第67話 彼女の存在意義
信じられない光景、とはまさにこの事を言うのだろう。
ジーンの後に続いてドームに走り込んできた面子も、ジーンと同じように固まってしまった。その中でバーバラだけが、顔を歪ませながら舌打ちをした。
「遅かった……エリカ、まだ生きてるわね!?」
バーバラは声を張り上げて魔法陣の中心で立ちすくんでいるように見えるエリカに声をかける。
「っ! あいつらか!!」
エリカの周りに立っている男を目をやると、問答無用でジャックは大剣を向ける。
魔法陣の周りには10人程度の男が立っているが、魔法陣の縁で胴体を分断された死体や、壁まで吹き飛ばされている死体がある。
そして、その壁沿いに視線をずらすと、2つの人影が目に入った。
「クライム! すると隣のがユーリか!」
ヴァルトが声を上げる。
薄暗い視界の中でも、クライムの周りが血の海になろうとしていることは分かる。すぐさまヴァルトとセラが走り出して2人の所へ向かう。
「……邪魔が入ったか」
そこに至り、シャドーの1人、ヴィゴラスがようやく口を開いた。視線をこそジーンたちに向けてはいるが、その意識はエリカに注がれているのは明白、ジーンたちにはほとんど興味ないといった様子だ。
「しばらく待ってろ。こいつの処分が終わったら貴様らも同じところへ送ってやる」
「っ!! させるかよ!!」
その言葉に遂に我慢の糸が切れたジャックがヴィゴラス目掛けて走り出す。
「……仕方ない、全ての制御を俺には渡せ。あの愚か者を近づけるな」
「「「御意」」」
シャドーの男たちが声を揃えて頷くと、魔法陣からスッと身を引き、剣を抜いてジャックの前に立ちはだかった。
「へっ、てめえらみたいなので俺を止められるとでも思ってんのか?」
「止めるのではない、時間稼ぎをするだけだ」
「ジャック、俺たちを置いて1人でおっぱじめるなよ」
不意に背後から声をかけられてジャックが背後を振り向くとそこにはジーンが立っていた。そしてその隣にはバーバラとフィア、ヒナもいる。
「……バーバラ、クライムは心配じゃないのか?」
「あいつはそう簡単には死なないわ。心配するだけ無駄よ。それよりも目の前で助けを求めるお姫様を助けましょう、ジーン?」
「当然だ。エリカは大切な仲間なんだからな。見殺しにしてたまるか」
「…………パフィオベディルム、殿」
今まさにシャドーとジーンたちが剣を交えようとした時、魔法陣の中心から声が響き、その場にいた全員がエリカに視線を向けた。
「馬鹿な、まだ意識があるというのか?」
ヴィゴラスが信じられないという表情をしている。彼としては、てっきり当の昔にエリカは意識を失ったものだと思っていたのだろう。それはシャドー全員に共通していたようで、ジーンたちの正面にいる男たちも少なからず動揺している。
「エリカ! 大丈夫か!?」
ジーンが呼びかけると、エリカがゆっくりとジーンたちの方に顔を向けた。左半分を黒燐に覆われ、既にヒトのそれとは思えないほどの不気味さを醸し出しているが、右半分はまだジーンたちが見慣れたエリカの顔だった。
そのあまりに現実離れした姿にシャドーの男たちが一歩退く。
エリカの左目は既にヒトのそれではなく、恐ろしい野獣のそれを思わせるほどで、右目がほとんど輝きを失っているのに対して爛々と輝いているように見える。
