第65話 話して初めて分かる事の方が多い
今さらなんですが、タグのR15が機能してないですねww
取っ払うのも近いうちかもしれませんね。
基本タグをちょくちょくいじくっているハモニカですから。
ではでは、どうぞ
「仮にそのシャドーとやらが根城にするとしたら、どこになる?」
ヴァルトは今しがた城に戻ってきたセラに城下町の地図を見せながら訊ねた。
セラは地図を隅から隅まで睨んだ後、幾つかの場所に印をつけていく。その数は10数個にもおよび、城下町に点在している。
「私の知る限り、大人数が悪だくみできるほどの設備を整えることが出来る建造物はこれだけです。いずれもすでに無人で、近々建て直しが行われる予定のものもあり、立ち入りが制限されており人の目にもつきにくいです」
「よし、ではそれをしらみつぶしに捜索しよう」
ヴァルトは地図を折り畳むとそれを持って部屋を出る。それを追ってフィアとシルヴィア、セラを部屋を後にする。
部屋を出て通路を歩き出した4人はしばらくして反対側から息を切らして走ってくる衛兵に気が付き足を止める。
「どうした」
セラが衛兵の前に立つと、汗だくになった衛兵は1通の便箋をセラに手渡し、そのままへたり込んでしまった。おそらく休みなしでここまで走ってきたのだろう、内容を告げる余裕すら彼にはない。
「手紙……、あて先は……ヴァルト団長です」
「私か?」
少し意外そうな顔をすると、ヴァルトはセラから便箋を受け取る。
少なくとも、今現在ここにヴァルトがいる事を知っているのは城にいる一部の人間のみだ。外部の人間で知っている者がいるとすれば、それこそアールドールンの関係者くらいになる。情報を集約するために外で走り回っているバーバラたちですらヴァルトが城にいるという事は知らない。
にも関わらず、目立った汚れもないところを見るとかなり最近書かれた手紙だと思われる。
ヴァルトは便箋の封を切り、中から手紙を取り出すと広げて読み始める。
「…………っ!!」
ヴァルトの目が見開かれ、手紙を握る手に力が入った。
グシャッと言う音と共に手紙が握りつぶされ、ヴァルトはセラにより鋭さを増した目を向ける。
「セラ殿、馬車をお借りしたい」
「手がかりがつかめたのですね、分かりました、お供します」
セラはヴァルトの表情からあえて手紙の内容には触れず、ただそう言った。
ヴァルトはセラに礼を言うと、後ろにいたフィアとシルヴィアに顔を向ける。
「エリカの居場所が分かった。行く途中でジーンたちを捕まえるからお前たちも用意しておけ」
「「了解!!」」
セラが馬車を手配させると言って駆け出していった方に2人も走り出す。それを見送ってからヴァルトは自分が握り潰した手紙に視線を一瞬向ける。
「……馬鹿者が」
ヴァルトの呟きは誰にも届くことはなかった。
「……つっ、……ここは……っ!」
混濁した意識が身体に戻ってきたのは、あれからどれほどの時間が経ったかも分からなくなるほど後だった。
窓のない大きなドームのような場所のど真ん中にエリカは倒れ込んでいた。足には鉄製の枷が取り付けられていてエリカを逃がさないようその反対側は床に深く打ちこまれている。持っていた刀も没収されたのか視界の範囲内には見当たらない。
エリカは胸のネックレスを忌々しく引きちぎるとどこか遠くに放り投げてしまう。ネックレスが床に落ちる音が空間に響くが、それ以外何の音も聞こえてこない。
「クライムさん、一体何のためにこんなことを……」
シャドーと同じ事を考えているとは思えない。少なくともエリカはクライムがそのような人間だとは考えてはいない。
さらに言えば、ユーリが「あちら」側にいるのも理解が出来ない。クライムとの昔の話が本当だったとしても、ならばクライムの蛮行を止める側に回るのではないか、というエリカの思いは強い。
ユーリは聡い。
数度の会話でもそれがいかほどかは簡単に分かる。
だからこそ、何故彼らに組するのか理解が出来ない。
「……考えていても始まりませんね。ささっと脱出して本人たちから話を聞くしか……」
そう思って身体を起こし、足枷に手を近づける。
枷を破壊し、2人を探し出そうと考えたエリカは、指の先から黒燐を発現させようとする。鉄の鎖程度であれば黒鱗で造作もなく破壊することが出来る。
だが、いざ黒鱗を発現させようとした時、思わぬ事が起きた。
(力が入らない……っ!?)
