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二日目(中編)

 私、使い魔のリリは周囲を照らすには充分とはいえない古いランタンを片手に、薄暗い迷宮をご主人様と歩いています。


 私の前で、ランタンの灯りを頼りに迷宮の地図を見ながら歩くこの二十代後半の人間の男性がご主人様です。この世界では珍しい黒髪黒目に温厚そうな顔立ち、平均的な男性の身長より若干低いですが、割と筋肉質な体つきをしています。


 まだお会いして間もない間柄ですが、私との会話が途切れるとすぐに気を使って声をかけてくれる優しいお方です。今は、異なる世界から来られたというご主人様に、この世界のことを説明している最中です。



 人間に敗れた魔族は魔界に撤退し、今度は人間が魔界に攻めて来ると考えていました。力や魔力に優れていて長寿命の生物は繁殖力が低いという大きな欠点があり、その最たる存在である我々魔族や龍族は、知能と繁殖力以外優れた特徴の無い人間の反撃を警戒していました。あの戦いから数十年、減少したままの個体数の魔族に対して、人間の人口は以前にも増していたからです。


 ですが人間は、いつまでも魔界へ攻めて来ないばかりか、あろうことに再び数多くの国家を作り、互いに争いあう《戦争》を始めていたのです。《戦争》とは、人間同士がいかに効率良く同胞を殺し合うかを競う、人間のライフワークと言われてます。


 魔族との戦いの際に用いられた《兵器》をも使われるようになった《戦争》は熾烈を極めました。そんななか我々魔族が、迷宮を作り魔物や罠を設置出来る《オーブ》を発見したのはまったくの偶然でした。


 魔力に乏しい為に魔界に帰る事が出来ず、人間に見つからないように逃げ込んだ深い森の中で長い間生活していた、とある魔族がいました。その魔族はある日、森の中で自然に出来た洞窟を見つけました。洞窟に移り住んだ魔族はその地下から只ならぬ魔力を感じた為、原因を探ろうと深く穴を掘ります。


 やがて、魔族は地下に出来た小部屋へと到達し、そこに置かれた光る球体が魔力の発信源だった事を突き止めます。球体の魔力を使い、無事に魔界へ戻った魔族は、持ち帰った球体を《オーブ》と名付け研究を始めました。大地が吸った魔力によって地下に生み出され、その身に保有する魔力を用いて迷宮を作り魔物や罠を設置することが出来る球体オーブは、つねに自らの使用者を求めていて、時には周辺の知的生物を召還する事もあると研究によりわかりました。


 魔族は、人間に対抗する為に《オーブ》を求めました。迷宮の効果は絶大で、人間の集団戦は狭い迷宮内では役に立ちません。そして、人間が侵入して来なければ迷宮内の魔物を地上に放ち、人間達の集落を襲わせます。魔族は人間界で優位に立てるようになりました。


 ですがそれも長く続きませんでした。人間は迷宮に対抗する手段を編み出します。異なる職業が不足を補いつつ、迷宮内で過不足無い人数により構成された《パーティー》を組み、迷宮攻略の為に作られた《アイテム》を駆使して次々と迷宮を攻略していきます。


 迷宮管理人はランダムに召還されるといった特徴も原因のひとつでした。そこで、魔族は不慣れな迷宮管理人をサポートする為に迷宮管理センターという組織を作りました。




 一通り話終えた私は改めて迷宮を見回します。迷宮の壁や床に施された絵、それは地図と目に見える迷宮の姿を異なるものに変えています。ええっと、自分でも良くわかりませんが実際の壁や床に異なる壁や床が描かれています。近くで良くみればそれは精巧に描かれた絵だと分かるのですが、光源に乏しい迷宮内で離れてみれば間違い無く錯覚をおこしてしまいます。なんせ地図と今いる場所すら一致しないのですから。

 また、小部屋の隅の床に描かれた大穴、その手前に設置された天井から落ちて来る罠などもあります。目の前に穴があったら注意しますよね、そしてその隙を突いて作動する罠、視線を前方の下方向に向けさせておいて頭上から襲いくる罠とか、作った人の性格を疑います。


 ご主人様が仰るには、人の目はなにかを意識して見ていると周辺視野が狭くなるとか。更にこの逆バージョンで、別の小部屋の先の通路の上に見たことも無い生物、翼の生えたヤギ人間が複数でこちらを見て指差したりしてる絵が描かれています。その小部屋には落とし穴が設置されています。


 仕掛け自体もなかなかですが、今にも動き出しそうな質感をもった絵が素晴らしいです。でもなんでヤギ人間なんでしょう?なんか弱そうです。


 そうだ、いい事を思い付きました、ご主人様が寝る時に寂しくないように寝室に私の絵を描いておくのはどうでしょうか!でも、絵の中の私にみとれて寝室から出てこなくなってしまったら困りますね。そんなことを考えている私に急に声がかかります。


