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145勝238敗4分の少年

 寒さが染みる辛い朝がやってきた。


 冷たい空気と朝六時を指す時計。カーテンから漏れる朝日で浮かび上がる埃。左右の壁の棚に溢れかえるおもちゃの山。ベッドで眠る少年。メールを知らせる着信音とスマートフォンの液晶が放つ光。

 身を捩る少年――矢大字やだいじ 直持なおもちはメールで起こされた。

 もそもそと耳元のスマートフォンを操作して、メールを読む。


『いつ起きた?』


 短い一文だった。

 クラスメイトの須磨すま 比奈子ひなこからのメールだ。二学期もそうだったが、比奈子は毎朝こうして迷惑なメールを送ってくる。

 去年まで単なるクラスメイトだった比奈子は、今や直持のライバルとなっている。


 いや、比奈子が勝手に直持をライバル視して張り合ってくるのだ。


 直持は「今、起きた」と短く返信すると、もそもそとベッドのから身を起こす。床に足を下ろす前に、比奈子からメールが着信した。


『じゃあ、私の勝ち』


 液晶画面には、比奈子の勝利宣言が表示されていた。


「勘弁してよぉ…」


 直持は携帯を投げ出し枕に突っ伏した。


 冬休みが開けた始業式に、比奈子はライバル宣言をしてきた。そして即日から、くだらない勝負の連続が始まった。

 今日のような早起きメールから、早食い大食い、学校までの競争。飽きずにこうして半月も続いている。

 直持も律儀に付き合う必要も義務もないのだが、女の子相手ということもあってそうそう無碍むげにもできない。可愛い女の子なので、もちろんちょっとくらいは下心もある。だが、そういうのとは違った優しい感情もある。


 直持という少年は、生真面目で人から嫌われるのを特に避ける。悪く言えば、いい人面するのが板についているのだ。

 早朝勝利宣言メールなど我慢できる範囲だと自分に言い聞かせ、寝巻き代わりのスウェットの上に半纏を羽織り、暖かい天国のようなベッドから起き上がった。


 短い前髪を無造作にかき上げ、幼い顔でめいいっぱいあくびを一つ放つ。柔和な目元に涙が溢れ、男にしては小さな口をむにゃむにゃとさせて次弾のあくびを咬み殺す。


 ワンDK。部屋は八畳の和室と日本では有り触れたアパート。

 彼はここで親元を離れ、一人暮らしをしている。実家は近県の山奥なので、通学の便を取ってアパートの一室を借りている。

 駅は近く寂れてはいるが市の中心。手狭な事を抜けば悪い立地ではない。


 足元に散らかる部品を踏まぬように、足を下ろして顔を洗いに洗面台へと向かう。

 直持の部屋は玩具で溢れていた。


 生活スペースが圧迫されるほどの量と、同時に生活感の無い空間で彼の部屋は出来ている。

 無味乾燥なスチール棚には、世代も種類も趣味も異なる玩具が整然と並び、他人の名が記された札が下がっていて直持の持ち物でない事を示していた。

 それらはベッドを挟んで部屋の左右に分けられている。右は壊れた玩具、左は直した玩具と区分され、床には宅配便の梱包用ダンボールが散乱していた。


「あー、やっべー。今日の発送分、宛名書きしてないや」

 気だるそうに書類入れから送り状の束を取り出すと、急いでスマートフォンのメールを確認しながら宛名を書き始めた。


 直持はいつの頃から持っている特技で、ちょっとした小遣い稼ぎをしている。玩具の修理という仕事だ。


『ワンコイン五百円で、おもちゃを直します』


 そんな文言でホームページを造り、せっせと副収入を稼いでいる。


 ゲーム機などのデジタルなおもちゃは無理だが、おもちゃなら大きな欠損がない限り簡単に直しまう力を直持は持っている。

 これを知っているのは親しい友人一人と両親だけだ。

 

 直持はねむけまなこ擦りつつメールを確認し、近くに無造作に置かれたクマのぬいぐるみを手に取った。

 無理難題の依頼を、クマのぬいぐるみの主人は直持に要求していた。


 クマのボタン目が無残に割れている。貝ボタンはなかなか同じ質感が無く、単純に取り替えても雰囲気が変わってしまう。

 しかもアンティークであるクマのぬいぐるみは、独特な風合いを持っていてボタンも同様に変質している。本来、貝殻は変質の少ない生物体部品だが、強いアルカリに晒されればその限りではない。十%の酢などに触れれば、表面の変質が起きてしまう。


 同じ質感を持つ貝ボタンを探すとなれば、関東一円の手芸店を探し回る羽目になるだろう。


 だが、直持の手にかかれば――。 


 床一面に並べられたダンボールの中で壊れた玩具、そして棚に整列したぬいぐるみや超合金、ソフトビニールの人形やバット。押し車やミニカー、水鉄砲からモデルガンなど多岐にわたる玩具たち。


 その中心に直持が立つ。

 

 直持は意識を集中して、目を閉じた。すると、彼の右手が不思議な輝きを放ち始める。

 光は手にしたクマのぬいぐるみを包み、だんだんと部屋に広がっていく。

 白く淡い光が部屋の中で四散して消えうせると、先ほどまで壊れていたクマのぬいぐるみが修復されていた。くたびれて居た布地はそのままで、割れていたボタンの目が質感もそのままに真円へと戻った。