発現に必要な力を籠めようとするが、まるで穴の開いた風船のように、入れても入れても抜けていってしまう。強引に外から力を抜き取られているような感覚だ。
「無駄な抵抗はしない方が身のためだぞ」
ドームの中に声が響く。
足音が近づき、エリカの前に男が現れる。コロシアムでエリカを連れ出した男だ。
「自己紹介がまだだったな。俺はヴィゴラス・アヴィート。シャドーを取り仕切ってる者だ。よろしくな、エリカ……、いやドラゴンの王女様?」
本名を知られていないのはエリカにとって不幸中の幸いと言えた。このような男に名前を呼ばれると、汚されるような気がしてならない。
エリカは何も言わず、ヴィゴラスの顔を睨み付ける。
「おいおい、怖い顔をしなさんな。俺たちはあんたを元に戻そうってんだからな」
「この姿にしたのもあなたたちでしょうが。覚悟してなさい、戻ったらなぶり殺しにしてやります」
「ほっ、怖いねぇ」
反対側から別の男の声が聞こえてきた。
振り返るとヴィゴラスと同じような恰好をしたガラの悪い男が現れる。男はエリカを見下しながらヘラヘラと笑っている。
「なら今のうちに戦意も何もかも奪っておこうか? このバウンダー様がその口を黙らせてやる」
大きな手でエリカの顔を掴むと強引に持ち上げる。あまりにも強い握力で顔を掴まれ、エリカの口から苦悶の声が漏れる。
「ふははっ、最上位種が何だ、こうなってしまえばただの小娘か」
「クランク、止めろ。傷物になっては我々にとって不利益だ」
「おおっと、そうだったな」
その場で手を放され、エリカは床に叩き落とされる。まともな受け身が取れずエリカは額を強く打ちつけてしまう。
「ならず者、その名の通りですね……」
「クランク・バウンダーだ。言っておくが、舐めた口聞いてると舌をぶった切るからな?」
「エリカ、言っておくがこの男はカッとなると本当にやりかねん。大人しくしていることを強く勧めておく」
同じシャドーでもやはり1人ひとり考え方も何もかもが違うようだ。このヴィゴラスという男は冷静沈着、クランクという男は猪突猛進、2人でバランスを取り合っているのかもしれない。
「これから何をするつもりなんですか……」
「さっき言った通りだ。あんたをドラゴンに戻せるという事が実証されれば我々は世界を支配するだけの力を得ることが出来る」
「あたしが元の姿になって大人しくしていると思ってるんですか?」
本当にそう思っているのなら笑い草だ。
元の姿に戻ったとすれば、エリカを止める事はヒトには出来はしない。もはやこのドームの中ギリギリの大きさになるエリカを剣や魔法で食い止める術はない。
エリカの言葉に、ヴィゴラスはニヤリと笑みを浮かべる。
「誰があんたを元の姿にまで戻すか。そうなればこの国ごと滅ぼされかねん。だから、半分戻ってもらう」
「なんで、すって……?」
「半分でも成功は成功だ。あんたの精神はヒトでありドラゴンとなり、身体はヒトとドラゴン、2つの種族の物となり十中八九拒絶反応を起こすだろう。身体への負荷を考えるとその過程であんたは死ぬだろう。死んでくれればそんな憂いは無用となるわけだ」
「ま、簡単に言えばてめえがドラゴンに戻ろうとしている途中で魔法を止めりゃいいんだ。そうすりゃおめえは苦しみながらあの世行き、俺たちはドラゴンになれる保証を得る」
「っ……外道……」
確かにその方法なら後顧の憂いはないだろう。彼らにとって最もあってはならない事は龍に戻ったエリカがその場で彼らに襲い掛かる事だ。別の横槍が入ったとしても、彼ら自身が龍になっていれば勝てる公算は大きい。
途中まで、という中途半端なもので保証が得られるかどうかはこの際脇に置いておくとして、そんな事をされてはさしものエリカもただでは済まない。
「ま、短い余生を楽しみな……、ってこれじゃ無理だな。かはははははっ」
その一挙一動に殺意を抱く。
「いつまでおしゃべりをしているのかな?」
高笑いしていたクランクの背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。クランクは口を閉じてどこか忌々しそうな顔を一瞬したが、すぐに真剣な表情に戻って振り返った。