「すみません。迷ってしまったのです。その地図を見せてくださいませんか?」

振り返った私の目にはこの場にいるはずの無い少女が映ります。


 少女は16才ぐらいで、癖のついた栗毛を肩までのばしていて大きな瞳とそばかすがチャーミングです。質素な革の服を着て、左手にランタンを持ち、腰に短めの剣を携えています。


 どうして冒険者がここに?なにか特別なアイテムを使って入って来たのでしょうか?今日は迷宮の入り口は閉ざされているはずです。臨時休業に設定した日は迷宮の入り口は完全に知覚出来なくなっているはずです。ご主人様と共に呆然としている私達を見て少女は腰の剣を抜き言います。


「あなた、その顔立ちと肌の色は、魔族の使い魔ね!」

私の、青白い肌と自然に生まれたとは到底思えない、整えられて作られた顔を見て判断したのでしょう。


 あ、自慢とかじゃないですよ、これ。作られたものの特権ってやつです。作られた姿は何百年経っても色褪せる事無く、さらに新たに機能を追加したり容姿を変更したり出来るのは使い魔ならではでしょう。絶望的な状況に現実逃避しながら少女に目をやると、なにやら少女の持つ剣が激しく燃え上がっています。


「あたしの奥義、火炎斬りを受けなさい!」

「助けくれ。あの使い魔に食べられるところだったんだ!」

突然少女のほうに駆け出すご主人様。もう、何がなにやらわかりません。


 だいたい、使い魔は人を食べたりしません。むしろ、ご主人様に違う意味で食べられる儚い存在です。


「人間を食べるなんて邪悪な。」

怒りを露わにする少女、その後ろに隠れようとするご主人様。自分よりずっと年下の異性の後ろに隠れようとする男性って……。


 私が腰につけた二振りの短剣を仕方なくそれぞれの手に構えると、少女も私を見据え……、ご主人様が急に少女を後ろから羽交い締めにします!


「リリ。今だ。縛って牢へ入れよう。」


 ようやくご主人様の意図を掴んだ私は奴隷に付ける首輪を取り出します。その名も《主従の証ランク1》です。一番安いランク1は主達に危害を加えたり逃げたり自殺したりする事が出来なくなる効果があるアイテムです。文句も言いますし命令しても従わせる効果は無いので最低限のアイテムですが。


 これは迷宮管理センターにて売られています。ちなみにランク2が一番よく買われるアイテムで命令も嫌々ながら実行するようになります。文句は言いつつ、嫌々ですが、とりあえず命令を実行させることが出来るので人気です。値段も安めですし。ランクが高いものになれば、どんな命令も喜んで、まるでそれが自分の使命であるかのように実行するようになります。


「騙したのね。鬼、悪魔!神の天罰が…。」

首輪をつけられて喚く少女、いつのまにか抱きついているご主人様。


「首輪を付けたのでもう離しても大丈夫ですよ。」

「火炎斬り。ちょっと見てみたかったな。」

「剣士になれば使えると思いますよ。」

「剣士?迷宮管理者はどうなるの?」

「迷宮管理者とは別に職業があります。あとでオーブを使って転職されてはいかがですか?」

「元いた世界に帰れるような魔法を使える職業があればいいんだけどね。」

私からは、なんとも言えませんでした。


 しばらく話ながら歩いた後、自らの住む迷宮で迷子になった私達はワープの魔法で監視室へと戻るのでした。監視室にて優雅に紅茶を口にするご主人様を横目に、私は奴隷となった少女を牢屋へつれて行きます。


「どんなアイテムを使って迷宮へ侵入したのかしら?」

「うるさい。殺すなら殺しなさい!」

私は質問に答える気の無い少女の服を脱がし、無理矢理下着すらも剥ぎ取ります。


 まあ奴隷なんて裸にして鎖で繋いで置くものですし。男性の奴隷の場合はちょっと勘弁して欲しいですが…。悲鳴を上げ私に罵詈雑言をあびせる少女。


 少女の服を調べても特に変わったアイテムはありません。少女に吐かせようと思い、仕方なくその身体に手をかけたその時。牢屋と監視室を繋ぐ扉が開き、ノートとペンを持ったご主人様がいらっしゃいます。


「ちょっといいかな?」

そう言って顔を上げるご主人様は、私と裸の少女を交互に見ると。


「やっぱ、あとでいいや。」

短く告げると監視室に戻って行きました。


 ちょっと待ってください。私はご主人様ひとすじですよ、もちろん私をご購入されてからの話ですが…。大切な何かを失う事を恐れた私は、慌てて監視室に向かいます。


 ご主人様に必死に弁解する私。

「わかった、わかった。リリが充分に満足した後でいいから、あの娘貸してくれない?俺の用事は迷宮の周辺の情報収集だから、頼むよ。」

などと、全く理解してないご主人様に何と言えばいいやら…、ふとモニターに目をやると、そこに少女の侵入を可能にする文字がありました。



再度確認

本当に迷宮の入り口を封鎖してもよろしいですか?

⇒はい

 いいえ


指摘された箇所を修正しました

ご迷惑をおかけしました

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