まるで、ヒトとしてのエリカが死んでいくかのように。
男たちが退いたのを好機と見たジーンは魔法陣に入ろうとする。
だが、それをバーバラに制されてしまう。
「何をするんだ」
「落ち着きなさい、ジーン」
いつにも増して、バーバラの表情が硬いのを見て、ジーンは渋々ながらそれに従った。
「お久しブリでスね、パフィオベディルム殿。200年ぶりと言っタところですカ」
エリカはぎこちなく言葉を紡いでいく。それはまるで喋る事に慣れていないかのような口ぶりだ。
だが、それ以上にジーンたちが疑問符を浮かべたのはその内容だ。
「……あなたは誰かしら? エリカじゃないのは確かなようだけれど?」
「なんですって、それはどういう事?」
バーバラの言葉に全員が詰め寄る。
だが、バーバラはエリカから視線をずらさない。
「さすがハパフィオベディルム殿、あたしの正体に気が付キましたカ」
「エリカを出しなさい。私たちはエリカに用があるのよ」
「残念ながら、エリカは眠っテいます、深い、眠りにネ。起こさないでアゲてくださイ。彼女にモウ、辛い思いをさせたくナイんでス」
「それはどういう意味かしら」
エリカが寂しげな表情をする。
正確には「エリカ」という個ではないのかもしれないが、バーバラたちがそれを知る術はなかった。
「あたシはエリカの影、辛かっタ時や、悲しかっタ時に彼女の心ヲ支えル。彼女が表に出さなイ分、あたしが全てヲ受けとめていタ。ケド、もう限界……」
「限界? 何が!?」
「エリカは疲れ切ッテしまッタ。だから、あたしはコノ身体の制御権を彼女カラ奪い、彼女の憂イを全て晴らス事にスル。エリカに関係シタあらゆる者を、国ヲ、世界ヲ、破壊すル」
そう言うエリカの左目はとても楽しそうだ。
今、エリカは龍としてここにいるのだと、その場の誰もが直観で理解した。ヒトとしてのエリカは彼女の中で眠っているのだと。
「お喋りはいい加減止めろ。エリカ、あんたはここで大人しく、死ね!」
魔法陣の全ての制御を引き受けていたヴィゴラスが大声でそう言うと、魔法陣の輝きが強くなる。そして床から巨大な雷がドームの天井へ向かって起き、その膨大な雷の奔流はエリカの身体を飲みこんでしまう。
一瞬、エリカの姿すら霞んでしまい、巨大な翼の先端が僅かに見えるだけになってしまう。
「エリカ!」
誰が最初に叫んだかは分からないが、ジーンたちがほぼ同時にエリカの名を呼んだのは確かだ。
「……そンなものカ」
雷が荒れ狂う轟音が響く中、酷く冷めた声が聞こえた。
刹那、エリカを飲みこんでいた雷が霧散し、何事もなかったかのようなエリカが姿を現す。
その姿を見てジーンたちは安堵よりも恐怖が勝った。
その目はもはやヴィゴラスをヒトとすら見ていない。ただのモノ、よくても獲物くらいにしか捉えていないように思える。そう、丁度エリカが団内選抜試合で見せた、あの時のような目だ。
「お前たチはあたしたチを誤解しテいるようだナ。この程度ノ魔法でどうにカなるとデモ? その程度の能力でどうニカなるとでモ? それこソヒトの慢心と言うモノ、上には上ガいる事ヲ知るガイイ」
口調からはもはやエリカだと分からなくなってきている。
(このままじゃ、エリカがエリカじゃなくなる!)