「ドクター、準備の方は?」
ヴィゴラスが立ちあがり、エリカ越しにドクター、クライムに問いかける。
「準備は出来ている。後は人員が揃い次第、始められる。君たちもそろそろ……」
「分かっている。クランク、行くぞ」
ヴィゴラスがクランクを連れてその場を離れていく。足音がドアを開ける音に混じり、ドアが閉じられるとドームに再び静寂が舞い戻ってくる。
窓のないドーム内ではわずかな松明の明かりが何とか視界を確保する手段で、目と鼻の先にいるはずのクライムの姿もはっきりとは見えない。
だが、2人きりになり、クライムがいつものような笑みを浮かべているのだけは分かる。今はその笑みすら殺意の対象にしかならないが。
「……何が目的なんですか」
「目的? 彼らと同じ、では納得しませんか?」
笑みを浮かべた顔がエリカに近づけられる。その微笑みは相変わらずだが、その目は今まで見たことがないほどに感情が含まれていない。
今までは感情が読み取れない、というのが正しく、含まれていないと思った事はない。いかに目の前のクライムがエリカの知っているクライムと違うかを証明しているかのようだ。
「……納得できませんね。あの馬鹿な人達ほどクライムさんの頭が悪いとは思ってませんから」
エリカが皮肉も込めてそう言うと、クライムが一度意外そうな顔をしてみせた。
「まだ『さん』をつけてくれるのですね。てっきり名前すら呼んでもらえないかと思っていましたが」
「茶化さないでください。あなたの本当の目的は何なんですか?」
「…………」
だんまりを決め込むクライム。よほどの理由があるとしか思えないが、エリカにはクライムに恨まれるような筋合いはないはずだ。
そもそもクライムと出会ったのは公文書室が初めて、それ以前、龍だった時も含めてクライムとの接点は思い浮かばない。
「……確かに、あなたには直接は関係がないかもしれませんね」
一度、小さなため息をつくとクライムは口を開いた。
「1つ、昔話をしてあげましょう。冥土の土産にでもしてください」
クライムはエリカから顔を離し、背筋を伸ばすとどこを見るでもなくドームの天井を見上げる。
「事の発端は20数年前まで遡ります。私がまだ暗殺機関にいた頃の事です。暗殺機関と言っても、やる事は多岐に渡り、むしろ情報収集などの任務が多かったと思います。とはいえ、そんな若い頃からそんな所に身を置いていればいろんな情報を得る事も出来ます」
若く見えるが、クライムはもしかしたらヴァルト並みの歳なのかもしれない。今から考えてみれば、隠居するなどと言うのだからそれ相応の歳であるのにはもっと早く気付くべきだった。
「時には命の危険すらあるのが当然の世界、そんな中でも私には唯一無二の仲間がいました。それが今のアクイラ騎士団長ヴァルトであり、吸血鬼バーバラであり、騎士団員だったウィル・ホーリネスだったのです」
「っ!!」
最後に出た名前にエリカはハッと顔を上げる。
「……ジーンさんのお父上」
「そう、まだあの頃はジーンも小さかった。何度か抱っこをしてあげたのを覚えてますよ。あちらは既に忘れてしまったでしょうけどね」
クライムは懐かしい思い出に浸るかのように苦笑する。とてもじゃないが、現在進行形で悪の権化をしている人とは思えない、穏やかな表情だ。
「私たち4人は、4人で1つのチームのようなものでした。私が情報を入手し、それを元に立案された作戦に3人が従事する。もちろん、大掛かりな作戦であれば他の騎士も動員されますが、私たちは特別だった」
クライムはゆっくりとエリカの周りを歩き出す。
「酒を飲み交わし、冗談を言い合い、時にはからかい合った。ジーンが生まれると知らされた時は、皆で祝福もしました。私は出産の場にも立ち会い、ジーンという名は私たち4人で考えたんです」
いわば名付け親ですね、とどこか嬉しそうにクライムは言葉を紡ぐ。
「そんなある日、私に任務の話が来ました。当時から危機感を抱いていたドラゴンに関する任務です。討伐対象はドラゴンを統べる王、つまりあなたの父親ですね。私はそのドラゴンの力を前もって調べる役目を命ぜられたのです。当然ながら、ドラゴンの巣窟に行くまでも地獄、到着地も地獄、帰りの道中も地獄という無理難題でした」
