エピローグ
あの日起こった事の全貌は、未だに誰も知らない。
ジーンたちが退避した直後、ドームの真上に位置していた地上が陥没し、ドーム全体が崩壊したことは誰から見ても明らかだった。
そしてその直後、天を突かんばかりの光の柱が立ち上がり、その場にいたジーンたち全員が魔力に中てられて意識を失った。
その次に意識を取り戻した時、そこはエオリアブルグの城にある医務室のベッドの上に全員が寝かされていた。
魔力に中てられて意識を失っただけだったジーンたちはその日のうちに事の顛末をティティや他の騎士団に伝え、瓦礫に埋もれたドームでエリカとバーバラの捜索を始めた。
巨大な龍が空を飛んでいったという情報がない事から、おそらくまだ埋まっているものだと判断したのだ。
事の重大さから捜索活動にはシータス騎士団やタロン騎士団も参加し、夜を徹してエリカとバーバラの捜索が行われた。
膨大な量の瓦礫に埋もれた地下ドームはどこまでが床なのかも分からないほどに崩壊しており、階段部分も途中で崩落していてドームの正確な深さも推測で掘るしかなかった。瓦礫を1つひとつ慎重に撤去していき、見知った存在が埋もれていないか探すが、3日経ってもエリカとバーバラの姿は見つからなかった。
ドームが存在したであろう予測よりもさらに深く掘り下げて捜索を行ったが、不思議な事に所持品といったものもほとんど見つからなかった。
ほとんど、と言ったのは唯一、エリカが使っていた姫黒と黒羽が見つかったためだ。持ち手の部分は瓦礫で破壊されていたが、刀身自体は傷1つなく原形を保っていた。
だが、見つかったのはそれだけだ。
ジーンたちも必死に2人の捜索を行ったが、1週間を過ぎた日、捜索の打ち切りが決定された。
ヴァルトを中心に、捜索の延長をエオリアブルグに打診したが、1週間もその一角を立ち入り禁止にしたため一般人が不審に思い始めているのも事実だった。
公然と他国の人間が自国の地面を掘り返しているのだ。そこに何があるのか知ろうとする人間が出てきてもおかしくはなかった。
結局、折れたのはヴァルトだった。
ただし、タロン騎士団とアクイラ騎士団が撤退した後も、セラを中心とした騎士が捜索を継続することで合意を取り付けた。
真っ先に延長を申し出ていたジーンやフィアも、それで一応同意することになる。
セラから直接「私に任せてほしい」と言われ、仕方なく、と言った感ではあるが、捜索が継続されるのであれば文句は言えない。
人員は大幅に削減され、捜査範囲もかなり限定的になったため、新たな進展は望めない公算が高かったが、その低い可能性にすらすがるしかなかったのがジーンたちの現状だった。
また、意識を取り戻したジャックが自分の傷を気にかけず捜索現場に殴り込んで瓦礫を掴んでは投げ、掴んでは投げ、する騒ぎも起こるなど、ちょっとした事件も相次いだため、ヴァルトがこれ以上ここに留まっては双方に不利益になると判断した、という噂もあった。
だが、当然なのか分からないが、ジーンたちがアールドールンへ戻った後も、セラからエリカたちの発見の報が来ることはなかった。
「……もう、半年になるのか」
「藪から棒ね、エリカちゃんの事?」
騎士団の宿舎の食堂、ジーンは昼食の付け合せに出されたサラダを突きながら暗い表情でそう呟いた。
「いい加減、いつまでもうだうだしないでくれるかしら。エリカちゃんたちが死んだなんて私はこれっぽっちも信じてないし、あなたもそうでしょう? なら辛抱強くお姫様のご帰還を待ってるしかないじゃない」
この半年で随分と世界は動いた。
まず、事の発端となったシャドーなる存在が公になり、各国が協力して政治の浄化に努めた。
特にそれに積極的だったのはブラゴシュワイクのシャリオ王だった。シャドーの存在が公になるのと時を同じくしてシャリオの父親が崩御、貴族の反対を押し切ってシャリオがブラゴシュワイクを納める王となったのだ。
そしてシャドーの撲滅と共に国内の政治腐敗を片っ端から解決していき、国民の声が政治に生かされる政治体制の確立に今も務めている。
