一日目(後編)
モニターには顔に汗をにじませ、迷宮を彷徨う双子が映っています。もはや疲労困憊といった様子で、足取りも危うくなっていますね。これは、意外にも勝利を得ることが出来るかもしれません。
「ここまでくると色っぽさはないなー。臭そう。」
テーブルの上で手を組み、つぶやくご主人様の前に、さりげなく水差しとコップを置いておきます。私達は、涼しい所で高みの見物といきましょう。お部屋の設定温度も、少し下げておきますね。
こういったさりげない行動が、気に入って頂ける秘訣だと昔教わりました。私は最高の使い魔になるべく、とても長い教育期間をいただきましたから。売れ残りと影で囁かれる屈辱に耐えながら・・・。
私にとっては、この設定温度は寒いのですが、ご主人様の様子からすると満足のいく環境でしょう。魔族、人間を問わず、男性は女性に比べて寒さに強いようですね、耐性スキルでもあるのでしょうか?
「使い魔も戦ったりするの?」
「申し訳ございません。サポート以外の仕事は禁止されておりまして。」
唐突に発せられた言葉に、自らの不甲斐なさを感じずにはいられません。
そろそろ私の身の上話でもしておきましょうか、モニターを眺めているご主人様が退屈にならないように。まだ激しい戦闘が始まるのには時間もかかりそうですし。
迷宮管理センターの幹部であらせられる上級魔族様に、生み出されて約100年、時を同じくして生み出された同期の3体は、既に良いご主人様方に貰われていました。ちなみに、使い魔も魔力によって生み出されます。そして上級魔族様ともなれば、オーブなど使わずともいとも簡単に私たちを、御作りになられます。ですが魔力の量には限りがあるうえに、作らなければならない使い魔の数にもノルマがある為、必然的に最後作られる使い魔は残念な出来上がりになってしまいます。
一体目は、たしかアリスと名付けられていましたか。作り手の総魔力の8割を注ぎ込まれて作られた固体でした。肩まで真っ直ぐに伸びる美しい金髪に、青い大きな目、人形を思わせるような愛らしく尚且つ整った顔立ち、幼い外見に似合わない大きな胸とくびれた腰、儚さを感じさせる小さな胴体には細長い手足がついてましたね。
外見だけでなく性格等にも手を加えられていて、甘えるような仕草を多用しつつも真面目で優秀、それでいて計算高く、迷宮の運営に問題無いレベルでワザと小さな失敗をして、涙を浮かべながら上目遣いでなんて謝る、なんて機能も持たせられてましたっけ。時々、就寝中のご主人様のベットに入り込む等の規則違反な行動が数多く設定されたのは使い魔史上初でしたね。
挙句の果てに、上級魔族様しか使えないような、対象者の趣向を覗き見る「趣向察知の魔法」を持ち、性格を自分で変えることが出来るとか、ご主人様の使用する戦術に対応する為、ありとあらゆる武器と数多くの魔法を使えるという噂で。使い魔のもつ能力は、一様にと定められた規則は一体どこにいったのやら。
生み出されてから数分後、使い魔として必要な様々な知識を学ぶ別室に連れて行かれる最中。ベテランの迷宮管理人に見初められて貰われて行ったため、その機能の多くは未知数ですが。一個体が大ヒット商品となり、それを模倣したアリス型なんてタイプがいまだに流行の衰えをみせない事に疑問を抱かずにいられません。
あ、もちろん、優秀な私は二番目でしたよ!作り手の熱い想い・・・新たなジャンルを切り拓きたい!そんな想いを込められて生み出されました。
この世界でも珍しい黒髪は、行動の邪魔にならないような髪型で、クールな印象を与える伏し目がちなその瞳は行動を読まれないように神秘的な黒い輝きを放ち、美少女とも美少年ともとれる外見は、多くの男女を惑わせる。
また行動の妨げになる余分な装飾品(胸等)は控え目に・・・、その機動性はおそらく全使い魔中、トップクラス。性格は、寡黙かつ優秀でいて、主を立てつつどんなこともそつなくこなせます。愛らしさが足りない?
