七日目(前編)
商業都市コメルスシティ、人間種族の街にしては珍しく、他の種族の数が多いです。魔族や龍族以外の全ての種族がいるのではないでしょうか?あ、魔族の使い魔がいましたね、私です。
様々な種族が住んでいる、これは商業都市ならではでしょう。各種族の首都は大抵が自国民しかいません。例外は行商人や奴隷です。
驚く事に、ここでは種族間の差別が全く無いのです!なんて素晴らしい都市でしょう。かわりに富裕層と貧困層の差別はありますが。ここでは私とラミアも堂々と歩けるかも知れません。迷宮を作って戦っていますから、流石に無理でしょうか。
そうだ、私もお金を持っていたら受け入れて貰えそうですね。では早速、裕福な人間を……駄目です、この発想が既に魔族の考え方でした。
寝不足のせいで頭が回っていません。原因はご主人様です。昨夜のご主人様のせいで、私は朝まで…。
そういえばご主人様は遅いですね、布生地が売っている店に入られて出てこられません。私は外で待つように言われてますからこのまま待っていましょう。
「誰か待ってるの?それとも暇?」
「ご主人」
言いかけて止めました、有翼人の少女だったからです。赤毛で可愛らしい容姿をしています。ご主人様のことは言えません、会わせられません、私達の宿にもいれません。
「暇だったら一緒に買い物しない?あたし、クリエ。貴方は?」
「リリです。」
無視するのは可哀相なので答えておきましょう。大抵の有翼人は空を飛べない種族を見下しているはずです。連中は空を飛べるからとお高くとまってます、有翼人ですから。
「照れてるの?名前もリリも可愛い。」
照れてなんかいません!関わりたくないだけです。
でも私を可愛いと、なんか新鮮ですね。クリエは見る目はあるみたいです。
大体クリエは何歳なんでしょうか?他種族は見た目の違いがよくわかりませんね。
ご主人様はいつも凝視してますから、若くなられた時は違いがわかりましたが。
「ごめん。怒った?お詫びにそこの店で奢らせて。」
やったー。甘いものがいいですね。違います。ご主人様が私がいなくなったと思ったらどうするんですか?いや、クリエをご主人様に会わせるわけにもいきません。
「少しならいいですよ。」
本当に少しの間だけですよ。食べ終わったら逃げますからね。「あたし、いい店知ってるんだ。」
有翼人なのに他種族を見下したりしないのは何故でしょうか?なるほど、商業都市だからですね。
クリエはよく喋りますね。まず、私の顔が整っているとか肌が綺麗とか若くて可愛いとか、作られた存在だから当然でしょうに。嬉しいですが。
翼が重くて肩が凝るとか、じゃあそれ私に下さいよ。そしたらご主人様も私を…。今晩も眠れなくなりそうです、良い意味で。
酒場のクエストがどうとか、恋人が欲しいとか、ご主人様は渡しませんからね。私にも翼があれば、きっと。
「翼っていいですね。」
思わず言ってしまいました。
「ホント?あたしの翼ってそんなに良い?」
嬉しそうなクリエですが、勘違いしてますね。クリエの翼なんてどうでもいいです。
「私も翼があればと思ってます。」
「飾りのなら売ってるよ。飛べないから意味無いか。」
え?売ってるんですか?意味ありますよ。飛ぶ事のほうが意味無いですから。飛べたからってご主人様は私を求めたりしません、ですが翼があれば話は別です。
「欲しいです。私もクリエみたいな翼が。」
「じゃあ、買いにいこっか?」
クリエは良い有翼人ですね。
私の手を取り歩き出すクリエ。あれ?そういえば、周りの種族もこうやって手を繋いでますね。
昨日ご主人様の手を両手で鷲掴みにして歩いてた私って。たしかに歩きにくいとは思ってましたが。
「顔赤くなってる。可愛い。」
誰にだって間違いはあります。
「お姉さんが、良いこと教えてあげよっか?」
クリエが私の耳元で囁きます。何を言ってるのでしょうか?もう良いことは教えてもらってます。あとは買うだけです。アリスから受け取ったお金はまだ私が持ってますし。
「教えて下さい。」
一応、言っておきましょう。ご主人様に有用な情報かも知れません。
「じゃあ、翼を買った後にあたしの家にいこっか。」
何で家に行く必要があるのでしょうか?情報ならここでもいいはずです。
翼の飾りって色々なものがあるんですね。大きさも形も材質も全く本物と一緒です。どれがご主人様に気に入って貰えるでしょうか?私の場合は黒でしょうかね?