一部の貴族が反乱を起こすなど、これまで以上に現在のブラゴシュワイク内部は混乱しているが、アールドールン、エオリアブルグが全面的にシャリオ王を支援しており、貴族の反乱も終結の兆しが見え始めているそうだ。
エオリアブルグのセラからは定期的に騎士団宛ての手紙が来る。
まず最初に書かれているのは現在の捜索状況。半年が経ち、もはや捜索活動をしているのはシータス騎士団でもごく限られた人間だけになっているが、それでも諦めず仕事の合間にあのドーム跡地に向かっては捜索を続けているそうだ。
半年前の大会以降、各国の間に長距離転移魔法が実用化され、ジーンたちも許可があれば気軽にエオリアブルグに行けるようになったため、休暇の度に捜索活動に協力している。
また、セラの手紙にはあの事件の後、一度は警察機関に拘束されたユーリの事も書かれていた。
事件後、意識を取り戻したユーリはクライムと共に取り調べを受けた。もとよりシャドーに全面協力していたわけではない2人はあらゆる情報を提供してシャドー一掃に多大な貢献をした。
それを踏まえた上で、敵性組織に対する情報流出などの罪はかなり軽くなり、10年の国家奉仕でまとまった。内容としては首都から遠い地方の村落と首都を繋ぐパイプとなる事や、その村落での開拓や農業活動への強制参加と言ったところだ。貴族の権力が強い地方で国の政治を反映させるためには、それを忠実に実現できる者が必要だった。シャリオ王はその草分けにユーリを指名したという訳だ。
ユーリはその命を喜んで引き受け、現在は地方の村落で汗水たらして働いているそうだ。最近ではユーリ本人から直接手紙が来るようにもなった。
国家間の転移魔法のおかげで、国を跨いでいても意思疎通が容易になったため、手紙の割合も非常に増えた。
「半年だ。生き残っていたとしたら、もうとっくに戻って来ていても良い頃合いだと思うが」
「じゃあ、2人に『さっさと戻ってこい』って手紙でも出す?」
「気長に待とうぜ、ジーン。あの2人がそう簡単に死ぬようなら俺たちは生きてねえ」
「そうですよ、ジーンさん。私たちはいつでもお2人が戻ってこれるようにしておくために日々をしっかり過ごさないといけませんよ」
ジーンたちの周辺も随分と様変わりした。
先日、アクイラ騎士団の団長をヴァルトが退任した。
現在はオブザーバーとして時折宿舎に顔を出す程度だが、城下町で剣術の道場を開いて子供たちに剣術を教えている。また、時折アーサー王と何かを話し込んでいるという噂もある。
ヴァルトはこの半年エリカとバーバラの捜索、国内のシャドー撲滅、そして密かに龍に対する考え方の改善に努めてきた。
3つ目のものはティティたっての願いであり、龍との和解を実現するためにドラゴンスレイヤーのトップであるヴァルト自身が動いていた。
だが、それの実現には世界中の人間に共通する龍への恐怖を払しょくしなければならない。それは尋常ではなく険しい道のりであり、実現できるかも危ぶまれていた。
ティティが大衆の前で龍との融和を説き、それを伝えようとしているが、やはり根強い不安はそう簡単にはなくならない。
それでも少しずつ前には進んでいる。
その過程でヴァルトは足を悪くし、ついに剣を置いた。
しかし、悪い話ばかりではない。
騎士団内で言えば、ヴァルトの後任にクライムが就任した。
ユーリと共に取り調べを受けた後、国に戻ったクライムはユーリと同じように国内での奉仕活動に従事していた。
そんな折、ヴァルトが引退したと聞いて騎士団長に名乗りを上げたのだ。バーバラの事もあり、騎士団にいる事が出来れば情報を集められると思ったのかもしれない。
主を失ったアレックスを引き取り、半年国内を走り回ったクライムのその決意を曲げる事が出来る人間はいなかった。
クライムは団長に就任したが、ヴァルトの方針を踏襲したため内部の変化はほとんどなかった。
騎士の中では、シルヴィアがついに結婚した。
長い間、恋人以上夫婦以下だったゲイリーと晴れてめでたく夫婦となった。
とはいってもそれでシルヴィアがどうにかなるわけでもなく、相変わらず氷の剣を振り回して女性に話しかけるゲイリーを征伐している光景をよく見かける。やはりその頻度は結婚してから格段に増えたようだが。