いいえ。あの、なんていいましたっけ?一時期流行の兆しを見せた、黒を基調としたフリルのいっぱいついた服、あれは私の為に作られたものだと思ってます。きっと似合います、多分。
とにかく、私は機能性を重視しつつコストパフォーマンスとも両立させた優秀な使い魔です。そう今でも信じています。いつまでも貰われていくことの無い私を前に、仰られた上級魔族様のお言葉が印象に残ります。
「時代が、まだ追いついてないのだ!」
そのとうりです、もうすぐリリ型というジャンルが生まれ主流になる時代がきます!
3番目の使い魔は、やがて大流行するであろうこのリリ型を少年タイプにした個体でした。私とは異なり魔法を駆使した戦い方をするのが特徴で名前は、ルルとか言いましたっけ。
数年前、何故か私の4番目のご主人様に貰われていきました。あのご主人様・・・優れた迷宮管理者にのみ名乗ることを許されている『魔王』の称号をもち、同じ魔族からも恐れられている魔族の大男。忘れもしません、私が初めてお会いしたときに、ひと目見るなり発せられた一言。
「チェンジ」
しかもすぐにルルが派遣され、即買取を決められたとか。お会いした時、筋肉質な男の使い魔がご主人様の後ろに並んでいたのが印象に残っています。
そういえば最後に作られた使い魔はとても印象的でした。魔力はもうわずか、でもノルマは達成しないといけない、そんな思いを抱きながら作られた固体だったそうです。残り少ない魔力でつけられた機能は胸が大きいってだけでしたね。
見た目は地味で目が悪い為、眼鏡をかけていました、性格は一応真面目なのだけど、ミスは多く、戦闘も苦手で魔法も使えない、そんな使い魔でした。
それなのに生み出されて数年で貰われていった事実は今でも疑問です。使い魔の中で、胸が大きくて眼鏡をかけていればどんなミスしても許されるといったジンクスが生まれたのは彼女が生まれるより先でしたか、後でしたか。
私もイメージチェンジの為に、伊達眼鏡でも用意してみましょうか・・・。
モニターに目をやると、魔物達が双子のいる小部屋のすぐそばまで来ていました。迷宮の床や壁を覆いつくすムカデの群れなんて、正直見たくもありませんが。わずかな魔力で数十匹まとめて召還出来るこの魔物が、嫌がらせ以外の目的で日の目を浴びる時が来るとは。
せっかくの勇姿ですが、モニターをアップで見たく無いので、ちょっと下がっておきますね。
「おっ、戦闘がはじまるね。」
まるで少年のように目を輝かせるご主人様、意外に子供っぽくて可愛い所が素敵です。
魔物によって黒く蠢く迷宮の内壁、それを見た双子の青ざめる表情。ですが流石はレベル40の冒険者、疲弊しているにもかかわらず即座に妹が結界を張り、姉が閃光によって魔物を焼き払います。
ある魔物は地を這いながら結界へと攻撃をしていきます。普通の結界の魔法であれば、たいしたことは無いのですが相手が相手だけにそうはいきません。結界に触れるや否や、塵となって消える魔物達、安全な結界の中から放たれる姉の閃光の魔法に晒されても結果は同じです。
ものすごい勢いで魔物は減っていきます。ですが、魔力を回復させる効果のある青い液体の入った小瓶を口にする双子の様子からして、おなじく凄い勢いで双子の魔力も減っている様子が見て取れます。
こちらの魔物は、大ムカデ残り40万、人間の持てる限られたアイテムの数量からして、もう勝負は決まったようなものです。魔物がその数を20万に減らす時、勝負は大きく動きました、魔力を枯渇させた双子の姉のほうが崩れ落ちるように倒れたのです。
「「妹のほうが先に倒れればよかったのに。」」
思わず同じ事を口にしたご主人様は付け加えるように仰います。
「まあ、スポーツでもなんでも弟や妹のほうが活躍するしな~。」
仰る言葉の意味は分かりませんが、口惜しい気持ちは私も同じです。でも、もう勝利は決まったようなものです。
ほら、妹のほうがアイテムを掲げて……あれ?
その、鳥の羽根と蝙蝠の羽を交差させるように合わせて紐で縛ったアイテムが、妹の手を離れるや否や姉妹を眩い光が包み込みます。しばらく光を放ち、そして徐々に光を失っていき、やがて光が消えたその場には、もう数えられる程に数を減らした魔物しか残っていませんでした。モニターを前に唖然とするご主人様と私。
これがご主人様と私の記念すべき迷宮生活一日目でした。
指摘された箇所を修正しました
名前って大事ですね