第63話 逃走劇
もう11月ですか。
気温もなんだか肌寒くなってきた今日この頃、そろそろ冬用の布団を出そうかと思っているハモニカです。
「うん?」
ふと、ジャックが顔を上げる。
そして壁から離れると扉に近づき、そのドアノブをガチャガチャと回してみるが、当然ながら鍵がかかっていて扉は開かない。
「どうした、ジャック」
「くそっ、やられた!!」
ジャックは思い切り扉を蹴り飛ばす。ジャックの蹴りを受けた木製のドアは蝶つがいの部分から見事に引きちぎれて廊下に吹き飛ばされる。
そしてジャックは廊下に飛び出すが、それを止めようとする者はいなかった。
「あいつら、本当に嬢ちゃん……、いやお姫様にしか用はなかったのか……」
ジャックは歯ぎしりしながら室内に戻ると、床に突き刺さったままだった大剣を引き抜くと背負う。
「俺も行くぞ、ジャック」
その背後にジーンが近寄る。当然ながら白鱗の大剣を背負っている。
「よし、俺とジーンは嬢ちゃんを探す」
「私もアレックスと一緒に探すわ。フィアとシルヴィアはティティ様の所に行ってこの事を知らせて」
「分かった、皆にも声をかけて探すのを手伝ってもらうわ」
ジャックによって蹴り壊された扉から出ると、ジーン、ジャック、バーバラの3人は出口方面へ、フィアとシルヴィアは観客席の方へと走り出す。
既に廊下からは人の気配がない。
エリカを連れ去った衛兵たちはやる事を済ませるとさっさと退散したのかもしれない。そうなると捜索は著しく困難になってしまう。
「大人しくついて行くような性格じゃねえだろ、嬢ちゃんは」
焦っていたのが顔に出ていたのだろう。ジーンが暗い表情をしていたのを見てジャックがそう言ってきた。
「そうね、刀だって持っていたし、問題はないと思うのだけれど……」
バーバラも冷静を装ってはいるものの、声には焦燥の念が滲みだしている。彼女にしてみれば、全てを理解したうえで悔やんでいるのだろう。知っているからこそ、動けないという時も存在するのだ。
「外に出ているとなると探すのは難しいな。アレックスで探せないのか?」
バーバラの横を走っているアレックスにジーンが視線を向ける。
「もとよりそのつもりよ。アレックス、頼むわよ」
バーバラがそう言いながら軽くアレックスの頭を撫でる。
するとアレックスは走る速度をさらに上げて3人の前に出る。そして3人を導く様に出口から飛び出すと人の流れの多い首都の大通りを目指す。
「待ってなさい、エリカ。なんでもかんでも自分で解決しようとする悪い癖、矯正してあげるわよ」
「な、なんですって!?」
ティティが座っていた椅子から飛び上がる様に立ち上がると、公衆の面前という事も忘れてフィアとシルヴィアに詰め寄ってきた。
試合直前という事もあり、既に観客席に入っていたティティに会うため、警備をしていた衛兵を何人か昏倒させてしまい、今も背後を衛兵に固められている。だが、彼らも2人が話す事を聞いてどう行動すべきか悩んでいるようだ。
「エリカが、連れ去られたって、本当なの?!」
「お、落ち着いてください、ティティ王女様!」
必至の形相で事の真相を聞き出そうとするティティをセラが何とか押さえ込もうとするが、いつもの冷静さも吹き飛んでしまったティティはジタバタと暴れてセラの制止を振りほどこうとする。
「すみません、私たちは何もできませんでした……」
「そんな謝罪はいりません! 全力でエリカを探してください! 陛下、遠距離転移魔法の使用を許可してもらえますか!?」
声は荒げているが、エリカを心配する気持ちは強い。すぐに頭を切り替えるとセラに抑え込まれている体勢のままグラン王にそう尋ねる。
「騎士が誘拐されるなんて事があるとはな……。しかも私の国の衛兵を偽って、か。私たちも協力しよう、セラ、騎士団を総動員しろ。それから魔法陣を起動、アールドールンとのゲートを開け」
「はっ、承知しました!」
にわかに騒がしくなる他の観客たち。
それもそうだろう、突如本来闘技場にいるはずの騎士とその仲間が王族の観客席に乗り込んで何やら押し問答をしているのだから、不審に思わない方がおかしい。
「私もお手伝いする。先日の無礼の詫びにもならない微力ではあるが」
シャリオ王子が立ち上がると、すぐさま観客席を後にする。