また、意外なところでは今現在ジーンとフィアの目の前にいるジャックとヒナがどうも良い感じになっている。
あの戦いでヒナを守るために身体を張ったジャックにヒナが一目惚れしたとかいう噂が流れているが、噂の真相はともかくとして付き合い始めているのは確かなようだ。
ガチムチマッチョなジャックと才色兼備なヒナのカップリングということでテルミが情報収集に動いているそうだ。
「半年も経つのに、俺とフィアは変わらんな」
「変わるものもあれば、変わらないものもあるわよ。それに、私はいつもの私のままでエリカちゃんを迎えたいの」
「驚くだろうな、ジャックとヒナが付き合ってるなんて聞いたら」
「からかわれるのが落ちな気もするわねぇ」
目の前にいるジャックが押し黙り、隣のヒナが顔を真っ赤にしているが、意を介さずジーンとフィアは会話を続ける。
「そういえば、この間リコとネアから手紙が来たんだ」
ジーンが思い出したようにポケットから白い便箋を取り出す。
「あら、そうだったの? あの子たち、タロン騎士団の団長にまでなって、元気にしてる?」
リコとネアは元から実力があった。
シャリオ王の方針により地位よりも実力を求めるようになったタロン騎士団で2人に敵う人間はおらず、必然的にタロン騎士団を取りまとめる存在となった。
奴隷などではなく、1人の人間として生きる事を許され、後見人にはシャリオ王が名乗りを上げていた。王の後ろ盾を受けた2人はタロン騎士団に実力相応の騎士を集めるために国内を駆け巡り、騎士団の増強に奔走している。
「うむ、なんでもネアが孤児を引き取ったそうでな。俺とそう変わらん歳で『お母さん』と呼ばれているらしい」
「「「……お母さん??」」」
聞き捨てならない言葉にフィアたちが声を揃えてしまった。
「うむ。俺も手紙を貰って初めて知ったんだが、ネアは女の子らしい」
「嘘、男の子だとばかり思ってた……」
「今度会った時に詳しい話でもしてもらえばいいんじゃないか?」
何やらフィアがショックを受けている様子だが、あえて何も言わない事にしておく。
「……そういえば、最近団長を見ないが、どうしたんだ?」
ジャックがふとそんな事を口にした。
「言われてみれば、ここ1週間見てないわね。何かあったのかしら」
「司書室で餓死してなきゃ良いがな」
実は、クライムが団長に就任した後、司書室で餓死寸前の彼が数回発見され、医務室に担ぎ込まれた事があった。おそらく寝る間も惜しんでエリカとバーバラを見つけ出す方法や、ヴァルトに協力するための方法を考えていたのだろう。
2度目以降は医師にこっぴどく叱られるようになったのだが、学習している様子はなかった。
騎士団の仕事はしっかりやっているためあまり強くも言えなかったが、クライムの体調を心配する声はよく聞く。
「エリカ、元気にしてるかしら……」
「今頃大空を気持ちよく飛んでるんじゃねえか?」
「それだったら私たちも空を見上げて過ごさないといけませんね」
「上を向いて歩こうか。道案内はジーンに任せて」
「おい、俺も空を見上げたいんだが」
ジーンとジャックの掛け合いに周囲からも笑い声が漏れる。
アクイラ騎士団の騎士は全員エリカの正体をすでに知らされている。
だが、ヒナの時と同じように、別段大きな動揺は起きなかった。
むしろ「だからあそこまで強かったんだな」という謎の納得感が彼らを包んでいた。相も変わらずアクイラ騎士団の人間は包容力が高いとジーンたちは内心呆気にとられてしまっていたほどだ。
「さてと、それじゃ私は午後の訓練に行くとしますか」
「あ、フィアさん、お供していいですか?」
フィアが食事を終えたので立ち上がると、ヒナもそれを追う様に立ち上がった。
「実は対魔法障壁の新しい技を研究しているんですが、やっぱり実物相手じゃないと実感が湧かなくて」
「あなた、確かそう言って、この間屠龍の改良版でジャックを半殺しにしてなかったかしら?」
フィアが苦笑いしながらヒナに向き直る。
「俺は超絶神兵だ。あの程度の傷は100分の1殺しにも満たねえ」
「『あ~、死ぬ~』って連呼していた奴が良く言うぜ」
「ああん?」
ジーンとジャックがにらみ合う。
まったくもって、喧嘩するほどなんとやら、だ。