徐々にクライムの顔から笑みが薄れていく。
その目は今までにない感情を芽生えさせている。
「正直、私は困惑しました。なにせ、ドラゴンの王など伝説以上神話以下みたいな存在でしたから。その実在すら証明した者はいません。ただ漠然と『居る』という事だけが独り歩きしていました。ですが、ドラゴンが独自の社会構造を持っている事ははっきりしていました。だからきっと、それを統べる者がいると。それにふさわしい姿かたちで、力を持っているドラゴンが王であろうという、今からしてみれば随分と希望的観測が混じった情報の元、私はあなたたちの王国へ向かったのです」
「……よく気づかれませんでしたね」
エリカはクライムの度胸と技術に感嘆した。
龍の王国に限らず、龍の生息範囲において気づかれずに入り込めるヒトがいるとは思いもしなかった。龍は風の流れのわずかな変化や、地面を伝わるわずかな振動からでも侵入者の存在を察知することが出来る。少なくともエリカは当時そのような話題を聞いた覚えがないところを考えると、クライムは見事にやってのけていたという事なのだろう。
「ヒトの常識が当てはまるとは最初から思っていませんでしたし、事実そうでした。ですが、木々の隙間から空を飛ぶ白いドラゴンを見た時、『ああ、あれこそが王に相応しい』と思ったのです。それからは白龍探しの日々でしたよ。寝る間も惜しんでドラゴンの巣窟を駆けまわり、ようやく見つけてその特徴、大きさ、性格などを事細やかに記録しましたが、肝心の戦闘能力に関してはどうにもなりませんでした」
「ドラゴンは、理由もなく戦う種族じゃありませんから」
エリカがどうだ参ったかという表情でクライムを見つめる。
クライムはただ苦笑するだけで表情を崩さない。
「確かに。ですが、おかげでお偉方は決断を迫られました。当時はまだ人間同士の争いの種も多く残っていました。獣人狩りもその1つです。だから、一刻も速く人類の敵を固定化したかった。だから、情報も中途半端な状態でアクイラ騎士団はドラゴン討伐に打って出たのです。当然、ヴァルト、バーバラ、ウィルも参加していました。私は当然、情報不足からの作戦失敗を警告しました。ですがお偉方は耳を貸さなかった。頭では相手が最上位種だと理解できていても、その本当の恐ろしさをその目で見ている者など、それこそバーバラくらいしかいなかったのです。そのバーバラにしても、上官の命令とあらば出陣するのが騎士、文句ひとつ言わなかった」
「……それが20年前」
返ってくるのは肯定の小さな頷き。
「あとはエリカも知っての通り、あなたの父親の大勝です。アクイラ騎士団は完膚なきまでに叩きのめされたのです。だが、その中で一矢報いた人物がいた」
「ジーンさんのお父上、という事ですね」
あの戦いが凄惨だったのはエリカも知っている。大規模な戦略級魔法でエリカの父親、イクシオンがヒトを薙ぎ払っていく中、必死に仲間を守ろうとイクシオンに肉薄したヒトがいたのも聞いている。
そしてそれがジーンの父親であった事も、彼の持つ白鱗の大剣が教えてくれている。
「ウィルはその戦いで受けた傷がもとで死にました。私は自責の念に取りつかれました。私がもっと正確に情報を集めていれば、もっと上官に強く中止を迫っていれば、とね。ですが、そんな事を思ってもウィルは帰ってくることはありません。私にとって、『こんどこそ』が唯一自分を存在させ得る理由となったのです。もちろん、ヴァルトにもバーバラにもこの事は伝えていません。前線を退き、公文書室の司書になったのも、あそこなら何らかの方策が見つかるのではないかと思ったからです」
「……そして、見つけたのですね」
「……ええ。ヒトを他の生物へと変える魔法の発展版と言えば簡単そうに聞こえますが、あれはヒトをドラゴンにすることを目的にした魔法。これを逆用すればドラゴンをヒトに変える事すら出来る、私はそう考え、さっそく魔法の解析と逆用するための研究を始めました。結局10年以上の歳月がかかってしまいましたけどね」
もはや執念などという言葉では言い表せないほどのものだ。