「これかこれ、どう?」
クリエが黒い翼と白い翼を持ってきました。
「どちらがいいでしょうか?」「リリには黒が似合いそうだけど、あたし達の間では純白の翼は憧れね。滅多にいないけど。」
似合うほうがいいでしょうか。いえ、ここは専門家の意見を聞くべきですね。ご主人様は有翼人が好きですからクリエ達の好みを参考にすべきです。
ついに買ってしまいました。これは装備すると背中にくっついて離れません。しかも自由に動かす事が出来ます。この翼でご主人様を包んで差し上げると。
想像が膨らみます、間違いなく私のお腹も膨らむでしょう。子供の名前も後十人分は考える必要があるでしょう。
「いこっか。すぐ、そこだから。」
あれ?クリエ、まだいたんですか?
クリエは一人暮らしで、その大きな巣箱も見た目は普通の人間の家となんら変わりません。寝床の藁も無く代わりにベッドがあり、そこに座らされた私にクリエは顔を寄せて、上着を脱がそうとしてきました。
クリエは追い剥ぎだったのでしょうか。そして突然、手を止め。
「え。胸の感触が。女だったの?」
失礼な事を言い出しました。触るまで解らなかったのでしょうか?
「クリエも胸の大きさはかわらないでしょう?」
「まあ、女の子でもいいよ。リリってはじめて?」
止めていた手が動き始めます。普通はこんな経験ありませんから。大変です、追い剥ぎのほうがマシでした。いや、一緒ですか。私はご主人様のものですから。
「あ、ご主人様を待ってる途中でした。すぐに行かないと。」
「え?リリって使用人かなにか?」
乱された服を直し、逃げるように巣箱を後にしました。クリエが追い掛けて来ないのが不思議ですが、ご主人様の下へ走ります。
いいことかどうか分かりませんが、二つわかった事があります。翼って邪魔なだけですね、ご主人様の気を引く以外使い道は無いでしょう。
そして良い有翼人なんて存在しないのです。街中を全力疾走していると住民の視線が気になります。
そのほとんどが女性からの視線ということはどうなっているのでしょう。
きっと翼があるのに走っている姿が珍しいだけですよね。
さきほどまでご主人様を待っていた生地店に着きました。まだ、ご主人様は中でしょうか?いませんね。
生地店の店主の蛸人種に聞いてみましょう。関係有りませんが蛸人種なのに顔の周りに触手がありませんね。蛸人種と人間のハーフでしょうか?ご主人様の所在と合わせて確かめてみたいです。
「店主!うちのリリが戻ってこなかったか?辺りを探したが居なかった。」
私の後ろからご主人様の慌てた声が聞こえました。良かった、これで翼を披露出来ますね。
「心配させて申し訳ありません。」
振り向いた私は翼を広げて見せます。
「リリ。攫われたのかと思ったよ。その翼は?……素晴らしい。」
私を抱き締めて下さるご主人様。
仰る通りです、素晴らしい効果を持つ翼ですね。余りの性能の高さに気が動転してます。
どう説明しましょうか?そういえばアリスから受け取ったお金も少し使ってしまいましたし。
「鶏の食べ過ぎが原因で生えてきたのかも知れません。」
一体、私は何を言ってるのでしょうか?それに、ご主人様のほうが鶏を多く召し上がっています。
「そうか。しかし、リリが見つかってよかった。」
「お嬢さん?が無事でよかったですな。」
自らの目元を肩から生えた触手で拭う蛸人種。
その触手が人間の手と同じ姿形をしているのはとても印象的でした。