その様子を、フィアとシルヴィアはただ見ているしかなかった。今ここで彼女たちに出来る事はない。そう思うと、無性に自分の無力さが腹立たしくなってくる。
そんな2人の心の内を読み取ったのか、ティティは穏やかな表情をして2人に近づいた。
「何をぼさっとしているんですか? 2人には2人にしかできない事もあるんですから。すぐに魔法陣でアールドールンへ帰国、アクイラ騎士団のお留守番で暇を持て余している方々を呼び寄せなさい。一刻の猶予もないのです。仲間を見捨てるような真似をしていては騎士の名が廃ります」
そう言われて、2人は顔を上げる。
「エリカのためにも、……いえ私のお姉ちゃんのためにも、速く!」
決して人前では言わないと言った呼称でエリカを呼ぶ。
一度は平静を取り戻していた声も再び荒くなるが、それは2人の背中を押す力強さが宿っていた。
フィアとシルヴィアは姿勢を正し、一礼すると先ほど走り去ったセラの後を追うために観客席を後にした。
それを見送ると、ティティはグラン王に向き直る。グラン王も事態が深刻である事は理解しているようで、ティティの目を見て小さく頷くと、観客に向かって試合の中止を宣言、今いる手勢にコロシアム内を徹底的に捜索するように指示した。
「一介の騎士1人に、ここまでとは。やはり彼女は只者ではなかったのだな?」
「ええ、それも下手をすると人類が滅亡してもおかしくないくらいの超VIPですよ」
「ふっ、それは洒落にならんな。では、全力で探さなければな」
「ふう、ここまで来れば……」
コロシアムを飛び出し、背後を気にする暇もないくらい全速力で走り続けたエリカは息を整えようと深呼吸をしながら近くにあった木箱に腰かける。
不思議にもエリカを追おうともしなかったあのシャドーの男たちの行動には疑問符が浮かぶが、エリカが逃亡することも想定の範囲内だったということなのだろうか?
騎士団の鎧は目立つため、早々に脱いで身軽になっている。姫黒と黒羽の腰に括り付け、辺りを警戒しつつしばし身体を休める。
「さて、これからどうしましょうか……」
シャドーが行動を開始した以上、エリカにアクイラ騎士団の所に戻るという選択肢はない。エリカとしても、自分個人の問題に人を巻き込みたくないという思いがある。
(このままこの町にいるのは得策じゃないですよね。とはいえ、土地勘もないですし……)
アールドールンの首都でさえ、迷子にならないとは言い切れないほどなのに、やって来て3日か4日のエオリアブルグで当てもなく走れば迷子にならないはずがなかった。
事実、今も自分が首都のどの辺りにいるのか把握できていない。敵が近くにいるか、いないか、ただそれだけを考えていたからだ。
「……こんな別れ方は嫌でしたね」
後頭部を建物の壁にゴツンとぶつける。狭い裏路地の隙間から見える空が随分と遠くに感じられる。
さよなら、すら言えなかったのが悔やまれる。そもそもあの時はそんな事を考えていられるほど余裕はなかったし、いかにして敵を振り切り、この状況を打破するかが問題だった。
そこまで考えて、エリカはそんな思考を振り払う。
(生きていれば、また会える……)
敵は10人以上と考えるのが妥当だろう。あそこまで組織だった行動が出来るのだから、背後にバックアップを担う人間がいてもおかしくない。いれば必ずエリカを追撃してくる。
案の定、エリカにとっては最悪な事に、裏路地の奥からエリカに向けて放たれる強い敵意をエリカの敏感な神経が捉える。なぜ殺意ではないのか疑問が残るが、今はそれどころではない。敵意だろうと殺意だろうと、結局は同じ穴のムジナ、エリカに危害が加えられることに違いはない。
大通りの方からも幾つかの敵意が接近してくる。まるでエリカの場所を把握していたかのように反応が早い。
(きっと、ジーンさんたちも動いているんでしょうね。あの人たちは、あたしみたいな者でも、初対面で受け入れてくれたのですから……)
あの出会いがなければ、エリカの人生は随分と違った方向へと進んでいただろう。
ジーンたちと出会い、世界観も全て変わった。それまでとは全く違った物の考え方をするようになり、龍の伝統など馬鹿らしくなるような事をたくさんしてきた。
まだ数カ月しか経っていないのがウソのようだ。1回分の人生を生きたような気がしてならない。
(だからこそ、あの人たちを巻き込むわけにはいかない!)
