2人なら戦える
連載再開します。
曲がった釘と裂けたトタン板。
切断された短い鉄骨、捻れて絡まる鉄筋。
かけたブロックにコンクリートの塊。
そんな物を寄せ集めて悪意を込めれば、こんな姿になるのだろうか。
瓦礫で出来た瓦礫の山に立つ人形は、悪意ともに鋭利な瓦礫の指先を直持に向けている。
いつも快活な比奈子だが、今は居並ぶマネキンと同じように無言で立ち尽くしていた。
比奈子が怯えるなりしてくれれば、直持も勇気を奮い出せただろう。比奈子が聡く直持の手を取って引いてくれれば逃げる気も起きただろう。
一番嬉しいのは、比奈子が「ドッキリだよ」と言ってくれる事だが……。
彼女が「ナオくん」と口を動かしてくれない。
名前を呼んでくれない。
言葉を発してくれない。
比奈子のガラスの瞳を覗き込み、直持を拳を握り締めた。
あまりに非日常過ぎて、直持には冗談を言いたかったが飲み込んだ。落ちていた鉄パイプを拾い上げる。
もはや誰も冗談ともドッキリだとも言ってくれないだろう。
それが分かる。
無力であるとも分かる。
自分だけでなく、鉄パイプも無力であると分かる。
ケンカですら勝てる自信がない。だが不思議と逃げるという気持ちが湧かなかった。
きっと隣に比奈子がいるからであろう。
だが、直持はしっかりとパイプを握りしめて、見よう見まねの正眼の構えを取った。
剣道の経験など無い直持だ。
剣道部の市野とジャレる程度で、箒を竹刀にして遊んだくらいである。
頼りなく、不安ばかりを誘う構え。
だが、その構えは拙いながら、恐怖では震えてはいない。
「おっと、あまりの展開に頭がついていけなくなってしまったかね? ナオザムライくん。素敵で的確な行動だよ、それは。かっこいいね。戦うっていいね。逃げ道ないもんねぇ……。そりゃ命乞いするよりそっちの方がイケテルね、ノッテルねぇ、テルテルお電話下さいだねぇ」
瓦礫の王は感心したのか、直持の構えを満足そうに眺めている。
「おっと、そうだ。今のうちに断っておこう」
おどけた態度で両手を広げ、大げさな仕草をしてみせた。
「ここにある瓦礫は全て俺様だ。俺様のモノだ。瓦礫が俺様なんだ。俺が……俺様がガレキだ!」
魔王がそういうと、鉄パイプはぐにゃぐにゃと折れ曲がり始めた。
「うわっ! な、なんだ!」
慌てて直持が投げ捨てると、鉄パイプは足元で歪な球形へと変貌していく。
ゴムホースの塊のようになった鉄パイプが、坂を転がって登り瓦礫の王の足元へとたどり着いた。
「だから、お前の武器は拳一つだ」
パイプの成れの果ては、飛び上がって瓦礫の王の肩に張り付く。
先ほどまで、直持の手の中で武器となっていた鉄パイプが、瓦礫の王の身体の一部となってしまった。
ガラスと針金と釘の王冠が、鈍く危険でギラギラとした光を燈す。
あまりにも直持は無力だ。
だが、徹底して異質な状況。そして瓦礫の王の常軌を逸脱した発言。比奈子が人形だったという事実。それらが直持の心を潰し、押し出されたような笑いが出てきた。
乾いた笑い声を聞き、瓦礫の王の動きが止まる。
「……なるほど、ゴミ溜めの王様か」
恐怖心が麻痺したのか、挑発するような言葉が直持から漏れた。
いや声は震えている。まだ恐怖心はある。
だが、一歩も引かないと言う気持ちが自然と口から出てきた。
「言うねぇ……。とはいえ――いやはや、ホントその通りなんだが」
見下していた魔王の目が、そっと細まる。まるで虫けらを見ていた目が、エモノを見つけた時のように。
その視線を避けようと、直持は身体を傾けた。嫌悪感からの行為だ。
直後、何かが直持の横を飛び抜けていった。
ドスッ……とサンドバックに硬く重い何かがぶつかるような音が、直持の後ろで響いた。
目の前の化け者から視線を逸らすなど危ない行為なのだが、それでも直持は振り向いて見た。
比奈子が立っていた場所に誰もいない。
後方に吹き飛ばされ、倒れる比奈子の姿があった。
「須磨さんっ!!」
慌てて直持は倒れる比奈子に駆け寄る。
その光景を楽しそうに見下ろし、瓦礫の王を肩を落とす。
「おっと、ちょっと痛い目に合って泣いてもらうかと思ったんだが……外したか」
直持は化け物に背を向けて駆け寄り、比奈子を抱き起こした。
――軽い……。
彼女の手に触れたことは何度もあったが、抱えたことはなかった。こんなに軽いとは異常である。
本当にマネキンのよう――。
直持はそこまで考えて頭を振った。
彼女が人形であると思いたくなかった。
だが手に伝わる重さも感触も、人間とは思えない。
「――っ!」
抱き起こした比奈子の身体に、ありえないモノを見つけて直持は言葉を失った。
空洞があった。
何かがぶつかった衝撃で、首元に穴があいたのだろう。
そこには空洞があった。
なにもないという内部があった。
本来あるべきの肉がそこにない。