「そしていざその魔法が完成したと思った時、シャドーが私の前に姿を現したのです。『我々をドラゴンにしろ』と言ってね。当然拒否しましたよ、そんなバカげたことのために研究をしていたわけではなかったのですから。ですが、彼らは『ドラゴンになれる事を証明するために君の研究を生かしたい』と言ってきた。つまり、ドラゴンをヒトに変え、再びドラゴンに変えるという事です。彼らは既に私のやっている事も、目的も把握していたんですよ、忌々しい事に」
チラリと男たちが消えていった方に視線を向ける。まだ男たちがやって来るような気配はない。
「そして、その実験体を彼らと共に探しに再びドラゴンの巣窟へ向かいました。私に拒否権など無かったし、あったとしても行使することはなかったでしょうね。そして、私は彼らをそれとなく白龍を見た場所へと誘導し、実験体としてあなたを見つけさせた」
もはや数カ月とは思えないほど過去の事のように思える。あの日、あの時、あの場にはシャドーと共にクライムもいたという事だ。
「私は歓喜しました。20年前の調査で娘、つまりあなたの存在は知っていましたから、漆黒のドラゴンが眠っているのを見た時は我をも忘れるほどでした。これでようやく、あの憎き白龍に目に物を見せてやることが出来る、そう思った私は嬉々としてあなたをヒトにするために魔法をかけました。殺す気などありませんでした、どうせ元に戻すのだから、精々苦しむ姿が見たかったというだけです。その時はまだシャドーもあなたを殺す気などありませんでした。ドラゴンの報復が恐ろしかったのでしょうね」
クライムはエリカの横に蹲ると、エリカの服の袖を破く。そして露わになった腕に小さなナイフを突き立てる。一瞬エリカの神経が痛みを告げるが、すぐに痛みはなくなり、突き立てられた場所からわずかに血が出る。
クライムはその血を試験管に移すと栓をしてポケットにしまう。
「あなたの血が、彼らをドラゴンへと変える誘導役です。本当は、その場で採取する予定だったのですが、あまりにあなたの衰弱が激しく、おまけに日も上りきった時間帯、何時あなたの父親が帰ってくるか分からない状況ではそんな事すらしている時間はありませんでした。そこで私たちは一度撤退し、あなたの体力が回復するのを待つことにしました。シャドーも、数十年待っていた事が数日伸びようが問題ない、という意見でした。だが、頃合いを見計らって戻った時、既にあなたはいなかった」
思い立ってすぐに行動に移したエリカは十分に歩けるだけの体力が回復した時点でイクシオンと共に龍の王国を去っていた。おそらくクライムたちはそれと入れ違いに戻ってきたのだろう。
「驚きましたよ、アクイラ騎士団の入団式であなたが陛下に頭を垂れていたんですから。あの時は自分の目が信じられませんでした。シャドーにはアールドールンの内通者としての私と、ドクターとしての私という2人の人物を装い、あなたの発見を遅らせました。むしろ、私はあなたがどれほどその身体になって苦しんでいるかを見て悦に浸ろうとしていたのかもしれませんね。ですが――――――」
そこでクライムは一度言葉を切った。
「あなたは想像以上に強かった。それは精神的な意味も含めてです。それどころか、自分が馬鹿に見えるくらい前を向いていた。私は過去を忘れられず20年もあなたに、いや正確にはあなたの背後にいる父親への復讐を誓っていたのに、あなたは数日前の出来事すら忘れたかのように穏やかだった。これでは、私は何のためにあなたをヒトにしたのか分からないではありませんか」
「……忘れてなんかいませんよ」
エリカは小さくそう呟く。
「ヒトの身体に苦しんで、こうなった運命を呪って、こうなってしまった自分を恨みました。誰が考えます? ある日、自分が全く違う生き物の姿をしているなんて。あたしだって最初は気が狂っていたかもしれません」
顔を上げる。
目の前にはエリカの言葉を聞こうとこちらに顔を向けているクライムの姿がある。
「でもね、思ったんです、『道が消えたわけじゃない。ただ、道を間違えただけだ』と。間違えただけなら、次の曲がり角で正しい道に戻れば良いだけの話、その曲がり角を見落とさないためにも、情報を集める必要がある、と」