自分にここまで良くしてくれたアクイラ騎士団の面々、ティティ、まだ数回しか話をしていないアーサー王、ほんのわずかな間に、エリカはとても多くの人々と出会った。
「……全部終わらせてやりますよ」
しばしの休息を終わらせ、木箱から腰を上げると刀を抜く。
その時、路地の奥から数人の人影が現れる。先ほどコロシアムにやって来た男たちではないところを見ると外で待機していた仲間なのだろう。エリカを見つけると剣を抜き、戦闘態勢に入った。
「大人しくついて来い。怪我をさせたくはない」
言っている事とやろうとしていることが矛盾している。剣の切っ先をエリカの喉元に突きつけようとする男を睨み付け、背後を一瞬気にする。
大通りの方からも男たちが現れ、逃げ道を塞いでしまう。
「どのみち逃げ場はない。下手に騒いで関係のない人間を巻き込みたくはないだろう?」
男たちの目を見て分かった事がある。
彼らは殺しのプロだ。人を殺すことを生業とし、今までに数えきれないほどの命を奪ってきた、そんな目をしている。彼らの言う通り、助けを求めて大通りに出ようものなら、片っ端から斬り捨てられるかもしれない。
「……なら、ここであたしが全員相手にすればいいだけの話です」
狭い路地、男たちは必然的に縦列を作らざるを得ない。いかに腕が立ったとしても、数がいたとしても、瞬間的にエリカが相手にする人数は2人、各個撃破できるとエリカは踏んだ。
エリカがそう言うと、まるでその言葉を待っていたかのように男が意地汚い笑みを浮かべる。
「それでこそ、我らが追い求めた至高の存在だ。楽しませてくれよ?」
言うと同時に狭い路地でエリカに斬りかかってきた。路地での戦闘を予測してか、小回りの利く小ぶりの剣をエリカに振るうと、エリカはそれを受け流して反対の刀で男を突き刺そうとする。
男はそれを身体を捻って避け、刀は脇と腕の間をすり抜け、男は腕をその刀に巻きつけるとエリカの腕を掴んで動きを止める。
その瞬間、背後からもう1人の男がエリカに襲い掛かろうとする。
「くっ!」
片腕を取られ、身動きの取れないエリカは襲い掛かろうとしてきた男の腹を思い切り蹴り、数歩退かせると腕を掴む男を力任せに引っ張るとそのまま背負い投げのように持ち上げて反対側の男にぶつける。
2人の男がぶつかった拍子に地面に倒れ込むが、他の男はそれを気に掛ける様子もなく2人を飛び越えてエリカに追撃の機会を与えまいと攻撃してくる。
どうやら飛び出してきた男は魔法も使うようで、手の平に小さな光の球を作り出すとそれを撃ち出してくる。狭い路地では避ける事もままならないため、姫黒と黒羽で光の球を斬りおとそうとその刀身が光の球に当たった瞬間、爆発したかのように光の球が眩い光を放ち、エリカの目を焼こうとする。
「っ!!」
強烈な閃光はエリカの視界を一時的に奪い、動きを鈍らせる。エリカが避けずに斬ろうとすることを見越しての行動、腕もあるがしっかりと研究されているようだ。
だが、視界を奪われた程度でエリカが倒せると思われては心外だ。
隠そうともしない敵意のおかげで、男たちの動きは手に取る様に分かる。ついでに言えば、視界を奪われて感覚で敵の位置を把握しようと思ったために、さらに複数の敵意に気が付くことが出来た。狭い路地、それを構成する壁の上、屋上にも誰かいるのが分かった。
そして、今まさに真上から襲い掛かろうとしていることも。
視界を奪われ、動揺して動きが鈍ったところを袋叩きにしようとでも考えていたのだろう。前、後ろ、頭上の三方から剣が突き出され、エリカに向かってくる。
「甘い」
前から来た剣は姫黒で、上から来た剣は黒羽で、背後からの一撃は防ごうという態度すら見せず、黒鱗で受け止める。
3つの金属がぶつかり合う甲高い音が路地に響き、その余韻が終わる前に頭上から襲い掛かってきた男が重力の法則に基づいて黒羽に自ら突き刺さる。いとも簡単に貫通し、100キロはあろうかという大柄の男がくの字に曲がってエリカの腕にぶら下がる。
