愛の爆弾
再開です
「ねぇ、何してんの?」
立ち荒ぶ直持の背に、愛らしい声で疑問が投げかけられた。
驚き振り向くと丞と、ちょっと落ち込んだ様子で後ろを見る直持。この寒い中、アイス片手に持った比奈子がいた。駅前なので知り合いに出会うのも当然だ。
不味いところを見られたかなと、丞が直持の横顔見て心配した。
「……いや、別に」
直持は視線を比奈子の目から僅かに逸らした。彼女が片手に持つアイスを特に見つめる。
「ん? あげないよ?」
何を勘違いしたのか、比奈子はアイスを直持の視線から外した。そのせいで胸元をみる形になったので、直持はアイスを追いかけるように視線を逸した。
「俺はこの寒さと風の中でアイス食べるなんて奇特だなと思ってるだけなんですが」
「私はつまらない無理矢理なダジャレを人の多い駅前で言う奇特な男の子がいるなと思っただけですけど?」
比奈子が笑顔で切り替えした。その愛らしい笑みを相まって、酷い返り討ちを受けた直持が胸を抑えて悶えた。
「ぐはぁっ!」
「……仲いいよなぁお前ら」
心配して損したと丞が嫉妬混じりに呟いた。
「ど……」
「どこがっ……!」
ノリで強く否定した直持に対して、比奈子は言葉を飲み込んで視線を逸らす。
あれ?っと直持と丞が比奈子の素知らぬ振りをする横顔を見た。
「……あ、そうそう。私とどこが仲いいのかしら? さっきのお姉さんとのほうが仲良さそうだったけど?」
視線に耐え兼ねたように、比奈子が思い出したよう直持を責める。
「やっぱ見られてたのか」
丞が竹刀袋を担ぎ直した。
「何帰る気になってるんだよ!」
直持が友人の手を引く。
「いいじゃねぇか、二人きりで弁明しろよオレ巻き込むな、つーかもげろ!」
「何がっ!」
「あ、いいね、それ勝負。弁解で私を納得させられるか勝負ね」
比奈子が閃いたと表情を明るくさせた。
「いや、良くない。君が納得してもしてないって言えばそっちの勝ちじゃん!」
「あー……ごめんごめん。それじゃあ次の勝負を決めようよ」
比奈子をそう言って、直持の手を遠慮無く掴んで引いた。
「え? あの……」
思わぬ反撃? に直持は逆らいもせず連れて行かれる。その先は駅前のバス停だ。近くのショッピングモールまで行くバスがちょうどロータリーに入ってきた。
比奈子は強引に遊びに行くようだ。直持は戸惑いながらも
「なんだ、このチクロみたいな甘さ」
普通の恋愛とは違うかもしれないが、恋愛と全く同じ甘さが漏れ出している。丞はその甘さを認められず、チクロなどと甘味料としては些か問題のある例を出した。
実際、彼には毒だ。
丞は手を振ってさよならを小さく言った。
*
バスが走り去るところを見送りながら、直持は感慨深く思う。
――そういえばそろそろヴァレンタインデーだなぁ。
バス後部のラッピング広告はヴァレンタインデー一色だ。アイドルたちがチョコを持って立ち並んでどこかの誰かに向かって(主にカメラに向かって)微笑んでいる。
彼女たちの持っているチョコが全て板チョコなのは、義理だからなのだろうか? 手作り(溶かして型に入れるだけ)基本の板チョコだというのだろうか?