「正しい、道に……」
クライムがエリカの言葉を反芻するかのように呟く。
「ヒトの世界には数々の文献があります。ヒトの長い時代の中で、無数の文献が書かれました。あたしたちドラゴンには出来事を書物に記すと言う習慣もないので、全て口伝えとなります。結果、その伝承も曖昧なものになってしまう。だから、あたしは『この世界』に来たんです」
自分が生きる「世界」とは違う場所、言ってみれば未知の世界、異世界といった感じだ。竜人族の里自体が人里離れていたのだから、本当のヒトの世界を知っているとは言い難い。
「……なぜです? どうしてそれほどまでに前を向いていられるのです? なぜ絶望せずにいられるのですか?」
クライムは訴えるようにそう言う。もはや、どちらがどちらに語りかけているのかも分からない。エリカが自分自身を納得させるために言っているのかもしれない。
「私はあなたを絶望させるつもりだった。あなたの父親と共に。なのに、どうしてそんなに平然としていられるのですか?」
「……受け入れたからです。受け入れなければ何も始まりません、何も動き出しません。クライムさん、あなたはウィルさんの死を受け入れていない、だから何も始まっていないんですよ。あなたはまだ20年前のあの日を生きている」
クライムが黙り込む。ただ、その目は確かに感情を宿している。その感情が復讐であろうと、自責の念であろうと関係はない。クライムは「今」を生きているのだから。
「……あたしを殺すことでクライムさんが新たな一歩を踏み出せるならそれも良いでしょう。ついさっきまで恨まれる筋合いなんてないと思ってましたけど、ちゃんとした筋合いがあったんですから」
そう言うと、クライムがハッとなる。エリカの言葉は、クライムにとってすれば「自分を殺せ」と言っているも同然、到底信じる事などできなかったのだろう。
「あたしたちはそれほど自分の生とか死に執着はしません。仲間の死には敏感ですが、それは殺された場合に限ります。数百年生きますからね、死に際に悪あがきするような事はしません。あなたたちヒトとは生きた桁が違うんです」
少し冗談めかしてエリカはそう言ってみせた。
「……何故か、妙に納得させられますね、あなたが言うと。さすがにバーバラでもそこまでは言えないでしょう」
不意に、クライムの表情に笑みが戻る。
「やはり、私は間違っているのでしょうか?」
「それを決めるのはあなた自身であたしではありません。そして、決めた後どう行動するかも、あなた自身が決める事」
エリカはそう言うと口を閉ざし、クライムの目をまっすぐと見る。
話を聞いてようやく理解できた。
彼は決して悪い人間ではない、と。一瞬でもシャドーの仲間と思ってしまった自分が情けなくさえなってしまう。
クライムの恨みは至極当然のものだ。大切な者を殺した相手を恨むのも当然、その相手の周囲の者にその矛先が向かうのも、ある意味当然と言える。
だから、エリカはクライムが憎しみを以てエリカを殺すのなら、それを受け入れようと思う。
それがエリカにしかできない贖罪なのであれば、微笑みを以てそれを受け入れよう。
シャドーの目的は見過ごせないから殺されるわけにはいかないが、クライムの恨みを受け入れる事は出来る。それで彼の気が済むのなら。
だが、クランクはエリカの真っ直ぐな視線に小さくため息をついた。まるで自分を小馬鹿にしているような気がして癪だ。
「ふっ、ヴァルトに送った手紙が無駄になってしまいましたね」
「何を……」
クライムはそう言うとポケットから小さな鉄製の鍵を取り出した。そしてエリカの足に繋がれた枷の鍵穴に差し込むと素早く回す。
カチッという音と共に足枷が外れ、エリカはよろけつつも立ち上がる。
「良いんですか? あなたの仇じゃないんですか?」
枷が接していた部分を撫でながらクライムに聞くと、微笑が返ってくる。
「どうでも良くなったとは言いません。むしろ私はまだあなたを憎んでいる。ですが、ここで殺したらそこで終わり、私には何も残りませんから、もうしばらく生きる目的を見つけるまでは死にきれません」
