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ラハティ L-39

 休み時間に直持は、学校新校舎から裏手に広がる植物園を眺めた。

 自然の山と人工物の線路に挟まれ少し窮屈にも感じるが、見方を変えれば公園としてコンパクトに整っている。

 園内に設置されたイルミネーションの機器は、まだ燐いていない。クリスマスを狙った飾り付けなので、最近は平日の夜も暗いままだ。

 だがシーズン中となれば、日が沈む前から人が集まり早々と輝き始める。


 ここ一ヶ月、イルミネーションは電源を入れられていない。

 それが数日後、また燦めき始める。

 二月十四日。恋人たちのために輝き始める。


 そこに比奈子と共に立ち、照らされる自分を想像して直持は浮つく自分の心を抑えられない。


 比奈子は美人だ。校内で一番と言えば、だいたいの生徒が首肯くだろう。

 そんな彼女が、直持を誘ってヴァレンタインデーに一緒に行こう言ってくれた。

 悪い気はしない。嬉しいくらいだ。


 今まで、ほとんど無意味な競い合いに付き合っていたのも、こうなってみると割りと楽しかったと思えてきた。

 ミニテストの点数を競い合うなんて毎回の事だ。いつどこで勝負をかけられるか分からない。早起き合戦など、思い起こせばモーニングコールと代わりない。


 おもちゃを自在に直せるとはいえ、他は取り分けて優れた学生というわけではない。なのに、あれほど器量のいい女の子が、直持を気にかけてくれる。

 世話を焼いてくれるわけじゃないが、いつも理由を付けて隣りにやってくる。そして勝負だと言って直持と同じ時間を過ごしてくれる。


 ――これはもう付き合ってるも同然じゃないか。

 

 直持は改めて二人の関係を客観視して、そう結論をだした。

 男の悲しい勘違いかもしれないが、それも仕方無いくらいに二人は親密だ。


 進学校ということもあり、美少女が直持を構ってもさほどやっかみなどはなかった。皆無というわけではないが、勉学を優先している生徒が多いので直接的に嫌がらせしてくる事はない。

 せいぜい嫉妬の視線が稀に飛んでくるくらいだ。


「おいおい、どうしたナオザムライ。まさか比奈子ちゃんからヴァレンタインデートにでも誘われたのかい?」

 廊下でだらしなくニヤける直持を見つけた市野丞が、シニカルに口元を釣り上げて声をかけてきた。


「うん、そうなんだ」

 直持は丞のからかいを肯定した。


「そりゃそうだよな。そんなわけ無いよ……な。……ん?」

 否定されると思っていた丞は、思わずデートなど誘われていないという前提で話を続けようとして首を捻った。


「ナオザムライ……。オレの耳が確かなら今、矢大字直持氏が須磨比奈子殿からデートに誘われたと言う質問に対し、そうであると答えたという事でよろしいかな?」


「はい、よろしいです」

 丞の妙な口調に、直持が律儀に答えた。


「しかもそれがヴァレンタイン当日とな?」


「まさにそうであります」

 軍人口調で直持が返す。


 電気の通っていないイルミネーションをニヤニヤと見ている直持をしばし凝視し、丞は諦めとも歓びともつかない複雑な表情で頭を掻いた。


「あ~……いずれはそうなるとは思ってたが、いよいよ仲良しライバルから一歩進展か……」

 嬉しいような悔しいようなと、微苦笑で丞は直持と並んで窓から空を仰いだ。


「俺、転生したら異能力が欲しいんだ」

 唐突に、丞が中二病に目覚めた発言をした。


「……どうした? 頭が悪いのか?」

 ニヤついていた直持が怪訝な顔で親友の顔を覗き込む。 


「電磁波を発する程度の能力が欲しい。電磁波で周囲のチョコを溶かし尽くしたい。人間電子レンジでヴァレンタインの進撃を駆逐するんだ」


「……そ、そうか」

 複雑な表情だった丞が一転して爽やかに笑ったので、直持は思わず身を下げた。


 微妙な空気が流れたところへ、化学教師の大河内が通りかかった。大河内には幼い息子がおり、おもちゃをよく壊す年頃なので、直持のおもちゃ修理業のお得意様だ。

 その大河内の表情は暗く、どこか疲れきっている。


「……お、矢大字か。……ミキサー車の修理ありがとうな。息子も喜んでたよ……」

 そういう大河内の表情はまったく喜んでいる人物の顔ではない。


「ど、どうしたんですか? 先生。ミキサー車になにか問題が?」

 直持はお得意様の意気消沈ぶりに、思わず心配の声を掛けた。


「ん、いや。なにもないんだ。ソレは……な。こっちの問題なんだ。うん……」

 力ない大河内の言外から、他に問題があるから相談に乗ってくれという意味が聞こえる。


「いやな……嫁がな……オレが趣味のモンを買ったらな……怒って何処かに隠したらしんだよ……。ラハティ L-39 対戦車銃を」


「ラハ……? なんスかそりゃ?」

 呆然とする丞の顔をチラリと見た大河内が、深い溜息と共にテープでも吐き出すような長説明を始めた。

 

「65口径長という長銃身のクソ重いフィニッシュな対戦車銃。限界射程でも60°の傾斜16mm装甲鈑をぶち抜く通称“ノルスピィッシィ”。流石フィニッシュだけあって雪上戦を考え銃身にソリを付けるという粋なフォルムと、雪上外の運搬にはテコのように銃身を押し上げて丸太を運ぶかのような不便性が合わさった埒外銃だ。日本じゃモデルガンが市販されてなくて欧州のコレクターから買い取った友人から譲り受けたんだけど、嫁が邪魔だと怪力で持ち上げて攫っていったんだ……。帰ってきた嫁の車にはもう……影も形も……。くっぅ!」

 感極まったのか、大河内は涙を袖で拭った。


 半分聞き流していた直持と丞だが、嫁さんがデカイモデルガンを何処かに捨てたかどうにかしたのだろうという事は理解できた。


「そういうわけだ、直持。嫁も捨てたということはないだろうが、綺麗なまま帰ってくるとも限らん。その時は……たのむ」


「は、はい。わかりました」

 力強い直持の声を聞き、大河内も落ち着いたのか輝きを取り戻した目で深くゆっくりと頷いて見せた。


「お前がうちの生徒で本当に良かった。くぅっ!」

 再び感極まった大河内が、直持の肩を抱いて男涙を袖で拭った。

 

「……ほんとお得意さんだな、この教師」

 二人の様子を見て、丞が呆れた口調で呟いた。


 

 

化学教師 河内山の名前出すの忘れてました。

2/14訂正 大河内でした…名前出してましたね。

名前の元ネタは天保六花撰からです。市野丞と直持もそこからです。

本当は六人キャラいたのですが、だいぶ初期のプロットで削りました……

2/14追記 河内山から大河内に変えてたのすっかり忘れてました

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