凄惨な結果になっていないことを安心する一方、人間でないという証拠に直持は混乱した。
首元にぽっかりと空いた穴は、彼女を人間だとは言い切れない事実だ。だがもしかしたら偽物とすり替えられた可能性もある。
どこかに須磨比奈子がいるかもしれない。
「もしかして……」
直持は壊れた比奈子の身体を直すため、自分の力を信じて使ってみた。
彼女が人形とは未だに信じきっていなかったが、もしも直ったのあれば――。そんな事を考える間もなく周囲の瓦礫がいくつか消えて、比奈子の身体に空いた穴がふさがった。
すると、今まで光を失っていた比奈子の目が輝き始めた。
まるで人間に戻ったように――。
だがまだその身体は軽い。およそ人の重さとは思えない。
「……ごめんなさい――。ナオくん」
「須磨さん! ケガは……? 首のキズ、痛くない?」
内部に空洞のある人形が比奈子であった事実は悲しい。
だが自分の名を比奈子が呼んでくれるのは嬉しい。
二律背反に苛まれながら、直持は比奈子にキズについて訪ねた。
「大丈夫。ナオくんが直してくれたから」
一人で立てると目で訴えつつ、比奈子は強く直持の手を握り締める。
直持は彼女が人間でないとはわかったが、彼女が比奈子であることは確信できた。
彼女は須磨比奈子だ。
比奈子は一瞬だけ直持に済まなそうに頭を下げた。
そして直後に怒りの目を瓦礫の化け者へと向けた。
「……瓦礫の王――」
「おう、視線で殺されちゃいそう! 怖いねぇ」
比奈子の目に敵意があると悟った瓦礫の王は、ことさら驚いたように怖い怖いと身を竦めて見せた。
「ふむ、ほう――、なるほどねぇ。一度ブッ壊れてから直されると命令がリセットされるわけか。なるほど、ナルホド、ナルホド・ザ・ワーッ」
自我を取り戻した比奈子を見て、瓦礫の王は一人納得している。
頷くたびに身体の瓦礫がギシギシと音を立てる。
空洞のキズは幻じゃなかった。
そして彼女は人間ではなかった。
「ゴミや瓦礫を材料にして、綺麗に直しちまう直持の能力。瓦礫ならなんでも思いのまま、組み立てて壊れる前の動きもさせられる俺様。う~ん、似た者同士だねぇ。結婚する?」
「ふざけないでっ!」
比奈子が直持を庇うように立つ。
「あー、そうするとお前が直持の娘さんになっちゃうわけだ。いいんじゃね? 直持くん、やったね親子丼だよ」
瓦礫の王とはマトモに会話ができそうにない。
「大丈夫。ナオくんが直してくれた御陰で、アイツの支配下から逃れられた」
比奈子は握っていた直持の手を放す。だが目は離さない。
目と心はつながっていると言っているかのようだった。
「須磨さん……」
「他人行儀な。比奈子ちゃんって呼んでやれよ、色男」
「アンタは黙ってなさい!」
比奈子は茶化す瓦礫の王を一喝する。
「……」
瓦礫の王は口にチャックという仕草をして、自分の口を縫い止めた。
「ねえ、ヒナって呼んで。呼んでくれなきゃ、裏切っちゃうよ」
冗談のように、比奈子は裏切るなどと言った。
もちろん冗談だ。
だがヒナと呼んで欲しいと心から言っている。
「ヒナ」
だから直持は迷うことなく、恥じらうこともなく比奈子をヒナと呼んだ。
「ナオくん……」
比奈子はその一言を聞いて、母親を見つけた子供のように微笑んだ。
――こんな表情をする子が人形のはずがない。
直持は事実や真実よりも、根拠のない気持ちを信じた。
その決意が顔に現れたのだろう。
比奈子も意を決して首肯き、直持も同時に首肯いた。
戦う意思を決めて振り返り、比奈子は右足で瓦礫の散らばる地面を蹴った。
バンッ! とゴミを跳ね飛ばし、中から大型のライフルが飛び出してきた。
大の大人より全長のあるライフル。人間の足のような太さがある銃身。二本の巨体を支えるソリ。およそ現代兵器と思えない異様なシルエット。
「ラハティL-39!」
直持は見覚えがあった。
これは大河内先生のコレクションだ。
――たしか奥さんに捨てられたか隠されたと聞いていたが、ここにあったのか……。そういえばこの処分場の管理会社は大河内って名前だっけ。
などと一人納得した。
ズガンンッ!
とおよそ銃とは思えない銃声を立てて、銃弾が発射された。衝撃は直持の腹に響き、銃弾そのモノは瓦礫の王の右半身を吹き飛ばす。
「なんだよぉ~っ! 空気読んで黙ってたのに、この仕打ちかよぉーっ!!」
瓦礫の上を転がりながら、減らず口を叩く瓦礫の王。
化け物を倒しきれてはいない。
だが比奈子は戦う意思を持った目で、ラハティL-39ライフルを握り直持に
「私の力は『おもちゃを本物にする力』! ナオくんは『おもちゃを直す力』! ふたりなら戦えると思えない?」
「思える!」
直持は同意して比奈子の肩を掴んで抱いた。
互いにどう連携を取るかなど、相談する必要はない。
攻撃は比奈子。怪我をしたり武器が壊れれば直持の出番。
きっと大丈夫。
2人なら戦える。