バーバラは本能的にそう感じた。
おそらく、「彼女」はエリカの影、全てが終わればエリカに主導権を返す気があるのだろう。話す内容からしてそういう事なのは窺い知る事が出来た。
だが、全てが終わった時、エリカはエリカでいられるだろうか。
自分に関わった全ての人、世界を自分の手で破壊したと理解して、正気を保っていられるのだろうか。
バーバラはエリカがたとえ龍とはいえ、1人の少女だという事を知っている。彼女の強い部分も弱い部分も知っているつもりだ。いかに身体が強くとも、心までそうとは限らない。
エリカが壊れる事だけは、友として、絶対に許すことは出来ない。
「ジーン、エリカを止めるわよ。何があっても、彼女をここから出してはダメ」
「そんな事は分かってる。ジャック、ヒナ、あいつらの相手を頼む」
エリカと話している間、ほとんど空気になっていたシャドーたちを睨み付けると、ようやく男たちも自分たちがやるべき事を思い出したようにジャックたちに剣を向ける。もはや彼らでさえ呆然とするほどの存在感がエリカの身体からあふれ出しているという事なのだろう。
「合点承知だ。おめえらもしっかり嬢ちゃんを連れ戻してこい」
「エリカにはまだたくさん教えたい事も、教えてもらいたい事もありますから、絶対に頼みますよ」
ヒナはそう言うとヴィゴラスの隣にいるクランクを見据える。
「ジャックさんはあの有象無象を頼みますね。私はあの男を」
「ほっ、小娘が言うじゃねえか。良いだろう、てめえの血を俺の剣に吸わせろや」
ヒナは感情を表情にあまり出していないが、純粋な怒りがこみ上げているのは隣にいるジャックにも分かる。
「ヒナ、無理はすんなよ? いざとなったら団長やセラ、俺たちに助けを求めろ」
「もちろん、そうなれば当然そうします、が――――――」
その瞬間、ジャックの隣からヒナの姿が消える。
否、正確には消えたと錯覚するほどの速度で走ったのだ。コンマ数秒後にはヒナの姿はクランクの目の前にあり、その首目掛けて容赦なく刀を振ろうとしていた。
「な、なにぃっ!?」
クランクが驚きながら剣でヒナの振るった刀を弾き返すが、あまりのヒナの速さに動揺を隠させない様子だ。
「てめぇ、人間じゃねえな?」
「その台詞は聞き飽きましたよ!」
ヒナはニヤリと笑いながらクランクへ突貫する。
ヒナは獣人の中でもとりわけ凶暴な人狼の娘、その身体能力は吸血鬼のバーバラとも引けを取らない。さらに、人狼に元から備わっている殺人衝動を自ら解放する事で殺すことを厭わないようにしている。ヒナの父親、ムラミツのように戻れなくなる危険性など、今のヒナの脳内には欠片もない。
「おいおい、俺が目立たないじゃないか。てめえらしっかり気張れよ!」
ヒナの動きに感化されたのか、武者震いをしたジャックは獰猛な笑みを浮かべてシャドーに斬りかかる。
もはや見慣れてしまった豪快な振りと、その間に入れられる小技でシャドーを次々となぎ倒していく。
「……エリカが大切ニ思うのモ無理はなイ。こんなニも仲間思イなんデすかラ。だかラこそ、壊しガイがあるト言うモノ」
そこで初めてエリカは身体をジーンたちに向けた。身体を動かした拍子に尾が壁を抉り、ヴァルトたちの上に瓦礫を落とす。
そしてそのまま尾はヴィゴラスを直撃し、彼を壁まで飛ばして昏倒させる。死なずに済んだのはやはり経験の差というものなのだろうか。
正面から見たエリカは、あまりにも不気味だった。ヒトの部分と龍の部分の境界は徐々に体の右へと移行しており、エリカが完全な龍となるのも時間の問題と思われる。
さらに言えば、怪我をしているわけでもないのにエリカの身体からは血が流れ出している。傷口を黒鱗で塞ごうとしているようだが、よほど傷口が大きいのか血が止まる気配はない。エリカが龍に戻るのが早いか、出血多量で死ぬのが早いか、その2つの競争になりつつあるのは明白だ。