普通、あれをもらったら一口チョコよりちょっとマシな程度である。というか場合によっては一口チョコの方がいい。
ショッピングモールもヴァレンタイン一色だ。プレゼントに最適な商品をウィンドウ側に並べるのは当たり前。飾り付けから流れる音楽までヴァレンタインを意識している。
クリスマスの時から使い回しのイルミネーションもご愛嬌。
ヴァレンタイン商戦を背景にした比奈子は目の毒だ。心の毒だ。
彼女が本当の恋人になってくれればいいのに。
このヴァレンタイン一色なショッピングモールを見て、少しでも意識してくれればいいのに。
直持にそんな勝ってな思いが湧く。
期待と不安の視線の先にいた比奈子が、無邪気に駆け出した。輸入菓子店の前までいくと、店先の商品を指差して笑って振り向く。
「ねえ、見てみてこれ! 爆弾チョコレートだって。変なの~」
ヴァレンタインを意識してる様子がない。頭で理解してて、心では気にしてない。そんな感じだ。
直持は男の期待をぶち壊された気分だった。
そこそこのプライドや自尊心が砕ける。
「愛の爆田チョコレート?」
「ナオくんの目は腐ってンのかい!」
比奈子が鋭く突っ込む。
「それ容器なのよ」
店内から大男がのっそりと姿を現した。
どう見ても男なのに、軽いメイクをしている。それがまた整っているのでムカつく。しかもオカマ口調がまた野太い。ふざけているのかと思えるほどだ。
直持は一歩下がって店名を読んだ。
cacao no kama.
カカオのオカマ。
「あー」
直持は店名に納得して膝を打った。
そんなオカマの店員が、見本を持って二人の間に割って入ってきた。
手早く容器を分解すると、中から袋詰めのチョコが数個ほど転がり出てきた。
「このチョコはサンプル。こいつの中に愛の詰まったチョコを作って、その中にいっぱい詰めるの。ソコにステキなカレシにプレゼントしてね。カレはカレで優しく丁寧に、ちゃぁんと開けないと、すぐにドカン!」
組立直した容器を、無理矢理にこじ開けて見せた。
すると歯車とバネによる機械音がなり、中身のチョコサンプルが周囲に飛び散った。
「こうしてせっかくのチョコがばらばらになっちゃうのよ。見ての通り、ヨーロッパで流行ってる爆弾チョコレートみたいに火薬じゃなくて、安全なバネ仕掛けだから、ちょっと派手に散らばるくらいだから安心よ」
「わー、面白ーい」
比奈子は結構単純に喜ぶ。いつも笑っている。
その横顔をいつもとなりで見れる特権は、誰にも譲り難いものだ。直持は今の関係にもどかしさを感じているが、不満はない。
できればいつまでも続いて欲しい。
「念のため、ひとつづつ袋に入れておけばチョコも無駄にならないわ。そして彼に裏切ったら…」
得意げに説明する店員が、バラバラになった爆弾チョコレート容器を握りしめた。
「爆殺するゾ! ゴラァッ!!」
妙に迫力のある声で言った。直持が退いたのに対し、比奈子は微笑んでその怒声を受け流す。
「みたいな? って、意味で渡してもいいんじゃなぁい? まあ貴女みたいな可愛い子なら、カレシも浮気なんてしないと思うけど」
店員のお世辞なのだろうか。いや、誰の目からみても比奈子は美人で可愛い。お世辞のわけがない。
周囲の目を比奈子が誘引する。隣にいる直持を見つけて嫉妬する。
ちょっとした優越感。直持は高校生らしい未熟な心の中で、自分の立ち位置を少しだけ誇る。
「それに、その爆弾チョコレート容器に書いてあるけど……」
店員は比奈子の持つパッケージを指差して言った。
「これは愛が強いほど威力が増すのよ」
真摯にその仕掛け容器を眺めていた比奈子が、何か思いついた様子で呟く。
「……ヴァレンタインで勝負できないかな?」
「え……何?」
「ううん……。なんでもない」
顔を覗き込まれた比奈子が微笑み返した。直持は慌てて目を逸らす。
その青い光景を見た店員が、エプロンから二枚のチケットを取り出した。
「あなたたちに、この割引券あげるわ」
星のような光りが印刷された割引券。ありふれてありがたみのない百円割引券だ。
「あ、これ学校裏の……」
直持たちが通う学校の隣りには、大きな植物園がある。花の無い冬は、地方ながら大規模なイルミネーションで飾り立て、数万人を呼び寄せる一大観光地だ。