「それなら大丈夫ですよ? 多分生きる目的はバーバラさんになるでしょうから」
「バーバラが? どういう意味です――――――」
エリカが振り返ってその続きを言おうとした時、背後から何かが覆いかぶさってきた。
「なっ!」
それがクライムである事に気が付くのにしばらくかかった。うつ伏せに倒れられたのもあるし、ドーム自体が薄暗い事もあった。
「クライムさん!!」
「まったく、ヴィゴラスの言う通りじゃねえか」
耳に入れるのも嫌な声が上から降りかかり、見上げるとクランクが血の付いた剣を手に立っていた。その隣にはヴィゴラスが、そして2人の背後には10数人の男が立っている。ヴィゴラスは後ろ手に縛られたユーリを連れており、ユーリはクライムが刺された事で半狂乱になりかかっていた。
「決意を途中で投げ出すような奴を信用は出来ない。この女がずっと俺たちの部屋を見張っていたのにはこういう訳があったのか」
ヴィゴラスが感情のこもっていない声でクライムに言う。
だが、当のクライムは腹部を抑えながらエリカの上で苦悶の声を上げている。手の隙間から血が噴き出してエリカの服も血で染めていきつつあるのが分かる。
「クライムさん、しっかりしてくださっガッ!?」
クライムを抱き起そうとした時、エリカの身体に痛烈な痛みが迸った。即座に強力な電撃が頭から足の先まで流れた事は理解できたが、なす術など無かった。この場では避雷針の代わりに黒鱗を出すことも出来ない。
「計画には支障ない。後はドクターがいなくとも我々で出来る。貴様はお前の仇敵の娘が死に絶えるのを見るまで死ぬんじゃないぞ?」
「や、やめ、ろ……!」
息も絶え絶えの中、クライムは何とかその言葉だけ紡ぐが、もはや立ち上がる事も難しい状態だ。クライムは男2人に腕を掴まれ、エリカから引き離されると近くの壁のところまで連れていかれ、そこで床に落とされた。ユーリはその隣に拘束され、それを済ませると男たちはエリカの周りに並んだ。
「お前にはあいつと違って恨みも何もないが、我々の悲願のため、その糧となってもらう」
「誰がっ……」
「お前の返事など関係ない。否応なくお前はドラゴンへと引き戻されるのだからな」
そう言ってヴィゴラスがエリカに正面を向けながら後ろに下がっていく。それと同時にシャドーの男たちがエリカを中心にして円を描く様にして距離を取っていく。
そして10メートルは離れたかという場所で立ち止まると、おもむろにエリカに向けて手をかざし始める。
「いよいよ、我々の悲願への道が開かれる」
誰が言ったかは分からない。
だがそれが合図になっていたのは確かだ。
「起動」
エリカを中心に、巨大な魔法陣が輝きだした。
クライムの目的、一話にして終っ了~、のお知らせ。
ていうかいい人なのか悪い人なのかハモニカ自身分からなくなってきたw
さてさて、前書きに続いて、「主人公最強の予定」が予定のまま終わりそうな予感。
いや、ハモニカの中では全キャラ中一番強いし、小説でもそのように描いているつもりなんですけどね。他の主人公最強モノとは明らかにその程度が低いかもしれませんね。
そもそも主人公最強という文字はだいたい無双出来てこその言葉、エリカが無双した記憶があんまりありません。
むしろ頑張って勝った!
みたいなもののほうが記憶に残っているようなww
結構負傷してますし、どうなんでしょうね? こっちも取っ払います?
今さらこれ消したって正直読者数に影響ないような気もしますし・・・
だってもう70話近くやってるんですよ? 固定読者になってるような気がしてなりません。
いいですよねぇ?
エリカが最強だと思う方は感想で挙手してくださいww
・
・・
・・・
・・・・
逆に反応が怖いですね、ま、周りの意見に流される事幾候、ハモニカは今からでも流される気満々です。
では!
ご感想などお待ちしております。
追伸
途中でほざいたことには良心がある方だけ反応してくださって構いません。
正直今さらエリカをどうこうできませんから、今後の執筆活動の参考にさせていただけたら、と。
皆様の中で最強とはいったい何なのか、お聞かせ願えたら幸いです。