しばらくして訓練場で2人が取っ組み合いをする光景が見られるわけだが、それはまた別のお話。
アールドールンの国境沿い。
検問を抜けてしばらく行くと、龍の森が広がっている。
その街道の近くに、笑顔を仮面のように顔に貼り付けた男性が立っていた。
「まったく、もう少し人を呼ぶのに適した場所はなかったのかしら?」
その男性の背後から、女性の声がかけられる。
男性、クライムが振り返ると、そこには相も変らぬ姿をしたバーバラが木に寄りかかって立っていた。
「……半年ぶりですね、バーバラ」
「悪いわね、連絡も出来ずに」
バーバラは木から背中を放すと、ゆったりとした足取りでクライムに歩み寄る。
近寄って初めてクライムは気が付いたが、吸血鬼であるバーバラにとって表面上の傷は簡単に癒えてしまうはずにも関わらず、額の右側から目の横を通って一筋の傷の跡が残っていた。髪に隠れて全貌は分からないが、どうやら頬のあたりまで伸びている。
バーバラがクライムのその視線に気が付いたのか、恥ずかしそうに頬を掻きながら苦笑した。
「隠そうとしてたんだけれど、やっぱり駄目ね。他の傷と違ってこれだけは治らないのよ」
「半年前の傷、ですか?」
「ええ、……と、私の傷の件はどうでもいいのよ。それよりも、国の中はどう? この森にいるとほとんど情報が流れてこないのよ」
「そうですね、ドラゴンとの融和、随分と進んではいるのですが、やはり相手がいないとどうしようもないようですね。いくら我々が話をしても、では実際出会ったらどうなるのか、という事に話が及ぶと、私たちとしてもドラゴンの知り合いは1人しかいませんから」
「いないよりはマシよ」
バーバラがクスリと笑う。
そして、しばらくの間沈黙が2人の間に流れる。
「……エリカは、元気ですか?」
その沈黙を破って、クライムは静かに聞いた。
バーバラはしばし考えを巡らせるような仕草をしてから口を開く。
「ドラゴンの状態の彼女を元気かどうか判断するのは難しいわ。表情に出ないんだもの。話をして初めておぼろげにその日の状態が分かるくらい。それにあっちはお姫様、さすがに私もそう頻繁に会えるものでもないのよね」
「今は竜人族の所でお世話になっている」と言いつつ、バーバラは東の空を見上げる。龍の森の遥か東にはバーバラも一度しか行ったことはない龍の王国がある。その方角を見つめながらバーバラは小さくため息をつく。
「元に戻れたのであれば、すぐに連絡の1つくれても良かったのではないですか? 皆心配しています」
「そういう訳にもいかなかったのよ。何しろあの巨体を人目につかないように龍の森まで動かさなきゃならなかったの。さすがにそれに騎士団の力を借りるわけにもいかないわ。それに、あの後私たちは龍の森にすぐに戻ったわけで、連絡をしようにも方法がなかったわ」
龍の森は深い。
竜人族とさえ、外界の人間は交流を持っていないのに、龍の巣窟のど真ん中にいたバーバラとどうやって連絡のつけようがあっただろうか。クライムなら出来たかもしれないが、さすがにそれをやるだけの確証がなかったのも事実だ。
「それで、これからどうするんですか?」
ここに来たのには、何かを伝える理由があるはずだ。
クライムはそう思いバーバラに問いかける。
「私はまた森に戻るわ。今の話をエリカにも知らせたいしね。でも、近いうちに騎士団に戻るつもりよ。皆には内緒にしておいてね、驚く顔が見たいから」
「そうですか……、分かりました。ああ、そうだ、これを渡そうと思っていたんだった」
クライムは思い出したように背中に背負っていた2つの細長い布袋を下してバーバラに手渡す。バーバラが中を確認すると、二振りの刀が中に入っていた。
「エリカの刀……」
それは姫黒と黒羽だった。瓦礫から発掘された際は刀身以外が破損して使い物にならなかったが、ヒナが鍛冶職人としての腕前を発揮して本来の形に修復したのだ。漆が塗られた鞘に収まった刀を見ると、バーバラはつい笑みを零してしまった。
「ドラゴンに刀を振らせようなんて、面白い事をするわね」
「おや、私の想像では使う事も出来るはずなんですがねぇ」
何やらクライムが意味深な笑みを浮かべる。