もちろん、こんな重いものを持っているつもりなど毛頭ないエリカは即座にまだ生と死の合間にいるであろう男を放り投げ、近くの木箱を粉砕させる。
(とはいえ、このままではじり貧ですね……)
敵はまだ随分といる。いくらエリカと言えども、ここまで走ってきた事だけ随分と体力を使っている。徐々に取り戻しつつある視界に男たちを見据え、早々に決着をつける事に決める。
(1人ずつなんてまどろっこしい事は終わりニシマショウ)
「っ!!」
また、自分の中で「人間じゃない方の自分」が囁きかけてきた。
(おかしい、この間暗殺者たちを殺した時は来なかったのに……)
「エリカ」という存在を作り上げているものの中に存在する、「イフォネイア」という龍。
きっと、彼女はどこかでヒトを見下しているのだろう。エリカにもっと殺せと耳元で囁いている。
確かに、龍からしてみれば、遥かに矮小な存在であるヒトが世界を統治しているのだ。どこか卑下した印象があってもおかしくない。
だが、エリカは竜人族と触れ合い、バーバラに出会い、アクイラ騎士団の人間と出会い、同族を殺して利益を得るだけがヒトではない事を知っている。
「邪魔を、するなああああっ!!」
それは、男たちだけに向けたものではない。自分の中にいる、ヒトに無慈悲な自分に対してでもある。
彼女の囁きは悪魔の誘惑のように甘い。全てを破壊しつくせば、なにも憂う事はない。そんな事は言われなくても分かっている。しかし、エリカはそれが出来るほど道徳心が欠如しているわけではない。
あくまでエリカが殺したいと願うのは自分をヒトの姿にした張本人。目の前にいるのはその下っ端、殺すにも値しない存在だ。殺す事に抵抗はないが、彼らを殺す事以上に恨んでいる相手がいるのだ。
路地方向の男を刀を握る拳で殴り飛ばす。反応すら出来ないほどの速度の拳は男の頬にクリーンヒットし、頬骨が砕ける音と共に口の中から白い物体が幾つか飛び出す。そのまま男を壁に打ち付けると、グチャッという音と共に鼻、口から大量の血が流れ出し、男はズルズルと壁伝いに地面に倒れ込んだ。おそらく壁にぶつかった瞬間、エリカの拳によって男の頬と反対側の頬がくっついたのだろう。
エリカは血の付いた拳を男から離すと、路地の方向へと走り出した。
「……まったく、逃げ足が速いにもほどがある」
死体となった仲間を見下ろしながら、男の1人が呟いた。
「予定通り、目標は首都中心を西に向かっている。そろそろランデヴーポイントにつくだろう。後はドクターに任せよう」
仲間の死体に魔法で作り出した炎をつけ、証拠を隠滅する。
「許せ、お前たちの分まで、俺たちは生きてやる」
そういうと、男たちは路地から姿を消した。
「大通り近くで火事?」
エリカを探していたジーンたちの耳に、周りを歩いていた人々の話し声が聞こえてきた。
もちろん、すぐに辺りを見渡してみると、黒い煙が立ち上ってるのに気が付いた。
「なんでも死者2名、消し炭になってるが……、奴らだな」
ジャックが呟き、ジーンとバーバラが頷く。
「大方返り討ちにあったのよ。エリカはそう簡単に負けるわけないんだから」
「という事は、エリカは順調に逃げているわけだな。なら俺たちは奴らより早くエリカを見つけ出さないと」
「私は火事の現場に行って何か手がかりがないか探してくるわ。あなたたちは引き続きエリカを探して」
バーバラはそう言い残すと黒い煙が立ち上る方向へと走り出し、ジーンとジャックは引き続きエリカを探すためにアレックスと共に大通りを走り出した。
あ~、進まない~。
今書いている部分も本編では初めて一万字を超えようとしております。
終盤だけあって台詞が増えたり複雑になってきたりと、悪戦苦闘しております。
ではでは、また次回。
ご感想などお待ちしております。