「一月でイルミネーションは終わりなんだけど、ヴァレンタインデーだけ復活するのよ。まあイルミネーションはクリスマスカラーのままなんだけどね」
がっちりメリークリスマスと英語で書かれたイルミネーションが、直持たちの学校からも見える。電車からも見える。新年でもヴァレンタインデーも大人の事情でクリスマスのままだ。
一応、会場内のサンタやトナカイは別の物に変わっているらしいが。
「やったー。ありがとね、おねーさん」
オカマ店員をおねーさんと呼ぶとは、比奈子は鍛えられている。
「どういたしましてぇ」
ご機嫌の店員から割引券を受け取り、比奈子は直持に二枚とも渡した。
「……これはまさか」
「入場料はナオくん持ちで」
「そっちかよ!」
てっきり二人で行くお誘いかと……いや事実そうなのだが、飛び越えて入場料持ちを押し付けられた。
内心では一緒に行く事が勝手に決まり、嬉しくもありそれが顔に出てニヤついている。
それに気がついたのか、比奈子の表情がちょっと真面目になりそして嬉しそうに綻ぶ。
仲いいわねぇと微笑ましく見てくれる店員さんの目が痛いと、直持は身構えた。
店員にお礼をいい、ウィンドウショッピングをし、ドーナツの食べて、ゲームセンターで軽い勝負をいくつかしているうちに空が暗くなり始めた。
そろそろバスに乗らないといけない。田舎すぎて遅くなるとバスがないからだ。
「ねえ、考えたんだけど」
バスを待っていると、ふと思い出したように比奈子が言った。
「ヴァレンタインで勝負しない?」
「…………どうやってだよ」
ヴァレンタインはチョコだけくれればいいです。そう言いたかったが直持は思い留まった。
「ほら、どっちのチョコが多いかって」
「キミは女だろ」
「そうでした」
仮に勝負するにしても、今は友チョコとかあるし、それは完全にノーカウントにしないといけない。男同士で友チョコなど無いから、圧倒的に不利だからだ。
「じゃあ、じゃあ。あたしが配るチョコと、アナタが貰えるチョコの数で勝負ね」
「ちょ、ま! ふざけんなよ! お前が誰かまわず配れば勝ちじゃねーか!」
「あー、じゃあさぁ…」
可愛らしく口元に指を当て、考えて見せる仕草をした後にニヤリとした悪い事を思いつたような目を直持に向けた。
ころころ表情が変わる。悪い顔もいたずら好きな子供らしいあどけない表情だ。
どうして彼女はあの手この手で、直持の心を掴むのか。
――どうせだったら、一言好きですと言ってくれればいいのに。
そう考える直持だったが、彼女が本当に自分を好きなのか分からないのに都合のいい妄想だと自己嫌悪する。そして自分から言えばいいのにと、情けなさを卑下する。
「いいこと考えた。私の配る本命の数。アナタがもらえる本命の数。その本命の数だけ…ってしない?」
圧倒的に比奈子が不利な提案。
比奈子が誰かにあげる本命など、どうしたって一つしかない。それが誰の手に渡るか分からない。だが対して、望みが低いとはいえ直持は本命を二個以上貰う可能性が、ゼロではないのだ。
もっとも直持は本命など貰ったことないのだから、限りなくゼロに近いが、それでも勝つ可能性がある。
「どう?勝負する?」
比奈子には引き分け以上がない勝負だ。
「ああ……受けて立つ!」
比奈子は、直持が本命チョコを一個も貰えるわけがないと考えている。そうに違いないと直持は考えて、この勝負を受けた。
「この勝負。もしも、アナタが勝ったりしたら許さないから」
バスが到着した。エアー音とブザー音がなり、ドアが開いた。言い残した比奈子は先にバスへと乗ってしまう。
「……え? どういう……意味?」
どうとも取れる言葉に、直持は混乱した。
慌てて追いかけて、比奈子に訊ねた。
「言ったままの意味」
ウインク一つを残して、比奈子は跳ねるように、そして嬉しそうにバスの席に座る。
バスに先に乗っていた人の目もあるので、直持はそれ以上聞けない。
比奈子も分かってるでしょ? って顔で直持の顔を見上げていた。
――そういう意味なのか?
どんな男でも勘違いしても、早とちりしても仕方無い。
比奈子の言葉はそういう言葉だった。
長く放置してましたが再開です。ほんとすみません。
2/14までには完結させたいなぁ……。一応全体的には書いてはいるのですが……。