「ああ、こノ血? 半分はヒト、半分はドラゴン、内臓ガ壊れテ当然ダ。早くしナいと、死んじャうかもネ。エリカを救いタいのなら、早くあたしヲ倒す事ネ」
「あなた、自分が言っている事が分かってるのかしら? エリカが死ねばあなたも死ぬのよ?」
「ここデあなたたチを殺しタ後、ゆっくリこの魔法陣を使わセて貰ウ。そう、タイムリミットはあと数時間でしょうネ」
「なら、早々に決着をつけさせてもらうしかないようね」
バーバラはジーンに顔を向ける。
「俺の剣でないとエリカは貫けない。まったく、どうしてこんな大役が回って来るんだ……」
「愚痴ってないで、頼むわよ? 私じゃ時間稼ぎくらいしか出来ないから」
「了解、エリカ、今引っ張り出してやるからさっさと起きろ!!」
空気が変わったのはその時だろうか。
あまりに唐突に、全ての時間が止まったかのようにジーンたちを包む空気の質が変わった。それまでは刺々しい、ピリピリとした空気だったが、今は虚無だ。何もない、動けば自分の存在すら虚無に飲みこまれてしまうかのような空気になっている。
「ジーン、父上の鱗カら造られタ剣ヲ使う者、あなタさえいなけレば、エリカはこんナ目に合わズに済んダ」
「どういう意味だ……」
「あなタがエリカを見つけテしまったカらエリカには失いたクないモノが増えてシまった。タッタ1人で生きてイたなら、こんナ悲しイ思いヲせずに済んダ。あなタのせいで、エリカは壊れヨうとしてイる」
エリカは左手に巨大な黒燐の刀を作り出す。手に持っているのではなく、手の甲から持っているように見える形で伸びている。その刀をヒトの指のように5本作り出すと、指の動きに合わせて動かす。
「人はいつだって1人じゃ生きてられない。あんただってそうだろう、エリカがいなけりゃ生きられない」
「あたしハ生まれテもいない。エリカとイう個が作り出しタ逃げ道、虚像、結局、あたしハ彼女にとっテ便利ナ道具でシかない」
そして跳ぶ。
エリカ、いや彼女の中のもう1人の「彼女」、イフォネイアと言うべきなのかもしれない。イフォネイアはジーンの目の前に跳び込むと左下から5本の刀で切り上げる。黒鱗と白鱗の大剣がぶつかりあっただけで火花を散らし、甲高い音を響かせる。
「エリカ、しっかりしてくれ!」
「あたしヲその名で呼ぶナ! ヒトが付けタ名で、あたしヲ呼ぶナ!! あたシはイフォネイアという名があル!!!」
まるで癇癪を起こしたかのように喚き散らすイフォネイア。
だが、その間も強烈な連撃を繰り出してジーンに反撃の暇すら与えようとしない。ジーンも攻撃を防ぐのだけで精一杯、とてもじゃないが反撃に転じる事ができるような状況ではない。このままではじり貧になってしまう。
「私を忘れないでくれないかしら?」
巨大な白鱗の大剣、さらにはそれを振り回すジーン、2つの陰に隠れた背後からバーバラが飛び出し、イフォネイアに斬りかかる。
イフォネイアは左手で刀を受け止めると、5本の刀をバーバラに向けて伸ばしてきた。黒鱗は使い手である彼女の意志に応じて形を変える、そういう所だけはまだエリカであった頃が残っているようだ。
バーバラは自らの剣に絡みついてくる5本の刀を弾き飛ばすとエリカの顔面に思い切り蹴りを入れる。もちろん、そんな事でイフォネイアが怯むはずもない。素早く別の黒鱗がバーバラの蹴りを正面から軋みすら上げずに受け止める。
「そノ程度デ……っ!!」
確かにイフォネイアに一切のダメージは入らなかった。
だが、コンマ数秒動きが止まった。ジーンがそれを見逃すはずがない。
黒鱗を顔面の寸前に展開していたイフォネイアが防御を解くと、それを見計らったかのようにジーンの白鱗の大剣が迫っていた。イフォネイアは済んでのところで大剣を受け流すと地面を蹴ってジーンと距離を取る。
それを見てジーンとバーバラは笑みを浮かべる。
