめた。




 演技を終えた俺と天音は、本間コーチと共にKiss and Cry(キス アンド クライ)で結果を待つ。

 あれから、死に物狂いでがんばって、ペアでもオリンピック出場の可能性が出てきた。でも出場するには、この大会で優勝するのが最低条件となる。

「ゆう君、緊張しているの?」

「当たり前だ。この結果で決まるんだから」

 天音が俺の首に手を回し、天音の顔がアップで迫ってきた。そして、唇にやわらかくて暖かい感触。

 天音にキスされたと気が付いて、顔が真っ赤になる。

「お、お前は、人前で大胆な真似を……」

「私のために、がんばってくれた、ゆう君にご褒美」

 微笑む天音を見て、緊張がほぐれた。

「ゆう君」

「うん?」

「大好きだよ」

 天音の言葉にまたしても、顔が火照るのがわかる。

「ちょっ……おま……」

 いや、そんなことを言いたいのではない。そんなことを伝えたいのではない。

 必死に言葉を探す。でも見つかる言葉は、どれもシンプルで……

 俺は、天音の頬に両手を添えて、天音の双眸そうぼうをまっすぐに見つめて。

「俺も、天音が大好きだ」

 今度は、俺のほうから唇を求めた。




fin



最後まで読んでくれたあなたに、感謝を。

この話、週間少年マガジンで連載中の『キス☆クラ Kiss&Cry 瀬上あきら/作』を読んでいて思いつきました。(あの話が、どうやったらこの話に化学変化を遂げたのかは私にもわかりません)

ですから、キャラの外見イメージとしては、高崎優一=高原志葵、虹原天音=七瀬凜、そのままだったりします。

私の場合キャラを作るときに、外見設定だけでなく過去まで設定してキャラを作りこみますので、性格は別物になりました。(ここまで作りこむと、キャラが勝手にストーリーを転がしてくれるので)


フィギュアスケートに関しては、TVでやっていれば見る程度なので、まったくのド素人です。(簡単な知識や、トゥーランドットに関しては軽く調べましたが)

ですので、オリンピックで、シングルとペアの両方の代表になれるかどうかなど、まったくわかりません。

なれないよ。と言うことであれば、並列世界とか別世界のお話で、その世界では両方の代表になることが可能ということで(笑)


一行でも感想がいただければ、私が泣いて喜びますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして。赤井 紅夜です。  感想というか批評というか。  ストーリーとしては楽しませていただきました。  トゥーランドットについてきちんと調べていたことについても好感が持てました…
[一言] 医務室での葛藤が一番よかったです。 彼女の力を知っているだけに上へ行ってもらいたいと望んでいるのは本当だけれど、 その奥にあるのは自分がそこへ連れて行けない負い目があるのは 読んでいて主人公…
[一言] 面白いと思いました。 せっかくフィギュアスケートを設定しているので、スケートのシーン欲しいです。
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