 その光景は、救世主が奇跡で傷病に苦しむ人々を救うような姿であった。


 直持は玩具たちを見回し、満足げに笑みを浮かべた。気のせいかもしれないが、彼は玩具たちから感謝の念を受け取ったのかもしれない。そんな達成感のある笑みだ。

 直った玩具を順番にダンボールへ収め、送り返す今日の分だけを玄関に積み上げて食事の準備を始めた。


 神がかり的な力を持つわりに、直持の朝食はトーストとスクランブルエッグにトマトと質素である。

 男子高校生の一人暮らしでは無理もない。


「いただきます」


 今まさにトーストを口に入れようとしたとき、ガラガラと台車を押す音がドアの外から近づいてきた。


「おはよーございまーす。シロネコでーす」


 明るい挨拶とともに若い女性が、いくら鍵が開いてるとはいえノックも無く勝手知ったるとばかりに、アパートの玄関が開け放った。


「あー、ナオっちはそのままそのまま、ブレイクファーストしてて。あたしがぜーんぶやりますからねー」


 彼女はシロネコ運送会社に勤める新堂 晃子。週に二度、こうして直した玩具の受け取りにくる。

 高い集配率のため、直持の家はシロネコ運送の定期巡回路に含まれている。


 直持は晃子のお言葉に甘え、朝食を進めることにした。 

 

 晃子は玄関に置いたままの配送カードを読み取り機に通し、送り状のバーコードにスキャナーで読み取っていく。


「いつもすごいねー、この修理の量。これをワンコインで直しちゃうっていうんだから、慈善活動もどうぜんだよねー。もっと高いお金取っちゃえばいいのに。マニーマニー」


 フレンドリーな晃子は直持に下世話な話しを持ちかけ、ウィンクと短い舌を見せながらお金の意味を表すマークを親指と人差し指で作った。


「取るところからは取ってるよ。それに運賃は相手持ちだと、それなりに儲かるんだよ」

 直持はアパートの家賃から光熱費に食費、一切の生活費から遊興費までを玩具修理の収入で賄っていた。


「はぁ、手先が器用だとスゴイねー。あたしも大もうけしたーい」

 晃子はバーコードスキャナーをぶんぶん振り回し、駄々っ子のような仕草を見せた。とても二十歳を過ぎた女性には見えない子供っぽさである。

 直持は晃子にはもちろん特殊な技能……不思議な光で玩具を直せるということを教えていない。不可思議な力を隠し、社会から身を守る意味もあるが、この特技を誰かに教える事に意味を見出していないからだ。


 当然、周囲の人は直持が特別器用だと思い込んでいるし、またそう思わせるように会話を合わせている。


「手先だけじゃダメですよ。いい道具も用意しないと。これが高いんですよ」


 などと直持は適当なことを言う。確かに様々な道具を用意してはいるが、新品同様なので調べればすぐバレるだろう。


「あーん。初期投資も必要なんですね。お金を稼ぐのは死ぬ思いねー」


 赤い髪をクルクルと弄りながら、晃子は残念そうね送り状を取り分けた。


「じゃあ、今日の分を預かりますねー。次は来週ねー。なんなら出社前に直で来て朝食も作ってあげようか?」


「い、いえ結構ですよ。ていうか、そういう出社システムないでしょ? 晃子さんの会社」


 以前、好意で貰ったカレーの味を考えるに、悲惨なことになりそうなので直持は晃子の提案を断った。


「まあ、そうなんだけどねぇ」


 笑顔で荷物を台車に載せながら、晃子はふと不思議そうに部屋を見渡した。


「あれ? 壁紙変えた?」

「はい? いえ、そんなことないですけど?」


 納得しない様子で部屋を見ていたが、晃子は急に我に帰った。


「は、いけない! 男の子の部屋を眺めるなんて乙女としてイケないシチュエーションだわ!」


 なんだかよくわからない事をいいながら、晃子は台車に全てのダンボールを載せて玄関の外に出た。

 そもそも乙女は、ノックも無しに男性の部屋を開け放ったりしない。と直持は言いたかったが、ご飯と共にその言葉を飲み込んだ。


「では責任もって、世界の子供たちにお届けしまーす」


 晃子は帽子を脱いでお辞儀をすると、玄関を閉めてガラガラと台車を押して走りさった。


 ふざけた調子で去っていた晃子だが、確かに彼女の言った事が気になった直持は、部屋の壁に手を当ててみた。狭いので食卓からちょっと伸ばせば手が届く。


「……そういえば壁が綺麗になったような?」

 

 などと首を傾げて壁紙を撫でていたところに、比奈子からメールが届いた。


 スマートフォンの画面を見ると――


『駅にて待つ! ていうか、私の勝ち!』


 の、一文。


「……もういるのか」


 直持は駅まで五分の立地条件ながら、比奈子にはいつも負けている。いや、あまり勝負しているつもりは彼にはないのだが、比奈子が勝負勝負とうるさいのだ。


 壁紙は気になるが、朝の時間は貴重である。いそいで学生服に着替える間に、壁紙の事はすっかり頭の中から消えうせていた。


 直持はマフラーで白い息ごと首を覆うと、駅に向かって自転車を漕ぎ出した。


 きっと、電車に乗ってからも何か勝負の話を持ちかけ、高校最寄駅に着いた時にも勝ち負けの話しをしてくるに違いない。


「あーあ、また勝負の一日か……」


 直持の勝ち負けに溢れた青春が、今日もまた始まった。


 238勝145敗4分。


 メールには、律儀に昨日までの比奈子の戦績が追記されていた。




 


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