「やっぱり……」
「……いくら手負いとはいえ、エリカと比べたらはるかに弱い」
負傷しているだけではない。おそらく彼女はエリカの記憶を元に戦っているのだろう。
だが、記憶を掘り起こしてそれを実践したところで、過去が今に勝つことは出来ない。たとえ直近の記憶であろうと、1秒前の記憶であろうと、今のジーンたちとは比較することは出来ない。
「……なぜ? エリカの記憶かラあなたタちの戦闘スタイルは理解しテいル。なのに、なぜ、凌がれル?」
「確かにエリカは俺たちよりずっと強かった。そこには常に守りたいものがあったからだ。今のお前には何もない。ただ破壊するだけの力が守るための力に勝ると思うなよ?」
「……小癪。無駄口を叩いてル暇があッタらかかってコい」
そう言うとバーバラが笑みを浮かべながらイフォネイアの背後を指差した。
「私の時もそうだけど、あなた、注意力散漫よ?」
「っ!?」
バーバラに言われて何かに気が付いたイフォネイアは即座にその場から横に飛び退く。直後、そこにジーンの大剣と同じくらいの大きさの大剣が振り下ろされる。そして轟音と共に床にめり込み、その傍らに立つ影にイフォネイアは視線を向ける。
「ちったあ歯ごたえのある所を見せてくれよ、嬢ちゃん? エリカに負けた俺としてはリベンジもかかってんだ」
「ジャックさん、今はエリカを助ける事に集中してくださいよ」
床から大剣を引き抜いて肩に担ぐジャックの表情は楽しげだ。だがその服には大量の返り血が付いている。隣のヒナは軽く刀の血を払いながらジャックの言葉に顔をしかめている。
「シャドーだか邪道だか知らねえが、俺の敵じゃあなかったな。所詮は一般兵Aってとこだな」
「なんですか、それ」
「よく聞いてくれた。一般兵Aの力を1とすると、俺様超絶神兵様は1000くらい、まあ、負ける要素が見当たらねえな」
「……よく恥ずかしげもなくそういう事を言えますね」
ヒナが呆れたようにため息をついている。
まるでイフォネイアの事など気にしていないかのように、だ。
「何を勝手に……っ!?」
今度も背後から。
突如炎の球が背後からイフォネイアに向かって飛んできて、翼を直撃する。人間大の大きさの火球の直撃で多少なりとも体勢がぶれるが、それだけ、ゆっくりと背後に顔を向けるとそこにはフィアとシルヴィアが立っている。
「あら、この程度じゃ焦げ目1つつかないの? だとするとちょっと厄介ね。クライムとユーリさんがいるからあまり大きな魔法は使いたくないし……、シルヴィア、団長たちを盾で守れる?」
「いいわ。最大防御するから手加減はいらないわ」
「どいツもこいツも人の背後ヲ取るノが好きダな……」
イフォネイアが舌打ちすると、フィアが笑顔になる。
「戦闘において不意打ち、奇襲、闇討ちは日常茶飯事、賞賛されど批難される筋合いはないわ。エリカの記憶を見ているなら、それくらい理解できるんじゃないかしら?」
「屁理屈をっ……」
これで、イフォネイアはジーンたちに囲まれることになった。
明らかに苛立っているのが分かる。表に出てきている彼女が安定しなければ、中にいるエリカが外に出てくる可能性もある。決定的な一撃をジーンしか打てない現状、エリカに戻ってくれることが一番安全確実だと言えるだろう。
だとすれば、今ジーンたちがやるべきは「彼女」を引き留める足止めであって「彼女」を倒す事ではない。
「……なめるナよ、人間。あたしは、ドラゴンだっ!!」
「うおっ!?」
イフォネイアは足を地面に押し付けて姿勢を安定させると、思い切り尾を振ってジャックたちに襲い掛かる。横から薙いできた尾を飛び退いてジャックとヒナは回避すると、それを合図にエリカに向かって全員が攻撃を開始する。
「ドラゴンの相手は私たちの専門なのよ!」
