五日目(後編)
ご主人様に身請けして頂き、ようやく同期の使い魔達に並んだと思っていたのに、見事に期待を打ち砕かれたリリです。
でも、流石はアリスですね。使い魔にとってご主人様に妻として迎えられる事は、最高の名誉であり、また夢でもあります。
今まで何千体もの使い魔が生み出されて来ましたが、主と結婚した使い魔はごくわずかです。まさか同期がそうなるとは…。
ふと辺りを見渡すと、見慣れない風景が広がっていました。貴族の屋敷のエントランスのようで、大理石で作られたと思われる床には大きな赤い絨毯がひかれ、正面には五人が並んで通れる幅の階段が途中で別れ二階へと繋がっています。壁には剣や槍等の武器が、床には鉄製の全身鎧が飾られていて、天井では巨大なシャンデリアが光を放っています。
至る所に置かれた観葉植物からは、甘い良い匂いが漂ってきます。
私は間違えて何処かのお屋敷へとワープしてしまったのでしょうか?迷宮内に二階建ての屋敷など造れるはずがありません。
余所のお宅を勝手に歩き回る訳にもいかず、茫然と立ち尽くす私に、背後から声がかかります。
「あ、おかえりなさい、お姉様。」
黒いワンピースの上に白いエプロンを着けたラミアがいます。
「えっと、これは?」
「旦那様がお造りになられたんです。素晴らしいお屋敷ですよ。私達の部屋まで豪華にして下さいました。」
いつものおどおどした様子が無く、目を輝かせながら喋るラミア。
私は瞬時に悟りました。またご主人様の幻術でしょう。今度は一体何をされるのでしょうか。
「ご主人様は、どちらへ?」
「お屋敷の外で何か創られてます。」
私はすぐ後ろにある、装飾の施された大きな両開きの扉を開き、屋敷の外へ飛び出しました。
右側に湯気を放つ広い池が広がっており、正面には石像が規則正しく並べられた広い庭、そのすべてをとても高い壁が囲んでいます。
池の向こう側のほとりでしゃがみ込んでいるご主人様は、私の姿を見ると立ち上がり、こちらに手を振ります。
幻術で出来た池を越えてご主人様の元へと向かおうとする私。池と地面の境界を跨いだ瞬間、視界が瞬間に動き私は池の中に落ちてしまいます。
瞬時に身体を襲う熱に悲鳴をあげてもがく私。そして視界の先には、お召し物が濡れるのも構わずに熱湯の池に入り、こちらに向かって池の中を走るご主人様の姿があります。罠に誤って掛かった私を躊躇せずに助けに来るご主人様の姿に、私は自分が恥ずかしく、俯く事しか出来ません。
少しずつ冷静になっていく私は、池が座った姿勢でも肩の辺りまでの深さしかないこと、熱湯だと思っていた池のお湯も耐えられない程では無いことに気がつきます。そして急に、ご主人様に抱きかかえられる私。
右腕で膝の裏を左腕で背中を支えるように抱きかかえられる私、ええっと、ご主人様のお顔が近いです。
「大丈夫?怪我は無い?」
「はい、すみません……お湯の罠にかかってしまいまして。」ご主人様のお言葉に私は俯いたまま謝罪するしかありません。
「罠?いや、これは温泉で。」私を抱えたまま池の中に腰を下ろすご主人様は説明するよりも早いと思ったのでしょう。私も身体の大半がお湯に浸かって分かりました。これは外に作られたお風呂です!
「気分はどう?」
はい、ご主人様の上に座る姿勢で申し訳ないです、身体が密着して恥ずかしいです、あと慣れてくるとお湯が心地よいです。
「服のままお湯に浸かるのは斬新ですね。」
「いや、普通は服は脱いで入るものだけど。風呂だし。」
「すみません。ご主人様のお風呂を頂いて。」
「いや、皆で入るもので。むしろお願いします。」
私とご主人様が裸でこのような格好を。想像すると顔が熱をもってきます。
「少し熱かったかな。」
「今日、アリスに会ったんです。」
私の顔を見て立ち上がろうとするご主人様を止めて、今日あった出来事をすべて話しました。
「ご主人様は、何人奥方様がおられるのでしょうか?」
「何人?普通に一人だけど。」
そうでした、人間やエルフは何かしら理由があって一人の夫と一人の妻しか一緒になれません。異世界でもそれは変わらないみたいです。残念です。
「一夫多妻か素晴らしい考えだ。」
「いいのですか?人間は何かの理由で駄目なのでは?」
「宗教とか?宗教はあまり好きじゃない。唯一評価出来るのはあの衣装だけだね。」
どうやらご主人様は理解を示してくれるようです。やったー。
「着替えをお持ちしました。」何時の間にか後ろにご主人様と私の着替えを持つラミアがいました。
「ありがとう。ラミアは気が利くな。」
「お手伝い致します。」
ご主人様の服を脱がせ、身体を拭くラミア。心なしか嬉しそうです。私もここで着替えるのでしょうか?
「改造した迷宮の説明をするから、着替えたらオーブの所に来てくれ。」
「かしこまりました。」
恥ずかしくてお湯から出てこない私を気遣って先に屋敷に向かうご主人様。残念そうな表情をしていました。
私が着替えているとラミアが顔を近付けてきます。
「お姉様の悲鳴、可愛いかったです。」
そんな最初から見ていたんですか?何故、顔を赤らめているのですか?
とりあえずラミアを池に落として、私はご主人様の待つ監視室へと向かうのでした。
「上の階層の床を無くして二階層分の高さの居住スペースを作って、二階建ての屋敷を建てた。折角なので、内装にもこだわってみた。」
「斬新な発想です。私の部屋まで豪華にして頂いたみたいで、ありがとうございます。」
「さっき見たと思うけど、外に庭を作っている。まだ温泉しか無いけど、これから果樹園とか作っていきたいね。」
「あの庭や温泉や屋敷にはどういった仕掛けがあるのですか?」
ご主人様の事ですから私の知らない仕掛けでもって、冒険者を狩るつもりなのでしょう。大量の魔力を使ったみたいですし。
「いや、あれは快適に過ごす為に作ったもので。」
途端に歯切れの悪くなるご主人様。
「ただ住む為に二階層も使ったのですか?大量の魔力を使って?迷宮を維持する為の魔力も増えますよ。これから防衛はどうされるのですか?」
困った顔をされてますが、ご主人様のためを思って言ってますからね。
「まあ、一緒に温泉にでも浸かって考えようか。」
誤魔化そうとしてます。その提案は魅力的ですが、そうはいきません。「大丈夫だ。そうそう強いやつなんて来ないし。秘策もある。多分。」
それから夕食の時間になるまで、ご主人様に迷宮管理者としての在り方を説明させて頂きました。終わった後はグッタリとされてましたが、これは罰ですから。
その晩、私は重大な事を思い出し、ベッドから飛び起きます。
新しい使い魔を受け取っていなかった事を。