「なんの事かしらね。まあ、エリカに伝えておくから、それでいいわね」
「ええ、もちろんです。それとバーバラ」
「まだ何かあるの?」
何やらもう勘弁してくれ、といった表情をしてみせるバーバラにクライムは穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「あの時の言葉、忘れてませんよ」
「なっ!!」
クライムがそう言った瞬間、バーバラの顔が耳まで真っ赤になる。
「告白しておいてその相手を半年間ほったらかしにしていると、悪い虫がついてしまいますよ?」
「う、うるさい、お黙れ、今度帰ったらしっかり決着つけてやるからそれまで待ってろ!」
顔を真っ赤にして怒るバーバラはクライムの肩を軽く小突くと足早に森の中に消えていってしまう。
「……まったく、お別れの言葉もなしですか……」
クライムは仕方がないな、と呟きつつ呆れてため息を1つつくと、踵を返して検問がある方角へと歩き出す。
「……さて、サプライズは幾つになるんでしょうねぇ」
クライムは心底面白そうに笑みを浮かべた。
「まったく! あの男は、人をからかうのが好きなのね!!」
顔を真っ赤にしては何を言っても説得力を持たないとは言ったものだ。今のバーバラは完全に照れで行っている事に説得力がない。
ズカズカと森の中をしばらく歩きながら文句を垂れ流し、しばらくして不意に足を止めた。
「……来ない、って言ってなかったかしら?」
「いや、あんな面白い場面に遭遇できるとは思ってもいませんでしたよ」
目の前の切り株に1人の少女が座っていた。
黒い髪を腰まで伸ばし、白い肌に紅の瞳が冴えわたっている。その少女はバーバラの方に顔を向けながら面白そうに笑みを浮かべている。
「来るなら顔を見せても良かったじゃない。まだジーンたちはあなたのこと探してるらしいし」
「この身体に保つのもまだまだ慣れてませんから、皆さんの見知った私で外を歩くことは出来ませんよ」
「なら、この近くまで皆を呼び集めればいいじゃない」
「まあ、まだ心の準備が出来ていないというかなんというか……」
若干少女の歯切れが悪くなる。
それを見てバーバラがため息をつく。
「あのね、まさかと思うけど、会うのが恥ずかしいとかいう訳じゃないわよね、エリカ」
「ふおっ!? よくおわかりでぇっ!?」
驚いてそう言った少女の頭にバーバラの拳骨が入る。少女、半年前からバーバラと共に音沙汰なくなったエリカは頭を撫でながら涙目でバーバラを見上げる。
「はあ、いっそドラゴンの姿で城まで行かない? 生存報告兼感動の再開兼私の娯楽って事で」
「最後のはどういう意味でしょうか……」
「みんなの驚く顔が見てみたいだけよ」
「…………」
バーバラの提案を聞いたエリカが何やら真剣に考え込む。
冗談のつもりで行っていたバーバラは不意に心配になってエリカの顔を覗き込む。
「エ、エリカ……?」
「うん、やっぱり何とかなりそうですね」
「な、なにがかしら?」
「バーバラさん、今から出立です。途中でクライムさんも拾いますから、見つけたら教えてください!」
勢いよく立ち上がるとエリカの身体がほのかな光に包まれ、その光は徐々に木々の間で大きくなる。
「ちょ、本気なの、エリカ!」
<言ったのは、あなたですよ、バーバラさん>
その光が消えた時、エリカの姿はなく、代わりに黒い龍が佇んでいた。
「エリカ、そんな事をすればどうなるか分かってぇっ!?」
言いだしっぺのバーバラが必至にエリカを押し止めようとするが、その首根っこを咥えられてヒョイと背中に乗せられてしまう。
<では、行きましょうか>
「あ~、もう、どうなっても知らないわよ」
<ふふ、皆さん、元気でしょうかね>
「……そんなもの、直接本人に聞きなさい」
<ですね、では>
エリカは大きく翼を広げる。
巨大で、力強く、どこまでも黒い翼が空気を叩いてエリカの巨体を持ち上げる。
そしてエリカは一度大きく咆哮を上げると猛スピードで森の上を飛び去っていった。
これからは、また新たな旅が始まるのだろうか。
それはほかでもないエリカしか知らない。
やっふー
あと一話、作者の後書きが残ってますよ。