シルヴィアが叫び床から巨大な氷柱が付き上げてくる。氷柱はイフォネイアの身体に接触すると接触した部位に凍り付いてイフォネイアの動きを制限する。そのほとんどが一瞬の隙しか作れないほどのものではあったが、その間にフィアが詠唱を終わらせ特大の火球をイフォネイアの頭上に作り出す。
火球はイフォネイアの上に落下し、強烈な熱風を辺りにまき散らす。シルヴィアが作り出した氷の盾がシルヴィアとフィアを、大剣を使ってジャックがヒナを、ジーンがバーバラを守る。屋内でいきなり巨大な爆発が起きれば、その内部は地獄と化しかねない。だが、イフォネイアを拘束しようとしていた氷柱が蒸発することで急激な温度の上昇はその一瞬に留まる。
だがあまりに強烈だったせいか、ドームの頂点辺りに穴が開き、外の景色が見えている。天井の瓦礫が真下にいたイフォネイアに降りかかるが、頭に当たっても怯むそぶりすら見せない。巨大な翼で爆発を凌ぎきり、ゆっくりと翼を広げると紅い眼が不気味に光るイフォネイアの姿がそこにはあった。
「相変わらず、嬢ちゃんは規格外だな……」
「褒めてる場合じゃないですよ!」
ヒナは隣で感心しているジャックを諌めながら居合の体勢になる。
「刀姫一刀流居合――――――」
初めてエリカに見せた刀姫一刀流の技にして、対大型生物の切り札……」
「屠龍」
空気を切り裂き、強烈な斬撃が生み出されると真っ直ぐにイフォネイアに向かう。イフォネイアは左腕を前に突出し、その斬撃を正面から受け止めてみせる。
ギャリッ!!
2つの音が同時に起きた。1つは斬撃と黒鱗の左腕とが衝突した甲高い音、もう1つは地面にストッパーのように刺していた踵の黒燐が床を抉る音だ。
屠龍の威力は想像を絶し、イフォネイアの半龍と化した身体を後方へと押したのだ。
「……さすがはエリカが師と仰ぐだけノ事ハあるナ。だが、エリカに教えタのは間違イだったナ」
イフォネイアはニヤリと笑みを浮かべると左腕を振る。5本の刀を持っているわけだから、それによって作り出される屠龍の飛ぶ斬撃は5つ、ヒナとジャックに向かって容赦なくその巨大な5つの斬撃が飛ぶ。
「くそっ!」
ジャックが素早くヒナの前に出て大剣で斬撃を全て受け止める。
だが、巨大な岩石すら切り刻む斬撃はジャックの大剣すら例外にはせず、大剣をバターのように切り刻んでしまう。斬撃は多少威力を減退させたとはいえ、ほぼそのままにジャックの身体に直撃し、5つの深い裂傷をつける。
「ぐはっ!?」
一部は内臓にまで届いたのか、直後ジャックが血を吐く。胸から腹にかけて鎧など無いかのように深く抉られ、ジャックは仰向けに倒れ込んでしまう。
「ジャックさん!!」
すぐさまヒナが駆け寄り意識を確かめる。
ジャックの傷は酷く、ヒナはジャックを担ぎ上げると駆け寄ってきたヴァルトと共にクライムが寝かされている壁際まで運んでいく。
「……くくく、捨て置いテ戦えバ良いものヲ。どうせ皆死ヌがナ」
「私たちは仲間を見殺しにはしないわ。もちろん、あなたもね」
一瞬、イフォネイアが意外そうな顔をする。
だが、それも一瞬、すぐにまたすべてに絶望したような悲しい表情をすると小さく言葉を紡いだ。
「あと、5人……」
珍しくエリカが出てこない回でした。まあ意識を失ってるようなので仕方ないですよね?
ていうかジャックさん! あなた超絶神兵でしょう!? なにぶっ倒れてるんですか!?
自分で書いていながらこんなことを言うのもなんなのですが、ジャックはやっぱり負けが一番似合わない人だなぁ、と。
ま、そんな事はどうでもいいですよね。
あとはイフォネイアの台詞をエリカと区別するためにカタカナを使ったのですが、変換が大変でした。二度とやりたくないです。
それではそんなわけで、エリカから身体を奪い取ったイフォネイア、この後どうなっちゃうんでしょうか、ではまた次回。
ご感想などお待ちしております。




